Iはじめに
1978イ'1木の節lllUl3ll1全会後の,一迎の維済体ilill改jIIlqのなかでfitも注11さ れている成来の一つは,郷&恥:業の発展がもたらした農村におけるⅡ業化の 進腔のJ|「災であろう。
今11,郷鋲企業とは,農村地域に立地する,IⅢ人経営農家を除く,すべて
の業種にわたる非|通'1;jrの企業IIrをl旨し,かつてのMW(l:時代の社隊企業の
系譜をリ|く''1「・村ドノォの公営企業にjl1え,Illil人経'蛍,共|両|経営の私営企業,お よび公私混合経憐企業など,多様な所イi形態の企業を含む。経悩DJ模におい ても,家族のみを従業員とし,ごくわずかの資金しか持たない浮細経営から,
従業員が2000人を超える,旅行)Ⅱ靴の/|{雌]:場やイI〈'''1ル''化産額が’億元を」:
|Ⅱ|る化学繊ルlIi染色(」:」2げこ|:」;ル(いずれも,im1il糊沙州lllLで,数Ii(〔はl()85年段IIIjli のもの)などの公憐企業まで,その範'111は広い。1988イド木の柵UILは表1にみ られるとおりである。なお,後にみるように,農村のJI2l正|営企業のfi称,範 嬬は84イli3)1141]付のlB1il務院皿達で変皿される。本fiLiUiでは,似IHI:_'2,78イ|iま での'1棚|については杣隊企業,79イ|さ以降は郷鎮企業とlWLぶこととする。
この#'''1鋲企業の発展11ijjlfilがIl1llillノlタトの(I|:究者のllAil心を集める」ill1lIlは以一|、、の 4点に変約される。
①公尚企業の製造業部''1’(鉱業,木材の伐採・jiE送を含む)の名'三|の4M代 額は,1979~88イ|えの10イド'''1に,fli平均で約25%噸の急速な成踵を遂げ,88イ'三 には今|正|の二[:業総'Mi額の約20%に達している(郷`M冒業今体では約25%)。
節3次部|Ⅱ1の成及も|]覚まし<,今やりlllMIME業が111に農村経済のみならず,
|玉|Ⅸ経済体系のなかでイ《可欠のセクターとなっている。
②腱家経営論ii壷fEllill(農業化11航mli'|)の導入の絲采として顕在化し
節6章郷鋲企業論139 表1郷#1M邑楽の件数の惟移
('2段は件数,111位は川ノト.1,.段はlfnY業?'1たりの従業f'1・数)
商業・飲食
12.38 11.7 15.43
7.2 処築
152.42 18.5 159.00
30.8 1,609.18
2.3 119.9()
8.1 1,888.16
4(川16 12.3
4.07 50.5
7.31 116.9 1978
公営企業
|Ⅲ人企業
共liil絲桝企業
郷fMF業
5.83 17.1
1988 23.28
10.7 99.73 35.2
773.52 95.58 372.55 623.23
111,)リ『)1978イ'2および88イ|:の郷鈍企業はlEl家統iilln)[198()a]2`'5-24(111.
1988イドの,公街企業,IUilMY業,上llil経剛卍業はll1fI1;人l」lLJI〈イⅡlI1l農業部[1989]
210-2111J〔より算||',・
た,農業部'''1の余剰労伽ノノの雁llllリリUlX効」1W鞘:しく,1988イli木には農村地域 の労llilノノ総数の約24%にあたる9500〃人以」Zに就業槻会を提供している。こ の「li111i二[:不離郷」(I1ill膿しても,Iillli付せず)としてl1il'られる,農村地域で移住 を伴わない,農業#'11111から非農業刊lllIllへの労llill移ji11,ならびに郷鋲企業の先 進地域で,農村の経済,政治,文化1/'iでの''1心地として建設が進む,小城鎖 への一部農村労11リ1ノノの移iii{は,光介ではないにしろ,農村の余剰労働ノ」が人 iiiに大都11丁へ流入することを'''1」|:する効果をもっている。
③一部沿11川城の製造業刊ljl11lの'liiiill'1が''1馴に'''1び,外lfil型|)ト1発11U(ll1hを推 進する原動ノJとをl)つつある。1988イ|i初、lに議論がiⅢ|)ll燃した,労'111集約部|Ⅱ1 のiWi11ii1Ⅶiii,111,拡大を槌イ・に[業化を促進する,というinil'|)ト1発戦''1#榊恕も,そ れまでの郷鎮企業によるIihll1l突続が一つの論拠となっている。
①’'1央政)|;|;による役ifiiやi(11川もなければ,|H1材料の計1111111<」な{i;||リ当ても なく,l収売ルートの|糊'16ないというイ《利な状況のもとで,郷鎖企業が急速 な成腫を遂げた要|火|は,独立孫il1:,11M柾|已則11をljl(11'1とし,11J場11i)11(,1に敏 感な企業体質にあり,それは|正|憐企業のIli'1度改j''1[のモデルになっている。
このような成采の反ii1i,郷騏企業の急速な成及が,lll〔材料のイ《足,I1lli格の 高騰をもたらしてインフレを力Ⅱ辿した'),l1il尚企業との競谷を激化させるな ど,|玉|民経済の発展にマイナスの形郷を及ぼしたことM#実である。また,
その経営基盤は概してlllil弱であるために,マクロの経済政策,さらにはIB(ifl
140
1青勢に/[:右されやすく,これまでもしばしば人」itの企業がliill産,lJllfl1iに兄,|ド われてきた。
しかし,それらのl1Ill四点を含めて,11イlき'''1の腱村I業化の経験と実績は,
途上|進|における二I:業化11mll1#にllljわる議論に多くの論ルバを})MLしているといえ よう。
本章のねらいは,こうした'111題意識から,いかなる条IJI:のもとで郷鎮企業 の発腿が可能であったのかをl1Vi1IリIすることにある。iiiliずるにあたってはまず,
従来の議論のZii要なiiliM1Aを糖」ll1し,郷鋲企業の発腿をもたらした要lklを検討 する手がか')を兄いだすことにする。ついで,郷fMr業の発展1Hl11hlとその要 因を先Iリ'し,さらに,そうした発展をもたらした企業体Hの特質にもふれる こととする。そのことを皿じて,今後の郷鎮企業の発展のTil能性と'''1題点,
開発戦''1#としてのイ「効''!|iと|U(界をlリ|らかにしたい。なお,対象とする時期は,
1988年までとし,必要に応じて最近イ|ミの?11情にもふれることとする:
Ⅱ農村]。業化をめぐる]ミな論点
はじめに,1%1発IMklII#として#IIllfM:業の発展をどう捉えるか,についての議 論を紹介しておこう。
’11|玉|のイリ|:究稀の'''1では,iiii節の②の実紙を,111に''1|玉|における経済改JIIl:の 成采に|Wまらず,途l」rlilにおける新たな」:業化11UUI1片を模索するうえで-つの 素材を提供している,としてilgi〈riiliIilIiする兄111/i(が一般(1<」である。そこには,
先進諸|玉|の|)l(特)01,および今'1の途ⅡElの二|:業化〕MiLにおける,農]:llMの不 均等な発展,農村,鵬業の衰退,人Ⅲljにおけるインフォーマルセクターの 膨張などのIhl象をソILlll付べき経験として捉え,郷`M:業の発展をlllllIとする農 村の二[:業化は,まさにそれらの潴矛)iZiをlWi1決できる,新たなタイプの工業化 戦略である,という共j、した懲搬がうかがわれる。
I業化lMlUll#といっても,まとまったJ1l1論体系をなしているわけではないが,
その骨子は,農村経済を非農業部'''1=郷$M2業と農業刊lllIIlから榊成される二 IR桃造であることをiii肌としたうえで,#1'1`M冒業が腱業冊lllM1の余剰労働ノノを
|リ山収しつつ発展することにより,その二iMlii造がlWil1jされ,|](|氏経済の一元
第6章郷&鮒:業論141
的な近代化へのステップとなる,という|ノリ容である。つま'),ルイス流の,
都Tljの近代[:業部IⅡ|と農村の伝統農業部'''1からなる二爪榊造論の類推から,
農村地域での工業化のシナリオを拙く,いわば農村地域2部l11lllIIモデルとで もいうべき111論{反説である。(l)
新たな|#1発I1l1論の榊築をlHlhlする魅ノノiI9な榊想であることは否定できない が,農村地域が-つの経済111位であることを前提とし,都TIj=近代部|Ⅱlとの 連関性を不''11に付すなど,IlH充理論として光成するには,少なからぬllI1題ノハ(
を残していることは否めない。しかも,111論として体系化するには,「I1illli三上 不離郷」lIWの労働移リリノは,現実には戸淵|i11度によ'),農村から都Tl丁への移住 が厳しくIIi'|限され,また,国尚企業が,jMll就業状態にあるうえに,人事採 用はオープンに行われていない,という''1|玉|に特殊な里lII背によるところが大
きい点を考慮する必要がある。
しかしそれにもMAIわらず,今|]の|)|1発途_L|正|の二[業化jMilにおいて,]ユ業 部'''1の成長率が↑11当i薪い水準をルlli侍する一力で,農業lIflll''1の余剰労働ノjが吸 収されず,大都市でのインフォーマルセクターが祭積(l<」に拡大し,失業'''1題 が深刻化するというnil実に'1((らすと,$I1lj鎖企業の発展をJ1蝿とする,農村I 業化についてのli)|:究の深化が|}'1発1111論に資するところ人であるように思われ
る。
こうした肯定的な評イI11iに対し,8Mi代''1頃から,「llWliニヒィIill郷」型の労Iml 移動のllMLが指摘されるようになる(「絲済参考jl988flilO)三171])。
もともと,「離二1Jといっても,充今なll1L農はごくまれなケースであり,
郷鎮企業の就業者はほとんどすべてが,iii1ifl耕作地がl1l1U分される兼業農家)IHI であった。所得水堆のhl11n1を'111わず,いずれの農家も,都TlJ戸籍をもつ住民 とは異な'),食枇のI11iu給を保証されているわけではない。しかも,郷鎖企業 の経営は,マクロの経済lB(策,政ifili1j勢の影響を受けやすく,経`貢Ji蝋は一 般にll1iZい。したがって,郷鎮企業の従Il州・は,最低|u(の飯米を安定的に{ill;係 する必要があ'),農業外収入が豊かな場合でも不硴爽な将来に備えて,請血 地の耕作樅を転貸せず,#'1放経'営を行ったり,荒廃させたままにしておく|ダ'1 が少なくない。このことが,1985年以降の穀物と'三塵の停滞をもたらす-つの 要因となっているのである。
142
さらに,1988イli[J〔から,「lillfl1不}illli郷」lli1の労llill移りillのⅡM1に関連して,
郷鋲企業を111心とする農村の]:業化戦''1杵そのものをIIllい直す議論が腱|サト1され るようになる。論点は,次の二つの点に要約される。
節1はWIfllTIJ化はI:業化の必然(1<ノな所)曜であI),柵llTIj化がもたらす集)Ii1i効 果をilMLした農村の]::業化論はイi効なlIl苑11m''1#とはなりえない,とする兄解 である。その論拠として,郷鎖企業の絲尚にしろ,小城鎖の処設にしろ,IL 模が小さく,分散しているために,安川i(利)'1のilIIiでスケールメリットを発lil(
できず,投資効率が悪い,という点を挙げている。
そして鋪2の点は,現行の「li1Ili二lx不lilMlll」lli1の労llill移動は,ll1lElに特殊な
#|lTlT・腱村llIlの二Jii柵造を11W(il1jするどころか,(jihljllIIのL'三iilimiでの格兼をll1jl 定化する,という批判である。これは,股lxiの都Tljへの移動をIlill限している うえに,都'117i鰯をもつ,|玉'1;↑企業の)lリヒ業折にノノえられている,食櫛,イMr,
各祁丁.1'/1,fl2宅,111U分など11刈imiでのさまざまな優遇|叶置は続けるという,ソ〔
|青に対する批判であり,経済政策にw(まらず,社会'8(策,さらには政治体Ili'1
(2)
の改jIIIJ:にUAIわる洲廻をl是起している。
こうした批判は,たしかにこれまでの]:業化のlllll廻点を突いているが,そ こから提起される代枠的なl1Uill汁,|÷llllなソjlliI移11i)1をIii胱とした,’11規模hllili を=[業化の111核とする,1IIB,L棋都Tliと腱村''11の2#'''''11111モデルがどれほどリ[l 実にイi効'!|iを持ちうるかは疑'111である。それはともかく,従来の]二業化の|Ⅱ(
界を州1iするIi1l:ソwi・でさえも,立地条|ノトをiiiiかした郷鎮企業の発展とその)雁 川'|ノリUlX効果を問くiiiliI1lliしていることMトリ(なのである。つまり,上記の二つ の論点は,郷jM?業の発展と「lMIi」:不IlllMII」lli1のツノIIIill移動を,都iliの近代」:
業部l1Il,および農業部'''1との|仏I係をⅢ!}に入れた,|]illjLln経済の|)'1発戦'1'片体系 のなかでどう位|i(l付けるべきか,をiiMlとして拙起している,といえよう。
ところで,政策111当肴の|A1では,そのiiMij1がlElilIxj絲済にマイナスの作川を もたらしている,というIHllllから,郷釧企業を統lヅii介すべきであるとの兄11W が根リカiくイWlLている。
それは,一つには,郷鋲企業がi高」|wlトミを101侍できる業種において,乱立す る|Nil{,lにあるうえに,一般に設IilliがⅡI式であるために,資源.エネルギーを IMIiするからである。さらにより深刻な''111辿は,lH1材料の確保,製品のllX路
節6策$lIIljM冒業論143 をめぐって,|玉|省企業との'''1,あるいは郷繊企業''11で競イトが激化し,そのこ とが|玉|街企業の経営」のllfltfil;となるとともに,1%〔材料のI1lli格の高I騰をもたら し,インフレをワ|き起こす=要|火|となっていることである。邸,l災に,天安I1IIZll (ノト後,絲済リ|き締め政策の一環として,郷6Mご業を統廃合するためのDII:接,
''11接の+'1:世が講じられ,その結采,IIi'1雌,|》l銑すMY業が統ll11したことは記 憶に新しい。
しかし,199011ミ6)]にはllil務院が,不況の長19I化によって1W大した失業打 に対して扉用機会を拡大する必要から,農村地域の公尚企業条例を発布し,
iりぴ郷鎮企業の育成に采I){'1,した(「'1本継済新lllljl99()イli6)12011)。この事 実が示すように,郷`M:業が''1|玉|の経済改'''1〔の成秀を/M「するほどの販要な セクターとなっていることは否定uMliい二'1実なのである。さらにまた,’五脳 企業の体Ili'1改革のIMM)ICが丁・想されるなかで,郷鎮企業の絲櫛行Ⅲイのなかから 今後の''1'五|経済をリードする企業家が]'M1,することを101侍するlfT1きも少なく ない。
要するに,双リリLIli'|のもとでの|玉lhlj維済体系のなかで,メインセクターとし ての11蝋企業に対し,サブセクターである非|Ⅱ'尚企業がいかなる谷I1l1il<」な位 世関係を保ちうるか,を検討することが辿られている,といえよう。
以」工の他にも,イllil々のiiiIii点については,本論のなかで」|ズリⅡfることとし て,iIt後に,前節の④にUAIわる,郷鎮企業の企業|M1にふれておくこととす
る。
かつて,趙紫|場がi{WillⅢ|発戦''1片の11(:進を表IリIした談iii1iのなかで言及したよ うに,郷鎮企業の発股:典|火|といえば,ilj場競イ'にjllHlljijできる企業体質にある,
とする兄解がいわば常搬として定イピルている(「人IXill#|(Ⅲ988年l)12311)。
1F|`断企業の体llill故11111:がiMjな政策課腿となるなかで,「鉄販(i宛」の体liTを持 ち,「大釧飯」を食べるiWliを打破するためには,11ぃ0ノ:孫ji1:,llj締rlufull をlJliI1'1とする郷#Mご業の櫛」iIl1機柵を|巡悩企業に導入すべきだ,とするキャン ペーンもしばしば張られてきた(「人hLl1報」l988fl28)11211)。
けれども,郷鋲企業は必ずしも,効率性を頑視する,イャ11'1('りな経営組織で はない点にFIM意する仏典がある。たしかに,郷鋲企業は利11Mの肢大化を'二I指 して,TIj場動lfTIに敏辿に対応するものの,その内実はといえば,経尚効率を