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経済改革と「ブルジョア'二''1三I化」批判

ドキュメント内 中国経済の新局面 : 改革の軌跡と展望 (ページ 68-84)

Iはじめに

’'1国でl98911iに起きた6.4うぐ安''''二lWl:は政胎i(liの激1Iijlであったが,その 背景には経済改111kがもたらした経済過熱による1988年奥の経済的・社会「l<)危 機があった。

z11件のIlIで成)>:した川)(hIj体Ili'1はユ|「件の烟11リノ稀の摘発,参ノノⅡ者への教育・

指導を進めるjM11で「ブルジョアlLIllI化」反対liM卜をjliⅡ細した。’'1|正|の般大 の課題である総済改J1I1iの''1でノliじた「ブルジョアlfI1l1化」(IJI|(,1への批判は,

その改I1l1iの三ii導きHである)|in紫陽iiii総:ilI:記が批判の対象であるだけに,厳しく 行われている。

まず二lWl:以降の改jlI1ilB(策の変化が大きくないことを(illi認しさらに'984イ|曵 以米の改革uj(策の腰|Ⅲ1をふまえた」2で,多彩な改jVil1l1論の''1でどの部分が

「ブルジョアに''''化」(ljHl('1として批判されるようになったのかを'1リ【観してみ たい。

IIX安''''三川牛と経済改iIlIl:

1調整強化で強まる改革見直し気運

1989イ|その天安''''二lWl:は,iiiiイ|ミ8)]の経済過熱による大衆(l<」換物パニックに みられた経済「I<」・イ|:会(|<」を危機が背景となっていた。このため,lTilIW卜に よって議場した江沢uJ体Ilillは,iiiiイ|え9月からすでにIHI始されていた経済調整 にいちだんとノノを入れた。その結来,I業総」M1額の↑111ぴ率は88イliの20.8%

から,89年には6.8%へと鈍化し,さらに90イ|曵節lllLl、'4」01には↑''1ぴ率ゼロに まで落ち込み,失速を|川避するための通りjな將要lill激莱が必要なほどにまで,

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経済訓蛎の効采がIがったといえる。

こうした''1で江i)<111j体Ilillは,1989年から91イドに至る3カ年の総済調整政簸 を実行することにな'),89イli11119「'’’'1共第l3j0151l1全会は「-1稗の蝋

備・雛''111と改]IIE深化にUAIする決定」という形でその具体策をとりまとめた。

この3カイ|訓整計11111の'11では,総済改〕'''1:の深化と対タトIWl放をリ|き続き|(雌 することが'リ1言されているが,実際には雌''1が強訓'され,企業改航について も経営iii1iii責任Ilillをリ|き続き災行し,改11iiLてゆくことが提起されているだ けで,株式IIillなどの所有Ilill改j1I1l:の爽験には闘及されていない。またIll'i格改〕1,11 についても,すでに実施された1件慨については柴'1脈I!':と計凹性をリiiめる力|(,|

が示されており,新たな展llI1は二r定されていない。公休としては,改革はiiii 進への股望を欠く''1で足踏み状態にあり,むしろ後退を迫られるのではない かと懸念されている。

3カイ|訓幣計画に対するhlj衆の改JIlIi後退への懸念のなかには,「経済特区 とタト資企業に対する政策が変わる」,「農家戸】'1経営iiIinllillが変わる」,「化|人 経営,私尚企業に対する政策が変わる」というものから「1990年にはボーナ スが廃」|:される」というIiIiilIIlなものまであった。このため『人hIjl三|報』はネl:

説「党と国家の政策は変わらない」(198()イlil2Ⅱ2411付)を発表し,一連の改 革拙置は変わらないとの政11<l:発表をiWIi柵するに亜った゜

そこで,本節ではまず経済改J1|[の政策1「'iで,天安|I11zlW卜以後どんな点が変 化し,どんな点が変わらなかったかを雌認しておきたい。

2改革政策における変化

財政収入,特に中央政府財政収入の拡大Ⅱイ]攻の地ノノ政府によるii1in体Ilill について,「決定」は,地力の!'イ政積極l1liを|(il-上させたプラス効采のほか」也 区封釧,i1j場分割,爪襖投査をIu」踵する等の弊需があったとして,’'1央への 財政の集''1を高めるノJlfilで改j1I11:を進める,とした。’2'1|Ⅸ所得に,liめる財政収 入のl上ilt,灸|正|財政」'1人に,liめる''1央叫l政の比菰をil9/iめるため,当1(li具体(|り(1)

には,地ノJから'11Jしへの||イ政I納を11ケやし,地ノノネililⅡjを適当に''1||減するほか,

条件のある地力では「分税Ilill」を試験iI<」に実行することになった(李鵬「灸 '五|人瓜代衣大会におけるlH(府iiMi)」報flf」(19()()イ'13)12011),『人乢|l報」1990イⅢ

節3承経済改fIIと「ブルジョアrlllI化」批判59

116Ⅱ)。「分税Ilill」とは税jliIi〔を''1央liEl定jlX入,地力|iljl定l1X人,共符」'1入に分

け,この枠組を地ノノの特殊性にljijじて運11Iするものである。金融i('iでも中央(2)

のコントロールが枕化されることになった。

国営大中型企業の重視へ趙紫陽総評記の下で「イ|:会ゴミ義初級段ルゲ論」

が採択され,化|人絲憐(「|Ⅲ体戸」),私営企業の発展が過度に強調された点 への反省から,「決定」では{|,11人経営,私営企業に対しては,生'韮財の販売 や長距離'''1の卸売業等への参入を禁ずるなどilj」i坊管」111を厳しくし,また佃人 収入の'IlfIiIli'1度と納税Ili'1を厳しく通)Ⅱする方針を決めた。

これと対照的に,|]i悩大II1UME業の''1核'1<〕作1Ⅱを九分に発抑させることが 強調された。調整101における|限られたエネルギー,原材料,輸送便宜を,重 点とされる大ll1lli1の効率の良い企業に優先(I<」に供給することになった。これ は,社会主義体↑'|の''1核として|正|`尚企業の役;!;'1がi1liiW111iされてきたこととljM 逃している。経済改'''1iにおける佃|人経'宮,私'断企業と|]11,1:↑企業の評Illliの変化

については第1V節で排税する。

郷鎮企業へのコントロールを強化近イ|弍忠イllIを示してきた郷fMr業に対し ては,「決定」では「洲終,雌'肌改造,|(il-lJのノノ針の1,.にillk全経営に向 けて指導を強化してゆくことになった。,Iii11質が悪く,轡1111が劣'),経済効率 が悪く,|正|`営大''1』11''1核企業と1%〔料やエネルギーをllXl)谷いするような郷鋲 企業を軽川しようというものである。

l990fF5)lになって$l1lM;M:業を積極(1<」にiiiliI1lliする論評もあらわれるように なり,88年9)]からlイli半u-l1続いた郷鎮企業の盤liIl1・終llj]((も一段落したよ うである。この論評によると,89イ'2に約300ノノの郷ilMr業が雛llllさオしlOOI意元(3)

分の投資が圧縮されたという。88イIiの郷fM冒業数は1888ノノであったので,

16%の企業が雛11Mの対象になったことになる。

対外貿易における適度な集中の実行l988fliに笑ノリ(!jされた対外貿易諸rlllill は,対外貿易の発展を促しているが,外貨の分1M(と対外貿易秩序の混i1iしを助 長している,として「決定」は次の6点の集llW柵の実行を決定した。

①大l]の一次)韮,liil1のDliil,Ⅱ1,と111要物盗の輸入は,|];|の指定した対外貿易公TTI が統一的に11)<')扱う。②lli脳の秤''1Ⅱ19対外貿易公T「ILI業・貿易公司および 対外貿易取扱権を持った!'{)龍企業以外の対タト貿劾公iilは11)<')締り,撤廃し,

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イl1Ijl人による対外ff易の11)(扱いは禁」上する。③対外貿易」|)<扱椛をもつ4Mi企業 は,他社の製,1ii11を買いつけてjliiiiill1,したり,輸入物登をl胸《売した')してはなら ない。①外l1fIY(係にIlUする地区ごとに異なる優遇政莱を1%(lllli1<」に)だ」上する。

⑤別に|玉|のjL定がある、!》谷を除いて,対外貿易の外貨決済はすべて銀行が行 う。⑥対外債務fl1i入れの窓|]を盤''1K[,盤j111し,あちこちからW)入れるnil象 を兜11Mする。国から~|〈達された↑ljil)入れBAIlill指標を厳格に実行する。

これらの集''1|併置から,逆に対タト貿易秩序に雌じているilIl乱のり(態が浮か び_上がってくる。

企業党組織の政治的核心としての作用を強調1989イ|え8)Iの「ll1共''1火の 党の雄設をリii化することにIjMするjlnllill」のなかで,「企業の党illll織は企業の 政治「I<]核心である」とあらためてBA定された。この規定は,法「I<jにもすでに

|llilめられている]:場災(社長)の法人の踵,企業の'''心としての機能を揺る がす6のではないか,との疑惑を/|化させた。

党'|'央組織#'1の脱11)|では,超紫腸iiii総テ!':記が|歴'1kにした党のl旨導および`uA 恕政WL11:作の機能を'リ1(ill;にしたにすぎないとしている。しかし,リ11実の企業

|ノAlの人'''1|卿係では,微妙な力|兇I係の変化をもたらす可能性を持っているとい える。

3変わらない改革の基本政策

以_'2,i]:沢I」Lli体IIillが3カイド洲幣計凹の''1で示した改1lb:政莱の変化を兄てき た。

財政における集'11強化,|正11>1大Ill型企業の敢机,郷鋲企業へのコントロー ル強化,貿易体IliIlのり|き締めなどは,これまでの経済過熱の'11で、解決を辿ら れていた'''1組ばか|)であり,必要な訓脇に)/]iするもので,改革の」iL本政筑に 変化はないとiijlilllliすることができる。このことは,経済改1111':がもはや後戻り を許されない段階に到達していることを反'1リ(ししているとみられている。

新体Ilillの~ドでは,ll1llil全体の'交定に」1k人のカノi1Aが世かれてお'),政治の安 定がそのiii提で,経済の安定はその基IUMIであるとされている。このためKill小 Jlz主11Wは,当i(liあらゆる論争を避け,少なくとも2イ'三はやらず,1987年の第

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l31ml党大会のIlVf線,力'1,政策は変えないことを要請している。

第3厳絲済故U1Eと「ブルジョア''111I化」批判61 したがって,経済改LVLはしばらく)uL踏み状態にl1fiるが,大安lM1Z川ノ|:に連座 した経済界の人々はごく一部であり,各界の大部分の総済改jII1f実務家が健在 であるため,改1W)刊始11i))はlfl靴ではない。|lIl題は''1央のリーダーシップの 政策選択にかかっている。

党組織の企業における核心作111の強調は,「ブルジョアlL1111化」批)|('|の''1 で政if)工作胖部のlliMli復リii}と発言ノ」強化を促すことになり,改jYiムードは一 時il9にかな')後退することが予想される。

H1経済改〕''11:の展|)||過稗

’'1|正|の経済改IYiは,1984イド10)]の''1典l2I0l31I1全会で採択された「経済体 IIill改hViに関する決定」以降本格化する。そこで第111節では1984年「決定」で liIilめられた枠jlillについて(ili認し,節131m|党大会での社会主義初級段階論採択 によるその枠iiillの拡大について兄たIで,1984イ|ミ以米爽践「I<人皿論「1<」に充実 され,展|サト]されてきた改hil1iの新しい価城,および改J1l11:柵恕の多うじ化とその具 体化における'''1題点をlllW1Mする。

11984年「決定」で固められた枠組

(1)生藤ノノ論。「社会力1錠の根本(1<」イ[務は社会「1<j4Miノ」を発展させること にある」と論|折した。これは社会ji義についての新しい解釈であI),1956年 ''1|]il共産党卸〕81Ⅱ|入会でノ|{雌の発股をリ11洲した論点の発展であるという。(5)

(2)商,lii11絲済論。イ|:会Zii義絲済は「J1ミイ「Ilillを蜘雌とする計lm1性のある商Ih1,

経済である」と論|折した。これは,iillUlil,Tlj場,iwi11M【朧の関係についての iiiM卜の帰絲であるが,計I11ilとTlT場のllA1係については今'1までfiM1・が続いてい

る。

(3)計lIIjlノノ法論。「社会三ii義計illil絲済は必ず'21党(1<ノに(illiI/1法Illlに依拠し,

これを連11lすべきである」,「指導I!liiilluI1は2iiとして絲済のテコの述川により 実りilする」ものであるが,「指令I1liiilllljiもまた必ずイllli(111〔法I1lIを運川すべきで ある」と論断。

(4)企業論。|正|家と企業の礫|係では「政介分Iillli」,「所イi権と経憐椛の分

ドキュメント内 中国経済の新局面 : 改革の軌跡と展望 (ページ 68-84)

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