第3章 運営モデル作成への課題
第3節 運営モデル
最後にプロスポーツクラブ運営の運営モデルを考察してみたい。ここでは、前節におい て述べられた、スポーツボランティア、対話の場の提供、新しいネットワークの形成とい った問題に注目して考察したい。
1 浅岡伴夫[監修]井手和明・小山健治[共著]『One to One;インターネット時代の超マーケティング』
BNN 1998 pp.339‐340
スポーツボランティアがプロスポーツクラブの運営にとって、もたらしてくれるものと は何か。それは、新しい価値軸である。彼らは、様々な価値軸を持ってスポーツクラブ運 営に参加している。その様々な価値軸を提供してもらい、グローバルに進むのかローカル に進むのかその舵取りの一部を担ってもらうのである。
そこには、野中郁次郎氏のいう「知識創造企業」というような知識創造のプロセスを踏 むことも必要となるだろう。彼は、知識を
1言語化・形態化可能な形式知と、それが困難な暗黙知
の2つに分け、知識創造を
2知識創造の認識論的次元、存在論的次元の二つの次元を想定することによっ て、組織における知識変換の四つの様式(モード)を導くことができる。そ れは表出化、内面化、連結化、共同化の四つである。
と述べ、これら四つの様式がスパイラルなプロセスを踏むとしている。
特にプロスポーツクラブ運営にとっての強みは、提供する「試合」そのものが対話のた めのメディアとなりうることである。
そこで、このときなされる対話について重要な示唆を示している矢野智司氏の遊びのコ ミュニケーション論的な把握について紹介しておこう。彼は、ベイトソンのコミュニケー ション論3を踏まえた上で、
4私たちは遊んでいるときには、一方で「これは遊びだ(本当ではない)」と いうことを知っており、他方で遊びの世界に夢中になっており、もし「これ は遊びにすぎない」などと思っただけで、この虚構の世界の楽しさは失われ 崩壊してしまう。
と、遊びの構造のパラドックスについて言及している。そして最終的には、コミュニケ ーション論から、遊びを
1 野中郁次郎 『知識創造の経営』日本経済新聞社 1990
2 野中郁次郎「企業と知識創造 組織的知識創造の理論」『日本の企業システム第1巻企業とは何か』伊 丹敬之・加護野忠男・伊藤元重【編】 有斐閣 1998 p.77
3 G.Bateson 佐藤良明他〔訳〕『精神の生態学』上・下 思索社 1986‐1987
4 矢野智司「遊びの論理学−パラドックスの快楽としての遊び−」亀山佳明編『スポーツの社会学』亀山 佳明編内 1990 p.167
1「これは遊びだ」というメタ・メッセージは自己言及的であり、不可避的に パラドックスを引き起こすこと、そのパラドックスを越えていき、広いメタ 領域を創造するもの
として捉えている。さらにこのパラドックスが、「生成、不連続な飛躍をもたら」し、そ こに遊びにおける快楽が潜んでいる、と述べている。
彼はこのように、遊びに潜むパラドックスをむしろ肯定的に受け止め、それが快楽の要 因と考えている。さらに彼はスポーツをそれに対し、
2スポーツやゲームはルールがすでにシステムの外部で決定されており、進行 過程の中でルールに言及し変えていくことはほとんどない
としている。
この示唆は、プロスポーツクラブ運営にとって、それが提供している「試合」というも のすら大きなルールの中に閉ざされてしまっているということである。それが、プロスポ ーツクラブ運営主体という組織を形成しているわけであるが、むしろその組織から脱退し 自由に集合離散できるスポーツボランティアからするとわずらわしさの原因かもしれな い。そう考えると、スポーツボランティアとの対話には限りなくルールを設定せず、自由 な発想を可能とする運営が必要であることが分かるだろう。
そこで、プロスポーツクラブ運営に関わる、以上の問題点を、 誰に 提供するのかとい う三つの観点から列挙すると、以下のようになるだろう。最終ページにはその概念図を示 した。
(1)顧客に対して
顧客に対しては、顧客のニーズを把握し、一人一人できるだけ異なった対応の仕方を考 えるべきであろう。そのために、One−to−one Marketing は便利なマーケティング手 法であるが、その根幹には顧客の差別化があることを忘れてはならない。したがって、顧 客にたいして対話の場を設け、顧客同士のネットワークを構築し、顧客の差別化によって 不良顧客と分類した人へ、スポーツボランティアとしてのあり方の情報を提供して行かな ければならない。
(2)地域住民に対して
普及 の対象となる地域住民(全ての人)に対しては、プロスポーツクラブが「試合」
という商品を必ずしも顧客だけに提供しているわけではないことを伝えなければならな い。そのためにも、全ての人に対して、対話の場を設けなければならない。
(3)スポーツボランティアに対して
スポーツボランティアに対しては、対話場を設ける。ここでは、自由な対話を楽しむ。
その意図は、グローバルにおけるネットワークとローカルにおけるネットワーク、さらに 新しいボランティアのネットワークづくりを意図している。ボランティアは勿論ある程度
1 矢野智司「遊びの論理学−パラドックスの快楽としての遊び−」亀山佳明編『スポーツの社会学』亀山 佳明編内 1990 p.187
2 同上書 p.184
の身体性を持っているのでローカル規模のネットワークとなるかもしれないが、従来のネ ットワークと異なり地域コミュニティにしがみつく必要はない。自己責任のもとに自由に 集合離散できる形態である。
<プロスポーツクラブ運営モデルの概念図>
プロ スポーツクラブ
地域住民
(ローカル)
対立/一致/並列
場としての スポーツボランティア
ネットワーク 顧客
ネットワーク
(グローバル)
場としての 新しい スポーツ ネットワーク
場としての 新しい スポーツ ネットワーク
おわりに
最終的には、プロスポーツクラブ運営の運営モデルを提示することはできなかった。た だ、その運営の概念図がを試みに提示することができた。スポーツボランティアについて は、まだまだ研究の余地が残されており、プロスポーツクラブ運営のモデル図の足掛かり となれば良いと思う。また、発表会において指摘された通り、顧客と地域住民が必ずしも 対立しないこともありうる。本論文では、顧客と地域住民が対立する場合のことを前提と して論を進めてきたために、顧客と地域住民が対立しない場合はまた別の理論が必要と思 われる。しかし、指摘しておきたいのは、早川ゼミナールにおけるオープンな卒業論文発 表会の場は、実は私が指摘したい場としてのスポーツボランティアであったと思われる。
グローバル化の中にあって、われわれがいかように進むのか、その答えを探したいと思 い、プロスポーツクラブ運営について考えてきた。日本のプロスポーツクラブがいつにな ったら、グローバルな中に自らを置くようになるのだろう。
本論文を作成する段階で、様々な情報、アイデア、観点に触れることができたと思う。
多用な価値観の中に多用な考え方が共存できることを私個人としては願っている。それが、
個の解放という形で現れたとしてもそのときに胸を張って自分の責任に言及できる勇気を 持ちつづけたいと思う。
本論文は、学部学生の立場として、各論においては様々な議論の余地が残されているこ とを認識しつつ、しかし、逆に学部学生という比較的自由な立場から、スポーツをめぐる 大きな流れについて自らの考え方をもとに述べてきたつもりである。
今後、プロスポーツクラブ運営がどのような方向性を取るのか注視すると共に、運営モ デルが作成できるよう、さらなる研究を続けたいと思っている。
主要参考文献
l 『読売新聞』2000年1月10日付 l 『読売新聞』2000年1月6日
l 林敏彦・大村英明〔編著〕『文明としてのネットワーク』NTT出版 1994 l 池上淳、植木浩、福原義春〔編著〕『文化経済学』 有斐閣 1998
l 『スポーツ白書〜2001年のスポーツ・フォア・オールに向けて〜』SSF笹川ス ポーツ財団1996
l 西田泰介 『指導者のためのスポーツクラブ』 プレス・ギムナスチカ 1979 l 樋口美雄[編著]『プロ野球の経済学』 日本評論社 1997
l 大鋸順 『スポーツの文化経済学』 芙蓉書房出版 1999
l 早川武彦 「国際メディア戦略としてのスポーツビジネス:メディア・スポーツ」
p.29『研究年報 スポーツとグローバリゼーションⅡ 1998』一橋大学スポーツ 科学研究室 1998
l 内海和雄 『スポーツの公共性と主体性』 不昧堂出版 1989 l 関春南・唐木國彦〔編〕『スポーツは誰のために』大修館書店1995 l レイモン・トマ(蔵持不三也〔訳〕)『スポーツの歴史』 白水社 1993 l 伊丹敬之・加護野忠男『ゼミナール経営学入門』日本経済新聞社1997 l 吉田和夫・大橋昭一〔編〕『基本経営学用語辞典(改訂増補版)』平成11年 l 広瀬一郎 『プロのためのスポーツマーケティング』 電通 1994
l クリスティーン・M・ブルックス(浪越信夫〔編訳〕)『スポーツ・マーケティン グ』文化書房博文社 1998
l 和田充夫・恩蔵直人・三浦俊彦『マーケティング戦略』 有斐閣アルマ 1996 l 伊丹敬之「企業とは何か 問題状況と研究の方向」『日本の企業システム第1巻
企業とは何か』伊丹敬之・加護野忠男・伊藤元重【編】 有斐閣 1998 l アンゾフ(中村元一・黒田哲彦〔訳〕)『最新・戦略経営』産能大学出版部 1990 l ルメルト(鳥羽欽一郎他〔訳〕)『多角化戦略と経済効果』東洋経済新報社 1977 l 斉藤隆志 『観戦行動の分類と要因』筑波大学体育科学系紀要 1991