1. 序
前二章で見たように、「シャリーアの目的」論は11世紀から14世紀にかけて発展し、
その過程で多様な主張が現れた。それらに共通するのは、個々の字句にとらわれずにシャ リーアの全体を見るという姿勢と、シャリーアが福利の実現を意図しているという理解で ある。だが、それ以外の多くの点において不一致が見られた。理性によって認識される福 利が啓示の明文と矛盾する場合にどちらを優先するかというような基本的な問題において さえ、見解が一致したわけではなかった。また、そうした理論上の相違に加え、何が必要 不可欠な福利なのかについても異論があった。
シャーティビーの後、近代に入るまで「シャリーアの目的」論に目立った進展はなかっ た1。前章で触れたように、この分野で最も大きな事績を残したシャーティビーは、19世 紀後半にムハンマド・アブドゥフ(1905年没)によって紹介されるまで、イスラーム世界 の東半分では無名であった。近代における「シャリーアの目的」論の発達はそれ以後のこ とである。
近代の「シャリーアの目的」論者たちは、単に中世の思想の導入ないし復活に努めただ けではなかった。アブドゥフの弟子ラシード・リダー(1935年没)は、前二章で取り上げ た法学者たちの著作を参照しつつ、近代西洋の衝撃に揺れるイスラーム世界に彼らの理論 を応用した。リダーは、シャリーアの解釈・適用を行うための条件について、あるファト ワーの中で次のように述べている。
その条件の中で中心になるのは、クルアーンとスンナの理解、シャリーアの目的に関す る知識、人々の状況と彼らの慣習についての了察である。なぜなら、シャリーアの規範
―とりわけ社会的行為に関する規範―は、人々の生活と来世における彼らの福利、すな
1 イエメンの法学者シャウカーニー(1834年没)による貢献が指摘されることもある。
Jundī, Maqāṣid al-Sharī‘ah, p.84; Kamali, Maqāṣid al-Sharī‘ah, p.11. シャウカーニーは、
福利との関連においてシャリーアの目的に言及し、五つの必要不可欠な福利に加えて名誉 の重要性を強調しているが、新しい主張はしていない。Shawkānī, Irshād al-Fuḥūl,
pp.216, 242. なお、シャウカーニーの生きた時代は中世から近代への過渡期であった。バ
ーナード・ハイカルの研究によれば、シャウカーニーは、イスラーム世界が近代ヨーロッ パと出会った後もその知的脅威にまったく関心を示さなかったという。Haykel, Revival and Reform, p.89.
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わち害悪の除去と利益の獲得に関わるものだからである2。
この言葉を当時の状況と重ねて考えるならば、欧化主義と伝統墨守という両極端を拒み、
法学の改革を通してイスラーム文明の遅れを取り戻したいというリダーの決意が感じられ よう。
本章では、まず、リダーの「シャリーアの目的」論のうち、信教の自由に関わる部分を 中心に分析する。資料として、『ムハンマドの啓示』の後半部分、雑誌『マナール(光塔)』 に掲載されたムスリムの背教に関するファトワー、法理論書『イスラームの容易さと立法 の一般原則』などを用いる。その際、リダーが判断を形成する過程、つまり、啓示をどの ように解釈して結論を導いたのかという点に注意を払い、前二章で見た諸理論と比較する。
リダーの法理論は、マルコム・カーやワーイル・ハッラークといった西洋の研究者によっ て、自然主義的であると見なされてきた3。こうした評価の当否も検討する。
また、本章では、リダーより後の世代の論者による「シャリーアの目的」論を概観する。
その際に取り上げ忘れてはならないのは、20世紀半ばにシャリーアの目的を主題とする研 究書を著したイブン・アーシュール(1973年没)とアッラール・ファースィー(1974年 没)である。二人ともマーリキー法学派の優勢なマグリブ地方の出身で4、シャーティビー の影響を強く受けており、どちらも自己の立場を中庸と位置づけているが5、両者の主張は 多くの点で食い違っている。さらに、本章では、今日の「シャリーアの目的」論の動向に ついても簡単に整理する。
なお、信教の自由は、普通、特定の宗教を信じることや一切の宗教を信じないことに関 する選択の自由を意味する。しかし、本研究では、そのような自由に加え、宗教的信条に よって差別を受けないことをも含めて考える。何を選択するかによって差別を受けるなら ば、選択の自由は事実上制限されるからである。
2. ラシード・リダーの「シャリーアの目的」論 2-1.『ムハンマドの啓示』とクルアーンの目的
こうしたリダーの「シャリーアの目的」論は、『ムハンマドの啓示』において最も具体的
2 Riḍā, Muḥāwarāt, p.127.
3 Kerr, Islamic Reform, p.202; Hallaq, A History, p.219.
4 イブン・アーシュールはチュニジア、ファースィーはモロッコで活躍した。
5 Ibn ‘Āshūr, Maqāṣid al-Sharī‘ah, pp.58-59; Fāsī, Maqāṣid al-Sharī‘ah, pp.78-80.
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な形で展開された。同書の後半で、リダーはクルアーンの目的を十項目に分けて詳論して いる。この「クルアーンの目的」はシャリーアの目的と読み替えられよう6。というのは、
その説明に中に「シャリーアの目的」という表現が繰り返し現れるからである。
十項目は以下の通りである7。
1.宗教の三本の柱(神、最後の日、善行)の本当の意味を説明すること。
2.預言、派遣、使徒たちの職分について、人間の知らないことを説明すること。
3.個人、集団、民族の一員としての人間の命を完全なものにすること。
4.八つ(人種、宗教など)の統一により、人間、社会、政治、国を改革すること。
5.義務と禁止を個人に課すことにより、イスラームの普遍的な美徳を確立すること。
6.国家の政治に関する規範について、その種類、基礎、一般原則を説明すること。
7.経済の改革のための道を示すこと。
8.戦争の秩序を改め、その害悪を除き、人間に最善をもたらすものだけに限ること。
9.女性に人間的、宗教的、市民的権利のすべてを与えること。
10.奴隷を解放すること。
これらは、中世においてシャリーアの目的として挙げられることの多かった五つ―宗教、
生命、理性、子孫、財産―とはかなり趣が異なる。この点で、リダーは、それら五つに限 定することに対して批判的であったイブン・タイミーヤに倣っている8。しかし、国家や女 性への言及、奴隷解放の主張などに、近代の改革者としてのリダーの工夫が見られる。
これら十項目のうち四番目と八番目において、リダーは非ムスリムの信教の自由を論じ ている。
2-2.非ムスリムの信教の自由
リダーによれば、クルアーンの目的の四番目は、人種、宗教、国籍などに基づく差別を 否定し、人間、社会、政治、国を改革することである。
6 こうした理解に立つものとして、Qaraḍāwī, Dirāsah, p.25; Ibrahim, “Rashīd Riḍā,”
p.170; Auda, Maqasid al-Shariah, p.6; Duderija, “Contemporary Muslim Reformist Thought,” p.3.
7 Riḍā, al-Waḥy al-Muḥammadī, pp.191-348.
8 リダーはイブン・タイミーヤを極めて高く評価している。Riḍā, Yusr al-Islām, p.56.
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共同体の統一について、リダーは次のように解説する。以前、預言者たちは各自の共同 体を持っていた。しかし、神は、最後の預言者であるムハンマドには全人類を任せた。そ の結果、全人類が一つの共同体に属することになった。その根拠として、リダーは、クル アーン21章92節と23章52節の「これはあなた方の共同体、唯一の共同体である」を引 用する9。そして、宗教の統一について、クルアーン7章158節「言いなさい、『人々よ、
私は神があなた方に遣わした使徒です』と」を引用し、全人類が一人の預言者に従うこと になったと説く10。
ここまでの説明は、信教の自由を否定しようとしているかのように見える。だが、リダ ーは、「イスラームがフィトラ(天性)の宗教であり、信仰と思想の自由を認める宗教であ る結果、宗教は自由意思によるものとなった」と述べ、クルアーン2章256節「宗教に強 制はない」を引用する11。
さらに、リダーは、立法の統一について説明し、イスラームの統治に服する市民の間の 平等について語る。但し、司法の統一には例外がある。すなわち、イスラームが信仰と思 想の自由を尊重するという建て前から、非ムスリムは、個人の宗教に関わる問題―婚姻な ど―において、各自の属する宗教共同体の裁定に従うことができる。リダーは、こうした 区別が非ムスリムの信教の自由に資することを強調している。また、国籍の統一における 例外として、ムスリムにとっての祈りの場であるヒジャーズ地方にはムスリムしか住むこ とができないが、リダーによれば、同様の制限はイスラーム以外の宗教共同体のためにも 認められる12。
次に、クルアーンの目的の八番目は、戦争の目的と方法を正しいものに限ることである。
ここで、リダーは、欲に駆られて争いを繰り広げる無明時代のアラブの部族社会を植民地 主義の西洋列強と重ね合せながら、そうした戦いぶりと対極にあるものとして、イスラー ムにおける正しい戦争のあり方を示す13。
まず、リダーは、クルアーン2章190節「あなた方に戦いを挑む者たちに対し、神の道 において戦いなさい。けれども、侵略してはならない。侵略する者たちを神は好まない」
を引用する。リダーによれば、クルアーンによる侵略戦争の禁止は明確であり、廃棄を受
9 Riḍā, al-Waḥy al-Muḥammadī, pp.275-276.
10 Ibid., p.276.
11 Ibid.
12 Ibid., p.277.
13 Ibid., pp.319-320.