第 3 章 非対称情報の市場モデル
3.2 モデル
3.2.3 買い手エージェント
買い手エージェントはシグナルを用いた価額を提示し,3.2.1 で記述したオークションに 従って,購入する買い手エージェントを決定した後,最終の商品の支払価格が決定する.そ の後,買い手エージェントは商品から効用を得る.取引後,商品の品質に基づいて,自身で 参照したシグナルの逐次学習を行い,各シグナルの評価を更新する.
各買い手エージェントは,0または1の 𝑁 個のシグナルを持つ. 𝑠𝑖𝑔𝑛𝑎𝑙𝑗,𝑛 を買い手エ ージェント 𝑗(𝑗 = 1,2, … , 𝐽) のシグナル 𝑛 の値とする.本研究では,買い手エージェントが 考慮するシグナル数 𝑁 と売り手エージェントが用いるシグナル数 𝑁 を同じにしている.
シグナルが1の場合,買い手エージェントは売り手エージェントのそのシグナルを考慮し,
シグナルに基づいた評価額を提示して,購入の意思を示す.一方,全てのシグナルが0の場 合,買い手エージェントはシグナルを考慮しないので,取引を行わない.これにより,買い 手エージェントは,売り手エージェントが用いていて,かつ買い手エージェントが考慮する シグナルに基づいて,取引を行うこととなる.
また,各買い手エージェントは売り手エージェントから提示されたシグナルを評価する ためのパラメータをもつ.買い手エージェント 𝑗 のシグナル評価用パラメータを 𝑒𝑣𝑎𝑙𝑗,𝑛 とする.このシグナル評価用パラメータも,売り手エージェントおよび買い手エージェント のもつシグナル数 𝑁 と同数となる.
ここで,買い手エージェントからの価格提示の仕方について,図3.3に示す例を用いて説 明する.買い手エージェントは考慮シグナルとシグナル評価用パラメータをもち,売り手エ ージェントが提示するシグナルに基づいて,商品の評価額を提示する.例として,図3.3に 示したように,1番目の売り手エージェントが1, 0, 1という3つの提示シグナルを用いる場 合,1番目と3番目のシグナル(図3.3中に赤枠と青枠を示したシグナル)を用いることに なる.それに対して,1番目の買い手エージェントは1, 1, 0という考慮シグナルを用いてい る.したがって,買い手エージェントが用いるのは 1 番目と 2番目のシグナルである. 1 番目の売り手エージェントが示すシグナルのうち,買い手エージェントにとって実際に有 効なシグナルは1番目のシグナル(図3.3中に赤枠を示したシグナル)しかない.そのため,
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1 番目の買い手エージェントは 1 番目のシグナルとそのシグナルに関するシグナル評価用 パラメータを用いて,商品に評価額を提示する.また,図3.3の例の中では,買い手エージ ェントの考慮シグナルに対する評価額を100とする.したがって,1番目の買い手エージェ ントは 1 番目の売り手エージェントを提供した商品に提示する評価額は 100 ×シグナル評 価用パラメータの値 0.4 = 40 となる.また,2番目の買い手エージェントは1番目の売り 手エージェントに対して,買い手エージェントの考慮シグナル1番目と3番目(図3.3中に 赤枠と青枠を示したシグナル)の2つが有効なシグナルである場合,2番目の買い手エージ ェ ン ト は 1 番 目 の 売 り 手 エ ー ジ ェ ン ト を 提 供 し た 商 品 に 提 示 す る 評 価 額 は 100 × (1/有効なシグナル数2) × シグナル評価用パラメータの値 (0.8 + 0.7) = 75 となる.他の 買い手エージェントも同じ方法で 1 番目の売り手エージェントを提供した商品に評価額を 提示する.他の売り手エージェントに対しても買い手エージェントから同じ方法で評価額 が提示される.
図 3.3 シグナルを用いた価額提示の使用例
市場に出された商品に評価額を提示することを以下では入札と呼ぶ.上述した方法のよ うに,各買い手エージェントは 𝑠𝑖𝑔𝑛𝑎𝑙𝑗,𝑛 とシグナル評価用パラメータ 𝑒𝑣𝑎𝑙𝑗,𝑛 を用いて,
次式のように,商品に入札する.
𝐵𝑖𝑑𝑗 = 𝑏 × (1/ ∑𝑁 𝑠𝑖𝑔𝑛𝑎𝑙𝑗,𝑛
𝑛−1 ) × (∑𝑁 𝑠𝑖𝑔𝑛𝑎𝑙𝑗,𝑛
𝑛−1 × 𝑒𝑣𝑎𝑙𝑗,𝑛) (3.5) ここで,𝑏 は上記の例の考慮シグナルに対する評価額であり,本研究において定数である.
式 (3.5) により,入札価格は考慮シグナルに対する評価額 𝑏 と買い手エージェント 𝑗 のシ グナル評価の平均を掛け合わせた値に決定される.
買い手エージェント 𝑗 は商品購入後,シグナル評価用パラメータ 𝑒𝑣𝑎𝑙𝑗,𝑛 を更新する.
購入した商品が良品の場合,シグナル評価用パラメータ 𝑒𝑣𝑎𝑙𝑗,𝑛 が高くなり,購入した商品 が不良品の場合,シグナル評価用パラメータ 𝑒𝑣𝑎𝑙𝑗,𝑛 が低くなるような更新が行われる.具 体的には以下のように 𝑒𝑣𝑎𝑙𝑗,𝑛 を更新する.まず,𝑒𝑣𝑎𝑙𝑗,𝑛 の初期値を 1 に設定する.購入 した商品が不良品の場合,シグナル 𝑒𝑣𝑎𝑙𝑗,𝑛 を考慮して購入した商品の良品数の割合とする.
一方,シグナル 𝑛 を考慮して購入した商品が良品の場合, 𝑒𝑣𝑎𝑙𝑗,𝑛 は1を保持することと なる.したがって, 𝑒𝑣𝑎𝑙𝑗,𝑛 は買い手エージェント 𝑗 から見て,シグナル 𝑛 を考慮して購 入した商品の良品率となる.ここで,異なる売り手エージェントが同じシグナル番号のシグ ナルを用いて商品の情報を提供し,それらの商品を買い手エージェントが購入した場合に も,同じシグナル評価用パラメータの値が学習されることに注意する.
各売り手エージェントから提供される商品のオークションにおいて,各買い手エージェ ントが購入する商品の個数は1個である.また,各売り手エージェントから提供される商品 は最大で 𝑀𝑚𝑎𝑥 個であるため, 𝑀(≤ 𝑀𝑚𝑎𝑥) 人の買い手エージェントが商品を購入できる.
しかし,商品を購入する買い手エージェントの購入価格は,3.2.1 項で述べたように,オー クション形式により決定された価格となる.買い手エージェント 𝑗 は,取引を行うとき,
次式により,利得 𝑃𝑟𝑜𝑓𝑖𝑡𝑗 を獲得する.
𝑃𝑟𝑜𝑓𝑖𝑡𝑗 = 𝑢𝑡𝑖𝑙𝑖𝑡𝑦𝑖− 𝑝𝑟𝑖𝑐𝑒𝑖 (3.6)
ここで, 𝑢𝑡𝑖𝑙𝑖𝑡𝑦𝑖 は売り手エージェント 𝑖 から購入した商品により得られる効用である.
𝑝𝑟𝑖𝑐𝑒𝑖 は売り手エージェント 𝑖 の提供した商品に対して決定される入札価格である.なお,
𝑢𝑡𝑖𝑙𝑖𝑡𝑦𝑖 の値は商品の品質に依存する.すなわち,売り手エージェント 𝑖 が買い手エージェ
ント 𝑗 に対して販売した商品が良品の場合, 𝑢𝑡𝑖𝑙𝑖𝑡𝑦𝑖 の値を 𝑢𝑡𝑖𝑙𝑖𝑡𝑦𝑖good とする.それ以 外の場合は, 𝑢𝑡𝑖𝑙𝑖𝑡𝑦𝑖bad とする.なお,商品が良品率であるかどうかは3.2.2項に述べた売 り手エージェントの良品率 𝑝𝑖good により確率的に決定される.
期間 𝑡 の間で,式 (3.6) の各買い手エージェントの利得を加算した値に基づき,下位の 𝑙% の買い手エージェントを市場から削除する.一方,削除した数と同数の買い手エージェ ントを新たに生成する.新たに生成された買い手エージェントは新たなパラメータ 𝑠𝑖𝑔𝑛𝑎𝑙𝑗,𝑛 と 𝑒𝑣𝑎𝑙𝑗,𝑛 をもつ.買い手エージェントの削除後,次の入れ替えの際に同じ条件 で削除するエージェントを選択できるようにするため,すべての買い手エージェントの利 得を0にする.このようなエージェントの入れ替えにより,市場は適切なパラメータをもつ 買い手エージェントを保持することが可能となる.
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