第 4 章 非対称情報の市場モデルにおけるシグナル分析
4.2 良品率に依存するシグナルコストの決定方法
4.1.2 項で記述した良品率に依存するシグナルコストの値を用いて,100 試行のシミュレ
ーション実験を行い,それぞれの結果を表 4.1に示す(全ての試行結果は付録を参照).こ こで,良品率に依存するシグナルコストの値が300の時に得られた結果のうち,以下の4つ の典型的な試行を図4.1に示す.縦軸は売り手エージェントの平均良品率を示し,横軸は期 間を示す.
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表 4.1 良品率に依存するシグナルコストと平均良品率の関係
良品率に依存する
シグナルコスト 平均良品率 標準偏差
150 6.17 2.52
200 51.72 6.59
300 95.12 6,76
400 95.65 4.76
500 96.08 0.71
600 95.61 5.43
700 93.47 12.19
800 93.38 14.28
900 90.12 21.37
図 4.1 良品率に依存したコスト利用時のレモンマーケットの回避(=300)
1)商品品質の低下の問題が解消されるケース 2)商品品質の低下の問題が徐々に解消されるケース
3)商品品質の低下の問題が解消されるものの,時々商品品質が下落するケース 4)商品品質の低下の問題が解消されていないケースである.
最終的には,多数のケースが1)と同様に平均良品率が高くなり,表4.1に示すように100 試行の終了時の平均良品率は高くなった.このことから,良品率に依存するシグナルコスト を300以上にした時に,商品品質低下の問題が解消されていることがわかる.
シミュレーション結果から,シグナルコストが 300 を超える時に平均良品率が向上して いる.この現象を説明するため, 𝑐𝑛proposed の値を解析する.まず,式 (3.1),(3.3),(4.1)を 組み合わせることにより,次式を得ることができる.
𝑃𝑟𝑜𝑓𝑖𝑡𝑖= 𝑆𝑎𝑙𝑒𝑠𝑖− (𝑀 × 𝑎 × 𝑝𝑖good+ ∑𝑁−𝑅𝑛=1(𝑐𝑛normal× 𝑠𝑖𝑔𝑛𝑎𝑙𝑖,𝑛) + ∑𝑁𝑛=𝑁−𝑅+1(𝑐𝑛proposed× (1 − 𝑝𝑖good) × 𝑠𝑖𝑔𝑛𝑎𝑙𝑖,𝑛))
= 𝑆𝑎𝑙𝑒𝑠𝑖− ((𝑀 × 𝑎 − ∑𝑁𝑛=𝑁−𝑅+1(𝑐𝑛proposed× 𝑠𝑖𝑔𝑛𝑎𝑙𝑖,𝑛)) × 𝑝𝑖good
+ ∑𝑁−𝑅𝑛=1(𝑐𝑛normal× 𝑠𝑖𝑔𝑛𝑎𝑙𝑖,𝑛)+ ∑𝑁𝑛=𝑁−𝑅+1(𝑐𝑛proposed× 𝑠𝑖𝑔𝑛𝑎𝑙𝑖,𝑛)) (4.2)
ここで,式 (4.2) により,次式 (4.3) の条件が満たされる時,売り手エージェントの利得を 向上できることがわかる.
𝑀 × 𝑎 − ∑𝑁𝑛=𝑁−𝑅+1(𝑐𝑛proposed× 𝑠𝑖𝑔𝑛𝑎𝑙𝑖,𝑛)< 0 (4.3) 式 (4.2) の第2項から,式 (4.3) の不等式の左辺がマイナスとなる時,売り手エージェン トの良品率が上がると共に,売り手エージェントの売り上げが増加できることがわかる.売 り手エージェントの良品率は各エージェント固有の値であるため,エージェントの入れ替 えの際に,高い良品率をもつ売り手エージェントが生き残ることにより,市場に提供される 商品の品質が上がることになる.このようにして式 (4.3) の条件が満たされる時,商品品質 低下の問題が改善できることとなる.また,式 (4.3) から次の不等式を得る.
∑𝑁𝑛=𝑁−𝑅+1(𝑐𝑛proposed× 𝑠𝑖𝑔𝑛𝑎𝑙𝑖,𝑛)> 𝑀 × 𝑎 (4.4)
ここまでのシミュレーションでは,良品率に依存するシグナルは1つだけ使用している.
したがって, 𝑠𝑖𝑔𝑛𝑎𝑙𝑖,𝑛= 1 である.また,𝑀 は商品の販売量,定数𝑎は各売り手エージェ ントが商品を提供する時に必要なコストである.売り手エージェントがすべての商品を売 り上げていると仮定すると,3 章の表 3.1 に示したパラメータ値を代入すると, 𝑐𝑛proposed は,次の条件を満たす時に,売り手エージェントの良品率を改善する事がわかる:𝑐𝑛proposed>
𝑀𝑚𝑎𝑥× 𝑎 = 200.このことから,シグナルコストを変化させた表 4.1 の実験結果において,
𝑐𝑛proposed= 300 > 200 の時に,市場の良品率が改善される理由が理解できる.
上述したように,𝑐𝑛proposed の大きさは 𝑀 の値が小さい場合に小さくすることが可能で ある.中山 & 高橋(2012)では, 𝑐𝑛proposed= 120 の時にレモンマーケットが解消される 理由を明記していないが,以下のような理由を想定できる.評価額が0より大きい買い手エ
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ージェントの数が,提示された商品数 𝑀 を下回る時,提供される商品数の数が減ることに より,売り手エージェントの提供コストの和が小さくなるとすると,式 (4.4) の右辺が小さ くなるため, 𝑐𝑛proposed の値を小さくすることが可能となる.また,オークション形式によ り決定された価格に同意しない買い手エージェントを許すことによって,提供される商品 数が減る場合にも,提供コストが少なくなる場合にも,𝑐𝑛proposed の値を小さくすることが 可能となる.先行研究で 𝑐𝑛proposed= 120 の時,レモンマーケット問題が改善できる理由は,
上記のような設定があるものと想定される.
式 (4.2) 第4項により,表 4.1に示された, 𝑐𝑛proposed の値が増加するほど売り手エージ ェントの良品率が減少する原因を推察することができる.すなわち,良品率に依存するシグ ナルのコストが大きくなるにつれて,式 (4.2) の最後の項の値が大きくなり,売り手エージ ェントの利得が下がることになり,良品率に依存するシグナルを使用する売り手エージェ ントが少なくなるためである.この時,良品率に依存するシグナルを使用しない売り手エー ジェントの利益は次式のように計算される.
𝑃𝑟𝑜𝑓𝑖𝑡𝑖 = 𝑆𝑎𝑙𝑒𝑠𝑖− (𝑀 × 𝑎 × 𝑝𝑖good+ ∑𝑁−𝑅𝑛=1(𝑐𝑛normal× 𝑠𝑖𝑔𝑛𝑎𝑙𝑖,𝑛)) (4.5)
この式より,売り手エージェントは良品率を低めた方が,コストを減少させることにより,
利益を増加させることができるため,売り手エージェントの平均良品率も下がることにな る.このことから,良品率に依存したシグナルのコスト 𝑐𝑛proposed の値が過大になる時,売 り手エージェントがそのシグナルを用いないことにより,再びレモンマーケットになって いくことがわかった.