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講座等の沿革 薬 剤 部

ドキュメント内 一般教育等(翌朝吉野臨精工れ) (ページ 102-106)

医 ・ 薬一体 と 東 西両医学の 融合 を 創設 の 理念 に 大学が発足 し て 2 0年 、 病院が開院 し て 15 年 に な る 。 開学 十周 年記念 誌に 記載 し た 薬剤部 の 数 多 く の 特色が 、 こ の 1 0年で ど の よ う な 変遷 を 遂 げた か述べ て み た い 。

第一の特色 は病院が大学直属 で薬剤部 は 薬学 教育 の 研修 の場 と し て 位置づ け ら れ 、 職員 は 教 官と 技 官と か ら な 仏 教 官は 薬学部 に 所属 し 、 実務 と 教育 ・ 研究 と が 両立 し て い る こ と で あ る 。 こ の 特色 は 現今薬学教育が 医療志向 を 強 め つ つ あ る 時流 を 先取 り す る も の で あ り 、 ど の よ

う な 医療薬学教育 に も 即対応可能で あ る 。 特色 の 第 二は職員全員が医 師と 同 じ 6 年制修 了 者 か学位取得者 で 、 全員 が学位取得者 に な る の に 1 0年 は 要 し な い で あ ろ う と い う こ と で あ っ た 。 1 0年前 の職員 が現職 に あ れ ば こ の 目 標 は 達 成 さ れ て い る が 、 現在技 官の 学位取得者 は I 名 し か 残 っ て い な い 。 全 員 が 栄 転 さ れ て 、 教授 1 、 助教授 2 、 講 師1 、 薬剤部長 5 、 主 任研究 員 3 名 が誕生 し 、 他 に 開 局者 4 名 、 地方公務員 や 特殊法人 に 転 出 さ れた 方 も お り 、 男性は 計24 名 が転 出 さ れ 、 結婚等 で退職 さ れた 女 性15名 を 合わ せ る と 、 こ の 1 5年間で定員 の 2 倍の 方々 が 薬剤部 を 巣立 っ て 行かれた こ と に な る 。 定年退 官に 伴 う 部長 の 交代 時 に は 薬剤音[í の 教職員 の 年 齢構成 は 開院 時 に 近 い 値 で あ る こ と を 薬剤部長

は 理想 と し て い る 。

第三 は職員 全員 に 研究 を 義務付 け た こ と で あ る 。 診療部門 と の 共 同研究 も 成果 を 挙 げ 、 原著 2 00報 、 う ち 英語 の 論文 1 00報 、 学会発表 は 圏 内 外 を 含 め 3 00回 に 達 し 、 著書 、 総 説等 は80件 に も な っ て い る 。 こ の 研究成果で13名 が学位 を 取 得 し た 。

ま た 教 官の海外出 張 に は 常 に 技 官の薬剤 師を 同行 さ せ 、 こ れ ま で に 13名 が外国 出 張 の 経験 を 積 み 、 留学 さ せ た 5 名 の職員 の 内 2 名 は 技 官の 薬剤 師で あ っ た 。

第 四 は 和漢診療 の 発足 に 伴 っ て 、 漢方 方剤 の 薬効解析や エ キ ス 頼粒剤の評価 を 行 う こ と で あ る 。 漢 方 は 経験 の 累積で集大成 さ れた 医療体系

ゆ え 、 薬 に 関 し て は 原典 を 温存 し 、 こ れ を 科学 的 に 解明 し て 行 く こ と を 使命 と し た 。 し か し 二 重盲検 に よ る 臨床試験 の成績 は 薬効 に 関 し て 否 定 的 な 結果 が多 く 、 経験的 あ る い は 定 性的 な 薬 理作 用と 、 そ の 定 量的評価 と の 聞 に は 、 大 き な 隔 た り の あ る こ と が確認 さ れた 。 加 え て 臨床評 価 の 行わ れ て い な い エ キ ス 頼粒剤が医療 用医薬 品 と し て 登場 し 、 政治的圧力 で こ れ を 温存 し よ う と す る 傾向 が 見ら れ る が 、 誠 に 遺憾 で あ り 前 途 は 多事多難で あ る 。

第五は 新 し い タ イプの 薬剤 師の 養成 で あ る 。 薬剤 師の 病棟 出 向 は 、 開院時 は 海 の か な た ア メ

リ カ で の 出 来事で あ っ た 。 そ れ が6 00点業務 と し て 保険で認 め ら れ る よ う に な り 、 薬学教育 も こ の 方 向 に 沿 っ た 改革が始 ま っ て い る 。 創設時 に 要求 し た 『薬剤 師も 医 師と 同 じ 教 官職』 化が 現 実 的 な も の に 成 り つ つ あ る の は誠 に 喜 ば し い

こ と で あ る 。

特色 に は 挙 げ な か っ た も の に 治験薬 の 管理 と 評価が あ る 。 本院 で は 開院時か ら 治験薬 は厳密 な 管理 と 評価が必 要 な も の と の認識 に 立 っ て 、 全診療科の 了 解 を 得 、 開院時か ら 管理 を 薬剤部 で行 い 、 薬 は す べ て 処方筆 に 基づ い て 患者 に 投 与 さ れ る シ ス テ ム に して 、 こ れ を 管理 し 、 薬剤 師の み か ら な る 治験薬審査組織 を 作 り 実施 し て 来 た 。 G C P 発行後 は こ の 組織 の 上 に I R B を 置 き 、 実質的 な機能 は継続 し て い る 。 こ れ も 薬 剤部 の 特色 と 言 い え よ う 。

最後 に こ の 1 0年以 内 に 起 こ っ た 薬剤部 に 関 わ る 大 き な 変化 に 、 厚生省 の 推進 し て い る 医薬分 業 に 協力 す る 形 で の 院外処方筆 の 発行が あ る 。 本学 の よ う に 薬剤部や薬剤 師の 主体 性が医療 の 中 で認 め ら れ て い る 所で は 、 医療 の 本質 を 考慮 す れ ば意味が な い か も し れ な い 。 し か し 、 医療 費 の 赤字対策 と 薬剤 師の 病棟活動 に 増員 の 見込 め な い こ と が 、 こ れ を 加速 す る 背景 と な り 、 分 業推進の 先駆的役割 を 担 う 目 的で院外処 方 の 発 行が機関決定 と な っ た 。

今後 は 県 内 外 に 健全 な 分業態 勢 の 整 う こ と が 望 ま れ る 。

看 護 部

昭和54年 の 附属病院開院時 に は看護婦の平均 年齢 は 23歳で あ り 、 名 実 と も に 若 い 力 を 結集 し て の 創設で あ っ た 。

今、 開学20周 年 を 一 つ の 節 目 と し 、 看護部 の こ れ ま で の歩 み を振 り 返 っ て み た 。 限 ら れた 紙 面 で あ り 、 沿革 に 終始 し 先輩諸姉 の ご苦労 を 語 れな い こ と を お 詫び、 申 し あ げ る 。

と に か く こ こ ま で来 ら れた の は初代坂倉看護 部長 を 始 め 先輩諸姉 の 大変 な 努力 と 歴代 病 院 長、 関連各部 の 方々 の ご指導 あ っ て の こ と と 感 謝の気持 ち で い っ ぱ い で あ る 。 今後 と も た ゆ ま ず努力 を 続 け 、 更 な る 前進 を 誓 う も の で あ る 。 沿革概要 1 ( 開 院準備 よ り 全病棟開棟 ま で) 昭和52年

4 月 1 日 坂倉 ナ ミ 看護主幹着任 4 月 18 日 附属病院創設準備室設置 昭和53年

4 月 1 日 出来田 (現在 堀井) 満恵技官 - 吉 固定子技官着任

1 1 月 1 日 西 田彰子技官 ・ 江川 ア ツ 子技官 着任

昭和54年

2 月 7 日 附属病院竣工 2 月 16 日 江 口 富子技官着任 3 月 29 日 看護婦宿舎 1 号棟竣工

4 月 1 日 附属病院設置 15診療科及 び中央 診療施設、 薬剤部、 看護部設置 10月 15 日 附属病院開院

看護部長 坂倉ナ ミ

副看護部長 出来田満恵

看護婦長 江川 ・ 桂木 ・ 高木 ・ 西 田 ・ 森 山

副看護婦長 江 口 ・ 佐藤 ・ 吉田 病床数 339床 看護婦定員 155名 昭和55年

4 月 東病棟及 び看護婦宿舎 2 号棟竣工 8 月 東 2 ・ 3 ・ 4 病棟開棟 ( 132床) 昭和56年

5 月 東 5 ・ 6 ・ 7 病棟開棟 (151床) 病床数計 622床 看護婦定員 297名

第 5 節 附 属 病 院 195

沿革概要 II ( 開学10周年以降) 昭和63年

3 月 附属病 院 中央診療棟増設 坂倉ナ ミ 看護部長退官 4 月 出来田 満恵看護部長就任 平成元年

4 月 週42時間勤務開始

10月 附属病院開院10周 年記念式典 平成 2 年

4 月 救急部 に D 5 勤務導入 平成 3 年

3 月 近畿 ・ 中部地 区看護部長会議開催 4 月 4 週 8 休 テ ス ト 開始

婦長昇任 3 名 副婦長昇任14名 5 月 「看護の 日 」 制定 県 の 記念行事 に

「 ビ デ オ の部」 寺垣士長入選 10月 副婦長昇任10名

平成 4 年

4 月 副婦長昇任 4 名

5 月 「 看 護 の 日 」 県 行 事 「 ふ れ あ い ト ー ク 」 本院 よ り 荒井順子 出席 1 1 月 初代看護部長 坂倉ナ ミ 叙勲 平成 5 年

4 月 婦長 1 名昇任 副婦長 10名昇任

5 月 「看護 の 日 」 本院行事 「 マ マ ・ パパ の職場参観」 他西武 デパー ト 等 平成 6 年

3 月 堀井満恵看護部長看護学科へ転任 4 月 西 田彰子看護部長就任

5 月 「看護 の 日 」 院 内 作品展他西武 1 0 月 看護学科基礎看護実習 開始 平成 7 年

2 月 阪神大震災救護第 1 班 ( 3 月 に 第 2 班)

看護婦定員 313名

看護婦長20名 副看護婦長46名 研究 ・ 学会発表等 は 、 「看護研究業績集第 1 号」 に 記載 の た め 省 略

第 3 章 講座等 の 沿革

第 6 節 学 内共同教育研究施設

動物実験セ ン タ ー ( 1) 管理運営、 業務の 変遷 と 現状

動物実験セ ン タ ー は 実験医学 を 支 え る 重要 な 機関 と し て そ の 役割 を 果た し て き た 。 バ イオ サ イエ ン ス の 飛 躍 的 発 展 に よ り 、 動 物 実 験 へ の ニ ー ズ が高度化 す る と と も に 極 め て 多様化 し て き た こ と や 、 動物実験の 安全 性の 確保、 研究者 の 生命倫理 へ の配慮が強 く 求 め ら れ る よ う に な り 、 集 中管理型 の 動物実験施設 と し て 昭和国年 に 省 令化 さ れた 。 科学 的、 倫理的観点 か ら 適正 な 動物実験 を 遂行す る た め に 動物実験施設が基 本 的 に 担 っ て い る 機 能 に は 、 研究、 教育、 管 理 ・ 運営 の 三 つ の柱が あ る 。 第 四 の 柱 と し て 、

「干士会的活動」 の 機能が要求 さ れ て い る 。 動物 実験施設 は 大学 に お け る 研究遂 行 の 重 要 な 部 分

を 担 っ て お り 、 従 っ て 、 マ ス コ ミ 等 に よ る 取 材、 市民 へ の 啓蒙 ・ 教育活動等 は 機 関 の ー構成 施設 と し て そ の 責 の 一部 も 負 っ て い る 。 ま た 、

自 治体か ら 譲渡 さ れ る 実験 用動物確保 の た め 、 行政 と の 折 衝や 動物実験 に 反対 す る グ ル ー プの 働 き か け に も 的確 に 対応 し て い る 。

当 セ ン タ ー ( 国立大学動物実験施設協議会 メ ン パ ー の C ラ ン ク (3, OOOm') ) の 利 用状況 は 、 本学の研究活動 を 反映 し 、 年間 入館者数30, 000 人で あ り 、 利 用申 込 み 数、 動物飼育数、 施設 を 利 用し た 研究発表 は 、 B ラ ン ク (4, 000m2) と 同 等 で あ る 。

サ ー ビ ス 業務 と し て 、 各種利 用申 込 み 受付、

実験動 物 の 管理、 ケ ー ジ 等 の 洗 浄 ・ 消 毒 ・ 滅 菌、 各室 の 管理 ・ 監督、 飼料及 び チ ッ プの 購入

・ 保管、 動物 の検収及び検疫、 実験後 の 死体 の 保管 ・ 処理 を 行 っ て い る 。 ま た 、 セ ン タ ー の 専 任教 官は 、 薬 学 部 、 医 学 部 学 生 に 「 実 験 動 物 学」 の講義 を 担 当 し て い る 。

研究体制 は 、 専 任助教授 と 学 内配置 に よ る 教 務職員 が 中 心 と な っ て 行 っ て い る 。 動物実験施 設 の 管理運営 の 基本 で あ る 実験動物学 ( 実験動 物 の 開発か ら 飼育管理、 施設 の 温度 、 空調 ま で

極 め て 広い 範囲 に わ た る 学際的学問) の 一部 に つ い て 研 究 を 行 っ て い る 。 実 験 動 物 の 感 染 病 (微生物 モニ タ リ ン グ) や 、 疾 患 モデ ル ( エ イ ズ 動物 モデノレ) の 開発 に つ い て 研究 し て い る 。 (2) 沿革 に つ い て

昭和53年 3 月 実験動物施設竣 工 (89 1m2) 、 1 0 月 運営委員会設置。 昭和54年 1 月 施設長 に 小西 健一 ( 医 ・ 細 ・ 免) 選 任。 昭和56年 4 月 1 日 動 物 実 験 セ ン タ ー 設置 (文部省 よ り 認可) 、 9 月 運営委員会設置、 1 1 月 初代 セ ン タ ー 長 に 川 崎匡 ( 医 ・ 生理 1 ) 就 任。 昭 和57 年 3 月 東候英昭助 教授就 任、 第 2 期建物 (926m2) 竣 工。 昭和60 年 3 月 第 3 期建物 ( 1 , 2 2 0m2) 竣工。 6 月 セ ン タ ー竣工式挙行。 昭和63年1 0月 動物実験委員会 規程制定、 本学動物実験指針制定、 1 1 月 動物実 験 委 員 会 設置。 平成 3 年 1 0月 山 本博助教授就

任、 1 1 月 セ ン タ ー 1 0周 年記念行事。

動物実験施設 は 共同利 用施設で あ り 、 医学、

薬学、 生物学、 生命工学 な ど多種多様な研究 に 対応 し な け れ ば な ら な い 。 施設設置 当 時、 空調 設備、 動物の 飼育設備、 洗浄滅 菌設備、 手術室 な ど 、 基礎的整備 は な さ れた 。 そ の 後、 文字通 り 実験 セ ン タ ー へ脱皮 す べ く 実験設備 の充実 を 行 っ て き た 。 今後、 学 聞 の 進展 な ら び に 適正 な 動 物 飼 育 へ の配慮、 の 問 題 か ら 、 新 た に 必 要 に な っ た 設備類 ( ト ラ ン ス ジ ェ ニ ッ ク 動物の作 成

・ 維 持 管 理 室 、 臓 器 移 植 実 験 室 、 専 用麻酔装 置、 安 楽 死 装 置 、 共 同 臨 床 検 査 室 、 教育研修 室 、 学術情報処理 ネ ッ ト ワ ー ク 機器) の 補充も 必要 と な っ て い る 。

(3) そ の 他

例年 の 行事 と し て は 、 1 0月 に 実験動物慰霊祭 が行わ れ る 。

ま た 、 セ ン タ ー で は 、 セ ン タ ー職員 同 士 の 親 睦 を 深 め る た め に 年 l 回以上の親睦会 を 企画 し て い る 。 夏 の 暑 気 払 い や 秋 の 慰安 旅行、 そ し て 、 冬 の 忘年会 は 毎年の恒 例で あ る 。 セ ン タ ー 長 の 交替 時 や 、 セ ン タ ー職員 の 異動時 に 歓送迎 会 が行わ れ る 。

ドキュメント内 一般教育等(翌朝吉野臨精工れ) (ページ 102-106)

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