• 検索結果がありません。

諸個人の連合・その理論的諸前提

ドキュメント内 Microsoft Word - 三浦幸雄遺稿集本文 改訂2.docx (ページ 193-200)

―柄谷行人「世界共和国論へ」を読んで―

情報の中で孤立する「個人」

そしてこの「個人」と「個人」とでなる 瑠璃色の小集団

瑠璃色の小集団は連綿と連鎖し 新しい瑠璃色の小集団を成す

(坤秀叡「生命いのちの一歩」より)

はじめに

柄谷行人の「世界共和国論へ」は2001年に書かれた「トランス・クリティーク―カント とマルクス」という専門家向に書いた論文を、一般読者向のスタイルに書きかえ、内容的 にも論述の「対象を広げたものだと謂う(本書「あとがき」)。そうだとすれば、この本は ナムの運動に結実していく柄谷のテキストの一部を成すものと言えるのであって、「倫理21」 やシンポジウム「ナム」や「革命と反復」というテキストと一連を成すものだ、というこ とになる。

私は先に「柄谷行人その不在と抽象」という論文を書いたが、その時点で「カントとマ ルクス」を読んではいなかった。このことも併せて、本書を読むことでこの論文(以下「不 在と抽象」と略記する)の論旨に変更の必要があれば、という視点でこの本を読んだ。

結論を先取りして言えば、本書を読むことで「不在と抽象」の論旨に変更の必要がない。

本書の内容はいかにも柄谷の行論らしく、いろいろ豊かな示唆に富むものであったが、か えって、それらの示唆を受け取ることによって、私自身の論旨も一層明確に再確認するこ とが出来た。この小論はこの次第の詳細を書いたものである。

本書の目的はあくまで世界史的認識に在るが、それらは二つの大きなモデルの交錯によ って成立している。そのうち、前者は時間的序列=世界史の大きな時代区分に係わるもの で、<世界帝国とその周辺>が主軸を成す時代(フラットに言えば原始―古代―中世全般)

194 と、<資本主義>が主軸になる時代(近世から近代を通ずる歴史)に他ならない。今一つ は前者のようにクロノロジカルというよりはシンクロニカルな人間(人類)の交換(交通 様式)の四つのモデルであって、著者はこれを<互酬>、<略奪・再分配>、<商品交換

>、<アソシエーション>の四つの<交換様式>であると謂う。さらに、これらの四つの

<交換様式>は、歴史的な人類の組織諸形態に対応させられる。<互酬>は広く共同体を 規制する交換様式として、<略奪・再分配>は国家の交換様式に、<商品交換>は資本主義 の交換様式に該当させられる。しかし、<アソシエーション>だけは、組織形態として歴 史的現実として現れたとは言えない。それは古代の普遍宗教によって啓示され、近代以降、

J.プルードンや M.へス、K.マルクスによって提唱された運動諸形態の萌芽で終わってしま った理念とされている。

ところで私は本来の世界史的な論述は二つのモデルを交錯させる(=組み合わせる)こ とで成り立っていると、と述べたけれども、その具体的な展開はどんなものなのか、いく らかをみてみることにする。

<世界帝国>とは、膨大かつ緻密に組織された常備軍と官僚組織を整備した「王」、又は

「皇帝」の国家であり、文字通り、支配権益を拡大していく。略奪した富は<王>を中核 とする支配層に再配分され、支配されるに到った小国家や、それに帰属する部族や村落の 共同体共々、帝国の<周辺>とされる。かくして周辺化された小国家群や下位集団(共同 体)は<帝国>から強要される賦役や貢納の義務を負うが、<帝国>はこれらに対してそ れ以上の強制や干渉を行なわない。それ故に<周辺>の国家や下位集団(共同体)の遺制 やエトノスはそのまま残っていき、アウタルキー的な生産に基づく、<共同体>的な<互 酬>が長く存続することになる。こうした共同体的な互酬原理は、帝国の巨大な治水事業 や、常備軍のもたらす治安によって裏付けられていたのであって、近代の史家の謂うアジ ア的専制―停滞性を表すもの、となる。こうした<世界帝国とその周辺>の時代に<商品 交換>が行われなかったのではない。むしろ、それは一定の治安を与件として、<世界帝 国とその周辺>相互の遠隔地交易として極めて盛んであった。しかし、この<商品交換>

は、帝国の内部的周辺的編成を変位させることはなかった。それらの富は帝国の支配機構 のなかで消化(再分配)されて、その編成を改変させることはなかったのである。言って みれば、<世界帝国とその周辺>の時代とは、巨大な国家による<略奪・再分配>の交換 様式が中心にあり、<商品交換>のもたらす効果はそれに飲みこまれ、<互酬>は下位化 されたママ、温存された時代であった。本書に依れば、<世界帝国とその周辺>の歴史的 時代が<帝国>と<周辺>だけで終わるのではない。著者はこの時代の重要な要素として

<亜周辺>をあげる。

<亜周辺>とは文字通り、世界帝国によって支配=周辺化されなかったエリアを指して いるが、それらが<亜周辺>として帝国から自立できた原因については、地政学的、民族 的、文化的な原因が複合したためであろう、とされている。

この<亜周辺>の典型がギリシアであった。ギリシアは本来的にミュケナイの諸社会や

195 諸国家を継承すべきものであり、ミュケナイの文化や社会は、その国家形態を含めて秀れ てオリエントの帝国の周辺に他ならなかったが、ギリシア人はこれを継承しなかった。彼 らはヘレネスの<中心>、即ち、ギリシア帝国を作らず、おそらくは部族的な紐帯=連合 を軸に様々に自立的な都市国家=ポリースを作り、併立した。ポリースはやがて、その最 盛期=古典古代の時代をむかえるが、この時点で、ポリースとは重装歩兵としての兵役義 務を負う自由民=市民の<共同体>であり、<国家>でもあった。その内部編成は、奴隷 による手工業や、農業も盛んであったが、なかでも商業は盛んであって、ギリシアの遠隔 地交易のルートは地中海―オリエント―ペルシアを通じてインドのエリアにまで及んでい た。

このような<亜周辺>として自立的に発展したギリシアが本書の視点から重要なのは、

(著者は明示的に述べてはいないが)ギリシアに在っては帝国が存在しないだけではなく、

その内部的編成に於て、どの<交換様式>も中心にならなかったという点であろう。K.マ ルクスが「経済学批判要綱」で、ギリシアでの土地の所有と占有の形態を、私有と共有(公 有)の併存と論述したように、ギリシアに在っては<略奪・再分配>も<商品交換>も<

互酬>も存在したが、それらは、併立拮抗し合いながら、その併れも、支配的な<交換様 式>となることは出来なかったのである。(このコンテキストに即して、著者がギリシア的 な要素を多く引きついだ古代ローマ帝国を、理念的なイミに於て、<世界帝国>でないと 論断していることは至当である、と私は思う)。(註 1)。

このギリシア・ローマ的な<亜周辺>の特徴は、ギリシア・ローマ時代とは、根本的に 社会構成を異にしながらも西ローマ帝国の後地にそのママ継承される。西ヨーロッパの中 世=封建制の世界がそれである。ここでは封建諸王が互いにしのぎ合いながらも、ついに 絶対優位の主権国家は成立を見ることがなかった。封建諸王は<外部>的に互いにしのぎ を削り合っただけでなく、<支配>の正当性に於て、カソリック教会(法皇庁)にその権 力を制限された。そのうえ、その法皇庁と結託した<中世都市>の自立を許容せざるを得 ないばかりか、<内部>的にも下位集団としての、農民層の成長に下から押し上げられて いた。というのも西欧中世の農村共同体に於ては、公有地はなお多く残り、共同体的原理

(互酬)の活動は多くみられたとは言え、農民層の余剰生産力は伸長しており、結果とし て、局地的な市場も成立すると共に、農民的土地所有は一段と進捗してもいたのである。

即ち、ここでも、ギリシアに於けると同様に、<中心>(<帝国>)は存在せず、<商品 交換>、<略奪・再分配>、<互酬>の併れもが併立・拮抗し合った世界を構成している、

ということになる。

しかし、この<亜周辺>の自生的な展開は、<世界帝国>とその<周辺>にはありえな い歴史を生み出す母胎ともなる。<絶対主義国家>の出現がそれである。

<絶対主義国家>とは、比較優位(絶対優位ではない)に在る王権が<都市>の富裕層(ブ ルジョアジー)と結託して、傘下の封建諸侯(貴族)の既得特権を収奪し、自らを<主権 者>と成すに到った国家である。この<主権>としての<王権>の画期的な意義は、<略

196 奪>及び<再分配>と<商品交換>とが本格的に結束したことに在る。それは、国内的に は、封建制と、それと不可分に存在していた共同体を分解=解体し、<共同体>に係わる 宗教、習俗、エトノスを排除して、全ての臣下を一様な<主権者>の<臣民>(サブジェ クト)とした。(この無差別で一様な臣民こそ、<国民>=<ネーション>の原基体である。)

さらに対外的には、航海技術の発展と重火器の発展を与件として、<商品交換>を全世界 に普及させるマーカンタイル・システム(重商主義)を展開することになる。この重商主 義は現象的には、軍隊と「東インド会社」による植民地侵略、植民地経営という暴力的な 形態をとるけれども、本書の論旨からいえば、このような、グローバルな重商主義の展開 がはじめて、<商品交換>による<世界帝国と周辺>の内部的編成を変容させ、もしくは 解体させていったこと、及び<国家>と<資本>の相補関係が、教会、封建制共同体を押 しのけてはじめて本格的に成立したこと、の二点に重点がある。即ち、著者にとっては、

<資本主義>とは<国家>と<資本>の、交換様式論的には、<略奪・再分配>と<商品 交換>との本質的な相補関係それ自体であり、次に、この相補関係を対内的、対外的に継 起させていく<システム>そのものをイミするのである。もちろん、<絶対主義国家>が

<国民国家>へと変化していくについての紆余曲折がある。(それは市民革命による<王権

>の打倒、もしくは<王権>の<主権>からの排除=名目化、という二様の形態をとる。)

しかし、それらについては著者のネーションについての論述と併せて、後でいくらか述べ ることにする。

前項では、本書の論旨のあらましを出来る限り簡略に要約することに努めてきた。しか し、本書の内容は、もちろん、このようなあらましに尽きるものでは到底ないことは、言 うまでもない。著者独自の思索をかたむけた示唆にみちた論理的展開や見解の提出が試み られている。本項では、それらのうち、特に重要と思われるものを抽出して、若干の検討 を加えてみたい。

それらは以下の如く抽出される。

(1)人間の<交換様式>論のなかで、<略奪・再分配>と<互酬>とを区別し、<原始的 共同体>の歴史を二つのコースに類別したこと。

(2)a)国家論の研究史に関して、T.ホッブスの学説をJ.ロックや、J.J.ルッソーの それとを区別したこと。

b)上の論理に即して、J.プルードンや、K.マルクスの「国家廃絶論」のオプティ ミズム(歴史的無効性)を明確にしたこと。

(3)<国民国家>を一つのコンセプトとして捉えるのではなく、独自の<ネーション>

論を展開して、<ネーション=ステイト>として綿密に分節化しようとしたこと。

ところで、これらの諸点について検討に入る前に、一つだけ,予断しておきたいことが

ドキュメント内 Microsoft Word - 三浦幸雄遺稿集本文 改訂2.docx (ページ 193-200)

関連したドキュメント