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論述・批評兼具―解説の展開

ドキュメント内 江戸儒学の近代学問論的展開について (ページ 48-73)

第二章 井上哲次郎の山鹿素行論

2. 論述・批評兼具―解説の展開

自分の理解をもって、素行の古学思想に対する説明を試みるのが、井上のもう一つの解釈 方法である。

例えば、「理」を論じる場合、素行は下のように示している。

先儒各以天理稱之、人々為具這箇天理、竟以己心所感知為天理、是究理之不至於至善也、

己心必因習來多有汙染…以此心究此理、便悉落在私意了、豈可謂之究理、可謂之至善乎、

太差謬(語類、P.167)

上に述べたように、宋儒は、「性」「天」を「理」として、「心」をもって理を究明する。

素行はそのような心証を論破して、理を「条理」と解釈し、

「一物一理」 、 「條理紊則其理 不明」 という

「理」の実在性を強調している。井上は素行の論述について、下のように述 べている。

素行理を論じて曰く「條理あり、之れを理といふ、事物の間、必ず條理あり、條理亂る れば、則ち先後本末正しからず云云、凡そ天地人物の間、自然の條理あり、是れ禮なり」

と、乃ち知る彼れは倫理秩序moral orderの如きものあるを認めて之れを理となせる51 井上は、素行の説いた「理は條理」、「自然の條理、禮なり」を、「倫理秩序」、「moral order」

という西洋の言葉で解釈している。「理」における社会性と実在性がよりはっきりと反映さ れている同時に、素行の「日用之間」

「公共而不私」という観念も的確に表現されている。

そして、素行は「中庸」に関する論述において、「中」の意味と実践方法をめぐって説明 を下のように展開している。

51 井上哲次郎 『日本古学派之哲学』(富山房、19265月)、P.69

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中者不倚而中節之名也(語類、P.139)

庸者平日平常之謂也(語類、P.142)

夫子曰、君子之中庸也、君子而時中、此時字與庸字表裡、庸者平常也、用來此中於平日 常時之際、無時而不中、是中庸也、是時中也(語類、P.152)

上述の通り、素行は孔子の説に依拠して、「中」「庸」が互いに働きかけて、一体になって いる、と説明している。その中、「庸」は、平日平常で、実際の行動を意味している。「時」

は、無形的なので、状態が続いているということを意味している。よって、「中庸」には、

「中庸」「時」という概念が含まれている。つまり、「中」とは、日常的な活動を続けるとい うことである。

井上は素行の論述によって、素行の「以中為天下之大本」という観念において、素行のと いた「中庸」が、「中」を中心としていることである、と説明して、さらに自分の見解を下 のように示している。

素行は中庸を解して、単に過不及なきの意となす、即ち兩極端に偏せざるの意となす

(井上、P.69)

上述の通り、井上は、素行の説いた「中庸」とは、「

無過不及

」というものであると捉え ている。また、宋儒の場合、井上は下のように説明している。

宋儒…中と庸とを分ちて相對立するものとなし、庸を以て別に工夫を立つるものあり

(井上、P.69)

井上によれば、宋儒は「中庸」を「中」と「庸」の二つに分けて、対立している。その中、

宋儒は「庸」を「

不易平常

」、即ち変わらないと解釈して、されに「

天下之定理

」と見な している。そのような論述が、孔子の学の真意から外れている、と井上は示している。

「中」の実践方法について、素行は宋儒を論じる際に、下のように述べている。

宋明儒生、以中為寂靜無事之時、故人人未發之前皆為有中、竟盜賊亦未發之時至為有中、

太差謬來(語類、P.156)

素行によれば、宋儒の説いた「中」において、心にあり、実行する前にすでに存在してい るものである。井上は素行のその説明によって、宋儒における「中」の観念において、「未 發の中を性となし」、「深遠幽窅の旨趣」があると評している。井上はその評価には、褒貶の 意を表示していないが、宋儒の「禅氣を帯ぶる」の意を婉曲に伝えている。それが素行の宋 儒を批判しているところでもある。

(二)山鹿素行論における思弁とその展開

既述のとおり、井上哲次郎は山鹿素行における「理」の説を説明する際に、「倫理秩序」

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「moral order」という概念を提示している。近世儒学の考察において、西洋近代思想によっ て東洋の観念を表現するのが、井上の特色のある研究方法である。その研究方法が、「宇宙 論」「道徳論」の論述にも使われているために、その二つの部分を中心として検討したい。

1.

宇宙論

井上は、「宇宙論」を論点の一つとして、山鹿素行の古学思想を論じている。しかし、素 行の『要録』『語類』には、「宇宙」という表現は出ていない。井上の「宇宙論」の内容と対 照しているのは、『語類』の「天地」篇である。したがって、井上の説いた「宇宙」という ことを把握するためには、『語類』の「天地」篇を参照し考察してみよう。

天地者陰陽之總管、而陰陽者天地所以為天地也、既有陰陽、則升降進退而有這箇天地…

天地者萬物之宗源、道體之極也(語類、P.261)

凡天地、其本無運轉、是陰陽各定其位、能安寧而上下不違、無古今無消長、運轉於天者、

日月星宿及河漢、皆天之氣也、運轉於地者、水潮之消息、草木之榮枯、人物之飛走死生、

皆地之氣也(語類、P.262)

上述の通り、素行が天地において、自然のあり方や性質などが含まれている。井上の説い た「宇宙」は、西洋の自然の観念が輸入された後、訳語として使われているものである。「宇 宙」には、自然界の万物だけではなく、時間、空間という抽象的な概念も包含されている。

その訳語をもって素行の天地観を解釈するのは、東洋と西洋における自然理解に基づいて、

天地の概念を適当な言葉を介して意志疎通を図る説明方法である。

「宇宙論」において、主に『語類』の天地篇における三つの論点に触れている。

(1)天地の形

素行は、天地を何か形あるものとする、という問題について、まず天地の本質から、下の ように述べている。

天者氣所鐘也、覆而無外、雖盡昇億兆之上又如此、是氣之所積也(語類、P.264)

地者氣之渣滓降而結聚、其實躰水而其可見土也(語類、P.266)

夫氣者輕揚、質者重停、天者積氣耳、故能清昇、地者氣之渣滓、故重降、地之四方上下 皆然、地下又氣昇質降、四方又昇降、…有氣乃有質、有質乃有氣(語類、P.267)

素行によれば、天地の本質を見極めると、気なのである。軽い方は気であり、流動して、

不安定な様相を呈している。重い方は質であり、沈んで固着している様相を呈している。気 と質は同一であり、互いに作用しあっていて、切り離すことが出来ない。したがって、天地 自然はバランスが自らよく機能して、事象あり形なしのものである。

邵雍は、「天圓地方」説を唱えている。それは宋儒が天地の形において代表的な論説にな っている。素行は「天圓地方」に対して、宋儒と異なった見解を示している。

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先儒竟論地之形躰、曰方、…愚謂、地亦圓形而與天既包地相應、火者炎上、水者潤下、

潤下之水又圓也、炎上之火又圓也、日月可以見之也、古人以地為方、易謂坤德為方、是 方者正而定之謂也、凡圓者不止、方者定、氣以不息、質以不移、氣者充滿不虧、質者有 定法不變、是地之德也、方者能平能直、故稱地曰平曰直、其形者圓、與天相應也(語類、

P.267)

上天本無實形、下地亦無實形、強論說、則星辰日月之運轉、以屬圓、四時氣候之循環、

四方配當之序、以屬方、於此方圓相對、氣質相成、上下以定、尊卑以位、萬物以亨也(語 類、P.267-268)

上述の通り、素行は、「圓」「方」ということを具体的な形ではないという考えを示して、

天地の本質を抜きだして「圓」「方」を再定義している。つまり、「圓」「方」を抽象化して いる。よって、素行において、「圓」とは気が地から湧き上がることであり、即ち、自然の 法則、または変化の法則、「方」とは気が地に下がることであり、即ち、定着、移り変わり はないということである。「圓」と「方」とは互いに働きかけて、自然の道になっている。

素行はより一層高い視点から、古典の学説に基づいて、「圓」「方」における意味と観念を捉 えている。

そのほかに、素行も「天上」「天外」ということに言及している。

天者氣所鐘也、覆而無外、雖盡昇億兆之上又如此、是氣之所積也(語類、P.264)

凡有形躰者必有內外、…上天豈有這外乎、若有外乃非上天、上天無形象、唯一氣而已(語 類、P.266)

天上皆天也、不可窮盡、地下皆水也、不可窮盡、日月星辰河漢可見、山河人物可知、唯 其氣之相運轉也、本皆無形也(語類、P.268)

上に述べたように、知覚される事象も未知の事象も、みな気の凝集であり、形がないので ある。したがって、天も地も形がなくて、限界なし、内外なし。

井上は素行の天地説について、下のように述べている。

素行が宇宙を無躰無形とするの意を考えるに、有形の萬象を包圍する宇宙は、唯〻茫々 たるのみ、何等の定形もなし(井上、P.73)

井上は、素行の論説を「宇宙無躰無形」とまとめて、「宇宙」という抽象的な概念によっ て、あらゆる事象を概括して、素行の天地における独自の空間観を明らかにしている。

(2)天地の始終

「天地の形」が空間に対する認識である。「天地の始終」は時間の視点から、天地のあり かたに関する考察である。

邵子曾て天地を論じて、既に消長あり、豈に始終なからんや、天地大なりと雖も、是れ

ドキュメント内 江戸儒学の近代学問論的展開について (ページ 48-73)

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