語用論的条件の充足に基づく発話理解に焦点を当てたシステム構成を図 3.2に 示す.語用論的条件の充足に基づく発話理解は,発話理解の中でも談話理解の機 能として位置付けられる.対話状態には,語用論的条件を充足させるための文脈
と,ユーザ問い合わせ内容に対するシステム理解状態が保持されている.語用論 的条件を充足させるための文脈は,制約の集合としてモデル化される.本研究で 用いる制約としては,対話登場人物間の社会関係,話し手の視点,情報のなわば りに関する制約がある.
ユーザ発話が入力されると,ユーザ発話内容とともに語用論的条件が抽出される.
本章では,語用論的条件を発話の語彙・統語論的特徴から取り出す言語解析 [46]
を想定し,語用論的条件は抽出できたものとして議論を進める.また,音声認識 誤りについては議論しない.
談話理解部は,語用論的条件を文脈の下で充足させることにより,ユーザ発話 内容に含まれるゼロ代名詞の指示対象を決定する.このプロセスを理解プロセス と呼ぶ.理解プロセスによって情報を補完されたユーザ発話内容によって,シス テム理解状態は更新される.また,提案法は,発話に含まれるゼロ代名詞の指示 対象を決定するだけでなく,発話によって新規に導入される文脈情報を取り出す ことができる.新規に導入された文脈情報は,後続の対話におけるユーザ発話の 理解やシステム発話の生成に役立てられる.
提案法において,言語表現から抽出する語用論的条件と文脈を構成する制約は 状況理論における事態を使って表現される.事態は次の形をしている.
R, o1, . . . , on ;p. (3.1)
式(3.1)で,Rは関係,o1, . . . , onは対象の列,pは極性を表す.式(3.1)は,極 性が1のとき,対象o1, . . . , onの上に関係Rが成立することを示し,極性が0のと き関係R が成立しないことを示す.関係Rの引数oi (i = 1. . . n)には,定数かパ ラメタが割り当てられる.パラメタは不定項を表し,‘*’で始まる記号として書か れる.理解プロセスの中で値が定まっていないゼロ代名詞の指示対象はパラメタ として書かれる.語用論的条件と文脈を表現するための事態を表3.1に示す.
事態(3.5)は,対話参加者x1 から見たときに,人物x2が人物x3より上位に待
遇されていることを示すために用いる.一方,事態(3.6)は,対話参加者間で共通 に認識されている社会関係を表すために用いる.
事態(3.7)において,人物x1が人物x2に帰属するとは,x1がx2の身近な人物 であることを意味する.例えば,ある人物にとって,家族の構成員はその人物に
帰属する.こういった帰属関係は,社会関係や情報のなわばりに関する制約を定 義する際に重要である.
事態(3.8)は,話し手の視点(共感度) [48]を表すために用いる.事態(3.9)で使 われた情報のなわばり[42]という概念については,3.3.3節 で説明する.
理解プロセスの中で(3.10)の形の事態が現れた場合,行為inf onの行為者に対 応する対象が,関係Agentの第一引数xに割り当てられている対象と一致するか どうかを判定し,一致するなら,この事態が成立するとし,さもなければ,この
表3.1: 語用論的条件と文脈を表現するための事態
Speaker, x ; 1 (3.2)
(人物xは話し手である)
Hearer, x ; 1 (3.3)
(人物xは聞き手である)
P erson, x ; 1 (3.4)
(対象xは人物である)
Respect, x1, x2, x3 ; 1 (3.5)
(人物x1は人物x2を人物x3より上位に待遇する)
Social rel, x1, x2 ; 1 (3.6)
(人物x1は人物x2より上位に待遇される)
Attrib, x1, x2 ; 1 (3.7)
(人物x1は人物x2に帰属する)
Empathy, x1, x2, x3 ; 1 (3.8)
(人物x1は人物x3より人物x2寄りの視点をとる)
T erritory, x, inf on ; 1 (3.9)
(情報inf onは人物xのなわばりに入る)
Agent, x, inf on ; 1 (3.10)
(人物xは行為inf onの行為者である)
N eq, x1, x2 ; 1 (3.11)
(xとyは異なる人物である)
事態は成立しないとする.また,(3.11)の形の事態が現れるときには,必ず両引数 に具体的な引数が割り当てられており,両引数に割り当てられた対象が異なるか どうかを判定できると仮定する.両引数に割り当てられた対象が異なるなら,こ の事態は成立するとし,さもなければ,成立しないとする.