事態は成立しないとする.また,(3.11)の形の事態が現れるときには,必ず両引数 に具体的な引数が割り当てられており,両引数に割り当てられた対象が異なるか どうかを判定できると仮定する.両引数に割り当てられた対象が異なるなら,こ の事態は成立するとし,さもなければ,成立しないとする.
3.3.2 受給表現の使用と話し手の視点
日本語対話において受給表現の使用は,話し手の対話登場人物に対する視点(共 感度)と関係があることが知られている [48].例えば,受給表現「〜てもらう」の 使用に際しては,次の話し手の視点に関する語用論的条件が課せられる.
言語使用規則 4 「てもらう」の使用に際しては,話し手は間接目的語の対象より 主語の対象寄りの視点をとるという語用論的条件が課せられる.
3.3.3 文末形式と情報のなわばり
情報のなわばり[42]とは,発話内で言及された事態全体を話し手がどのように 眺めているかということを考察することから神尾によって考案された概念である.
神尾は,ある情報が話し手のなわばりに属するか否かを決定する条件として,次 のものをあげている[42].
情報が話し手のなわばりに属する条件 [42]
(a) 情報が話し手自身の行動予定などに関するものであること.
(b) 話し手が直接体験して得た情報であること.
(c) 話し手及び話し手の特に身近な人物に関する情報であること.
(d) 話し手の専門領域に関する情報であること.
さらに,神尾は,話し手のなわばりに入る情報のみが直接形によって言及され るという一般化を行なっている.
情報のなわばりについての語用論的条件が課せられる文のタイプを発語内行為 タイプ [77]によって分類することを考える.発語内行為とは,言語使用の慣例に したがって発話を行うことのうちに遂行される行為である.表 3.2に発語内行為 タイプを示す.
本研究では,情報のなわばりについての語用論的条件が課せられる文として,話 し手と聞き手の間で情報の授受を行うことを目的とする文に注目し,表 3.3に示 す5つの文のタイプを取り上げる.タイプ1とタイプ3の文で授受される情報は,
話し手のなわばりに入り,タイプ2,タイプ4,タイプ5の文で授受される情報は,
話し手のなわばりには入らないという語用論的条件が課せられる.まとめると次 のようになる.
言語使用規則 5 情報の授受を目的とする次の文末形式を用いて情報に言及する際 には,情報は話し手のなわばりに入るという語用論的条件が課せられる.
• 直接的な文末タイプをもつ陳述表示型の文
• 行為拘束型の文
言語使用規則 6 情報の授受を目的とする次の文末形式を用いて情報に言及する際 には,情報は話し手のなわばりに入らないという語用論的条件が課せられる.
表3.2: 発語内行為タイプ 行為拘束型
話し手が聞き手に対して事態を達成する意図をもっていることを伝達する.
例:「名前を申し上げます」
行為指導型
話し手が聞き手に対して事態を達成するように指導する.
例:「お名前を教えてください」
陳述表示型
話し手が聞き手に対して事態が成立することを伝達する.
例:「名前は堂坂浩二と申します」
疑問提示型
(a) 話し手が聞き手に対して事態が成立するか否か知りたいことを 伝達する.
例:「登録用紙はお持ちでしょうか?」
(b) 話し手が聞き手に対して特定の条件を満たす対象が何か 知りたいことを伝達する.
例:「ご住所はどちらですか」
• 間接的な文末タイプをもつ陳述表示型の文
• 疑問提示型の文
• 行為指導型の文
情報のなわばりについて例示するために,図3.3に対話(d3.2)を示す.発話(u3.2.1) では,「田中先生を招く」という事態が「〜ということだそうですが」という間接 形を用いて言及されているので,言語使用規則 6より,その事態は話し手のなわ
表 3.3: 文のタイプと情報のなわばり
タイプ1 直接的な文末タイプをもつ陳述表示型の文で情報を授受 授受情報のなわばり: 話し手
例: 「(人物Pの)名前は堂坂浩二です」
授受情報: 「Pの名前」
タイプ2 間接的な文末タイプをもつ陳述表示型の文で情報を授受 授受情報のなわばり: 話し手以外
例: 「(人物Pの)名前は堂坂浩二のようです」
授受情報: 「Pの名前」
タイプ3 行為拘束型の文で情報を授受 授受情報のなわばり: 話し手
例: 「(人物Pの)名前を申し上げます」
授受情報: 「Pの名前」
タイプ4 疑問提示型の文で情報を授受 授受情報のなわばり: 話し手以外
例: 「(人物Pは)登録用紙を持っていますか?」
授受情報: 「Pが登録用紙を持っている」
タイプ5 行為指導型の文で情報を授受 授受情報のなわばり: 話し手以外
例: 「(人物Pの)住所を教えて下さい」
授受情報: 「pの住所」
対話 (d3.2)
(u3.2.1) 質問者:田中先生を会議にお招きするということだそうですが.
(u3.2.2) 事務局:はい.
(u3.2.3) 事務局:基調講演でお話しになります.
図 3.3: 情報のなわばりについての対話例
ばりに入らないという語用論的条件が課せられる.また,発話 (u3.2.3)では,直 接形「お話しになります」が使用されているので,言語使用規則 5より,「基調講 演でお話しになります」という事態は話し手のなわばりに入るという語用論的条 件が抽出される.