• 検索結果がありません。

認知的視点による造形美術教育

ドキュメント内 4調査方法 (ページ 47-50)

 ここまで、単調で画一的な表現活動の考察として「パターンアート表現」を考察題材に 設定し、さらに構造性から「ボトムアップ型表現活動」と分類してきた。そして「パター ンアート表現」に対して「自由発想表現」を比較対象として設定し、これも構造性と「パ ターンアート表現」との関係性から「トップダウン型表現活動」として分類して論述して きた。概要については1章で述べたが視点の明確化のためにはさらに詳細な構造理解が必 要と考える。したがって、この章で認知システムの構造を説明し、美術の表現活動の構造

との関連性、カテゴリー化するための必要性と、認知的視点を置くことによる教育観や指 導観考察の利点などを述べていく。

第1節 認知的枠組みとボトムアップ・トップダウン処理

 認知過程の説明のためにはスキーマが必要と考えられており「スキーマ(schema)は知識 を体制化する心的な枠組みであり、関連した概念を組み合わせて、意味のあるまとまりを つくりだす。外界から情報を収集し処理する際に、人間は構造化されたスキーマを用いる

と考えられている」(箱日ヨ、2010,p.198)とあり、情報知覚に働きかける認識・解釈・概念 に該当する用語として使用している「認知的枠組み」と同義とする。ただ、知的構造に関 する枠組みの定義付けは確定的なものでなく、新しい解釈が加えられ拡がりをみせている 段階である。「スキーマ」の説明は上記以外にも見られ、多岐にわたっていることからその 定義がやや漠然としている。そのため本論においては認知心理学上の用語として「スキー マ」使用し、造形美術教育の内容においては「認知的枠組み」の用語で論述を進める。人 間の情報処理システムの構造を示すことは、美術と造形美術教育に対する認知の状況を明 確にでき、美術・美術科教育史に表出した変革や論争の構造を認知的枠組みの混乱として 整理することが可能と考える。このことは「美術・美術科教育は何か」という事象への視 点での問いかけから、「人は美術・美術科教育をどう見ているのか」という認知の視点で整 理しようとしていることになる。

図3−1−1文脈の影響の例

区3−1−!はパターン認知モデルとしての説明に用いられる図(森、1995,p.71)一である。2 つの図の間には「A」もしくは「H」のどちらにも認識できる同一記号「 H 」がある。

しかし、周りの文字rT E」とrC T」の文脈によりrTHE CAT」と瞬時に解釈できる。

つまり同一記号を2つの文字として解釈していることになり、そこには「T E」と「C T」

から得た知覚データに対して、rH」・rA」と解釈もたらすr働きかけ」があったと考えるこ とができる。この「働きかけ」を行う認知的枠組みは「スキーマ」と呼ばれている。この スキーマがあることで曖昧な知覚データの解釈が可能になり、素早く半1」断を行うことがで きるとされる。図H一ユは、このスキーマの働きかけによる人間の情報処理システムの構 造をわかりやすく指示しているものである。そして、このようなスキーマによる働きかけ にみられるトップダウン型の情報処理システムは、トップダウン処理(Top−Down Processing)と呼ばれている。トップダウン処理は概念駆動処理とも呼ばれ、以前の経験や 学習によって形成された概念・観念・定義・解釈などがスキーマとなり、知覚データに働 きかける情報解釈システムを示す。また、図3−1−1において、rT,E,C,T, H 」を それぞれ知覚データとして認識する情報処理システムは、ボトムアップ処理(Bott㎝一Up Processing)と呼ばれている。ボトムアップ処理はデータ駆動処理とも呼ばれ、知覚データ

をもとに情報処理される段階と考えられている。「THE CAT」と認識する一方で、

「 H 」が同一形であることの認識によりrT,E,C,T、トー 」の羅列と解釈する ことで情報の再修正も起こる。rTHE CATと読めるが、そうでないかもしれない」とする 判断や認識も生まれ、スキーマの修正・形成と情報収集の循環が行われる。そして、この 複雑に関係する2つの処理システムがあることで正確な情報処理が行われているとされる。

こうした認知的枠組みと情報処理システムの影響は日常生活、また社会全般にも見られる ことであり、行動や社会の方向性の決定に及んでいるといえる。当然、美術においてもそ の影響による変容・変移が見られる。そして、造形美術教育全般に対する認知的枠組みが 生み出した教育観は多様であり、美術史・美術教育史・美術教育研究史を概観する限り、

その多様な教育観に伴う対立や混乱、停滞が錯綜している。当然それらの問題についても 研究は進められているわけだが1つの方向付けを行うことは容易ではない。人の認知の影 響で表現活動における有用性や価値観に変容をもたらしているのが実情であれば認知の視 点で解決を考えるべきであろう。

 スキーマの働きかけは日常的であり、知覚が働いている限り作用する機能である。事象

に対する理解の俊敏さは「生きる」ために必要な傭報理解の精度と処理」のために発達 してきた機能と言え、「作品」を見る1触るといった知覚が重要な分野である美術、造形美 術教育と当然深くかかわる事象である。一般的には「ボトムアップ」は「下からの積み上 げ・汲みあげ」、トップダウンはギ下への指示」というイメージがもたれがちでボトムアッ プ処理とトップダウン処理の意味合いとは違ってくる。本論では認知的枠組みの影響に視 点をおいていることからこの認知システム・情報処理システムの構造と作品制作における 表現活動の構造に共通点を指摘しており一般的な意味とは分けて使用している。

 第2節 トップダウン型表現活動

 トップダウン処理の過程では認知的枠組みによって情報に対する認識が変化する現象 が見られる。美術作品の価値が大きく変わることは周知のことであるが、それもトップダ ウン処理に関係する認知的枠組み(スキーマ)が影響する部分が大きい。絵画作品の売買が ニュースで取り上げられるほどであり、その価値の高騰は異常ともいうべき事象である。

その絵画の価格高騰として」般的に広く知られているものは印象派作品であろう。酷評さ れ、見向きもされなかった作品が、歴史的な業績として大衆に支持されたという事実は美 術史の申でも衝撃的な出来事であり、「価格の高騰」が美術の特性の1つとして認知される までになっている。同じ作品でありながら認知的枠組みの変容が価値観の転換を行わせて いると言えるのである。印象派に限らず美術史の中では繰り返し作品に対する価値観の変 容が起こり、それは認知的枠組み(スキーマ)の働きかけによるものになる。制作時は優れ た表現として認められていてもまったく評価されなくなることもあれぱ、逆に制作時は評 価されなかった表現が後世には高く評価されることはどの時代にも見られることであった。

作品に対する認知的枠組みがそれ以前の絵画様式や伝統などにより形成されるものである 限り、その認知的枠組みからすれば、新しい表現は難解な事象となってしまう。また、自 国文化と他文化の違いに新鮮さを感じることも認知的枠組みの影響といえる。日本の欧風 化とジャポニズムの関係性にはこの影響が顕著に表れている。それぞれが自国文化や表現 様式を古典的ととらえ、他文化に新鮮さと新しい価値観を認めて「熱狂的」に向かい入れ ている。互いの「古い」文化を「斬新」な文化として認識したことに認知的枠組みの錯綜 がみられる。このように人の認知的枠組みは美術に大きな影響を及ぼし、当然造形美術教 育にも深く関係する。

 造形美術教育においては、序章で述べた通り、チセックが落書きを子どもの表現に変え たことが顕著な例となる。チセックは「子どもの絵の発見者」とされるが、その当時の一 般的な認識とは異なる認知的枠組みを彼がもっていることで成しえた偉業だといえる。他

にも認知的枠組みの差異や相違により、形式陶冶と実質陶冶の対立やそれに類する論争・

対立が美術教育史の中で繰り返されてきているとできる。造形美術教育史を概観すれば鉛 筆画・毛筆画論争、自由画教育運動とそれに対する反対論、安部・阿木論争、柴田・金子 論争などがあげられる。生徒の認知的枠組みによっても学習の意義が変移、変容すること

ドキュメント内 4調査方法 (ページ 47-50)

関連したドキュメント