• 検索結果がありません。

美術科の成り立ちにおける混迷

ドキュメント内 4調査方法 (ページ 41-47)

〆べ、〆、!ゾ

第2節  美術科の成り立ちにおける混迷

 指導の在り方、役割といった「美術科のかたち」の在り方は、仕会状況やその時々の指 導観の変容や混乱、教育環境などによって左右される。目本の近代学校制度は明治5年

(1872)の学制発布に始まるが、中等学校の成立などからすれぱ美術科の学習状況が安定し たのは近年といえる。現在の中学校教育自体、義務教育として確立してからもまだ歴史が 浅い。当然、美術科の教育の成り立ちも同様であり、内容改善が繰り返し試みられるもの の十分な検討、研究が蓄積されたとは言い難い状況がうかがわれる。そこで美術科におけ る指導内容の確立や変容に中学校の確立が影響していることと、その状況による「美術科 のかたち」の混迷について美術教育史に沿って慨観する。

 中学校の成立をみれば義務教育としての正確な役割を持ち現在のかたちになるのは 1947牢(昭和22牢)以降であり、それ以前は戦争などの杜会状況に影響される状況、旧制 中等学校として校種が多数存在する複線型の形態であったことから現在とは大きく異なる 設置状況であった。そのため、現在の中学生にあたる年代を対象に統一した造形美術教育 の指導が実施される二とは難しく、中学生の表現に視点をおくといった指導は成立し難い

状況にあったといえる。図2−2−1は明治41年(1908)の学校系統図であるが尋常小学校卒業 後の進路として中学校、高等女学校、高等小学校、実業学校、徒弟学校などの旧制中等学 校が確認できる。当時の中学校の状況は、学校数不足と入学試験による選抜の影響で浪人 者の経常化が見られ、同学年内での年齢格差も珍しいことではなかった。中等学校の種類 も多く進路が多様化していたことふまえると、現中学校の性格とは全く異なるものと考え なければならない。そのため高等小学校が現中学校に近い状況にあったと考える。ただ、

この高等小学校の設置状況は年代によって複雑に変化している。ここで述べる高等小学校 は小学校令が改正され初等教育の義務教育年限が6年に延長された明治41年以降を指す。

それ以前の高等小学校は現中学生の年齢に該当しないことや進学率の低さから現中学校の 性格とは異質のものであった。

第5図 明治班率

翠墨 25

宴4 1呂

23

i 2婁

、曝虫

2…

簿

、蝿

ヨ軍 義掌都檀

;窒

舶譲 調

謂〕 硅}

1ア 識神

i

^囎

1る 実饗

o

15

.墓

9 調

籔琶

実}

…ヨ

葛鋤噂核苧重

@  聾萎

奉書襲轟 12

…1

5 4ヨo

尋蟻小撃狡

3

芦王

6

5 幼確調

4 3

図2−2−1

 『事典 昭和戦前期の日本 制度と実態』(伊藤、1990,p.377)によると昭和11年(1936)

における進学状況は中等学校進学者21%、進学しない者13%、高等小学校進学者66%であり、

『日本近代教育百年史 第四巻 学校教育 2』(国立研究所、1974,p.1006)によると初 等教育は実質の就学率といえる通学率が大正3年(1914)には90%台に達したということで あり教育普遍化に遅れがみられ、高等小学校と他の旧制中等学校との役割、性格が異なる ことからも造形美術教育における指導の不均一性は否めない。高等小学校の役割は卒業後 実際の社会生活で活動する学習が意図されていたことから実質陶冶の傾向は強くあったと 考えられる。明治43年(1910)に発行し昭和7年(1932)まで国定教科書として指定され た『高等小学校新訂画帳』は、臨画教育からの転換を図ったとされる尋常小学校新訂画帳

と系統立てが配慮されているようだがその内容は写実・再現性描画や模様の練習などの内 容で技能教育面が強く実質陶冶の傾向にあると考えられるものである。大正6年(1917)以 降、著しい進学率増加による中等教育の拡大が高等小学校の中等学校受験予備校的要素を 強めることからも社会実情に翻弄された教育体制の側面が強い。そして、大正8年(1919)

から大正15年(1926)まで高等小学校の図画が加設教科になり教育の意義づけの不安定な 動向が見られ、また、大正時代に起こった自由画教育はそれまでの臨画教育の在り方を間 い直し造形美術教育における大きな影響をもたらした一方、その理想が全て現場教育にお いて反映したとはいえず、橋本(1994)はrしかし実際の学校教育の場においては、自由 画すなわち写生画と理解されて写生ばかりが行われ、放任のもとでの、まさに自由画であ った」(橋本、1994,p.147)と述べているように自由画教育の理念の不理解や放任指導の側 面に対する指摘も見られる。したがって昭和初期までは、実質の指導と理念の混乱を見せ ながらも教育観の模索が深化し、児童1生徒を中心とした教育の芽生えが見られる段階に 入るものの、やがてそれも戦争体制に組み込まれ、児童・生徒に対する教育の追及からは 距離をおくことになる。これらのことをふまえると戦前までの美術科の状況は現中学校に 該当する中等学校の設置状況自体が不安定であること、自由画教育の影響もあったといえ るが、臨画写生を主体として生徒の表現特徴、特性を考慮した学習にまで向上することは 難しく実質陶冶となる技能教育の傾向を払拭するまでには至らなかったということになる。

 戦後は法的拘束力をもつ学習指導要領が示されることで全国における指導に対する共 通性が強まったといえる。学習指導要領は試案として昭和22年(1947)に出され(昭和26 年に改訂)およそ10年毎の改訂を行っている。石崎(2010)は図画工作科、美術科全体を

「生活の経験重視の学習指導を目指した昭和22年版と昭和26年版、系統的な学習指導を 目指した昭和33年版と昭和43(小学校)・44(中学校)年版、人間性重視の学習指導を目指 した昭和52年版と平成元年版、生きる力重視の学習指導を目指した平成10年度版と平成 20年度版」(石崎、2010,p.164)と大別している。この類別から学習の定着に視点がおか れているのが33,44年(1958.1969)であり、それ以降は人間としての能力の育成に視点が

おかれている傾向となる。美術科の学習指導要領では昭和22年(1947)の試案から実質陶冶 と形式陶冶のバランスを考慮した内容が見られる。例えば「1節 表現教材」の中では、

描画の目標として「(1)描画の学習では,観察力を養い,色・形・質・明暗・陰影・量など に関する感覚を鋭敏にする」と示され、指導上の注意の中にも「(2)遠近・明暗・質・量 などの表現方法や,構図法その他先人によってくふうせられた種々の表現方法中のおもな ことは,ある程度知らせる必要はあろう。しかし,実際の表現にあたっては,必ずしもこ れにとらわれることなく,生徒の個性に応じ,自由に創造的にかかせることがたいせつで

ある」と生徒の表現に視点を置いた指導内容の記述がある。全体としては技能指導をもと に感性や表現能力の向上と社会での活用をねらったものになっている。昭和33年の中学校 学習指導要領の目標に「創作の喜び」、「愛好する心情」、「情操を豊かにする」など平成20 年版(2008)の目標に通じる語句が見られ前後初期の段階から形式陶冶的な内容が示されて いたといえる。しかし、「A表現」では「写生による表現」として題材の限定や画材、表現 様式の具体的内容が示されているため作品制作に向けた指導内容指示傾向にありトップダ

ウン型表現活動で実質陶冶の側面が強い。そのため具体的な作品制作を通した生徒の人間 形成の指導内容が示されたことになり、実質陶冶と形式陶冶が内包されながら作品制作に 主観をおかれた内容といえる。目標が生徒の能力向上、育成に向けられた視点にありなが ら指導内容が作品制作に向けられた文言とする傾向は52年(1977)版まで継続している。52 年版学習指導要領では描画表現に関する目標として「絵画及び彫塑の表現活動を通して,

美的直観力や想像力を養い,表現の能力と態度を育てる」「デザイン及び工芸の表現活動を 通して,発想を豊かにし,目的や条件に応じて製作する能力と態度を育てる」と表現活動 を通した生徒の能力の育成の視点を示すが、内容としてr観察や想像をもとにして,絵が かけるようにする」、「色,形などによる構成と伝達のためのデザインができるようにする」

といった技能習得の視点となる表現傾向が強い。平成元年(1989)版から指導内容におい てもrア 対象のよさや美しさなどを感じ取り、また、経験したことや想像したことを基 にして、主題を決めること。イ 形や色を全体と部分との関係でとらえ、想像力を働かせ、

スケッチをするなどして、生き生きと表す構想を練ること。ウ 表現意図に応じて、材料 や用具の特性を生かし、工夫して表すこと(第1学年)」など示され全学年において生徒の 活動に視点をおいた表現となった。このように見ると美術科において作品制作の指導から 離れ生徒の活動に視点を置いた指導内容が明示されるのは平成元年と考える。先述した石 崎の大別や図画工作における造形遊びが昭和52年版に導入(「造形的な遊び」として表記)

されたことをふまえると美術科の指導観の変革は緩やかで曖昧だったといえる。そのこと は各地域、学校の状況に合わせた指導形態という美術科の性格も影響し、指導観の変容に 対しての共通性不在また改訂の意義に不明瞭さをもたらす要因になったと推測する。また、

作品制作ではなく、生徒の活動に視点を置く指導についての明確な手立ての構築は難しく、

指示、評価の面での指導方法に苦慮しているのが現状である。そして、美術科においては 生徒の表現特徴、特性に着眼し指導方略を検討している題材、研究は少ないのが現状であ

ドキュメント内 4調査方法 (ページ 41-47)

関連したドキュメント