第四章では日本語のスピーチレベルを、第五章では中国語の語彙の丁寧度を取り上げた。
それらは「どのように話すか」に注目していたが、「何を話すか、どのような流れで会話を 進めるのか」という話題の選択と展開についてはまだ触れていなかった。
本章では、日本人と中国人は話題選択と展開の基本状態を同定するために、それぞれど のような話題が選択され、典型的な展開パターンは何かについて具体的に分析する。さら に、B&L(1987)のポライトネス理論の普遍性を追及するために、日中会話の話題選択と展開 パターンの共通点を見つけ出すことを目指す。基本的に宇佐美(1998、2001ab、2002 など) の DP 理論に基づき、一発話レベルではなく、談話レベルにおけるポライトネスを考察する のである。
6.1 話題の定義と先行研究 6.1.1 「話題」の定義について
「話題」は談話レベルにおける概念である。テーマ、トピック、話題という用語および 定義は研究者によって異なる(南 1981、Brown&Yule1983、Coulthard1985、メイナード 1993、
村上・熊取谷 1995 他)。本研究では三牧(1999)に倣い、会話の中で導入、展開された内 容に結束性を有する事柄の集合体を認定し、その集合体に共通した概念を「話題」とする。
さらに、メイナード(1993)と同じように、会話参加者の相互協力によって話題の枠組みが 設定され、話題が選択され、展開すると考える。以下の例 1 のライン番号 19 に示したよう に、話者 JWN02 が独り言のように話して、相手がその内容をそれ以上取り上げなければ、
単なる情報提供とし、「話題」としては認定しない。ライン番号 21 の《沈黙 3 秒》後の JWB02 の発話「え,サークルとか入ってます[↑]」から新しい話題として認めるのである。
例 1 ライン
番号
発話文 番号
発話文
終了 話者 発話内容 話題
導入 19 19 * JWN02 えー,何だろう。 N 20 20 * JWB02 <ちょっと笑い>。 N 21 21 * JWB02 《沈黙 3 秒》え,サークルとか入
ってます[↑]。 I
22 22 * JWN02 サークル入っていないんですよ=。 N 23 23 * JWB02 =あ、そうなんですか。 N 24 24 * JWN02 はい,ぜんぜん,なんかぼんやりし
てて<笑い>。 N 25 25 * JWB02 いやいやいやいや。 N
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話題はさらに展開され、下位話題を持つことがある。特定の話題を大話題、その下位話 題を小話題と称する。また、ある話題が他の話題の挿入後にまた取り上げられる場合には 同一話題とみなす。以下に一例として、日本人女性初対面会話 2 の 20 分間の会話中に出現 し展開した話題(大話題・小話題)の一覧を示す。
表 1 話題一覧例(日本人女性初対面会話 2)
ベース協力者:JWB02 会話相手:JWN02 大話題 小話題
1 自己紹介 名前
所属(学校・学年・学部)
2 サークル 会話相手のサークル ベース協力者のサークル 3 バイト ベース協力者のバイト
会話相手のバイト 4 出身 地元
5 通学
会話相手の通学 ベース協力者の通学 ベース協力者の友達の通学 6 共通の体験 会話相手の会話協力の経緯
ベース協力者の会話協力の経緯
7 授業
チュートリアルの授業 司書の授業
履修の科目 土曜一限の授業 文学部の授業 必修科目 教育学部の授業 授業の時間割 一限の授業
授業への参加の態度 先生の授業に対しての評価 授業の出席の取り方 8 試験 レポート
試験 9 勉強 勉強
10 留学 中国への留学
149 11 旅行 台湾への旅行
台湾の物価
6.1.2 初対面会話における話題選択の先行研究
初対面会話は人間関係を構築するための第一歩だと言われている。Berg&Clark(1986)で は友人関係を構築できるか否かは初対面である程度決まると指摘されている。また、小川 (2000)は対人関係の発展過程を考える際、最も初期の段階から相手に対する認知というも のが非常に重要になっており、会話者や会話に対して好印象を抱くことと、相手の会話者 との将来の関係性に対する肯定的な認知に関連があると述べている。従って、人間関係の 第一歩である初対面でどのような話題が選択されるか、どのように話すか、初対面の会話 として何がポライトで、相手に好印象を与えるかなどについて考えることが非常に重要だ と思われる。
三牧(1999)は、日本人大学生の初対面会話の話題を「大学生活」、「所属」、「居住」、「共通 点」、「出身」、「専門」、「進路」、「受験」の 8 カテゴリーに分け、極めて共通性の高い話題項 目が実証的に明らかになったことから、「初対面会話話題選択スキーマ」の存在が確認され たと指摘した。
奥山(2000)では、日韓女子大学生による初対面会話を分析対象としている。話題を属性 に関する話題、つまり、「年齢、学年、居住地域、専攻などの大学生としての一人の人間 に付帯する基本的な指標に関する話題」、属性から派生する話題、つまり、「属性の話題 が出た後でそれに派生して出てくる話題、例えば居住地から現在地まで来た方法や所属学 部の男女比などの話題」、そして非属性の話題、つまり、「属性および属性に派生する話 題ではないもの、すなわち、ボーイフレンド、就職に関するいわゆる私的な話題など」と いう 3 種類に分けている。その結果、質問による属性に関する話題は日韓において相違が 見られなかったが、自己開示による属性に関する話題は韓国が日本より 2 倍弱多かったと 指摘された。
謝(2005)は中日女子大学生の初対面会話の最初の 5 分間に出てくる話題について、分析 した結果、中日両グループとも、会話参加者の名前、所属、研究テーマ、住まいなどに関 する「身上的情報」の話題がそれ以外の話題を上回って取り上げられる傾向が見られたと指 摘している。しかし、中日の身上的情報の具体的な違いについては詳しい分析は行われて いない。
張(2006)は中日会話の開始から 5 分間の内容を考察した結果、中国語場面では、すべて の身上的情報が現れるが、日本語場面の「自己紹介」では氏名の交換のみであったこと、そ して、他の情報は、会話の展開にともなって自ら提供するか、相手の質問によって引き出 されるかということである。また、日本人女子大学生の初対面会話は、まず「あいさつ」な どの定型表現で始められ、次いで、自分自身の身上的情報を述べて相手にも情報提供を求 めるというやり取りで会話を進めていくという特徴があると指摘している。一方、台湾人
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女子大学生は定型表現の使用はまったく見られず、直ちに相手に質問して、相手から身上 的情報を獲得することによって会話が展開されるということが報告されている。
張(2007)は中日女性 20 分間会話の話題の種類を考察し、両グループともに「相手に関す るトピック」、「百科事典的トピック」、「自己に関するトピック」、「その場に関するトピッ ク」、「第三者に関するトピック」という順で現れたとしている。しかし、5 分後の具体的な 話題の内容に触れられていない。
蔡(2011)は日中台の社会人を対象に、母語場面ごとの話題選択の傾向を比較し、共通点 として個人情報及び仕事関係の話題が多く選択される傾向があると指摘した。日本語母語 場面は名前、居住地以外の個人情報の開示が少なく、仕事内容や専門、趣味に関する話題 から派生した話題が多いこと、一方、中国語母語話者は話題選択の範囲が広くて多様であ るということを報告している。
話題選択と展開に関する日中対照研究は、会話開始から 5 分間の内容に注目するものが 多い。それは初対面会話で個人情報の交換が集中していることが分かっているからである。
しかし、その後、どのような話題が選択され、展開していくのかも分析する必要がある。
そこで、本研究は 20 分間を研究対象とした。さらに、ポライトネスストラテジーの観点か らの分析が少なかったため、この章では具体的な会話を踏まえてさらに分析していく。
三牧・難波(2009)は社会人初対面会話データ(うち女性)を米語・中国語・韓国語母語話 者間の社会人初対面会話データと対照した結果、共通性の高い話題選択項目として「仕事」
「自己紹介」「共通体験(本会話調査参加)」「居住地」「出身」があり、言語社会によって差が大 きい話題項目として「年齢」「恋愛・異性」「結婚」「趣味」があることを明らかにした。ただし、
いずれのグループからも 60%以上の高率で選択されたのは「仕事」「自己紹介」「共通体験(本 会話調査参加)」の 3 話題で、その他の話題項目は母語ごとに選択率に差が見られた。特に 目立ったのは「年齢」「恋愛・異性」「結婚」に関する 4 言語社会の違いで、日本語および米語 母語話者にとってはこれらの話題を回避する傾向があるのに対して、「年齢」は中韓母語話 者には 6、7 割の高率で選択され、「恋愛・恋人・異性」は韓国語母語話者が 7 割の高率で目 立って選択する話題となっていることである。
このように、話題選択は各文化に共通性と相違性が存在する興味深い様相を見せている。
本章では日本人と中国人の大学生初対面会話データの分析に基づき、話題選択カテゴリー として共有されている話題選択の基本状態を同定することを目指す。
6.2 初対面会話における話題選択の基本状態
6.2.1 日本人初対面会話における話題選択の基本状態
日本人初対面会話における話題選択の基本状態を探るために、話題を指定せず、「自由に 話してください」という手続きで会話データを収集した。これらの話題を集計し、会話参加 者の個別性に関わらず、選択される話題にある程度の共通性を見つけ出す必要がある。
なお、本研究では女性の初対面会話データは条件統制された上で収集したものである。