一戦前との断絶と継承・戦後期(昭和20−30年代)一
はじめに戦後の新教育の出発点においては,話しことばの教育が重視されていた。学習指導要領 が昭和22年(試案)・昭和26年に提示され,国語科における話しことばの教育が指導内 容として明確化された。小学校だけでなく中学校でも指導及び実践がおこなわれるという 大きな変化が生じた。こうした変化を受けて,話しことばの教育の系統性を意識し,カリ キュラム開発までをおこなった実践がなされるようになったのである。
その結果,話しことばの指導の教育的な効果について,国語の学力面からの論究がおこ なわれ,全国的な調査が実施されるようになっていった。
この時期は,特に聞くことの指導意義が追究された時代でもある。戦後いち早くこの面 に注目した古田拡の主張,さらに,石井庄司が関わった文部省を中心とした見解などを挙 げることができる。特に,「批判的に聞くこと」に着目して考察をおこなった点は評価すべ
きである。
本章において着目するのは,自己表現の立場からの理論および実践である。これは,昭 和20年代から昭和30年忌にかけてそれぞれの教室で数多く試みられたと想定される。
具体的には,東京都中央区月島中学校のカリキュラム開発について考察し,さらに,東 京都杉並区済美小学校の関口重平の実践を取り上げる。関口重平の実践は学習者の音声記 録に着目した先駆的な試みである。特色としては,次の二つにまとめることができる。
第一は,詳細な授業記録から指導の全貌をうかがうことができることである。特に注目 すべきは,指導者が入門期の話しことばの指導には音声の記録が必要なことを認識し,そ のための具体的な工夫を凝らしていたことである。具体的な工夫とはマイクロホンとレコ ーダーという録音機器であり,それを活用しながらスライドを使っての口頭作文の指導を
行った。
第二には,教材開発である。当時は話しことばの指導が既に教科書教材として取り上げ られるようになっていたが,すぐれた実践者は,独自の教材開発を展開していった。具体 的には指導計画に,遠足「おちばひろい」という共有体験を織り込み,これを土台にして 学習の内容である「口頭作文」の指導へと結びつけるといった事例が記録されている。教 科書教材を単に使用するのではなく,児童の共有体験を踏まえての口頭作文の指導が試み られている。指導の眼目は,遠足での共有体験の中で,児童が興味や関心を持った事柄を,
どのように自分の話しことばを文字化させたところにある。
関口重平は,児童の言語実態を観察し,小学校入門期の児童にとってわかりやすい口頭 作文の指導を独自に開発した。こういつた指導をなしえた一因は,杉並区の学校文化に研 究的な独創性を尊重する風潮,たとえば,視聴覚教具に関する研究部会の活動などがあっ
たことなどを明らかにする。
第一節 国語教育における話しことば教育の位置
本節のねらいは,戦後の話しことばの教育を特に昭和20年代と昭和30年代を中心にそ の到達点と課題を示す考察をおこなう。その後の時期ついては本論の取り扱う区分ではな いため,それぞれの整理にとどまる。以下のとおりである。
(1)昭和20年代 (い)昭和40−60年代
(2)昭和30年代 (ろ)平成期
これに関しては,既に増田信一(注1)が,表現教育の一部として話しことばの教育を 位置づけたうえで,考察をおこなっている。また,文部省視学官であった北川茂治は,戦 後の話しことば教育面に関する第二次研究の必要性を主張し,指導書を作成している(注
2)o
以下では,これらの研究をふまえつつ,話しことばの教育課程の確立に寄与した理論と 実践とについて,史的な輪郭を明らかにしてみたい。なお,本論では「話しことば教育」
の名称に統一して述べる。
(1)昭和20年代一経験主義の影響
話しことば教育には,つねに目標が二元的に存在する。それは,思考力と結びついた能 力育成を目指そうとするものと,人間形成を目指そうとするものとである。これらの目標 に関する論議は,昭和20年代においてすでにかなり行われている。その後の研究や実践 が,この時期の成果と限界とを十分に検討し継承しなかったところに問題がある。
実践理論に関する研究の側面は,先のような二つの目標との関わりあいを持ちつつ、具 体的にはさまざまな方面に展開したが,それらを,①思考指導 ②社会的行動論 ③語法 指導 ④人間関係論の四つの観点から整理することが可能である。なお,この時代の特殊 事情の反映として,こういつた指導がすべて当時の民間教育情報局(CIE)の指導の下に 行なわれていることを付言しておく。CIEならびに青少年指導者講習会(1:FE:L)の指導 がもたらした成果と問題点とについては,今後の課題である。
先の四つの理論的展開の代表的な著作としては,次のようなものをあげることができる。
①思考指導 話し合い指導を思考指導と関わらせた流れ
望月久貴『かんがえごとば(思考語)と国語教育論』(S26)、古田拡『聞くことの教 育』(S27)、大久保忠利『演説と討論の手順』(S28)など
②社会的行動論一社会的行動としての話しことばを論じる流れ
はなしことばの会編『はなしことばの教育』(S23),増田三郎『国語カリキュラムの 基本問題』(S25),西尾実『国語教育学の構想』(S26)など
③語法指導 標準語指導としての話しことばの学習を唱える流れ
神保格『標準語音声学入門』(S23),上甲幹一『標準語の学習指導法』(S28),近藤国 一『話しことばの学習指導』(S29),文部省『方言と国語教育』(S28)など
④人間関係腐心話しことばの指導を人間関係論と関連させた流れ
山口喜一郎『話言葉とその教育』(S26),野地潤家『教育話法の研究』(S28)など。
このほかに,当時の文部行政の立場から四つの理論的展開にかかわった人物として、時 枝誠記や輿水実,勝田守一などがあげられる。この①〜④に朗読指導を加えれば,ほぼこ の期に、その後のこの方面の展開を予想させる要素はすべて提示されていた。
このような活発な理論展開に加えて,この時期の成果としては,児童の実態調査が集中 的になされていたことがあげられる。
国立教育研究所は『学力水準調査』の中に「話し方の問題」を組み入れ,この領域を国 語の学力として明確に位置づけた。そして,国立国語研究所は、昭和28年度から昭和38 年度にかけて「言語能力の発達に関する調査研究」を行ない,「話す能力」の継続的な調査 研究を開始した。それ以外にも,文部省による全国学力調査や各地の教育研究所における
この領域の調査テストも実施されるようになった。(注,資料1参照)
そのように,理論的な側面と調査面での活発さに比べて,実践面での蓄積はそれほど多 いとはいえない。昭和22年度版の学習指導要領で,話しことば教育が極めて重視されて いたにもかかわらず,当時の学習指導要領が法的拘束力を持たなかったこともあって,こ の領域を重視する方向性が現場には十分には根付かなかった。それゆえ,昭和26年度版 学習指導要領では「話すこと・聞くこと」に関する能力表が提示されるに至ったものの,
実践の活性化には結びつかなかった。
また,先のような諸調査にしても,この時期のものは話しことばに関する学力観が不明 確であったため,正確な実態把握ができたとは言い難い側面がある。それは,後払の「話
しことばの学力調査に関する年表」(資料1)を参照すればわかるとおり,それぞれの調査 項目の選択や調査内容にその問題が表れている。話しことば教育の理論的な追究がある程 度の成果を収めながらも,中途半端な段階にとどまり,現場の実践を反映しにくいものと なっていったのも,そういった原因がある。これらの調査結果から,せっかく意欲的にな された話しことば指導も読み書きの学力向上に結びつかないと判断されてしまったからで
ある。
一方,単に調査にそのような傾向が見られたにとどまらず,話しことば教育の指導にあ たるべき教師の多くが,その指導内容を明確に把握できていなかったというのも現実であ った。系統性をふまえた指導と,その成果を正確に評価するための学力テスト方法という,
二つの課題は残されたままであった。