第 5 章 考察
5. 訪問看護事業を安全かつ安定的に運営するための基本要件
訪問看護の安全性・安定的運営に関する全国調査の結果から、
訪問看護事業を安全かつ安定 的に運営するための基本要件を抽出した。
1)基本要件
<安全性の確保>
(1)感染を予防するための設備や備品が整備されていること(基本要件1)
在宅は、医療施設に比べて、利用者間や器材の交差感染が少なく、また、侵入門戸も限られ ているため、感染伝播のリスクは低いといわれる。このことはむしろ、伝播の多くが感染した サービス提供者や家族、または汚染された器材に由来するものであることを意味している。こ のことから、手洗い専用の洗面所、および器具や環境等に適用する消毒薬の整備は、感染経路 を遮断する上でも重要であり、在宅ケアにおける感染予防の基本であるといえよう。
手洗い専用の洗面所、器具や環境等に適用する消毒薬の両方を保有していると回答していた 訪問看護ステーションは全体の
63.7%
であり、整備が未だ十分でないことが明らかになった。一方、いずれか一方を保有していない訪問看護ステーションはそれぞれ
8.9%
(手洗い専用の洗 面所のみ)と19.6%
(器具や環境等に適用する消毒薬のみ)、両方とも保有していない訪問看護 ステーションは7.8%
であった。n %
手洗い専用の洗面所+器具・環境用消毒薬
202 63.7
手洗い専用の洗面所のみ
42 8.9
器具・環境用消毒薬のみ
93 19.6
両者いずれも整備なし
37 7.8
欠損値
n=2
(2)ステーションの管理者および職員が教育研修を受けていること(基本要件2)
訪問看護職員は、利用者の安全を最優先し、安全に看護を提供する責務があることを認識し て業務に当たる必要がある。そのため、訪問看護職員は積極的に教育研修を受け、訪問看護師 としての基本的な倫理観や知識・技術を身につけるとともに、常に学び続けることが必要であ る。
今回の全国調査によると、平成
24
年の1
年間の実績として、看護職員が外部で開催された研 修への参加および法人内での研修を実施した訪問看護ステーションは51.8%
であった。その一 方で、6.9%
の訪問看護ステーションでは、看護職員が外部で開催された研修への参加および法 人内での研修のいずれも行っていないという現状が明らかになった。137
n %
外部開催の研修への参加+法人内での研修実施
232 51.8
外部開催の研修への参加のみ46 10.3
法人内での研修実施のみ139 31.0
両者いずれもなし
31 6.9
欠損値
n=28
さらに、今管理者の約
3
割(28.5%
)は訪問看護師を未経験のまま管理者になっていたが、このうち、
36.2%
が管理者になる前にまったく研修を受けていなかった。管理者は、訪問看護 師としてだけでなく、訪問看護事業を運営する立場として、訪問看護サービスの安全と信頼を 高めていく責務がある。管理者は、安全管理に関する責務を負うことを自覚し、医療安全に必要な対策を円滑かつ効 果的に実施できるよう、訪問看護の専門的な知識・技術に加えて、情報の収集能力、分析能力、
調整能力、評価能力を養うための教育研修を管理者になる前に受けておく必要があると考える。
管理者になる 前の訪問看護 師経験の有無
管理者になる前に研修を受けたか
何らかの研修を受けた 全く研修を受けていない 合計
n % n % n %
経験なし
81 63.8 46 36.2 127 28.8
経験あり
236 75.2 78 24.8 314 71.2
合計
317 71.9 124 28.1 441 100.0
欠損値
n=35
(3)医療安全対策に関するマニュアルを整備していること(基本要件3)
安全性確保のためには、各々の業務を安全性の観点から見直し、その結果に基づいて訪問看護 ステーション全体で安全対策に取り組むべきである。なかでも看護職員が行う行為等については、
可能なものは作業手順を統一化(マニュアルを作成)し、全職員に徹底を図ることは、安全性を 高める上で重要である。
医療安全対策に関するマニュアルの整備状況をみると、全体の
68.0%
であり、医療安全対策に 関する作業手順の統一化は今後の課題であると考える。n %
医療安全対策に関するマニュアルを有している
297 68.0
上記以外
140 32.0
欠損値
n=39
138
(4)ヒヤリハット・医療事故(インシデント)、利用者や家族からのクレーム事例の収集、分析、
再発予防策の検討が行われていること(基本要件4)
インシデントが発生しないよう予防策を講じるためには、インシデントには至らなかったヒ ヤリハット事例を収集し、分析をし、予防策を講じる必要がある。また、利用者や家族からの クレームからヒヤリハットやインシデント事例が顕在化することもあるかもしれない。こうし た事例を収集し、リスクが発生しやすい個所やその原因について定期的に分析し、対策を実施 し、さらにその対策の評価を行うという一連の過程を合理的に行うことは訪問看護の現場のリ スクマネジメントにおいても重要である。
しかしながら、訪問看護の現場では、こうした事例の収集・分析・結果の還元等の整備は十 分とはいえず、定期的にインシデントやヒヤリ・ハット、クレーム事例のすべてまたはいずれ かの件数を集計している事業所は約
7
割であり、3
割の事業所では集計を行っていない現状に ある。さらに、インシデントやヒヤリ・ハット、クレームの再発防止策を定期的に検討してい る事業所は全体の約7
割である。こうした事例の報告体制を構築、事例の収集・分析とその分 析結果等に基づく情報を安全対策に活かしていくシステムづくりは今後の検討課題であると考 える。定期的に件数を集計しているか
再発防止策を職員全員で定期
的に検討しているか 合計 いいえ はい
n % n % n %
インシデント+ヒヤリ・ハット+クレーム事例すべて集計
21 11.0 169 89.0 190 52.9
いずれかの事例を集計14 25.9 40 74.1 54 15.0
いずれの事例も集計なし74 64.4 41 35.6 115 32.0
合計
109 30.4 250 69.6 359 100.0
(5)上記に加え、複数の看護職員が
協働して一体的に訪問看護サービスに対応できる人員が 確保できていること(前提条件)139
註 訪問看護事業所の設備・備品等の整備に関する法令・通知等
指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準(抄)(平
11
省令第37
号)(平21.3
省令31
改正)指定訪問看護ステーションには、事業の運営を行うために必要な広さを有する専用の事務室を設けるほ か、指定訪問看護の提供に必要な設備及び備品等を備えなければならない。(第
62
条)Ⅰ 介護保険
〔指定基準関係通知〕指定居宅サービス等及び指定介護予防サービス等に関する基準について(平成
11.9.17
老企25
)(抄)① 指定訪問看護ステーションには、運営に必要な面積を有する専用の事務室を設ける必要がある。た だし、当該指定訪問看護ステーションが健康保険法による指定を受けた訪問看護ステーションであ る場合には、両者を共用することは差し支えない。また、当該指定訪問看護ステーションが、他の 事業の事業所を兼ねる場合には、必要な広さの専用の区画を有することで差し支えないものとする。
なお、この場合に、区分されていなくても業務に支障がないときは、指定訪問看護の事業を行うた めの区画が明確に特定されていれば足りるものである。
② 事務室については、利用申込みの受付、相談等に対応するのに適切なスペースを確保するものとす る。
③ 指定訪問看護に必要な設備及び備品等を確保する必要がある。特に、感染症予防に必要な設備等に 配慮する必要がある。ただし、他の事業所、施設等と同一敷地内にある場合であって、指定訪問看 護の事業又は当該他の事業所、施設等の運営に支障がない場合は、当該他の事業所、施設等に備え 付けられた設備及び備品等を使用することができるものとする。
Ⅱ 医療保険
〔指定基準関係通知〕指定訪問看護の事業の人員及び運営に関する基準について(平
12.3.31
保発70
号・老発397
号)(平22
保発0305
第4
)3
設備に関する事項① 指定訪問看護ステーションには、事業の運営に必要な面積を有する専用の事務室を設ける必要があ る。ただし、当該指定訪問看護ステーションが介護保険法による指定を受けた訪問看護ステーション である場合には、両者を共用することは差し支えない。また、当該指定訪問看護ステーションが、他 の事業の事業所を兼ねる場合には、必要な広さの専用の区画を有することで差し支えないものとす る。なお、この場合に、区分されていなくても業務に支障がないときは、指定訪問看護の事業を行う ための区画が明確に特定されていれば足りるものである。
② 事務室については、利用申込みの受付、相談等に対応するのに適切なスペースを確保するものとする。
③ 指定訪問看護に必要な設備及び備品等を確保する必要がある。特に、感染症予防に必要な設備等に配 慮する必要がある。ただし、他の事業所、施設等と同一敷地内にある場合であって、指定訪問看護の 事業又は当該他の事業所、施設等の運営に支障がない場合は、当該他の事業所、施設等に備え付けら れた設備及び備品等を使用することができるものとする。