第 8 章 反転確率の外部磁界印加角度依存性 48
8.2 外部磁界印加角度による DMI 測定法への影響
8.2.2 計算結果
反転確率面積の外部磁界印加角度による変化の結果を図8.4に示す。図中の赤及び緑のデー タは、印加角度による反転確率面積の最大値と最小値を表す。
0 500 1000 1500 2000
2.5 3 3.5 4 4.5 5
Spsw(Oe)
θ(deg) Spswmin
Spswmax
(a) D= 0.0 erg/cm2
0 500 1000 1500 2000
2.5 3 3.5 4 4.5 5
Spsw(Oe)
θ(deg) Spswmin
Spswmax
(b) D= 1.0 erg/cm2
図 8.4: 反転確率面積の外部磁界角度による変化
図8.4より、外部磁界印加角度の増加と共に、反転確率面積の最大値が増加することがわかる。
反転確率面積が増加すると、前章で提案した測定法ではDMI定数が小さく見積もられる。図8.5 に、D= 0.0 erg/cm2での最小反転確率面積と、D= 1.0 erg/cm2での最大反転確率面積の外部 磁界印加角度による変化を示す。このようにθ ≥3.5 degでは、反転確率面積はD= 0.0 erg/cm2 の最小値とD = 1.0 erg/cm2 の最大値が交差するため、θ ≥ 3.5 degでは、反転確率面積を利 用してDMI定数を測定することはできない。これに対してθ≤3.0 degでは、反転確率面積は D = 0.0 erg/cm2の最小値とD = 1.0 erg/cm2の最大値は交差しないため、θ ≤ 3.0 degでは、
反転確率面積の変化量によりDMI定数を測定する上で許容される範囲内であると言える。
0 500 1000 1500 2000
2.5 3 3.5 4 4.5 5
Spsw(Oe)
θ(deg) D=0 erg/cm2
D=1 erg/cm2
図 8.5: 反転確率面積のD= 0 erg/cm2での減少分とD= 1 erg/cm2での増加分の交差
8.3 低確率での反転確率の傾き
外部磁界印加角度により、反転確率の上昇が急峻になる結果が得られた。これは、磁化反転 が低確率で発生する外部磁界の範囲が狭くなることを意味する。STT-MRAM(スピントルク注 入磁化反転によるMRAM)における課題として、読み出しディスターブ(Read Disturb)の問題 が指摘されている[24]。読み出しディスターブとは、メモリの情報を参照するために低い電流 密度で読み出す際に誤って磁化反転し、情報の書き換えが起こることである。読み出しディス ターブは、「磁界の変化幅が小さく、低確率での反転確率の変化幅が大きい」ほど対策として有 用であると考えられる。ここでは、反転確率psw <0.1に注目した。psw <0.1の反転確率の変 化を詳細に見るため、図8.6に縦軸を対数スケールとした反転確率の結果を示す。
図より、外部磁界印加角度により「外部磁界増加による低確率での反転確率の増加量」が変 化することがわかった。tp = 1 ns(図8.6(a))では、反転確率の増加量は小さくなる。これに対 して、tp ≥2 ns(図8.6(b)∼ 8.6(d))では、反転確率の増加量が大きくなることがわかった。こ れより磁界パルス幅が長い場合、外部磁界印加角度により反転確率が急激に増加することがわ かる。次に「外部磁界増加による低確率での反転確率の増加量」を「反転確率の傾き」という 形で定量的に考える。反転確率の傾きは、低反転確率領域の変化を直線で近似し、その傾きよ り求めた(図8.7)。
8.3.1 計算結果
印加磁界角度による反転磁界の傾きの変化を、図8.8に示す。
図よりtp = 1 nsでは、反転確率の傾きは磁界印加角度に依存しないが、tp = 3 ns及び10 ns では傾きは印加角度と共に増大することがわかる。
0.01 0.1 1
0.5 1 1.5 2 2.5 3 3.5 4
psw
HEXT(kOe)
θ=0 deg θ=2.5 deg θ=5 deg θ=10 deg
(a) tp= 1 ns
0.01 0.1 1
0.5 1 1.5 2 2.5
psw
HEXT(kOe)
θ=0 deg θ=2.5 deg θ=5 deg θ=10 deg
(b)tp= 2 ns
0.01 0.1 1
0 0.5 1 1.5 2 2.5 3
psw
HEXT(kOe)
θ=0 deg θ=2.5 deg θ=5 deg θ=10 deg
(c) tp= 3 ns
0.01 0.1 1
0.2 0.4 0.6 0.8 1 1.2 1.4
psw
HEXT(kOe)
θ=0 deg θ=2.5 deg θ=5 deg θ=10 deg
(d) tp= 10 ns
図 8.6: マイクロマグネティックモデルでの外部磁界印加角度による反転確率の変化(対数表示)
0.01 0.1 1
600 650 700 750 800
-2 -1.5 -1 -0.5 0
psw log(psw )
HEXT(Oe) θ=0 deg
y=ax+b
図 8.7: 反転磁界の傾きの計算
0 0.005 0.01 0.015 0.02
0 2 4 6 8 10
slope
θ(deg) (a) tp= 1 ns
0 0.005 0.01 0.015 0.02
0 2 4 6 8 10
slope
θ(deg) (b)tp= 3 ns
0 0.005 0.01 0.015 0.02
0 2 4 6 8 10
slope
θ(deg) (c) tp= 10 ns
図 8.8: マイクロマグネティックモデルでの外部磁界印加角度による反転確率の傾き
8.4 まとめ
本章では、反転確率の外部磁界印加角度依存性を磁化反転シミュレーションにより調査した。
その結果、印加角度の増加により反転磁界が減少することがわかった。外部磁界印加角度によ り反転磁界面積は増大し、第6章で提案した反転確率のDMI定数測定法を用いた場合、実際の DMIより小さい値が測定されることがわかった。このため、反転確率によるDMI定数測定法 が利用可能となる反転磁界印加角度を検討した結果、θ ≤3.0 degであれば測定可能となること がわかった。θ ≤3.0 degでは実験的に生じる誤差の範囲内であり、第6章で提案した測定法を 実験的にも可能であると考えられる。また外部磁界印加角度により反転確率の傾きが急峻にな ることがわかった。これはSTT-MRAMの問題点である「読み出しディスターブ」の対策に有 用である可能性がある。
第 9 章 まとめ
コンピュータ等の情報機器の記憶装置として現在主にDRAMが使われている。DRAMは情 報の保持のために電力の供給が必要であるという揮発性を有しており、情報機器の消費電力低 減化を妨げる一因となっている。電力の供給がなくても情報を失わない不揮発性メモリの一種 としてMRAMがある。MRAMの実現により情報機器の消費電力の低減が期待されているが、
実用化には高記憶密度化、書き込み時間といった課題がある。これらの課題に対して「スカー ミオン構造」という微細な構造や、「高速磁壁移動」といった特異な磁性現象が生じるジャロシ ンスキー・守谷相互作用(DMI)が現在注目されている。DMIによりMRAMの問題点である高 記憶密度化や情報書き込み速度の高速化についての報告が行われており、DMIおよびDMIに よる磁性現象の研究が近年、盛んに行われている。またDMI定数を測定する手法について様々 な手法が提案されている。本研究では、磁化反転実験によりDMIを測定する2つの手法を提案 し、マイクロマグネティックシミュレーションを用いて、手法の有効性を検討した。
最初の提案手法は、反転磁界を用いた測定法である。DMIにより磁性体内部の磁化構造が変 化し、さらに円盤直径によりDMIによる磁化構造の変化量が変わることが予想される。このた め、DMIや円盤直径により反転磁界が変化することが考えられる。また反転磁界の変化量は、
面内反転磁界と面直反転磁界で異なることが考えられる。このため、円盤直径が異なる複数の 磁性体の面内及び面直反転磁界の差から、DMI定数を測定する方法を提案した。提案手法をシ ミュレーションで確認したところ、円盤直径の増加ととも面直及び面内反転磁界は減少するが、
DMIでは面内反転磁界のみが変化することがわかった。円盤直径増大による面直反転磁界の減 少は、円盤直径増大による実効異方性磁界の減少で説明できた。またDMIにより面直反転磁界 が変化しない理由として、DMI磁界の面直成分が外部磁界の大きさによらずに一定であること が考えられる。一方、DMIによる面内反転磁界の変化は、DMIによる初期磁化曲線の変化か ら説明できることがわかった。面直反転磁界と面内反転磁界の差を調べたところ、両者の差が 0となる円盤直径がDMI定数により変化することがわかった。これより反転磁界からDMI定 数が測定できることがわかった。
次の提案手法は、反転確率を用いた測定法である。熱揺らぎを考慮した場合、熱揺らぎのラ ンダム性のために、原子磁気モーメントは確率的に反転する。このため、反転磁界ではなく磁 界による反転確率の変化を求めることになる。またDMIにより磁性体内部の磁化構造が変化す るため、DMIにより反転確率が変化する可能性が考えられる。また磁界パルス幅を変えること により、磁界による反転確率が変化することも考えられる。このため、磁界及び磁界パルス幅 tpによる反転確率の変化からDMI定数を測定する方法を提案した。提案手法をシミュレーショ ンで確認したところ、DMIによる反転確率の外部磁界依存性が変化し、tp = 1 nsではDMIに より反転確率が大きく変化するが、tp ≥3 nsの長パルスでは反転確率の変化が小さいことがわ かった。また磁界パルス幅による反転確率の変化量を「反転確率面積」として評価した。その 結果、DMI定数の増加とともに反転確率面積が単調減少し、D= 1.0 erg/cm2で約30%減少す ることがわかった。これより反転確率よりDMI定数を測定できることわかった。
最後に、外部磁界印加角度による反転確率の変化について調べた。反転確率による測定では、
求める確率の桁数に応じた反復回数の磁化反転実験を要する。磁化反転実験の反復により外部 磁界の印加角度が変化する可能性が考えられる。そのため、外部磁界の印加角度による反転確 率の変化を調べ、角度によるDMI定数測定法への影響を調べた。その結果、外部磁界印加角度 により反転磁界が減少し、反転確率が高くなることがわかった。また外部磁界印加角度の増加 と共に、反転確率面積が広がることがわかった。反転確率による測定法では、反転確率面積が 広いと実際のDMIの値よりも小さく見積もられる。外部磁界印加角度を考慮しても反転確率に よる測定法を利用できるような条件を調査した結果、θ ≤3 degであれば、測定可能であるとわ かった。また外部磁界印加角度により、反転確率の傾きは急峻となり、これはSTT-MRAMの 課題の一つでもある「読み出しディスターブ」の対策に有用である可能性があると考えられる。
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発表リスト
• 国内学会
– 平野安彦、山田啓介、仲谷栄伸、”シミュレーションによるジャロシンスキー・守谷 相互作用の簡易測定法の検討” 第40回日本磁気学会学術講演会8aE-2(2016)
– 平野安彦、山田啓介、仲谷栄伸、”シミュレーションによるジャロシンスキー・守谷 相互作用の測定法の検討” 第41回日本磁気学会学術講演会21pA-16(2017)