ボランティアガイド「越中風の案内びと」の活動から
岡田 かおり
はじめに
私が「越中八尾風の案内びと」の存在を知ったのは、予備調査期間中に偶然お会いした 古川克己さんとお話をしたときだった。風の案内びとは、代表の古川さんが町民に声をか け結成した観光ボランティア団体であり、八尾を訪れる観光客に町中を案内している。こ の団体は現在活動5年目を迎え、16 名の町民が観光ガイドとして在籍している。私は一町 民が自主的に観光業に携わっていると聞いて、何が人々を活動に駆り立てているのだろう か、と興味を持ち、風の案内びとについて調べることにした。
調査では、風の案内びとが観光客をガイドする活動に同行し、ガイド会員や観光客の様 子を観察した。また頻繁に活動する会員とコンタクトをとり、会員から見た観光ガイドの 全貌を明らかにするべく、聞き取り調査を行った。また、過去の活動については、活動記 録の資料を参考にした。
以上の調査をふまえて、本章ではボランティアによるガイド活動について詳しく記述す る。まず、第1節では風の案内びとが結成されるまでのいきさつを記述し、第2節では現 在の風の案内びとの概要を記述する。続く第3節では5名のガイド会員の語りを記述する。
第4節では、観光ボランティアガイドのこれからの活動について、その課題などを述べる。
そして第5節では、風の案内びとの問題点について考察する。
1.八尾の観光ガイドのはじまり
観光ボランティアガイド「越中八尾風の案内びと」の前身には、八尾商工会女性部が設 立した、観光ガイド「観光語り部」がある。本節では「観光語り部」の活動について紹介 してから、風の案内びとが結成されるに至った経緯について記述する。
1-1.八尾町商工会女性部による「観光語り部」
平成 17(2005)年、八尾町商工会女性部長だった小原はな子さんの指揮のもと、役員 15 名が観光ガイド「観光語り部」を結成した。東京から地域活性化アドバイザーの政 所まんどころ利子 さんを指導者に迎え入れ、地域の案内人としてガイドの活動が始まった。
商工会女性部で、この活動は「八尾まるごとおもてなしプロジェクト」と呼ばれた。ガ イドたちはまず自ら町を歩き、一から八尾という地域を学び見つめなおすことに努めた。
夜の町中が暗いと思えば手作り行灯あんどんを作って商店に配り、町のどこが好きか・自慢したい
ションシート・八尾 おもてなし会話集」を作ったのだ(図6-2)。いつ外国人観光客が 訪れても対応できるようにと、各自の店にこの翻訳集を常備するようにした。外国語を使 いこなせるようにと、外国語の勉強会も何度か開催した。このように商工会女性部は観光 客の目線に立ち、自分たちなりのガイドの形を確立していった。
図6-1 観光マップの表紙(左)と内容の一部(右)
ガイドは、毎月第2、第4土曜日に曳山展示館で開催される「おわら風の盆ステージ」
に合わせて行われていた。ガイドの予約は越中八尾観光協会が受け付けて、依頼という形 で部長の小原さんの元へ届けられた。そしてガイド担当者がある程度コースを計画し、当 日に臨んでいた。八尾の町並みに馴染むようにとガイドたちは、各自もんぺを仕立てて着 用していたそうだ。上記以外の日も予約があれば活動し、大体週に一度のペースでガイド を行っていた。もちろん一年で一番八尾に観光客が多い、おわら風の盆の時期にも、商工 会女性部は活動した。パンフレットを片手に町をさ迷う観光客を見つけては、「どちらをお 探しですか?」「現在地はここですよ」と話しかけ、目的地まで案内した。商工会女性部の 以上のような献身的な活動は、観光客に八尾の見所を伝えるのに大いに役に立っていたよ うだ。
第6章 観光に携わる町民――ボランティアガイド「越中風の案内びと」の活動から
(岡田かおり)
図6-2 おもてなし会話集の一部
商工会女性部のこの観光ガイド活動事業は、新聞の地方欄に度々取り上げられるように なった。そして活動も軌道に乗った平成 19(2007)年、地域づくり総務大臣表彰に富山代 表として推薦され、みごと受賞した。他にも平成 20(2008)年には富山に来られおもてな し賞団体賞を受賞したり、商工会女性部全国大会の富山県代表として中部ブロックに出場 したりしたこともあった。
1-2.越中八尾観光協会の古川克己さん
八尾町商工会女性部のガイド活動が確立していく一方で、越中八尾観光協会でも同じよ うな動きが生まれていた。当時観光協会に勤めていた古川克己さんは、観光客がわざわざ 入場料を払って曳山展示館に訪れ、鑑賞した後すぐバスで帰ってしまう様子に不満を抱い ていた。曳山展示館の職員も積極的に観光客に働きかけず、祭りの映像を流しているだけ に見えた。「これでは八尾の魅力が十分に伝わらない、展示館は観光客にとって入場料を払 う価値のある場所であるべきだ」。こう考えた古川さんは、展示館内の案内を自主的に行い
このように町案内人としての評判が定着しつつあった頃、古川さんはおわら風の盆の運 営にボランティアスタッフとして参加した。そこには多くの町民もスタッフとして参加し ていた。八尾町民の観光客に対するおもてなしの精神に感銘を受けた古川さんは、「観光客 に八尾の町を案内する団体を作ること」を決意し、当時のボランティアスタッフに加えて、
その他の町民にも有志として加わるよう、協力を呼びかけた。そして平成 20(2008)年ご ろ、観光協会の中に観光ボランティア組織を立ち上げた。こうして、八尾の町に2つの観 光ボランティア団体が生まれた。
1-3.「越中八尾風の案内びと」の誕生
順調に活動を続ける2つの観光ボランティア団体であったが、越中八尾観光協会では次 第に「双方のガイドの活動には大差がない。観光客を心からもてなしたいという気持ちは 同じはずだ。それならば一緒になって、八尾の観光を更に盛り上げていこう」と、八尾町 商工会女性部に働きかけるようになった。商工会女性部は、平成 21(2009)年に小原さん が部長を退任しており、「観光語り部」を引っ張るリーダーが不在の状態だった。今後の活 動を思案していた商工会女性部は、この提案に同意した。
そして平成 23(2011)年、八尾の観光ボランティア団体は「越中八尾風の案内びと」と して再結成された。会員には商工会女性部や観光協会役員に加えて、新たに一般の町民も 参加し、約 30 名が集まった。活動拠点は暫定的に観光協会となり、そこに事務所を設置し た。毎月第2、第4土曜日開催の「おわら風の盆ステージ」に合わせたガイドは、商工会 女性部の活動から継続して行うことが決まった。また、商工会女性部で作成し、使用して いた資料や地図も、風の案内びとの活動で引き続き活用されることになった。
ボランティアガイド団体の再結成にあたって、「越中八尾風の案内びと会則」が新たに作 成された。会則にはガイドの定義や心得のほかに、会員は公私の観光施設へ自由に見学出 入りできる、八尾の各種イベントには積極的に参加するなどの規定が定められた。年間活 動計画としては、意見交換のための定例会の実施、他の地域の観光ガイドの視察研修、外 部講師による接客講座、文化・歴史講座が企画された。現在の「越中八尾風の案内びと」
の活動は、基本的に以上の会則に則って続けられている。
1-4.商工会女性部元部長 小原はな子さんの語り
今回の調査では、10 年以上前に「観光語り部」を立ち上げた小原はな子さんにお話を伺 うことができた。
小原さんは、平成 15(2003)年に八尾町商工会女性部部長に就任した。小原さんは就任 時から、観光客に八尾の魅力を伝える方法を模索していた。八尾はおわらで有名な町であ
第6章 観光に携わる町民――ボランティアガイド「越中風の案内びと」の活動から
(岡田かおり)
るので、どうしてもおわらの時期に観光客が集中してしまう。その反面、祭りのない時期 は町を歩く人も少なく、町は閑散としている。このまま八尾が廃れていくことを危惧した 小原さんは、商店を観光客が気軽に立ち寄れる場所としてアピールしてはどうかと考えた。
そして八尾の商店で働く自分たちこそ、八尾の魅力を伝えるのに一番の適任だと思ったか らだ。商工会女性部のなかに「観光語り部」が結成された背景には、以上の思惑があった。
八尾の町を案内して欲しい、という観光客の声はそれ以前からあったため、「観光語り部」
の活動は越中八尾観光協会に重宝されたという。
商工会女性部が観光ガイドを始める上で欠かせなかったのが、政所利子さんの存在だっ た。政所さんは当時、地域活性化アドバイザーとして、商工会女性部の活動の段取りや新 事業の計画を、4年間にわたって指導していた。小原さんによると、「観光ボランティアを 素人が一から作りあげていくのは大変。商工会の女性たちは働いている人ばかりだから、
自主的に観光事業について勉強するのは難しい。だから指導者が必要ということで、交流 があった政所さんに商工会としてお願いした」のだという。また、政所さんがいたからこ そ、事業として成り立っていたのではないかとも語った。
小原さんは、「自分のためにガイドを続けていたようなものだ」と話す。というのも、ガ イドを始めたことで、八尾の歴史をさらに深く学ぶことが出来たからだ。そうして得た知 識をもとにガイドをした相手から、お礼状やお土産を受け取った時は、「ガイドをしていて 良かった」と改めて感じたそうだ。商工会女性部はガイドの際、全く観光客からお金をと らなかった。その理由は、役員は常に勉強の身であるから、というものである。商工会女 性部は町の外からお嫁に来た人がほとんどなので、八尾のことを一から勉強するのは大変 だった。そのため、メンバー一人ひとりが分担して八尾の歴史や文化を調べて、それらを まとめて案内資料として共有し、知識を補っていたそうだ。
好調にガイド活動を開始させた商工会女性部であったが、もちろん問題点もあった。女 性部ではガイドを担当する役員を2年で交代していたが、仕事を新任に引き継ぐのがひど く大変だったという。前年度までのガイド担当者は、新しい仕事をおぼえるのに精一杯で、
次の担当者のサポートまで手が回っていなかった。また、ガイド活動を続けるには、絶え ず会員を引っ張る存在が欠かせない。結成してから一貫して、部長の小原さんが活動の指 揮をとっていたが、次の部長が観光ガイドに積極的かどうかは誰にもわからない。したが って小原さんは、「このまま女性部で観光ボランティアを続けていくのは無理だ」という結 論を出し、自分が部長を降りるのを機に、「観光語り部」のガイド活動も辞めることにした。
「観光語り部」が観光協会の「越中八尾風の案内びと」と合併した平成 23(2011)年とは、
ちょうどそういう時期だった。商工会女性部の役員の一部は、観光協会の手伝いという名 目で、風の案内びとのメンバーに加入した。しかし、活動が大きくなるほど、平日に店で 働いている役員は参加しづらくなる。そうして、風の案内びとにおける商工会女子部の存 在感は薄れていき、現在では、ほとんど吸収合併のような形になってしまったという。
だが、小原さんはこの形に満足している。形はどうであれ、八尾の観光ボランティアが