関 春花
はじめに
調査地が八尾に決まってからほどなく、「八尾には子どもが運営をする祭りがある」とい うことをお話で聞いた。それが地蔵祭りだ。そのお話から、私は「子どもが運営する」とい うことに興味を持った。子どもは、例えば祭りで行う舞踊などに参加することはあっても、
主体的に祭りを運営するという話は聞いたことがなかった。そこで、この珍しい地蔵祭りを 通して、八尾の子どもたちがどのように成長していくのかを知りたいと思った。また、おわ ら風の盆や曳山祭には子どもたちがどのように関わっているかも調査した。そこから少子 化が進む現在、地域の伝統行事がどのようにあるべきなのかということを考えたい。
調査方法は、主に、旧町内の住民に対する聞き取りである。また、8月5日に行われた上 新町上ノ丁、西新町の地蔵祭りの観察、おわら前夜祭期間の夜練習の見学を行った。それに より、各々の行事について知ることができたのと共に、子どもたちが行事に参加することで 何を感じているのか、何を考えているのか、といったこともある程度知ることができた。本 章では、曳山祭(第1節)、おわら風の盆(第2節)、地蔵祭り(第3節)の順で、それぞれ の行事への子どもたちの関わり方や、行事についての子どもと大人たちの考え、行事に垣間 見ることのできる人々同士の関係について記述していく。第4節では以上を踏まえて、短い 考察を行う。
1.曳山祭
1-1.曳山祭と子ども
曳山祭に参加する子ども達は、その年齢によって曳山との関わり方が違う。2歳から5歳 の子どもは、調曳き1)で曳山に乗せてもらうことができる。八尾小学校の児童は曳山を曳 かせてもらう体験をするし、小学校高学年から中学生は夜の提灯山2)の番をする。このよ うに八尾の町では、どの年齢の子どもでも曳山に触れられるような環境が作られている。曳 山に上ったり曳いたりしている子どもたちは祭りを楽しんでいるように見えた。
子どもが曳山に乗るのは、子どもが穢れのないものであり、神や仏の使いとしてみられて いるからだという。また、子どもを曳山に乗せるという行為は、人間の誕生を表していると いう。あげるときに縮こまって泣き、あげ終わって笑顔になる姿は、生まれたばかりの赤ち ゃんを想像させるようだ。
女子を曳山に乗せるようになったのは、30 年ほど前だという。それまでは、子どもであ っても女性を曳山に近づけることは避けられていた。それが変わった背景には、子どもが減
と述べていた。伝統が変わってしまうことには抵抗がつきものかもしれない。しかし、この 男性のように考えることで、伝統がよりよく継承される可能性が開かれるのではないかと 感じた。
写真4-1 曳山に乗る子どもたち(岡田撮影)
1-2.八尾小学生の曳山体験
八尾小学校は、毎年5月1日に行われる調曳きの日を「伝統行事に親しむ日」と定めて、
すべての児童が曳山に触れる機会を設けている。学年ごとに児童が、曳山を持つ6つの町
(下新町、今町、諏訪町、西町、東町、上新町)に振り分けられて、曳山を実際に曳く体験 をするのである。八尾小学校には八尾旧町以外の地域に住む児童もいるので、この子どもた ちにとっては八尾の伝統に触れる大変貴重な機会となっている。
伝統に触れることを目的とする体験学習が始まったのは、平成9(1997)年の5月1日に 行われた調曳きからである。この年に、八尾町は文部省の伝統文化推進事業の指定市町村に なったことが、企画が考えられたきっかけであった。最初の年に体験したのは6年生だけで ある。当時6年生の担任であった上新町の栃山優美代さんによると、学校側は子どもに伝統 に対する興味を持ってほしいとは思っていたものの、特に強い問題意識や具体案があった わけではなかったという。私はてっきり、この学校行事は八尾小学校が伝統文化の継承を目 的に、独自に計画したものだと思っていたが、実際にはそうではなかったようだ。
第4章 八尾旧町の伝統行事と町の子どもたち
(関春花)
写真4-2 八尾小学生の曳山体験(野澤撮影)
栃山さんはまず、調曳きの見学を、曳山を持つ6つの町に申し込んだ。できれば体験もさ せてやりたいと考えてはいたが、どこまでさせてもらえるかはわからなかった。当日になっ てみると、町によって曳山の拭き掃除をさせてくれたり、子どもを曳山に乗せてくれたりし てくれるところもあった。栃山さんは「そこまでしてくれるとは思わなかった」と語る。当 時すでに町の中でも少子化の問題が意識されていたためか、小学生が見学することを拒絶 する町は皆無で、どの町も快く受け入れてくれていたという。子どもに対するアプローチの 良いきっかけとなったようだ。
この試みは、八尾旧町の外に住む子どもにとって曳山に触れられるかけがえのない機会 になったことはもちろん、旧町に住む子どもたちにとっても、他町の曳山を曳く貴重な体験 となった。それまで話に聞くだけだったきらびやかな曳山に触れられる、隣町の曳山を間近 で見られると、子どもたちもとても嬉しそうだったという。推進事業の期間が終了した後も、
各町からは「続けてほしい」という声があがった。それを受けて、八尾小学校ではこの活動 を正式な学校行事とし、現在も続けている。栃山さんは、「伝統を大事にする行事が現在も 続けられていてとてもありがたい」と語っていた。
2.おわら風の盆
2-1.子どもとおわら
曳山同様、おわらに対する子どもの関わり方も、年齢によって違う。大きく分けて小学生、
中学生、高校生の関わり方がある。踊りの種類がもっとも大きな違いだ。また、学校におわ らの部活があり、おわらに触れる場が設けられている。そこで教えられる芸目の種類も違い の一つであろう。
中に入ることができる。上新町で前夜祭の期間に行われていた夜練習では、19 時から1時 間ほどが小学生の踊り練習となっていた。この時間帯は、旧町の出身または在住でない子ど もも気軽に輪の中へ入って踊っていた。青年団や親が子どもたちに指導をする場面も見ら れた。しかし、細かく指導するような練習ではなく、小さな子どもたちがおわらに親しむ場 としての練習時間であったように思う。聞き取り調査によると、鏡町では、小学生の練習が 終わった後も、町の先輩の踊りを見たいといって練習に残る子どももいるようだ。
八尾小学校の児童には、運動会やおわら保存会の主催する演技発表会といった、発表の場 が用意されている。運動会では全校児童が父兄と踊るが、演技発表会では5、6年生のみが 踊るようだ。毎日練習をするというわけではなく、発表の場が近くなると、保存会から指導 者が派遣される。この場で経験できるのは旧踊りだ。このような場は、子どもたちがおわら に触れるきっかけとなるだけでなく、子どもたちと先輩や家族との関係を、強めているよう に感じた。
中学生
中学生は町にもよるが、大体は旧踊りを踊る。上新町のように子どもが少なくなっている 町では、新踊りの踊り子を確保するために、中学生から新踊りを教えるようだ。この年頃に なってくると、小学生と比べて、踊りの動作がより洗練されてくる。練習でも丁寧に踊る姿 から、おわらが好きなのだろうということが感じられた。また、本格的に青年団の方から指 導を受けていて、一歩大人に近づいている印象も受けた。
八尾中学校でおわらに親しむ場として設けられているのが、週1回で行われる郷土芸能 部だ。中学生になると部活動など自分のやりたいことの選択肢が増える。そのためか、旧町 の中学生でおわらの練習にやってくる人数は全体の約半分で、割合は小学校よりも少ない。
中学校の部活では、三味線や胡弓といった楽器を練習している。三味線を練習している子が ほとんどで、胡弓を練習している子どもは 22 人中3人だ。
高校生
高校生になると青年団に入ることができる町もある。高校生になると、動きの複雑な「男 踊り」や「女踊り」といった新踊りを踊るようになる。西新町の練習では、青年団の先輩か ら丁寧に指導を受け、練習する姿が見受けられた。手のひらの角度から視線といった細かい ところまでそろえて踊る姿に、おわらを大切に思う気持ちやおわらへの誇りを感じた。仲間 同士で動作について話しあう姿も見られ、ここまでくると“おわらを継ぐ”という意識が明 確にあるのだろうと感じられた。
八尾高校にも、おわらに親しむ場として郷土芸能部が設けられている。高校では三味線や