前章において、我々はデューイを中心に「教育とは何か」「活動的な仕事と は何か」という形において考察を展開した結果、「〈学校〉におけるく教育〉
の一つの在り方」としてのく授業〉は、正に〈活動的な仕事〉 (〈表現として の共同活動〉)として展開されなければならないということ、そしてそれは必 然的に〈総合学習〉として展開されるであろう所以を理解することが出来た。
そこで、本来ならば我々は次に、 〈活動的な仕事〉 (〈表現としての共同活 動〉)としてのく授業〉、即ち〈総合学習〉というく授業〉は実際にどのよう にして展開されるのかということを問わなければならない。
しかし、具体的な教育課程、授業過程及び授業計画についての考察は次章に ゆずるとして、我々はここにおいて、 〈総合学習〉というく授業〉がく活動的 な仕事〉としてのく授業〉ないし〈表現としての共同活動〉としてのく授業〉
という形においてはじめて実現される、という時の〈表現〉 (〈芸術〉)とい うものについて、デューイの基本的な考え方を更に詳しく考察する必要がある ように思われる。
そこで、本章において我々は「〈経験〉からこそく芸術〉は生まれて来る」
のであり、「〈芸術〉はく経験〉が洗練・強化されたものである」と主張する デューイの考え方、言うなればデューイの芸術哲学とでも言うべきものについ て考察し、次第に実際のく授業〉との関わりからく表現〉 (〈芸術〉)の構造 について明らかにして行きたいと思う。
第一節 経験としての芸術
本節において、我々はデューイの芸術に関する基本的な考え方について『経 験としての芸術』を中心に考察して行くことにしたい。
(本論に入ってから明らかになることであるが)デューイは〈芸術〉とく経 験〉の隔離を強く否定しており、 〈経験〉からこそく芸術〉は生まれて来るこ
と、言わば〈経験としての芸術〉を主張しているわけであるが、一体いかにし て〈経験〉が洗練され強化された形としてのく芸術〉に発展するのであろうか。
言葉を換えるならば、一体〈芸術〉とはいかなる〈経験〉なのであろうか。言 うなれば〈芸術としての経験〉とはいかなるものであるのかを明らかにしてい
くことが本節における問題である。
そして、そのことは(前章において示唆されていることだが) 〈総合の中核〉
としてのく活動的な仕事〉 (〈表現としての共同活動〉)がく一つに纏まった 経験〉を基盤としていることからも当然のことである。
このように、デューイによれば、 〈芸術作品〉が古典として評価が定まると それを生み出したのは人闇であるということを人闇は忘れてしまうが故に〈芸 術〉は隔離した領域へ移され、高みにのぼらされてしまうわけである。
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デューイはこのような〈芸術隔離説〉を強く否定しているのであるが、それ は(言うまでもなく)、このような理論一く芸術隔離説〉一は〈芸術〉を〈生 活〉から切り離し、 〈芸術経験〉を〈日常経験〉と縁のない高遠なものと見な
してしまうが故である。
そこで本項において我々は、このような〈芸術隔離説〉を強く否定するデュ ーイの基本的な考え方について考察をして行くことにする。
註
(1) Dewey,J., Art as Experience,1934,p.3.
(訳は、鈴木康司『経験としての芸術』,1952,3頁参照。)
(2) 〈芸術隔離説〉はまたく個室理論〉(compartmental theory)、あるいは く分類棚理論〉(pigeon−hole theory)とも呼ばれる。
1.経験と芸術の連続性の回復
まず始めに、我々は『経験としての芸術』の冒頭におけるデューイの次のよ うな言葉を借りることにする。
「美学を形成する基となる芸術作品が現実に存在することが芸術哲学を立て る上に妨げとなって来た。・…〈芸術〉がひとたび古典の域に達するとく作品〉
は何故か、それを生み出した人間的条件から孤立し、現実の生活経験において (け
〈作品〉が及ぼす人闇的結果から隔離するのである。」
A。経験と芸術の連続性の回復
先に述べたく芸術隔離説〉に反して、デューイの第一・の目的はいかなるもの であるのか、我々は次のような言葉を借りることが出来る。即ち、彼は言って
いる。
「〈芸術作品〉がく経験〉の中に起源を持ち、そしてその中で作用するとい うこの二つの条件力・ら隔離されると、〈芸術〉の周囲に騨がめぐらされ・そ
れによって美学が問題として取り扱う作品の一般的意義は殆ど不明瞭なものと なるのである。…・そこで、芸術哲学の著述を試みる者がまず第一にしなけれ ばならない仕事というのは、即ち洗練され強化された形の経験であるく芸術〉
と一般に経験を成すものと認められている日常の事件・能動・受動一く経験〉
.。. り 一との問の連続性を再び取り戻すことである。」
更に、デューイの芸術哲学の特徴は次のような言葉の中に見出すことが出来 るであろう。即ち、彼はく芸術〉とく経験〉との間の〈連続性〉を次のように 説明するのである。
「山の頂は何物に支えられず宙に浮かんでいるのではなく、また地球の上に ただ休んでいるものでもない。それ(〈山の頂〉)は、 〈地球〉そのものであ 《2フ
り、 〈地球〉の働きの一つの表れに他ならない。」
ここで、デューイの言う〈山の頂〉とは即ち〈芸術〉を意味するものであり
〈地球〉とは即ちく経験〉を意味するものであることは言うまでもない。
そして、デューイによれば、「(〈山の頂〉はく地球〉そのものであるとい う)この事実を様々な関係から明らかにすることがく地球〉に関する学問に携 わる者、即ち地理学者や地質学者の任務であり、 〈芸術〉を哲学的に探究しよ (3♪
うとする者は、これと同様の課題を為しとげなければならない」ということに
なる。
このように、デューイの芸術哲学の基本的な考え方は「〈芸術〉はく経験〉
がく洗練され強化されたもの〉」であり「〈経験〉からこそく芸術〉は生まれ て来る」こと、即ちく経験〉とく芸術〉との闇のく連続性〉を主張するもので
ある。
それ故に、続いて我々は「〈経験が洗練され強化された形としての芸術〉、
言うなればく芸術としての経験〉とはいかなるく経験〉であるか」ということ 更に言えば「〈芸術〉とは何か」ないし「〈表現〉とは何か」ということを問 題にしなければならないわけであるが、この問いに対しての我々の解答は次節 においてく表現の構造〉として明らかにして行くこととし、ここにおいて我々 は「〈経験〉とく芸術〉との間の〈連続性〉の回復」を主張するデューイの考 え方のく歴史的な根拠〉を見て行くことにしたい。
すなわち、彼は(既に引き合いに出した言葉の中において)「…・芸術哲学 の著述を試みる者が第一にしなければならない仕事というのは、即ち〈芸術〉
とく経験〉との間のく連続性〉を〈再び取り戻す〉ことである」と言っている が、このく連続性を再び取り戻す〉とはいかなることを意味しているのであろ
うか。このことについて、我々は再びデューイの言葉を借りることにする。
「礼拝、公会場などに現れた団体生活は、一方でこれらの場所や機能の特色 を成すものと、他方それらに彩りと優雅と尊厳とを添えている〈芸術〉とに分 離することを知らなかった。絵画と彫刻とは合して建築と一・体となり、同様に 建築は社会的目的に合一して、この目的に役立った。音楽と歌とは団体生活の 意味を十全なものたらしめる儀式と祭礼の重要な部分であった。劇は団体生活 の伝統と歴史との節々した再現であった。アテネにおいてさえ、これらの〈芸 術〉は直接経験の組織、背景から切り離されず、しかもその意味深い性質を保 有していたのである。競技も劇と同じく、民族と団体の伝統を祝い、強化した、
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そして民衆を教化し、栄光を記念し、市民の自負心を高めるものだった。」
このように、デューイによれば現在のく演劇〉・〈音楽〉・〈絵画〉・〈彫 刻〉・〈建築〉といった〈芸術〉の前身は、そのほとんどが宗教的祭礼とか記 念行事とか言ったような〈実生活〉と密接な関連を持っていたわけであり、正
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にそれらは「組織された社会の重要な生活の一部であった」わけである。
この点において、デューイの「〈芸術〉とく経験〉のく連続性を再び取り戻 せ〉」という考えの歴史的根拠は、古代ギリシャやルネサンスにおける〈芸衛〉
の発端にあると思われる。そして、このことは次のような『学校と社会』の中 の言葉から容易に推測され得るのである。即ち、デューイは言っている。
「ルネサンスの〈芸術〉は実際生活の手職的な技芸から発生し、発展したも のであるが故に偉大である。それは、いかに理想的であろうとも実際生活から かけ離れた雰囲気のうちに生じたものではなく、身近で日常的な生活様式のう (6?
ちに見出される精神的な意味を持った過程に照らして遂行されたのである。」
あるいは、再び『経験としての芸術』の中の言葉を借りるならば、彼は次の ように言っている。
「アテネのギリシャ人達がく芸術〉を顧みてく再現〉またはく模倣〉の活動 であると考えたにしても別に驚くには当たらない。この考えには数々の反対論 があったが、しかし、この説一〈芸術〉はく再現〉または〈模倣〉の活動であ るという三一が流行したということは、 〈芸術〉とく日常生活〉 (〈経験〉)
との間に密接な関係がある証拠である。何故なら、この説は〈芸術〉が文字通 りのく模写〉という意味ではなくして、社会制度や日常に関連したいろいろな (の
情緒や観念を反映するという意味だったからである。」
これらの言葉から理解し得るように、デューイの「〈芸術〉とく経験〉との く連続性を再び取り戻せ〉」という考えの歴史的根拠はく芸術〉とく経験〉と が密接に関連してい、た古代ギリシャやルネサンスの中に見出されるその〈連続 性〉を、正に〈再び取り戻す〉ことにあるわけである。
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註
Dewey,J., Art as Experience,1934,p.3.(訳は、鈴木康司訳『経験と しての芸術』,1952,3−4頁参照。以下同様に扱う。)
Ibid.,p。3.(前掲書,4頁参照。)
Ibid。,pp。3−4。(前掲書,4頁参照。)
Ibid.,p.7.(前掲書,8頁参照。)
Ibid。,p。7。(前掲書,7頁参照。)
Dewey,J.,The Schoo1 and Society,revised edition,1915,p.80.
(訳は、宮原誠一訳『学校と社会』,1957,92頁参照。)
Dewey,J。,op。cit.,p。8。(杉浦,前掲書,8頁参照。)
B。芸術隔離説が生ずる歴史的理由
前項において、我々は〈芸術隔離説〉を強く否定するデューイの「〈芸術〉
とく経験〉のく連続性を再び取り戻せ〉」という考えの歴史的根拠を理解する ことが出来たのであるが、この〈芸術〉をく経験〉から切り離そうとする〈芸 術隔離説〉が生ずるのには歴史的な理由があったわけである。
デューイによれば、「(そこから出た、いわゆる) 〈芸術のための芸術〉と いうような考えがあったにしても、古代ギリシャやルネサンス当時の人達にと って、それ(〈芸術のための芸術〉という考え)は理解されもしなかったこと 《り
であろう」というわけである。
この〈芸術のための芸術〉の主張が起こったのは十九世紀に入ってからであ るから、ダンテ・シェークスピア・ルソーなどはこのような主張とは全く無関