5-1 緒言
街区が公園のような浸透域で構成されている場合と駐車場のような不浸透域で構成さ れている場合では,同領域からの雨水流出特性や地下水浸透特性が大きく異なる.この ため街区内の土地利用形態を正確に把握することは水循環モデルを構築するうえで非常 に重要となっており,
TSR
モデルの高度な地物データGIS
では,街区内をその浸透特性 に基づき13
種別(公園,緑地,芝地,墓地,畑,舗装地,プール,裸地,駐車場,グラ ウンド,テニスコート,鉄道,間地)もの土地利用種別に分類している.ここで,13
種 の土地利用種別を総称して街区内土地利用種別と,個々の地物要素を街区内土地利用地 物要素とそれぞれ呼ぶこととする.図5-1および図5-2は,TSRモデルの適用を目的に神田川上流域の地図およびこの流域 で手作業によって構築した高度な地物データGISを示す.また図5-3は,図5-1で併記し た小領域における高度な地物データを,図5-4は同領域の航空写真を示している.小 領域は神田川上流域の中の500m 四方の領域を指しており,小領域の中には公園やグラ ウンドなど,さまざまな土地利用種別が混在した領域となっていが,高度な地物データ
GISの13種の土地利用種別によって街区内の地物が浸透特性に基づき精緻に表現されて
いることが見て取れる.図 5-1 神田川上流域の地図と
小領域の位置
108
図 5-2 神田川上流域の高度な地物データ GIS,対象 TSR モデルは天口ら1)
109
図 5-3 天口ら1)の TSR モデル適用のために作成した高度な地物データ GIS の一例.
ここで街区内土地利用地物要素とは,道路・河道以外を示す街区内を構成する 地物を示している.
110
図 5-4 小領域における東京デジタルマップ株式会社が提供する航空写真デジタル画像 データ(デジタルオルソ).なおデジタルオルソとは,航空写真について正射投 影で位置の補正を行い,さらに色調補正を行い作成した画像データのことであ る.
111
5-2 街区内自動分割手法開発の方針5-2-1 街区内土地利用地物要素の条件
本章では,街区内土地利用地物要素の自動構築手法について検討を行う.高度な地物 データ
GIS
を得るためには,第3章で得られた街区について,浸透特性に基づきさらに ポリゴン型地物データ「街区内土地利用地物要素」に分割する必要がある.本章では,TSRモデルでの活用を念頭に入れ,以下の条件を意識した街区内土地利用地物要素の 生成手法について検討を行う.
① 個々の地物がポリゴンによって精緻に表現されていること
② 個々の地物は浸透特性の情報をもつこと
③ 面積が極度に大きな要素や極度に小さな要素がなく,各地物ポリゴンは概ね同じ面 積の単純形状であること.
④ 微小道路要素や隣接する他の街区内土地利用地物要素と整合性をもち分割されてい ること
⑤ 敷地・宅地を示すポリゴンで分割されており,個別建物の浸水深を容易に計算可能 であること(図 5-5)
各条件を設定した理由は以下のようになっている.
まず条件①,②は,浸透特性をベースとした土地利用種別に基づき地物を精緻に表現 することが,TSRモデルのモデル構築において最も重要であり,高度な地物データ
GIS
の要件として必須であるといえる.次いで条件③,④は,TSRモデルにおける計算負荷低減を意識しての配慮である.要 素の形状や隣接要素との整合性は,道路や隣接する周辺の地物要素との水の収支を二次 元的に計算する際に重要となる.天口ら1)による初期の
TSR
モデルにおいては,街区内 の雨水はキネマティックウェーブ法に基づく水文モデルで計算されていたため,街区内 土地利用地物要素の形状が条件①,②と比較すると重要ではなかった.しかし現在,各 街区内土地利用地物要素間の水のやり取りについても2
次元的に解く構想もあるため,要素接合部の整合性も条件①,②と並び重要となりつつある.
条件⑤は,個々の建物の敷地で浸水深を計算し,個別建物浸水解析を行うための配慮
112
である.天口ら 2)では,家屋や事業所などの建物に資産が集中している都市流域におい て,豪雨浸水被害に対するきめ細かな減災対策のために個々の建物の浸水特性を考慮し た様々なシナリオ分析が重要であると考え,TSRモデルを応用した個別建物の浸水過程 を考慮可能な洪水流出・浸水解析モデルを提案している.本モデルの実流域への適用で は,高度な地物データ
GIS
を用いて個別建物の浸水深を計算するために,個別建物をそ れぞれ包括する浸水解析格子が必要となる.図 5-5 a) 初期の高度な地物データ GIS と b) 本研究で構築を目指す高度な地物デー タ GIS それぞれの建物を含む街区要素.
113
5-2-2 街区内土地利用地物要素の自動構築手法の検討
しかしながら,条件①~⑤を全て満たす
GIS
の入手は極めて困難であることが一般的 である.また第1章で述べたように,街区内土地利用地物要素は,手作業による構築に 大きな労力を要し,高度な地物データGIS
構築の中でも自動化の要求が大きなデータで あるといえる.条件①~⑤を満たす街区内土地利用地物要素を手作業で構築する場合の 作業では,まず街区内を土地利用種別に基づき分割し,次いでTSR
モデル適用において 適切な大きさと単純形状に分割する2
つのステップで行っており,本節で検討する自動 構築手法もこの流れに則って行うのが妥当と考えられる.一方,現在GIS
分野で多用さ れる領域分割法は,ティーセン分割法や不整三角形網の生成など単純なアルゴリズムを 採用したものが多い.こうした領域分割法は,GIS において実装が容易であるなどの利 点はあるものの,都市を構成する地物形状を考慮可能にはなっていないため,街区内土 地利用地物要素の自動構築を行うためには新たなアルゴリズムを開発する必要がある.新たな手法を開発する際には,従来の手法を複数組み合わせ,これら手法の利点を生 かしながら開発に着手する流れが一般的である.こうした開発を行う場合には,組み合 わせる各手法の利点・欠点を明確にしておくことが重要であると考えられる.そこで本 章では,街区内土地利用地物要素の自動構築を念頭におき,まず土地利用種別の設定法 として
GIS
分野で頻繁に利用されているティーセン法を検討し,本手法で作成した街区 内の土地利用種別ポリゴンの特性を明らかにする 3), 4).次いで領域分割法として同じくGIS
分野で利用が頻繁な不整三角形網生成手法,およびコンピュータグラフィックスの 分野で開発されたものの,GIS 分野における応用例の見られないスケルトン法 5)を実装 するとともに,各手法の特性と利点,欠点を明らかにする6).114
5-3 地図記号を母点とするティーセン分割法の適用
5-3-1 本手法の概要
図 5-6は,地図記号を母点としたティーセン分割法による街区内土地利用要素の構築 フローについて示している 3).ティーセン分割法は,各母点の支配領域を計算する手法 であり,各支配領域の境界線は母点間の垂直二等分線となる特徴を有する.この特徴に より,各支配領域は直線辺を区域界とする多角形となり,支配領域内のいずれの場所に おいても,最短距離となる母点は支配領域内の母点となる.本節では,地形図標準デー タファイルの地図記号を母点とし,各地図記号の土地被覆支配領域をティーセン分割法 で設定する手法について検討を行う.地形図標準データファイルとは,国土交通省公共 測量作業規定の
Digital Mapping
標準フォーマットに準拠し作成された電子地形図データ であり,近年各地方自治体で整備が進みつつある 7).また,地形図標準データファイル の精度は都市計画基本図として活用される1/2500
地形図と同等であるとともに,地図記 号により豊富な土地利用情報が含まれているため,本研究の目的に適していることを確 認している 8).なお,ここで構築される土地利用種別の情報をもつ街区分割後のポリゴ ンを,土地利用種別ポリゴンと呼ぶこととする.土地利用種別ポリゴン構築の流れについて,おおまかに述べると以下のようになる.
まず,地形図標準データファイルには,街区内の土地被覆境界線が不完全ながら含まれ る場合がある.柵・塀は街区内地物要素の明確な領域界になるので,まず地形図標準デー タファイルに含まれる境界線データを統合し領域界ラインを作成し,次いで領域界ライ ンの破断箇所を閉じる処理を行ったのち,同ラインを用いて街区要素を分割する.ここ で得られた分割された街区ポリゴンを一次分割街区と呼ぶこととする.
次に,一次分割街区を対象とし,地図記号を母点とするティーセン法によってさらに 分割を行う.この際には,地図記号に従って土地利用種別の属性を付与し土地利用種別 ポリゴンを生成する.なお,事前に新たな地図記号を発生させ,元の地図記号データに 加え生成される土地利用種別ポリゴンが適切形状となる自動処理を行っている.以下,
これらの手法について詳しく説明していく.