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蛍光検出磁気共鳴

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2.2 光検出磁気共鳴の原理

2.2.6 蛍光検出磁気共鳴

そこで、励起三重項サブレベル間の共鳴を改めて考えてみる。励起三重項間で共鳴が起 きると、各励起三重項における基底状態への緩和速度が異なり、結果、燐光強度に変化が

40 第2章 実験の原理 表れる。これが、燐光検出型の原理であった。

ここで、緩和速度の違いは燐光強度以外にも、基底状態を占有する電子の数にも影響 を与えることが予測される。もし、磁気共鳴により、緩和速度の大きい(小さい)サブレ ベルに存在する電子の数が増加すれば、基底状態に緩和する電子の数が増加(減少)する。

基底状態を占有する電子の数が増加(減少)すれば、励起される電子の数も増加(減少)す る。それに伴い、励起先のS1を占める電子の数も増大する。そして、S1に存在している 電子の数の変化は、S1からS0の遷移により放射される蛍光強度を変化させる。したがっ て、励起三重項のサブレベル間で起きる磁気共鳴は、基底状態の電子、励起一重項の電子 を経由して、蛍光強度を変化させる。よって、蛍光強度を観測することにより、励起三重 項間の磁気共鳴を観測でき、これがODMRの原理である。ESRと同様に、一定の周波 数νの電磁波を試料に印加した状態において、外部磁場を掃引すると、共鳴条件が満たさ れたときにのみ、励起三重項サブレベル間の磁気共鳴が起きる。それに伴って変化する蛍 光強度を検出する(Fig. 2.9)。

M

FPE

+1 0 -1

Figure 2.9: The relationship between magnetic

resonance and phosphorescence

intensity and fluorescence intensity

ここまで、ODMRの原理を述べてきたが、孤立電子の観測手法としては既にESRが 存在している。ODMRの装置構成は、ESRの装置に励起光の発生装置や蛍光検出部であ るフォトディテクタなど光学系を組み合わせたものである。つまり、ODMRはESRよ りも測定系が複雑化する。このように複雑化した装置を用いて孤立電子の観測をする意義 がODMRにはある。

その一つは、検出感度である。ESRでは、共鳴に伴うマイクロ波吸収を観測する。一 方、ODMRでは蛍光強度の変化を観測する。両者とも、電磁波を検出対象としてはいる が、そのエネルギーに大きな差がある。一般的なESR装置では、X-bandである9 GHz 付近のマイクロ波を使用する。対して、ODMRで用いられる蛍光は、可視光領域であ る。ESRで9 GHz、ODMRではPFOが示す438 nmを検出対象とし、両者のエネル ギーを試算すると、ESRでは5.96×10−25 Jであり、ODMRでは4.53×10−22 Jであ る。このエネルギーの差により、ODMRはESRよりも105倍以上の感度があるとされ る[15]。この感度向上により、占有する電子の数の少ない励起三重項状態を観測可能とな る。ODMRを用いることで得られる最大の利点は、励起三重項状態を観測可能な点だろ う。励起三重項の観測を通して、その準位を占有する電子の寿命、あるいは各準位の相対 的な占有率などが明らかにされる。

有機材料を用いて発光素子を作製した場合、ドーパントを利用しなければ、ISCにより 光を放出しない三重項に遷移する電子の割合は、量子効率の理論限界を大きく左右する。

もし、励起された電子がスピン状態に関係なく一つのS1の形成断面積σSと三つのT1の それ(σT)が等しい場合、発光に寄与するS1の割合は、スピン統計に従い全励起子に対 して25%となることが予想される。実際にその様な励起状態の占有割合となれば、量子 効率の限界値も25%以下になる。そのため、励起後の電子の占有割合がスピンに依存し ているか、依存しているならば、どの様な割合で、電子が各励起準位に割り振られるかに 大きな注目が集まっている。それを解明する方法として、各スピン状態が異なる励起三重 項間の共鳴を観測するODMRが有効である。実際にODMRを用いた観測により、励起 後の電子の分配は電子スピン依存であり、その割合は、用いられるπ共役系高分子により 異なることが明らかにされた(Fig. 2.10 [16])。これは、励起三重項を観測する重要な意 義の一つとなっている。

また、別の励起三重項が重要な研究例として太陽電池への応用がある。有機薄膜太陽

Figure 2.10: The experimentally determined cross-section formation of singlet exciton to that of triplet exciton ratio (σST ) for severalπ-conjugated polymers and oligomers as a function of optical gap,E.g.: [16]

電池として多く利用されているP3HTとフラーレン(C60)の混合系に、さらに、ペン

タセン(Pentacene)を加えることによって、100%を越える外部量子効率を実現してい

る [17]。これには、一重項分裂(singlet fission)と呼ばれる、ひとつの励起一重項状態 S1から二つの励起三重項状態T1が生成させる過程が関与している。

S0+S1↔T1+T1

この系では、Fig. 2.11の頂点から右回りに表現されているペンタセン内部の励起一重項 状態が、構成していた電子と正孔に分離し、直接、外部へと電流として出力される場合と 左回りに表されている励起一重項状態から、近接した基底状態にある他のペンタセン分子 を励起し、二つの励起三重項状態に変換された後に、電子と正孔に分離され各電極を通し て外部へと出力される経路が存在している。そして、一つの励起一重項状態から二つの励 起三重項状態へと転移するため、この経路では、励起一重項状態から電子と正孔に分離し た場合よりもキャリア数が二倍となる。つまり、励起三重項を介した場合、外部への電流 量も増加すると考えられ、実施に670 nmの励起波長の励起光において、(109±1)%を 越える外部量子効率が得られている。

42 第2章 実験の原理

Figure 2.11: Singlet fission dynamics in pentacene. Shown are calculated results of singlet and triplet excitons and charge transfer states at the pentacene/fullerene interface, with the purple (orange) density indicating where less (more) electron density is found in the excited state. The delocalized singlet exciton and two localized triplet excitons are shown in in red circles. The pathway for singlet excitons to direct dissociation into charge is lost before singlet exciton fission.: [17]

光電流に対する磁場効果を分析した結果、ペンタセン膜において三重項収率200%を得 ている。つまり、三重項状態を介することにより、高い量子効率を得ているため、この励 起三重項状態における観測は、有機薄膜太陽電池における変換効率において重要と考えら れる。

さらに、近年、熱活性化遅延蛍光(thermally activated delayed fluorescence : TADF) に関する研究が活発となっている。これまでの有機ELの研究の歴史として、蛍光発光を 利用する第一世代、スピン統計則にしたがえば、蛍光を発生させる一重項励起子(25%) よりも生成確率の高い三重項励起子(75%)の放射遷移を燐光材料の使用により利用した 第二世代が行われている。しかし、燐光材料には希少元素であるイリジウムや白金を含 有している点が問題として指摘されていた。そこで、一重項と三重項励起エネルギー差

(∆E13)が極めて小さい分子において、三重項励起子を一重項励起子へと熱エネルギーに よりアップコンバージョンさせ、一重項励起子状態から高効率なEL発光の実現が期待さ れた。この熱活性化遅延蛍光(TADF)は、EL外部量子効率が∼0.1%程度と極めて低 かったが[18]、電子供与性(ドナー性)と電子受容性(アクセプター性)置換基を有する

新規化合物の合成により、外部量子効率19%、内部量子効率ほぼ100%が達成され大きな 注目を集めた(Fig. 2.12 [19])。

Figure 2.12: Energy diagram and molecular structures of carbazolyl

dicyanobenzene (CDCB).Energy diagram of a conventional organicmolecule(a).

Molecular structures ofCDCBs(b). Me stands for methyl and Ph for phenyl.: [19]

その後も、TADFにより発光する高効率なOLEDの耐久性が従来のイリジウム錯体を 利用した燐光素子に匹敵する耐久寿命が検証される [20]など、活発な研究が行われてい る。TADFでは、励起三重項状態は、第一世代の蛍光素子と比較して、発光強度に直接 的に影響を与え、大きなODMR信号強度を与えると期待される。また、励起子が異なる スピン状態の一重項と三重項を行き来しやすいために、これまでに有機伝導体において観 測された磁場効果と異なる現象が得られる可能性がある。そして、スピン状態を観測する ODMRの観測結果は、その現象を説明する理論の実験的根拠となると思われる。

π共役系高分子には、燐光は強度が低すぎるために観測困難だが、蛍光を観測可能なもの として、p型半導体である立体不規則性ポリ(3-ヘキシルチオフェン)(RRa-P3HT)、有機 エレクトロルミネッセンス(OLED)材料として利用されるポリフルオレン(PFO)、太陽 電池の正孔輸送層やOLEDの発光層に用いられる

Poly[2-methoxy-5-(2-ethylhexyloxy)-44 第2章 実験の原理 1,4-phenylenevinylene](MEH-PPV)など、注目すべき研究材料が少なくない。

そのため、ODMRはπ共役系高分子の励起三重項状態を解明に応用され、有用な測 定法と考えられる。本研究で開発しているODMRは蛍光検出型(photoluminescence detected magnetic resonance:PLDMR)のため、本節ではそちらを紹介した。しかし、

ODMRには励起光に加えて、周波数可変の透過光を観測するphotoinduced absorption detected magnetic resonance(PADMR) [15, 16]などの幾つかのバリエーションが存在

する。PADMRは、蛍光も放射しない材料に対して有効である。

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