• 検索結果がありません。

藤井久美子,大野佳美,大野婦美子,山際あゆみ,笠井八重子:健康な食生活の実践力 育成における調理学実習あり方に関する基礎的検討-調理担当女子学生の夕食実態を

山陽論叢 第 22 巻(2015)

全体の平均調理法数は

5.4

1

日の野菜料理の平均摂取数は

2.47

であった。各度数分布の 中央値を比較して検定(

Mann-Whitney’s U test

)した結果,よく食べる野菜種類数-調理 法数間の相関係数は

0.604

,よく食べる野菜種類数-

1

日の野菜料理摂取数間の相関係数は

0.157

,調理法数-

1

日の野菜料理摂取数間の相関係数は

0.145

でいずれも有意であった。

また前述の体調有訴数とは,よく食べる野菜種類数,調理法数,

1

日の野菜料理摂取数のい ずれも有意ではないが負の相関傾向が見られた。

以上の結果から健康な食生活実践力育成に向けて,摂取野菜の種類とともに調理法につ いても多様な知識とスキルが必要であると考えられた。また,他の報告

10)

においては,一 定量の野菜が摂取できる野菜料理の推奨や,単独料理として野菜を食べる必要性が指摘さ れている。

1

350

g以上の野菜を摂取するためには加熱野菜を意識して摂取することが重 要であり,社会人になる前の最終準備として大学における調理学実習でその知識とスキル を習得しておくことが望まれる。

一般に調理学実習では同一の野菜料理を繰り返し取り上げることはないと推測される。

また,調理学実習で体験した野菜料理を家庭で実践し,習得度を高めている状況も少ないと 推測される。家庭における調理は減少傾向と言われ,また中学・高等学校家庭科教育では調 理実習の減少傾向

11)

などもあり,実践を繰り返してスキルを習得していく機会は得にくい と考えられる。したがって大学の調理学実習に野菜料理を意識的に設定するとともに,繰り 返し体験学習できる方策を作る必要がある。

今回の調査結果でよく食べる野菜について多く回答された調理法は,生野菜・サラダと炒 め物で,これらは小学校家庭科の項目である。大学生にとって,中学校,高等学校での家庭 科で取り扱われた調理法はどの様な影響を与えているのか,その関連性についてもさらに 検討したいと考える。

謝辞

本研究の遂行に際し,アンケート調査の実施にご協力をいただきました元 就実短期大 学 梶谷婦美江教授に厚くお礼申し上げます。

引用文献

1) 厚生労働省:健康日本 21(第二次)目標項目一覧 別表第五(1)栄養・食生活,

http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kenkounippon2 1/kenkounippon21/mokuhyou05.html(2016 年 1 月 19 日)

2) 厚生労働省:平成 26 年「国民健康・栄養調査」の結果

http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10904750-Kenkoukyoku-Gantaisakukenkouzoushinka/0000106547.pdf

山陽論叢 第 22 巻(2015)

5) 藤井久美子,笠井八重子:短大女子学生の食生活管理能力育成に関する検討-朝食にお けるパン摂取の実態を通して-,食生活研究 28(3),23-32(2008)

6) 藤井久美子,河原浩子,笠井八重子:短大女子学生の食生活管理能力育成に関する検討 (2)-野菜摂取とその改善-,食生活研究 30(4),37-47(2010)

7) 藤井久美子,河原浩子,笠井八重子:短大女子学生の食生活管理能力育成に関する検討 (3)-小・中・高等学校教科書の野菜に関わる内容分析-,食生活研究 30(4),48-59(2010) 8) 西尾恵理子,太田成俊,田中雄二:大学生の居住形態別からみた食事状況および生活習

慣状況調査,日本食生活学会誌 24(4),271-280(2014)

9) 長幡友実,中出美代,長谷川順子,兼平奈奈,西堀すき江:住まい別にみた大学生の朝 食欠食習慣に及ぼす要因,栄養学雑誌 72(4),212-219(2014)

10)小澤啓子,武見ゆかり,衛藤久美,田中久子:壮中年期における野菜料理摂取に関する 自己申告と食事記録の関連,栄養学雑誌 71(6),311-322(2013)

11)梶谷婦美江,藤井久美子,笠井八重子:小・中・高等学校家庭科教科書における「調理」

に関する「知識」・「技術」の取り扱いと習得実態-学習指導要領改訂前後の比較-,就 実論叢 36(2),53-64(2007)

山陽論叢 第 22 巻 (2015)

研究ノート

長島愛生園を訪れた人々-昭和 20 年から昭和 40 年まで-

People who visited National Sanatorium Nagashima-Aiseien: from 1945 to 1965

山根(吉長) 智恵

1

Chie Yamane-Yoshinaga

キーワード:ハンセン病、隔離、言語接触、言語生活

Keywords

Hansen’s disease, quarantine of the patients , language contact, language behavior

1

.はじめに

日本におけるハンセン病患者

(1)

は、政府が施行した

1907

(明治

40

)年の「らい予防に 関する件」という法律により、療養所への収容・隔離を余儀なくされることになる。それ では、その隔離の間に療養所の外の人たちとの接触は皆無だったのであろうか。筆者らの 研究課題である「ハンセン病療養所入所者の言語生活」は、隔離された中で生活を送って きた入所者の言語生活を調査・分析することで、現在長島愛生園(以下、愛生園とする)・

邑久光明園の入所者への聞き取り調査を進めているが、拙稿(

2015

)でも述べたように、

戦前から多くの訪問者が療養所を訪れており、園外の人との言語接触が皆無だったとは言 えない。

本稿では、拙稿(

2015

)に続き、

1945

(昭和

20

)年から

1965

(昭和

40

)年までの愛 生園の患者の言語接触の様子を、主に園誌『愛生』の「愛生日誌」を分析することで考察 する

(2)

2

.戦後の隔離と解放の状況

(3)

1941

(昭和

16

)年、アメリカの国立カービル療養所でプロミンがハンセン病治療に初 めて試みられ、その結果患者が軽快したという発表がなされた。日本でも

1946

(昭和

21

1

山陽学園大学総合人間学部言語文化学科

山陽論叢 第 22 巻 (2015)

研究ノート

年に東京大学の石館守三教授によって初めてプロミンが科学的に合成され、東京大学の皮 膚科と療養所の一つである多摩全生園で、

1947

(昭和

22

)年には愛生園でプロミンの試 験治療が試みられた。その結果、特に結節型に効果が見られ、ハンセン病は不治の病から 治療可能な病へと変わっていった。

1950

(昭和

25

)年には初めて治癒者が出、愛生園で も

1955

(昭和

30

)年には入園者の約半数が菌陰性となる。他の療養所でも類似の変化が 見られたことから、

1957

(昭和

32

)年、厚生省

(4)

は菌陰性者の「らい患者退所基準」を作 成し、翌年指示する。

1962

(昭和

37

)年には「らい療養所軽快退所者等在宅療養指導要 領」も各府県に通達している。

社会復帰した際に役立つようにといった更生補導も愛生園では

1956

(昭和

31

)年から 開始され、パーマ、謄写印刷、ラジオ組立、オート三輪、洋裁、簿記、自動車の講習など が実施されるようになる。

1955

(昭和

30

)年には岡山県立邑久高等学校定時制課程新良 田教室が開校され、高等教育が受けられるようになったことも、一般社会への復帰を後押 しすることとなった。最も盛んであった

1960

(昭和

35

)年頃から昭和

43

1968

)年頃ま での間には

150

人が社会復帰している

(5)

また、

1958

(昭和

33

)年からはバスレクが始まり、無菌の者はバスに乗って島外に出 ることが許されるようになった。

1964

(昭和

39

)年には強制隔離に積極的だった鳥取県 が、県出身入園者を里帰りに招待したことで、以後各県も里帰り支援を行うようになる。

このように昭和

30

年代はハンセン病患者や入所者にとって大きな転換期であった。特