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ドキュメント内 学級規模と児童理解に関する研究 (ページ 36-49)

方からいくつかあげると、二価値観調査 オ品等法 ヒ進路調査 チ自叙伝 工序列法 シ適性検査 な

どがあげられる。 これ らは、教師が児童理解の炬めに得 る資料は、特別な検査・調査・測定によるものではなく、

教育活動の中で作成を義務づけられてるもの、 日常の中 で入手の容易なものから児童理解をし資料とする姿勢が

伺われる。

 次に、調査結果を、担任する児童数が15名未満の学 級、 15名以上30名未満の学級、 30名以上の学級で

分け、学級規模と児童理解の方法の関係を調べることに

した。

      【図一62】

      学級規槙と児童理解の方法    2・

  2,5

A数の割舎

3 5 2

う畠

5 1

1

5 9

O

4

学年別児童理解の方法

【図一64】

A数の割合

ア  オ キ ケサスソ チ テ , ヌ ノ ヒヘマ ム

イ工力クコシセタツトこネパフホミ

        方法

      【図一65】

    教職経験年数と児童理解の方法

3

2

憶ll

Y

 ㎝ 國

skk

簿一 ︻

   臼

    アウオキケサ又ソチテ±ヨノヒヘマム     イエAクコシセダツトニ宗jlフホミ

   !         ・一   ,方法

 【二一64】担当学年との関係、 K図一65】教職経

験年数との関係、いずれのグラフからも特別な割合で選

071一

択されている方法はみつからなかった。以上から、児童 理解の方法は、 どの属性においても【図一62】学級規 模との関係で述べたように、まるで一本の棒を単純に等 分したかのようなグララしか出来ていない。児童理解の 方法は、あらゆるケーtスと無関係に、児童理解するのに 使いやすい方法と、使いにくい方法とに分けられるよう

だ。

② 児童理解の意欲

 ここで教師の児童理解への意欲を調査した結果を見て

みる。

      【図一66】

      児童理解への意欲

ili

     ve    o    .     v      埴

   e       音欲F; 音欲6意欲! 意欲2 意欲3 意欲4        意欲の段階

一72一

 児童理解が教育の原点であると言われながら、児童理

解への意欲は低い。意欲3は全体の46%、意欲5では

52%を占めている。選択が③④⑤のように並ばなかっ たことから提示した文章に問題のある点は認めても、教 師の児童理解に対する意欲の低さを言うには、充分な数

字である。

 ここで調査用紙で提示した文章をもう一度読み直して みる。 「児童理解は学級経営において必要な領域であるM

と言いながらも、 「学習的な側面において充分な活用が 成されれば良い」としている点は、児童理解の項目が評 価や要録に関係する領域に狭めてしまうような、教師の 行動に影響している。また、 「取り立てて調査等するも のではなく普段の実践から経験的にとらえ把握して行け ば良い」といった気持ちは、経験を積んでも同じ方法で 児童理解をしている現実に現われている。

 以上の結果から、一般に高いと言われていた児童理解 への意識は、 どの年代の教師も、担任する学年や性別に も無関係に低いと言ってよい。 これまでにみた児童理解 の方法と、いくつかの属性との関係においても、 どれも 同じように消極的な児童理解への取り組みがみられたこ

とは、 「児童理解に対する低い意欲の現れ」と解釈する ことが出来る。

一73一

 最後に調査用紙の経験年数毎に、調査協力者の人数を

求める。本研究の調査の依頼は、K県下K市を始めとす

る36 市町村において、 138校1012名の学級担任

に対して行なった。調査の対照となる学校を選択する場 合も、学級規模以外は出来る限り、類似した条件である ごとを目的に、 学校の場所や職員の構成を調査し、考慮 しだ。故にこの調査は、 どの経験年数の教師群にも広く 依頼ざれた。そこで、回収された調査協力者の経験年数 毎の人数を分析し、調査、児童理解への取り組みの違い

:を裏付けたい。

      【図一67】

      経験年数別丁1肋者数

人数

4e

 ea脇・・

12

   13

ss 9 6

 3

Zgs g,E

 1

16 1碁3

9  s

ユ1

         日11

 1 3 5 7 9 11 13 15 17 19 2i一 Pin3s 25 or 29 31 i33 35 37 39 41 43  2 A 6 8 tZ 12 1 ut 16 18 2[1 22 2a 26 28 3e 32 34 3E; 38 aZ 42

         経験年数

g8,Z,va8,3a E 3 ,

       ユ     etgeae

 全依頼者の37%である有効回答者数378名の回答

者を経験年数で分類した。 その結果、教職経験が浅いほ

一74一

ど、 この調査へは 協力的であった。 これを研究や児童理 解への意欲ととらえれば、現状や方法を分析したときに 分けた、 3年、 14年、tt 28年という境目は適当でなか

ったかもしれない。分析に十分なサンプル数が得られる 時、 6年、 20年、 33年といっk境目等で改めて分析 すれば、回答傾向に違いがみられるかもしれない。 しか

し現段階においては、経験年数の浅い者も児童理解への 意欲は低い事などから考え、学校において周囲から協力

を促され、消極的な調査への協力ではなかったのかと考

えられる。

(3) 自由記述にみる児童理解への取り組み

 調査用紙における自由記述の記入は、 全体の76%に

あたる286名であった。そして、それらの意見は大き

く分けて三つに分けることが出来だ。第一に「児童理解 をいろいろな手だてで実施している」という意見で全体

の40%ほどをしめていた。第二に「児童理解には障害

が多い」という意見でこれも全体の40%ほどをしめて いた。第三に「児童理解での失敗談』で残り20%ほど

の意見であった。

m75一

 児童理解の手だてとして多く書かれてある事柄には、

「できるだけ子どもと接する機会を作っている」 「日記、

生活記録等を害かせている」 「学業指導、学習指導全体 の中で行動観察をしている」 「子どもの立場になっても のを考えている」などがある。

 「できるだけ子どもと接する機会を作っている」とい う意見の中では、児童理解は共感的理解、 または相互理 解であると考えている教師が多い。教師自身を子どもの 中に置き、常に一緒にいることで分かり合おうとしてい る。休憩時間、放課後に遊びながら見た子どもの姿こそ が、子どもの本質であると考えているようで、客観的検 査や測定の結果によって児童理解しようとすると、子ど もを固定的にとらえてしまうと考えている者もいる。 そ

して、子どもと接する機会を学校内だけでなく、社会教 育や地域での行事にも広く求め、家庭との連携をできる

だけ強めようとしている。属性との関わりで述べるなら、

若い男性教師に多くみられる傾向と言ってよい。

 次に「日記、生活記録等を書かせている」の意見につ いてだが、児童理解の方法でも述べたように日記を使っ て児童理解して行こうとする者は多い。 日記が国語指導 や生活指導の面からも、身近なものであることはもちろ ん、児童理解にも頻繁に使われると言うことは別にも理

一76一

由があると思われる。その理由として考えられる事は、

「教師は子どもとの対話の代わりとして日記、生活記録 等を使っているのでぼないか」と言うことである。学級 で一日一度も直接話すことの無かった子どもと、間接的 にではあっても話をするだめに日記、生活記録等を書か せているとも言えるのではないか。無論それは決して悪 い意味ではなく、学級経営や児童理解の方法で、非常に 有効な手段の一つとしてもっと活用の仕方を考えるべき

だろう。

 「学業指導、学習指導全体の中で行動観察をしている」

という意見は子どもと接することが児童理解であると言 う意見をよく表わしている。教師が学校生活の中で、最 も落ちついて子どもと接していられるのが授業時間であ る。その授業中に、子どもの本当の姿を探ろうとするこ とは大切な試みである。

 他に「子どもの立場になってものを考えている」等の ように、児童理解する教師の心構えなどを中心に、生徒 指導的な児童理解が書かれていた。信頼関係にもとずい

た学級経営を目指して、児童理解を大切な領域だと考え ていた者が第一の意見の中には多かった。

 第二の「児童理解には障害が多いAという意見の中で 多かったのは、 「教師は多忙すぎる』というものであっ

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た。 多忙の理由として、校内研修を上げる者、教育課程 の完全実施を上げる者と様々ではあるが、障害が多いと 述べte者の中で半数以上の意見がこれであった。研修や 会合が不必要だとは言わないが、書かれているように毎 日放課後が拘束されていては、児童理解のみならず他の 方面にも必ずなんらかのしわ寄せがくるだろう。他に障 害として上げられたことで多かった点は「家庭との連携」

である。家庭での価値観の多様化や、複雑化してくる家 庭事情は、教師の理解を越えたところに子どもたちの心

:を持って行ってしまう。

 第三に「児童理解での失敗談」が書かれてあった。学 級経営的な立場から言えば、これらのことが児童理解の 留意点として考えられることである。 ここの失敗談の多

くは、障害が多いという意見の中に述べられていた事が 原因となっている場合が多く、 「客観的テストをしても 分析活用する時間がない」 「家庭との連携を計る中でプ ライバシーに触れいやがられた」 「教育課程の完全実施 は個別指導を少なくし子どもの反応を観ている余裕を無

くしてしまう」等が上げられる。

 その他、自由記述の中から、高学年になってくると、

児童の方にも理解されることを嫌う傾向が見えてくる。

特に高学年の女子に児童理解されにくい傾向がみられた。

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ドキュメント内 学級規模と児童理解に関する研究 (ページ 36-49)

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