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臨調における国民負担率を巡る議論と展開

1 はじめに

第1章では,シャウプ勧告の社会保障税が目指した所得税と社会保険料の統合による徴 収一元化が実現できず,租税負担分と社会保険料負担分とが別々に徴収される体制が続く ことになったことを画期として捉えた。本章では,租税負担と社会保険料負担が,どのよ うな考え方に基づいて取り扱われていったのかという観点から画期を捉える。そこで注目 するのは,1981年から1983年まで設置された第2次「臨時行政調査会」(臨調)が公的 負担の指標として最重要視した国民負担率である。国民負担率は,租税負担及び社会保障 負担の合計額の国民所得に対する割合を示したものであるが,臨調時代に政策として国民 負担率の水準に上限が設けられたことにより,その後の政策運営における租税負担や社会 保障負担の取扱いに大きな影響を及ぼしたとされている。そこで本章では,臨調におい て,国民負担率及びその内訳となる租税負担と社会保障負担のあり方がどのように考えら れており,それが社会保障財源を巡る政策にどのような影響を及ぼすようになったのかを 分析する。

臨調は,鈴木善幸首相の下で設置され,「増税なき財政再建」をキーワードに行政改革 を進めることで財政再建を果たすことを目指した。その背景には,1979年大平正芳首相 が一般消費税の導入に失敗したことがある。よって,臨調では「増税なき」がキーワード となり,一般消費税のような新税の導入は当初より考えられなかった。臨調の会長には,

経済団体連合会名誉会長の土光敏夫が,衆議院・参議院の同意を得て任命された1)。そし て,臨調の基本理念の一つは「活力ある福祉社会の実現」とされた。

臨調に関する先行研究をみると,例えば,政治学の観点から,飯尾(1993)は,臨調 が主導して国鉄が民営化されるプロセスを分析している。財政学の観点にもとづく先行研 究も多く蓄積されており,代表的なものとしては吉田(1985),宮島(1989),村松

(2014),島村(2014),谷・井手(2014)が挙げられる。その傾向は大きく2つに分けら れる。

1) 臨時行政調査会OB会(19837頁。また,臨調の所掌事務は行政制度及び行政運営の改善に関する 基本的事項を調査審議し内閣総理大臣に意見を述べ,又は内閣総理大臣の諮問に答申することであっ た。

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一方で,吉田(1985)は,臨調の「活力ある福祉社会の建設」について,国民各自に 不時の備えを勧めることを前提にしつつ,真にやむをえない場合のみ最低限の財政的措置 を用意するなど,行政の守備範囲を明確にしつつ自助努力を強調していくことで福祉のあ り方を再検討してムダを排除する役目をはたすといった支出削減の論理である断じ,総じ て批判的な立場で臨調路線を論じている。また,宮島(1989)は,臨調が掲げた「増税な き財政再建」の下での歳出抑制策を分析し,財政当局が一般会計歳出の一時的な棚上げや 減額,財政再建目標年度後への歳出の繰延べ,一般会計歳出から特別会計歳出への移管 等,一般会計歳出(特に一般歳出)の削減技法を駆使した手法に疑問を呈しつつも,一般 会計歳出の抑制から評価する限り改革の成果は明確であったと一定の評価をしている2)。 さらに,村松(2014)は,「増税なき財政再建」の歳入面の制約に着目し,ネットで増税 がなされたかどうかという論点に絞り,①そもそも大規模な純増税が不可能な情勢であっ たこと,②中曽根首相時に試みた売上税も純増税を考えたものではなかったこと,③バブ ル崩壊後は非自民勢力による政権交代などがあるため直接的影響を捉えるのが必ずしも容 易ではないことを挙げて,「増税なき財政再建」路線が明確に影響力をもったのは1980年 代半ばまでだったとしている。これらの研究は,臨調の「増税なき財政再建」を歳出・歳 入両面から分析し,政策効果について検討を行ったといえる。

他方で,臨調が掲げた「増税なき財政再建」を,日本が福祉国家に移行しなかった転 換点と捉えた研究もある。例えば,島村(2014)は,臨調が設置される以前の1979年に 大平首相が一般消費税導入を試みて断念し,同年12月の「財政再建に関する決議」にお いて財政再建は一般消費税(仮称)によらないことが宣言された後に臨調が設置された流 れを捉えて,大型間接税の導入が難しいなかで財政再建のために行政改革による歳出削減 を行わなければならなかったことが日本の福祉国家への変容を阻害した,と指摘してい る。また,谷・井手(2014)は,日本が均衡財政時代から臨調時代に至るまで,サービス 拡充に必要となる財源を増税で賄う経験をもたずに至っており,ヨーロッパ型福祉国家と は明確に異なる道をたどったと指摘している。これらの指摘は,Kato(2003)が主要先進

2) 1981年に大蔵省主税局長だった福田幸弘は,「増税なきというのを一般的に解した場合の財政的な意

義として,歳出カットに重点が向けられるようになったという役割はやはり積極的に評価すべきだと思 うのです。ですから,585960年度と一般歳出が横ばいを続けたということは,やはり増税なき だからこそできたわけです。問題は,今後歳出カットを続けられるかということです」と述べているよ うに(福田(1985116頁),歳出削減を達成したことについて臨調の貢献を評価する意見もある。な お,臨調の答申に盛り込まれた歳出カットは,19807月に大蔵省主計局が刊行した『歳出百科』を 参考にしていた。この『歳出百科』には主な経費ごとに,そのサービスの水準及び財政当局の立場から みた問題点や考え方が解説されている。

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国を比較し,景気が後退した時期において,付加価値税の導入が早かった国は必要とされ る社会保障支出を行うことができたが,その導入が遅かった国(日本を含む)は税収が低 迷したために社会保障支出を削減した,と指摘しているのとも共通点をもつ。

このように,主な先行研究は,臨調が掲げた「増税なき財政再建」に焦点を当てたう えで,①財政再建に向けた政策効果に関する分析と②福祉国家にならない途をたどった過 程の分析とに分けられる。

それに対して,本章は,臨調が掲げた国民負担率の水準及びその内訳がどのように決 定されていったのかという政策プロセスを分析する。先行研究のなかで,本章の問題意識 に最も近いものとして宮島(1992)がある。宮島(1992)は,政府が財政運営目標として 国民負担率の抑制を掲げたことについて,「一体,いかなる経済理論から,いかなる実証 分析の結果から,このような議論が自信をもって展開できたのであろうか」と疑問を投げ かけて,実証的根拠が薄弱であること及び理論的根拠に疑問点が多いことを指摘したうえ で3),「国民負担率の抑制目標をどの程度の水準に設定するかは,これまでのような経済 論議だけでなく,より深刻な社会問題になりかねない家族や女性の今後の機能・地位,国 民生活の豊かさを左右する生活環境社会資本の整備・充実といったより広い視野からも,

今後さらに議論が深められなければならない」と述べている4)

本章は,臨調で取り上げられた国民負担率に着目し,臨調が「増税なき財政再建」の 達成を目指すなかで,国民負担率の水準と財源の内訳を決定していくプロセスを追うこと を通じて,租税負担と社会保障負担がどのように捉えられて,それが政策にどのような影 響を及ぼすようになったのかを分析することにより,社会保障財源制度の画期を捉える。

その主な分析手法は,臨調の会議議事要録及び資料,委員・部会長連絡懇談会要旨及び関 係者が残した記録に基づく歴史的考察である5)

以下,第2節は国民負担率について,第3節は臨調における議論について,それぞれ

3) 宮島(199240頁。

4) 同前,44頁。

5) 本章で主に用いる資料は臨調会長であった土光敏夫が保有していた資料である。本資料は,土光敏夫 会長の秘書であった並河信乃氏が市政図書館((公財)後藤・安田記念東京都市研究所内)に寄贈した 図書であり,マル秘印と所持者がわかるように通し番号が打たれている。本章で用いた資料の通し番号 は「1」であり,表紙には「禁複写」の文字がある。臨調の議事要録は,A3判縦書き罫紙に発言者と 発言内容が二行空きの手書きで詳細に書かれており,121 回分の本会議議事要録(製本後20 冊),議 事録(6冊)のほか,会議資料(30 冊),委員等懇談会議事要録(2冊)等が現存している。ただし,

1部会の資料及び議事録は土光資料の中には残されておらず,(公財)地方自治総合研究所に第1 会の資料のみが残されている。

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