博士学位申請論文(2020年5月27日)
戦後日本の社会保障財源制度を巡る画期に関する研究
立教大学大学院経済学研究科 博士課程後期課程
奥 愛
i
戦後日本の社会保障財源制度を巡る画期に関する研究
目次
序章 ... 1 1 本研究の目的
2 本研究の問題意識と問い
3 本研究の位置づけ――先行研究との関係 3.1 歴史研究としての先行研究
3.2 社会保障財源である租税と社会保険料についての先行研究 (1) 日本の研究における租税と社会保険料
(a) 財政学者の視点 (b) 租税法学者の視点 (c) 行政法学者の視点 (d) 社会政策学者の視点 (e) 社会保障法学者の視点
(2) 海外の研究における租税と社会保険料
(a) 公共経済学の観点からの分析
(b) 公平性の観点からの分析 (c) 福祉国家研究の観点からの分析 4 社会保障財源の捉え方と分析手法
4.1 社会保障財源の捉え方
4.2 分析手法
5 本研究の構成
第1章 シャウプ勧告における社会保障税の立法化に向けた動きとその結末 ... 23 1 はじめに
2 シャウプ勧告における社会保障税について
2.1 シャウプ勧告における社会保障税に関する言及
2.2 法案化に向けた動き
2.3 社会保障税が実現した際の扱い
3 社会保障税が実現しなかった理由 3.1 先行研究の指摘
3.2 社会保障制度審議会における議論
3.3 厚生省と労働省の見解
ii
3.4 大蔵省側の国会不提出の理由
4 社会保障税の結末
4.1 国会提出見送り後の動き
4.2 社会保障制度審議会のその後の対応
4.3 シャウプ第二次使節団を迎える前の動き
5 まとめ
第2章 臨調における国民負担率を巡る議論と展開 ... 41 1 はじめに
2 国民負担率について 3 臨調における議論
3.1 「増税なき財政再建」と国民負担率の関係,その水準の決定
3.2 租税負担と社会保障負担の対国民所得比
3.3 臨調が社会保障制度改革に与えた影響
3.4 国民負担率に対する国会での議論
4 まとめ
第3章 歳出改革から歳入改革への転換―国民負担率の考え方の変容と社会保障・
税一体改革の動き― ... 59
1 はじめに
2 臨調後の展開 2.1 1980年代の動向
(1) 臨時行政改革推進審議会(行革審)の設置 (2)「1980年代経済社会の展望と指針」
(3)「世界とともに生きる日本―経済運営5ヵ年計画」
2.2 1990年代前半の動向 (1) 特例公債からの脱却
(2) 第2次・第3次行革審の答申 2.3 1990年代後半の動向
(1) 1996年の「国民負担率の意味とその将来展望」
(2) 財政構造改革会議
2.4 2000年代の動向
(1) 聖域なき構造改革
(2) 歳出・歳入一体改革
(3) 社会保障国民会議と中期プログラム
iii (4)安心社会実現会議
2.5 社会保障・税一体改革
(1) 民主党政権下の社会保障・税一体改革
(2) 自民党政権下の社会保障・税一体改革
3 まとめ
第4章 介護保険制度創設時の財源を巡る議論 ... 74 1 はじめに
2 本章の位置づけと分析手法 3 介護財源を巡る議論
3.1 国民福祉税構想を巡る議論と社会保険方式の決定
(1) ゴールドプランの成立と介護財源に関する検討 (2) 財源を巡る議論と国民福祉税構想
(3) 「21世紀福祉ビジョン」を踏まえた試算と今後の見通し (4) 消費税率の引上げ幅を巡る議論と結果
(5) 新ゴールドプランの策定と関係審議会による社会保険方式に対する見解 (6) 連立政権内での相違と介護保険法の成立
3.2 税方式と社会保険方式を巡る議論
(1) 財政構造改革の推進とその後の景気悪化
(2) 連立政権内での財源を巡る議論
(3) 財源を巡る大蔵省の主張
(4) 最終的な帰結
4 まとめ
付論 高齢化・人口減少地域の介護保険財政―岩手県西和賀町の事例― ... 96
1 はじめに
2 本論の位置づけ
3 過疎地域の保険者の特徴
3.1 介護保険特別会計の保険事業勘定
3.2 介護保険財政の歳出面
3.3 介護保険財政の歳入面
4 岩手県西和賀町の事例 4.1 岩手県西和賀町について
4.2 西和賀町の介護保険財政
4.3 第1号被保険者が直面している介護保険制度の状況
(1) 被保険者の介護保険料の負担状況
iv
(2) 介護サービスの提供状況と介護給付費への影響 (3) 居宅介護サービスの利用状況
5 保険者の課題と対応
5.1 財源の対応と適切性
5.2 広域連合,都道府県の役割
6 まとめ
終章 ... 109 参考文献 ... 113
1
序章
1 本研究の目的
社会保障の財源は租税と社会保険料に大別される。これをどのように組み合わせるのか が,社会保障の財源政策の基軸にある。その財源政策をめぐって,戦後日本ではどのよう な議論が行われてきたのか,その歴史を辿る。この作業を通じて,戦後の日本において,
社会保障財源制度の選択は何によって規定され,どのような時期に決定的な政策転換が行 われたのか,もしくは原則が確立したのかを明らかにしたい。
社会保障制度は,社会保険,公的扶助,社会福祉,公衆衛生及び医療の4本柱から成る
1)。このうち,公的扶助,社会福祉,公衆衛生及び医療は租税を財源としている。社会保険 は社会保険料を主要な財源としているが,日本の場合は租税も財源に含まれており,2 つ の財源が混在しているといえる。そのため,これら2つの財源の取扱いにおいて,どのよ うに考えを整理して実際の財源としていくかが,これまでも議論になっていた。
社会保障制度の歴史を振り返ると,社会保障制度審議会が1950年に出した「社会保障制 度に関する勧告」は,「社会保障制度とは,疾病,負傷,分娩,廃疾,死亡,老齢,失業,
多子その他困窮の原因に対し,保険的方法又は直接公の負担において経済保障の途を講じ,
生活困窮に陥った者に対しては,国家扶助によって最低限度の生活を保障するとともに,
公衆衛生及び社会福祉の向上を図り,もってすべての国民が文化的社会の成員たるに値す る生活を営むことができるようにすること」と定義している2)。
さらに勧告は,「国民が困窮におちいる原因は種々であるから,国家が国民の生活を保障 する方法ももとより多岐であるけれども,それがために国民の自主的責任の観念を害する ことがあってはならない。その意味においては,社会保障の中心をなすものは自らをして それに必要な経費を拠出せしめるところの社会保険制度でなければならない」として,社 会保険制度が社会保障の中心であると述べつつ,「社会保障制度は,社会保険,国家扶助,
公衆衛生及び社会福祉の各行政が,相互の関連を保ちつつ総合一元的に運営されてこそは
1) 土田(2015)6~7頁。土田はこれらを「狭義の社会保障」とし,これら4本柱に恩給と戦争犠牲者援 護を加えたものを「広義の社会保障」としている。また,「公衆衛生及び医療」となっているのは,伝 染病や精神病などのように社会生活に大きな影響をうける疾病を,一般的傷病とは区分して特定の立法 や制度で対応するもので,その多くは公費負担医療として行われているとの説明がある(7頁)。
2) 社会保障研究所編(1975)188~189頁。
2
じめてその究極の目的を達することができるであろう」と述べている3)。
では,社会保障制度について,海外ではどのように考えられていたのか。1942年3月に ILOが刊行した『社会保障への途』は,社会保障として現在追求されている方式は社会扶 助と社会保険の2つだと説明している 4)。そして,「社会扶助制度は資力の小さい人びとの ために権利として認められた給付を最低標準のニードを満たすに足る額において供給する ものであって,資金は租税から調達される」一方で,「社会保険制度は収入の少ない人びと のために権利として認められた給付を供給するものであって,その額は使用者および国か らの補助金に被保険者の拠出努力を結び合わせたものである」と整理したうえで5),「社会 扶助と社会保険とは相互にますます接近しつつあることがわかる。長い発展の頂点として は両者はおそらく相合し,結合するに至るだろう。そしてついには,ニュージーランドや デンマークにおけるように,われわれはもはや社会扶助と社会保険のいずれが支配的であ るかをかたることはできないで,ただそれら2つが国の社会保障体系を支配しているとい いうるにすぎなくなるだろう」と述べている6)。
さらに同じく1942年に,戦時中のイギリスで『ベヴァリッジ報告』(副題:社会保険お よび関連サービス)が刊行された。ベヴァリッジは,社会保障計画が,①基本的なニーズ に対する社会保険,②特別なケースに対する国民扶助,及び③基本的な給付に対する付加 としての任意保険の3つの方法で構成されるとし,そのなかで社会保険が最も重要な方法 であるが,それは国民扶助と任意保険によって補完される必要があると考えていた 7)。ま た,財源については,「租税は,納税者が受け取ることができると期待する価値に関係づけ られるのではなく,納税者がもつと考えられる支払能力に関係づけられている」のに対し,
「保険料は,支払能力ではなく給付の価値に関係づけられて」いると説明している 8)。そ して,「保険料を廃止することは現行の慣行からはずれることを意味し,何の必要性も正当 性も見当たらない」と述べ9),「保険料とは,将来の受給者となる資格を得ることにおいて,
貧しい人も富んだ人も同等に取り扱うものである。課税とは,その支払能力故に富んだ人 が社会の一般的目的のためにより多くを負担するものである。一般的目的の中には社会保
3) 社会保障研究所編(1975)189~190頁。
4) 社会保障研究所編(1972)103頁。
5) 同前,103~104頁。
6) 同前,106頁。
7) ベヴァリッジ(2014)187~188頁。
8) 同前,167頁。
9) 同前,168頁。
3
障費の一部を負担することも含められるであろうし,実際含めなければならない。しかし 社会保障が拠出原則を基本とする限り,この一般的目的に社会保障の全費用を負担するこ とを含めることはできない」と主張していた10)。
このように,ILOの『社会保障への途』やイギリスの『ベヴァリッジ報告』,日本の「社 会保障制度に関する勧告」で言及されているように,社会保障制度は,社会保険制度を中 心として据えつつも,国家扶助,すなわち租税を財源とする国庫負担があってはじめて完 成する制度となっている。財源を何で賄うのかを考える際,将来目指す社会保障制度にお いてどのような財源が必要なのかを考えることになる。よって,本研究のテーマを「社会 保障財源制度」と設定した。
戦後日本の歴史を振り返ると,社会保障制度の財源を巡るいくつかの画期があった。「画 期」とは,『広辞苑』の説明を引用すれば,「ある時期が終わり,次の時期が始まる際のそ の区切り」を意味する。社会保障の歴史においては,新たな社会保障制度が制定,立法化 されていく制度の生成展開の中で画期が捉えられている。そのなかで,本研究は社会保障 制度の財源に着目した歴史的展開を研究対象としている。社会保障財源である租税と社会 保険料では,同じ財源でありながらも財源調達の手続きが異なる。租税の場合は,提供さ れるサービスと財源調達方法は民主的な手続きを必要とする財政民主主義に則っている。
それに対して,社会保険を加入者の負担によって運営する財源が社会保険料である。よっ て,本研究では,社会保障財源として租税と社会保険料が議論されるなかで,特に社会保 険の財源に租税を充てる際の考え方に新たな方向性が確立したときを画期と捉える。なお,
神野直彦は,画期を「社会の転換期」という,現存の制度が崩壊し始め,新たな制度が生 まれ始めている時と捉えたシュンペーターの言葉を用いて説明している 11)。その視点を取 り入れるとすれば,本研究で論じる画期とは,戦後日本の社会保障財源制度を巡って生じ た「社会の転換期」のことである。
それぞれの画期には,その時代背景が反映される。特に,租税財源の場合は国の財政状 況の影響が強く反映されてきた。なぜなら,前述したように,租税を財源とする公的扶助,
公衆衛生,社会福祉はもちろん,社会保険にも租税が投入されているためである。
10) ベヴァリッジ(2014)169頁。
11) 神野(2007)69頁。
4 2 本研究の問題意識と問い
日本の社会保障制度を取り巻く状況を概観すると,社会保障給付費の上昇により,社会 保障財源の合計額も増えている。その内訳をみると,社会保険料の方が公費負担よりも多 いが,徐々に公費負担が社会保険料負担に追いつきつつある(序図-1)。
序図-1 社会保障財源の推移(1951~2017年度)
(単位:億円)
(出所)国立社会保障・人口問題研究所『平成29年度 社会保障費用統計』(2019年8月2日公表)より 作成。
日本の社会保険制度は,社会保険料を徴収しながらも租税負担分を含めて制度を維持し てきた。租税に関する決定は,租税法律主義の下で国会が関与する議決事項となる。よっ て,日本の社会保険制度は,多分にその財源決定に際して税制改革の影響を受けてきたと いえる。さらに税制改革は,その時の経済状況や社会情勢の影響も受ける。そのように考 えた場合,戦後の日本において,社会保障財源制度の選択は何によって規定されてきたの か。これが,本研究における問いである。
3 本研究の位置づけ――先行研究との関係
次に,本研究を位置づけるため,先行研究を整理すると,①歴史研究としての先行研究,
②社会保障財源である租税と社会保険料についての先行研究,に大きく分けられる。それ ぞれの先行研究を以下で議論したうえで,本研究の意義を論じる。
1,415,693
707,979 499,269
141,145 0
200,000 400,000 600,000 800,000 1,000,000 1,200,000 1,400,000 1,600,000
1951年度 1954年度 1957年度 1960年度 1961年度 1962年度 1963年度 1964年度 1965年度 1966年度 1967年度 1968年度 1969年度 1970年度 1971年度 1972年度 1973年度 1974年度 1975年度 1976年度 1977年度 1978年度 1979年度 1980年度 1981年度 1982年度 1983年度 1984年度 1985年度 1986年度 1987年度 1988年度 1989年度 1990年度 1991年度 1992年度 1993年度 1994年度 1995年度 1996年度 1997年度 1998年度 1999年度 2000年度 2001年度 2002年度 2003年度 2004年度 2005年度 2006年度 2007年度 2008年度 2009年度 2010年度 2011年度 2012年度 2013年度 2014年度 2015年度 2016年度 2017年度
合計 社会保険料 公費負担 資産収入 その他
5
3.1 歴史研究としての先行研究
本研究の歴史研究としての先行研究は様々な視点がある。第1の視点は,大蔵省・財務 省によって行政の事績を政策分野別に編纂された『財政史』である。『財政史』は,通史で あるがゆえに,その時々の政治や経済環境のなかで,どのように国の予算や税制が政策立 案されたのかを把握することができ,時代を追って画期を捉えることができる。ただし,
『財政史』は,予算,租税,国債など,財務省の所掌によって巻が分けられており,社会 保障制度の財源に関する議論を明らかにしようとする観点でみると,社会保障制度の財源 に関する記述は主に予算と租税の巻の一部に関連する記録が残されているに過ぎない。よ って,『財政史』を読む場合,社会保障政策に関連のある該当箇所を選択しながらつなぎ合 わせていくことが必要となり,体系的に社会保障財源の画期を捉えることが難しい。
第2の視点は,財政政策の政策史研究のうち,とりわけ石弘光の研究に代表される租税 政策史である。石は財政の専門家として,政府の諮問機関の座長や委員として政府の政策 立案に深く関わり,租税政策論のみならず,政策史研究でも多くの研究書を残している。
例えば,『現代税制改革史―終戦からバブル崩壊まで』(以下,石(2008))は,戦後からの 一連の税制改革について,当時の社会的な背景も含めた解説を行っている。本研究の第 1 章「シャウプ勧告における社会保障税の立法化に向けた動きとその結末」で取り上げる社 会保障税について,『昭和財政史―終戦から講和まで―』の租税巻を執筆担当していた石は,
石(2008)で触れている。また,本研究の第2章「臨調における国民負担率を巡る議論と 展開」につながる国民負担率について,石(2008)は,財政構造改革を推進する観点から 評価をしている。また,第4章「介護保険制度創設時の財源を巡る議論」についても,石 は国民福祉税の構想が出た際の関係者としての証言を残している。ただし,社会保障制度 に関しては,租税に関連する論点については言及しているが,もう一つの財源である社会 保険料については詳細な議論をしているわけではない。
第3の視点は,社会政策学者である菅沼隆の,厚生官僚に対するオーラルヒストリーを 含めた一連の研究である。本研究の第1章「シャウプ勧告における社会保障税の立法化に 向けた動きとその結末」は,菅沼(2018b)が最も重要な先行研究である。また,菅沼が編 著者の一人となっている『戦後社会保障の証言―厚生官僚120時間オーラルヒストリー』
は,戦後の社会保障制度の歴史について,各社会保障政策分野に分けて重要な社会保障政 策が決定された背景等の観点から,厚生官僚の証言と政策の変遷を組み合わせて解題を付 している。そして,この中に菅沼による「介護保険の構想」(以下,菅沼(2018a))が収録
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されており,それは本研究でも第4章「介護保険制度創設時の財源を巡る議論」の先行研 究の一つとなっている。菅沼の一連の研究と本研究は,社会保障政策を取り上げているこ とからテーマが近い。ただし,菅沼の研究と本研究の大きな違いは,菅沼が社会保障政策 の政策立案を行っていた厚生官僚や厚生省側の審議会関係者等を中心とする社会保障政策 の立案過程に注目している一方,本研究は,大蔵省,財務省で検討された社会保障政策の 財源に関する議論に注目していることである。
これらの歴史研究としての先行研究は,財政政策や租税政策,社会保障制度の政策決定 過程を対象としているが,複数の政策的視点を含む戦後の社会保障財源制度を巡る政策決 定過程について,一貫して取り上げた研究がなされているわけではない。この点が,本研 究とこれまでの歴史研究の違いである。
3.2 社会保障財源である租税と社会保険料についての先行研究
次に,社会保障財源である租税と社会保険料の特徴に関する先行研究を整理する。以下 では,まず日本における財政学者,租税法学者,行政学者,社会政策学者,社会保障法学 者が取り上げる視点をまとめることで,それぞれの立場の見解を比較する。さらに,海外 の代表的な研究との関係でも本研究の特徴を明らかにする。
(1) 日本の研究における租税と社会保険料 (a) 財政学者の視点
佐藤進は,社会保障財源及びその根幹をなす社会保険の財源を保険料に求めるべきか,
租税に求めるべきか,という問いを考える際には,社会保障の再分配効果の問題も合わせ て考察しなければならない,と述べている 12)。佐藤は,「社会保険料負担の中心を保険料 から租税にかえる場合,再分配の要請がみたされるかどうかは,租税の構造による」とし,
「所得型の付加価値に対する税による財源調達を指摘した場合,この種の目的税がどのよ うな機能をもつかが,問題を考えるさいのキー・ポイントとなる」と述べている13)。
林健久は,福祉国家を論じるなかで,福祉国家の財源として所得税と社会保険料が重要
12) 佐藤(1979)232頁。
13) 同前,233頁。ここには,「所得型の付加価値は,利潤プラス賃金の形で算出され,売上マイナス仕 入れの形で算出される消費型の付加価値とは異なる」との説明が付されている。
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であることを指摘している。所得税(個人所得税・法人所得税)を租税の中心に据える理 由は,所得税は累進性があるため,比例税に比べてより多くの収入をあげる方式であると ともに,所得の不平等を累進税によって「匡正」することをもって社会的公平を実現する ためと論じ,所得税を福祉国家のイデオロギーを体現したもののひとつと称している 14)。 加えて,林は,福祉国家の経費を支えるもう一つの重要な財源として社会保険料を挙げ,
「社会保険は私的保険と異なるとはいえ一応は保険原理が採用されているため,給付反対 給付均等の方式に近づけて運用され,保険料は均一(定額)方式ないしせいぜい所得比例 方式がとられ,所得税のように強度の累進性はとられない。しかし,私的保険とちがって 社会保険には原則として公費負担分が不可欠であり,その財源は基本的には所得税を基幹 税とする租税なのであり,しかも社会保険料負担は時と共に重くなるのが実情であるとす れば,租税と社会保障負担双方を合わせていかなる負担構造がふさわしいのかという問題 をも福祉国家はつねにかかえているといわねばならない」と述べている。林の主張は,当 時の福祉国家を巡る議論が社会保障財源のあり方に焦点を当てていたことを反映している。
それゆえ,租税負担はあくまで累進性のある所得税であり,社会保険の公費負担分も所得 税を中心とする考え方で一貫していることに特徴がある。
宮島洋は,社会保険料に関し,保険料拠出の見返りとして受給権を普遍的に保障し,救 貧制度のスティグマを解消するという基本的人権論が社会保険制度の発展を促したと論じ ている15)。一方,公費は社会保障制度では財源であるが,①一般財政制度のなかでは社会 保障関係費という歳出にほかならないため,予算の単年度原則と歳出抑制優先の財政健全 化を旨とする財政運営の影響をもっとも受けやすいこと,②一般財政制度における公費の 財源は租税のみならず公債収入等も含む一般財政収入であるため,公費負担の増加は租税 負担もしくは公債発行の増大を招くこと,を主張している16)。この宮島の議論は,社会保 障財源の公費について国家財政の観点から論じたものといえる。
また宮島は,社会保障財源としての付加価値税の適性についても論じており,①逆進性 がセットになっているからこそ,北欧諸国のように高い付加価値税と社会保障支出との相 関が容易に理解できること,②世代間公平と経済中立性を導く負担の一般性については,
社会保険料から付加価値税への転換による貯蓄促進効果については実証的裏づけが乏しい
14) 林(1985)57~59頁,林(1992)82頁。
15) 宮島(2009)16頁,宮島(2010)97頁。
16) 宮島(2010)97~102頁。
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ものの,国境税調整による輸出促進効果はある,と述べている17)。
神野直彦は,社会保険を「人間であれば回避することのできないリスクを,社会の構成 員が共同事業によって賃金代替の給付で保障し合うこと」と定義している。そして,その 資金調達については,①租税は他の経費支出と分離することはできないため,賃金代替の 給付として分離して処理するには望ましくない,②リスク比例での拠出は,民間保険の保 険料と同じになる,③社会保険として独自の原理で負担を求める方式は,賃金支払いに応 じて負担を求めるのが一般的,と整理している。そして神野は,租税と社会保障負担との 相違について,租税は非支払い者も公共サービスから排除されないが,社会保障負担では 支払いがなければ排除される点が相違点であると述べている18)。
池上岳彦は,租税と社会保険料を巡る論点として,①賦課の対象範囲について,租税は 賦課対象を広くとる水平的公平の原則があるが,社会保険料が賦課される対象となる収入 は部分的であること,②各人の負担構造について,所得税は超過累進税率をとる垂直的公 平の原則があるが,社会保険料は収入比例もしくは定額であり,世帯の事情を勘案しない ために負担が所得に対して逆進的であること,③受給の権利性について,社会保険の「権 利」性を強調することは,「保険料は租税よりも国民の反発を受けにくい」という考え方に 依拠し,また予算編成において社会保険をとくに重要な制度とみなして,その財源不足分 については租税財源を優先的に投入すべきだと要求していることになること,④財政民主 主義の観点から,租税は憲法上の規定があるのに対して,社会保険料は「自治」の要素が 乏しいこと,⑤社会保険の実質的な租税依存度が増大していること,を挙げている19)。
さらに,池上は,社会保障財源としての租税について,①消費税の社会保障目的財源化 は,最も増税しやすいと思われた税目と最も増大が予想された支出項目とを結びつけたに 過ぎず,所得課税及び資産課税の税収を社会保障に充てることも課題であること,②消費 税は,社会保険料と比較して逆進性が強いとはいえないが,所得課税と比較すれば逆進的 であること,③所得税を増税して社会保障充実に充てれば,所得再分配を行いつつ財政健 全化に資することができ,税収の所得弾力性が高いので景気が回復すれば税収が急増する こと,を指摘している。
財政学者は,社会保障財源について租税と社会保険料を比較しつつも,再分配効果や租
17) 宮島(2010)112~113頁。
18) 神野(2007)329頁。なお,同書に,「社会保障基金は賃金代替の現金給付を使命とする」との言及が ある(315頁)。
19) 池上(2017)66~71頁。
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税論の観点から,主に財源としてどの租税が適切かといった視点で議論していることが特 徴だといえる。
(b) 租税法学者の視点
租税法学者である中里実は,租税(社会保険税)と社会保険料の差は,結局,租税の定 義(逆にいえば,社会保険料の定義)に帰着する,と述べている20)。具体的には,①租税 は憲法上の存在だが,社会保険料は例えば公的年金制度等に付随して作られた概念である こと,②租税は「国家が特別の給付に対する反対給付としてではなく,公共サービスを提 供するための資金を調達する目的で,法律の定めに基づいて私人に課する金銭給付である」
とした金子宏の定義を用いて説明しつつ,社会保険料はより対価関係のあるような形で定 義されるといった差異があること,③両者には実際的な区分があり,例えば租税は租税法 の研究対象であるのに対して,社会保険料は社会保障法の研究対象であること,また租税 は国税・地方税当局によって徴収されるが,社会保険料は担当当局によって徴収されると いう違いがあること,を指摘している21)。
さらに,中里は,日本の社会保険料やアメリカ等にみられる賃金税は,基本的に賃金に 対して課せられる点が,保険理論や租税理論からみて問題点を含んでいると指摘している。
その理由として,①保険理論から考えれば,負担のベースが賃金である必然性はほぼない こと,②課税理論の視点に立って考えた場合であっても,賃金はあまり根拠のないベース であること,を挙げている22)。
また,碓井光明は,租税方式(社会保障給付の財源を租税すなわち「公費負担」に求め る方式)と,保険方式(財源を社会保険の保険料に求める方式)に分けて,以下のような 説明を付している23)。租税方式のうち,一般租税法は租税の種類を特定しない方式である のに対して,特定の租税を財源とする方式のうち法律で使途が特定されている場合は「社 会保障目的税」と呼ぶことができる24),としている。また,保険方式は,保険料の納付を 求めて資金調達し,それを給付に充てる方式であるが,保険料の負担感を緩和させる必要
20) 中里(2017)309頁。
21) 同前,309頁。
22) 同前,313頁。
23) 碓井(2009)62~65頁。
24) ただし,碓井(2009)によれば,国の一般会計予算において,消費税の収入が充てられる経費(地方 交付税を除く)の範囲を定める場合は,「予算による使途の特定」であり,その年度限りの効力を有す るにすぎず,目的税と呼ばれていない(63頁)。
10
性などの理由で,租税も財源に含める一部保険方式が多くみられ,また,社会保険は保険 原理と扶助原理との融合であると述べている25)。
租税法学者の特徴は,中里に代表されるように,租税は憲法及びそれに基づく法律によ り定められたものであることを強調する一方で,社会保険料は公的年金をはじめとする社 会保険制度の構成要素でありつつ,保険原理のみで運営されてはいないことを指摘してい る点である。
(c) 行政法学者の視点
太田匡彦は,租税(一般税)か社会保険料かの選択が社会保障を行うための決定に与え る意味について,以下の整理を行っている。具体的には,①租税の場合は租税の賦課決定 と集められた租税収入をどの国家活動に用いるかの決定という二段階の決定が分離される のに対し,社会保険料の場合は社会保険料の決定と同時に給付内容が定まる一段階の決定 であるため,財の独立も果たされること,②社会から調達できる財は有限であり,税と社 会保険料は,この財を巡ってゼロサムゲームに陥る関係にあるため,社会保険のための財 と一般会計のための財とは相互に独立のように見えつつ,相互に影響関係に立っているこ と,③国庫負担制度により,租税収入の一部を社会保険に流し込むことで,社会保険料だ けの場合に実現される給付水準に比べて高い給付水準の実現を可能にすること,④国庫負 担割合が定率で定められている仕組みでは,租税収入から国庫負担として社会保険に流せ る額が,社会保険が保険料として調達できる水準も決めてしまうため,結果として国庫負 担のあり方が給付水準も決めてしまうこと,が指摘される26)。
これは,社会保険に対する国庫負担が,社会から調達できる財を巡って租税と社会保険 料とがゼロサムゲームの関係に立つことに対する1つの安定化装置となり,それが給付水 準に影響を与えるため,租税の側に一定の優位を与える仕組みとも考えられる,との議論 であり,財政学の考え方に近いといえる。
(d) 社会政策学者の視点
近藤文二は,著書である『社會保険』において,社会保険と個人保険の違いは,集団構 成原理が異なること,個人保険は企業が行い集団構成も個人主義的な自助の原則だが,社
25) 碓井(2009)71頁。
26) 太田(2013)69~71頁。
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会保険は経営が国家あるいは組合であり,集団の構成も一種の相互扶助的原則を取り入れ ているという違いを説明している27)。また,近藤は,社会保険は雇主や国家が保険料の一 部を分担し,被保険者本人や雇主が保険料を負担するもので,賃金の大きさに比例して割 り当てられることから給付・反対給付均等の原則を放棄させることになるが,こうしたこ とが行われる理由は,社会保険が労働者のための保険であり,その目的は社会政策の実現 にあるためである,と論じている28)。そして,租税と保険料については,社会保障はむし ろ労働者の負担を増大せしめるものであり,国庫負担による社会保障よりは,保険料の形 式による社会保険料負担の方が労働者にとっては有利だが,労働者の階級意識が高まるこ とで,保険料負担は限度に達したとする主張が労使双方より現れることで,国庫負担への 要請が強まる,と説明している29)。
横山和彦は,「社会保障の機能は,所得を再分配することにある」としている 30)。その費 用負担者は,国民(労働者),資本家,国家の三者であり,国民(労働者)が費用負担する のは,自己責任ある生活上の自己・ニードの発生に関し,費用負担することで責任を明確 にすることで,人格の自由をまもるためであり,資本家と国家が費用負担しているのは資 本主義社会をまもるためである,と説明している31)。そして,国民(労働者)は社会保障 の費用を租税と社会保険の保険料で負担し,資本家はこれらに加え被用者型家族手当の費 用負担が加わり,国家は社会保険の国庫負担(事務費,給付費)と住民型家族手当,公的 扶助,社会福祉費用を負担すると整理している。
土田武史は,公的扶助と社会保険の特徴の違いを以下のように説明している。まず,公 的扶助は,①ミーンズ・テストがあるため申請者にスティグマを与えることが少なくない,
②貧困に陥った者を救済する役割を担っている,③生存権を理念としている。それに対し て,社会保険は,①生活上のリスクに対して事前に共同で拠出して基金をつくり,給付を 行う制度であり,②貧困に陥るのを防ぎ,③拠出と給付を通じて社会的な相互扶助を行う ことから社会連帯を理念としている。さらに土田は,「多くの資本主義国において社会保険 を社会保障の根幹とし,それを基盤に福祉国家が形成されてきたのは,そうした社会保険 における社会連帯と自己責任に基づく制度運営に資本主義の下での社会秩序との適合性を
27) 近藤(1948)67~83頁。
28) 近藤(1977)10頁。
29) 近藤(1952)192頁。
30) 横山(1979)71頁。
31) 同前,71~72頁。
12 見出したからであろう」と述べている32)。
菅沼隆は,租税方式で実施される制度として公的扶助,社会福祉があり,給付の際には 資力や所得の有無を調査するミーンズ・テストやインカム・テストが課せられると述べて いる。そして,租税方式が望ましいのは,①受給者に稼得能力がなく,その結果,費用負 担能力がない場合,②すべての構成員に権利としてサービスを提供する必要がある場合,
③不平等を是正する必要がある場合,と指摘している。それに対して,社会保険方式につ いては,給付・反対給付均等の原則や収支相当の原則が必要なため,加入者のリスク評価 が必要になるが,それは社会保険では厳密に守られているわけではないとし,その理由は 社会保険の基本的な目的が給付を保障することにあるからであり,そこに連帯意識が存在 する,と述べている。そして,社会保険方式が望ましいのは,①給付の対象として想定さ れている者の大多数に保険料を負担する能力があると見なされる場合,②負担と給付の間 に一定の比例関係にあることが望ましいとされる場合,③租税と比例して徴税が容易な場 合,と説明している33)。
さらに菅沼は,租税と社会保険料の共通点として,①強制徴収であること,②法律によ って税率・料率決定方法が定められていると述べている。他方で,相違点としては,①被 用者保険の場合,保険料の一部を事業主(企業)が負担していること,②社会保険は保険 料を拠出することによって給付を受ける権利が発生するため,社会保険方式では無保険者 の発生を回避することが困難である,と指摘している。さらに,租税方式の場合は,①個 人の税の負担能力と受給資格は直接関連しないため,普遍主義的な給付が容易になること,
②租税方式の場合は財政当局の権限が強くなる傾向があるのに対し,社会保険は財政当局 の権限が弱くなり保険者の独立性が強まるという傾向があること,③政府に対する国民の 信頼性が低い場合は,国民は増税を忌避し,使途が比較的明確な社会保険方式を先行する 選好する傾向があること,と整理している 34)。そして菅沼の議論で注目されるのは,「給 付を保障するという観点からみれば,給付に必要な財源が確保されることが一義的な重要 性を有するのに対し,租税か社会保険料かという財源調達方法の議論は二義的なものとい える」と論じている点である35)。
山田篤裕は,社会保険の長所として,①保険料拠出及び保険事故発生を条件として給付
32) 土田(2015)3頁。
33) 菅沼(2006)253~255頁。
34) 同前,255頁。
35) 同前,255頁。
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が行われるため,受給時に恥ずかしさを感じるなど心理的コストによる受給抑制要因がな いこと,②保険料拠出と保険給付がリンクしているため,給付水準の引上げに関し,政治 的合意形成が容易であること,③保険料で財源が賄われているため,他の財源と競合する ことによる財政制約を受けることがない(逆に,社会保険財源に税を入れると他の財源と の競合による財政制約を受ける可能性がある),と述べている。一方,社会保険の問題点と して,①所得が不安定な人々が保険料を払えず保険適用されない,あるいは保険適用され ても給付水準が低く生活困窮から脱出できない問題を抱えること,②保険事故として設定 されるリスクがあらかじめ規定されているため,それ以外のリスクや不確実性に対応する ことはできないこと,を挙げている。こうした社会保険の問題点を克服するために,公的 扶助や社会福祉が必要となり,社会保険と公的扶助・社会福祉の長所やその問題点は相互 補完的であると述べている36)。
四方理人は,①社会保険方式から税方式への移行の帰結は,選別主義的な給付や医療介 護の階層性の問題,予算制約や財源不足の問題が発生すること,②所得階層別に社会保険 の適用除外と低所得者に集中して税による給付を行うと階層性の問題が発生すること,③ 国民皆保険・皆年金をできるだけ維持することが重要であることを指摘したうえで,負担 の公平性については社会保険料負担が増えると所得格差拡大を緩和する一方,低所得者に 対する減免として税を投入せざるを得ないとし,被用者保険の適用拡大を今以上に進める べきとしている37)。
社会政策学者の議論は,従来は,社会保険は労働者のためのものであるとして,その負 担を労使と国がどのように負担するのかを主に論じていたが,近年になると給付における 選別主義や普遍主義の観点で,その財源としての租税や社会保険料について議論し,最終 的には必要な給付が保障されることに重点を置いている。
(e) 社会保障法学者の視点
加藤智章は,2019年に著した『社会保障法〔第 7版〕』で社会保険と税について以下の ように整理している。税方式のメリットは,①社会保険における排除原理(保険料を拠出 できない低所得者等が給付を受けられない事態を生じること)を回避できること,②保険 料徴収に係る膨大な事務コストが削減できること,及び③いわゆる国民年金第3号被保険
36) 山田(2015)61~63頁。
37) 四方(2017)29~47頁。
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者問題を解消できることである。それに対して,社会保険のメリットは,①税よりも保険 料負担の方が引上げに際して国民の合意を得やすいこと,②すべて税で賄うとすると巨額 の税負担が必要となること,及び③税財源(ただし目的税を除く)と異なり,保険料は使 途を特定されているために給付の財源として結びつきやすいことである38)。
さらに加藤は,社会保障法学では,従来は「保険原理を希薄化し,公費負担の割合の増 加などにより扶助原理が強まることに対し,社会保障のあるべき方向性であるとして積極 的な評価がなされ,本人拠出そのものをなくすことが理想的な保障形態であるとの見方を 生んだ」が 39),「最近の社会保障法学説では,社会保険料拠出に積極的な規範的意義を見 出し,社会保険の仕組みを再評価する見方が有力になっている」と述べ,その理由として,
①社会保険は社会扶助と比較して,権利性の強さがメリットであること,②社会保険は負 担と受益が保険集団の構成員に限定されているため,保険者自治の側面があること,を挙 げている40)。
堀勝洋は,社会保障の保障方式として社会保険方式と社会扶助方式(いわゆる税方式)
の違いを以下のように説明している。つまり,社会保険方式の特徴は,①保険の技術(大 数の法則に基づいてリスクを分散する技術)を用いて,国民の生活を保障すること,②保 険料の納付が給付を受ける直接の根拠となること(対価性),③納めた保険料の額が金銭給 付の額に緩やかにでも反映すること(緩い等価性),及び④保険料(+税)が財源となるこ とである。それに対して,社会扶助方式の特徴は,①保険の技術を用いないで国民の生活 を保障すること,②税の納付は給付を受ける根拠とならないこと(非対価性),③納めた税 の額と受ける給付の額は無関係であること(非等価性),及び④財源は基本的に税であるこ とである。堀は,両方式を比較検討したうえで,社会保険方式が望ましいと述べる41)。
ただし,社会保障法学者のなかにも近年,新しい視点がみられるようになっている。
新田秀樹は,「公的医療保険や公的年金の領域で,拠出金・納付金・支援金といった名称 で保険者が拠出・納付する金銭を財源とする『財政調整』が多用され,社会保険の財源構 造の中で重要な役割を果たすようになった」との観点から議論を展開している42)。そして,
「対価性」は「保険料の納付が給付を受ける直接の根拠になること」又は「保険料の納付
38) 加藤(2019)24頁。
39) 同前,23頁。
40) 同前,24~25頁。
41) 堀(2009)34~35頁。
42) 新田(2013)64頁。
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があれば給付が行われること」であり,「等価性」は「負担と給付の定量的な(或いは金銭 的な)対応関係が存在していること」であると整理したうえで43),①対価性があり,かつ 等価性が強いほど,拠出金等の拠出・納付の根拠は強まり,その場合の拠出金等は保険料 的性格を強めること,ただし,②連帯(ただし国民連帯)の原理により,拠出を正当化で きる場合の拠出金等は対価性を失っている以上,保険料(的なもの)ではありえず,租税
(的なもの)になっているといわざるをえない,と述べている44)。
江口隆裕は,「近年の社会保障改革にあっては,被保険者の受益(保険給付)とは直接的 な関連のない負担が社会保険料と一体的に徴収されるようになって」いるとしたうえで,
「このような傾向を社会保険料の租税化と呼ぶ」と述べている 45)。そして,「租税と社会 保険料のメルクマールとして反対給付性=対価性の有無を厳密に解釈すれば,これらの負 担は,形式的には社会保険料であっても,実質は租税ということになる(実質上租税化さ れた社会保険料)」と論じている46)。
柴田洋二郎は,租税と社会保険料の相違点について,①負担(拠出)と給付の関連性と の関係では,対価性・等価性の観点から相違がみられること,及び②法律や国家の関与に ついては,租税法律主義・国家からの自立といった点で相違がみられることを挙げている。
また柴田は,社会保険料と(社会保障財源としての)税の違いは,負担と受給権・受給額 との個別的対応関係の有無,財源確保の柔軟性・機動性の有無,決定主体や運営主体,賦 課(課税)対象,徴収の負担者等における相違にみられると述べたうえで,社会保障財源 に税を投入する意義は,社会保険給付からの排除を回避すること,及び被保険者間の負担 の公平をはかり,保険制度間の格差を是正することにあると論じている 47)。なお柴田は,
社会保障の財源を租税に求める「社会保障財源の租税化」について,「社会保障と税」に関 する考察を深める格好の材料となっていると述べている48)。
社会保障法学者は,保障が普遍的に行われることを重視し,対価性・等価性の観点から 社会保険の方が望ましいとしているが,実質的には,社会保険料の租税化又は社会保障財 源の租税化が進んでいることを指摘する議論が強まっているのである。
43) 新田(2013)68頁。
44) 同前,80頁。
45) 江口(2009)120頁。
46) 同前,120頁。
47) 柴田(2013)50頁。
48) 同前,50~51頁。
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以上,社会保障財源について,主要な財政学者,租税法学者,行政法学者,社会政策学 者,社会保障法学者の視点を整理した。租税と社会保険料の違いに関する先行研究を見て いくと,社会保障財源である租税と社会保険料に対する見解は,学問分野によって重点の 置き方が異なっている。改めて整理すると,財政学者は,負担の公平性と中立性を重視し,
どの租税が適切かといった租税論の視点から議論している。租税法学者は,租税は憲法及 びそれに基づく法律により定められたものであることを中心に,社会保険料との違いを強 調している。行政法学者は,社会保険であっても租税財源に基づく国庫負担が給付水準を 決めており,租税に一定の優位があると述べている。一方,社会政策学者は,財源につい て選別主義や普遍主義の観点から議論しつつも,必要な給付が保障されることに重点を置 いている。社会保障法学者は対価性や等価性の観点から社会保険料をより重視しているが 近年は社会保障財源の租税化が進んでいることを指摘している。社会保障財源である租税 と社会保険料に関する議論であっても,学問によりその捉え方や考え方に差異があること がわかる。
一方で,これらの社会保障財源を巡る見解は,あくまで各学問の理論に依拠して,それ ぞれ議論されてきたという面が強い。理論のみに基づいて議論する限界を乗り越えるため にも,本研究は,戦後から現在に至るまでの日本の社会保障財源制度の政策決定過程を振 り返り,その画期をとらえることを通じて,現実に社会保障財源がどのような観点から議 論され,財源が決定されていったのかについて歴史分析を通じて実証する。こうした社会 保障財源制度に焦点を当てた歴史分析を通じて,これまでの研究で示されていなかった実 態を明らかにする。
(2) 海外の研究における租税と社会保険料 (a) 公共経済学の観点からの分析
アメリカの公共経済学者の場合,社会保険の財源として賃金税を想定して議論すること が多い。例えば,Stiglitz and Rosengardは,社会保険は退職や傷病・障害などに伴う所得喪 失をカバーするものと位置づけたうえで,主にアメリカの制度を念頭におきつつ,社会保 険と民間保険の違いを議論している。特に,社会保険プログラムは,保険機能を提供して いるだけでなく,所得の再分配機能を備えている点が,民間保険と異なる点であると述べ
17 ている49)。
Gruberは,主にアメリカにおける失業保険を念頭に,社会保険プログラムにかかる費用
とその効果を分析する際,課税だけを考慮にいれた場合と,課税負担に加えて社会保険プ ログラムから受ける便益を一緒に考慮に入れた場合とでは,労働者数や賃金の変化がどの ように異なるかについて分析している。例えば,政府が社会保険プログラムを提供する際,
プログラムの費用を企業に課税(例えば賃金税)すると,企業はその費用に対して労働者 の賃金の引下げで対応するため,労働者の賃金低下につながる。次に,課税だけでなく労 働者が受ける便益を含めて分析すると,労働者にとっては社会保険プログラムが提供され ることは便益となるため,労働者数は,租税負担だけを考慮に入れたケースよりも減少幅 が少なくなる。他方で,賃金については,労働者が社会保険プログラムにかかる費用を自 ら受ける便益分として受け入れるため,課税だけを考慮に入れたケースよりも賃金は低下 する。これらを踏まえたうえで,課税だけのケースと,課税にプログラムから得られる便 益を紐づけたケースの2つの死荷重を比べると,課税に便益を考慮に入れたケースの方が 死荷重は小さくなる,と述べている50)。
これらの分析をみると,社会保険プログラムの議論で取り上げられるのは,賃金税で賄 われている失業保険が多い。Stiglitz and Rosengardは,社会保険プログラムは所得再分配機 能も含んでいると述べるが,所得課税によっても所得再分配機能は果たされるため,どち らが優れているかは即断できない。また,Gruberのように課税と便益の両方を考慮にいれ て分析する場合も,所得課税を目的税とすれば労働者はそのプログラムを便益と認識する ので労働供給は減らず,むしろ賃金税のもつ逆進性を回避できる可能性もある。
(b) 公平性の観点からの分析
イギリスの経済学者であるAtkinsonは,多くの経済学者は社会保険料負担(social security
contribution)をなくして所得課税の増税に置き換えればいいと考えていると紹介し,その
理由として勤労所得だけでなく全ての所得源泉にかけられるためであると説明している。
しかしながら,Atkinsonはこの立場を支持しないと述べ,社会保険料負担を支持する3つ の理由を述べている。つまり,①所得課税の下でも勤労所得を別扱いにすることができ,
勤労所得控除の枠を拡大することでも負担は変えられる,②社会保険料は所得税と同様に
49) Stiglitz and Rosengard(2015)p.471.
50) Gruber(2019)pp.642-646.
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家計予算を圧迫させるものであるが,納税者の受け止め方は異なっているかもしれないた め,家計の予算制約の数字だけに注目して各種の負担がどのように受け取られるのかを無 視するのは間違っている,また社会保険料は社会保険のプログラムの支出に紐づいている 点が有権者から選好されており,人々が社会保険料と所得税を「別物」として認識してい るのであれば,政府は社会保険料を残すことで社会保障制度を維持するための納税者等の 負担を低めに抑えることができる,③社会保険料負担の方が社会移転や政府の雇用市場管 理に適合しており,社会保険料の設定の仕方によって社会保護の問題点を克服できる,例 えば有職者が社会保険料を負担していれば,失業した場合に社会保険給付の受給資格を積 み立てられるため,カバレッジの低さという問題を軽減できる,との議論である51)。
このように,Atkinson は,イギリスの状況に即して,所得課税の増税よりも社会保険料 を支持しているが,仮に,社会保障のために必要な財源について所得課税の増税で対応す る場合,社会保険税のように目的税とすれば,負担とその使途を一致させることができる。
課題は,負担の実態とその使途がずれないようにバランスとることである。
(c) 福祉国家研究の観点からの分析
福祉国家研究者として著名なイギリスの経済学者Barrは,ヨーロッパをはじめとする先 進国の福祉国家が目指す複数の目的を達成するためには,財源問題が中心的な課題となる が,その際,課税に基づく公的支出を考える際に,公的支出として直接計上される支出と,
租税負担減免のように直接計上されない租税支出の2つに分けられることに留意が必要で あると述べている。さらに,租税支出については,所得控除と税額控除の違いも意識する 必要があると述べている。例えば,イギリスの財政統計において,所得控除は租税支出と して計上されておらず,また税額控除は,所得が低い場合は現金給付が行われるが,これ らは公的支出として計上されていない52)。
Barrによれば,政府が弱者を助けるために,社会保険料について雇用主が支払う税率を 引き上げ,雇用者の税率を引き下げる場合,経済的観点からは雇用主と雇用者に課税する という点で同じであるが,政治的には異なる。また,税方式の制度をとって累進課税を行 う場合,どの程度の人々がその影響を受けるのかを考慮する必要があり,高い限界税率を 設けたとしても租税回避等が行われれば,その税率が実際に適用されることはない。さら
51) Atkinson(2015)pp.229-231.
52) Barr(2020)p.15.