―国民負担率の考え方の変容と社会保障・税一体改革の動き―
1 はじめに
第2章は,臨調が掲げた国民負担率の内訳である租税負担や社会保障負担の水準が決 まった政策決定過程を明らかにした。臨調が掲げた国民負担率の上限は,その後も歳出改 革のなかで政策目標として使われていった。そこで本章は,臨調が解散した1983年から 2000年代までの間,国民負担率がどのように議論されていったのかを捉えることを通じ て,社会保障財源に対する考え方の変遷をたどり,社会保障財源制度の画期がどこにあっ たかを明らかにする。
以下,第2節は臨調後の展開を時系列で追った分析である。第3節はまとめである。
2 臨調後の展開
2.1 1980年代の動向
(1) 臨時行政改革推進審議会(行革審)の設置
臨調が解散した1983年の7月には「臨時行政改革推進審議会」(行革審)が設置さ れ,会長には臨調会長でもあった土光敏夫が引き続き就任した1)。行革審は,臨調答申の 具体的な実施段階におけるその推進機関として設置された2)。行革審は,1984年度(昭 和59年度)予算編成に対して「当面の行政改革に関する意見」を公表し(1983年8月4 日),このなかで,特例公債依存体質から脱却するためには,歳出の合理化に向けた徹底 的な見直しを行う必要があり,そのための基本方針として臨調答申で掲げられた「増税な き財政再建」の考え方は引き続き堅持されるべきであるとの考えを示した3)。
(2)「1980年代経済社会の展望と指針」
行革審が設置された1983年には,経済審議会が策定した「1980年代経済社会の展望と
1) なお,臨調委員から行革審委員となったのは,瀬島龍三,谷村裕であった。
2) 臨調・行革審OB会(1987)68頁。
3) 臨調・行革審OB会(1987)410頁。
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指針」(1983年8月12日閣議決定)で,対象期間とする1990年度(昭和65年度)まで に「特例公債依存体質からの脱却」に努めることが正式に決定された4)。大蔵省は,
「1980年代経済社会の展望と指針」を踏まえて今後の財政改革の手順と方策について明 らかにすべきとの要請に応え,1984年2月に国会へ提出した「財政改革を進めるに当た っての基本的考え方」において,国民負担率をヨーロッパ諸国よりかなり低い水準にとど めることを改めて盛り込んだ。
財政制度審議会は,大蔵大臣に提出した「中期的財政運営に関する諸問題についての 中間報告」(1984年1月18日)において,「中長期的にみた租税負担率の目途に関して は,臨時行政調査会の答申において,今後の高齢化社会の進展に伴い21世紀に向けて,
『租税負担と社会保障負担とを合わせた全体としての国民の負担率(対国民所得比)は,
現状(35%程度)よりは上昇することとならざるを得ないが,徹底的な制度改革の推進に より現在のヨーロッパ諸国の水準(50%前後)よりはかなり低位にとどめることが必要で ある』と述べられているところである。この中長期的な目標の期間と特例公債依存体質か らの脱却を達成するまでの期間とは,その時間的な幅がかなり異なるため,上記の臨時行 政調査会の答申が,直ちに当面の中期的な目途とはなり得ないが,方向としては十分考慮 する必要があると考えられる」と評価していた5)。
つまり,臨調では「中長期的な目標の期間」とされ21世紀社会が想定されていたが,
閣議決定で1990年度までの7年間で特例公債脱却を目指すという中期的な目標が明記さ れたため,臨調を引き合いに出しつつ国民負担率の上昇を抑制することを掲げながら歳出 抑制策が展開されたのである。
(3)「世界とともに生きる日本―経済運営5ヵ年計画」
さらに,1988年には,経済審議会が「世界とともに生きる日本―経済運営5ヵ年計 画」において5ヵ年(1988~1992年度)の経済運営指針を明らかにしたが,そこには
「高齢化社会への移行,国際的責任の増大等により,国民負担率は,現行制度の下におい ては,21世紀初頭には4割を上回るものと考えられるが,計画期間中,その上昇は極力
4) 財務省財務総合政策研究所財政史室(2004a)465頁。同『昭和財政史』には,「『対象期間中に』つま り昭和65年度までに『特例公債依存体質からの脱却』を目指すことが正式に決定されたことが重要で ある」と述べられている(466頁)。
5) 財務省財務総合政策研究所財政史室(2004b)475頁。
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抑制する」(下線は引用者)と,国民負担率の抑制が盛り込まれた6)。
また,1988年には,消費税法を含む税制改革関連6法案が12月24日に可決・成立 し,12月30日に公布された。消費税は1989年4月1日,税率3%で施行された7)。
なお,内需拡大という国際的要請に応じて歳出抑制が緩和されはじめ,1988年度(昭 和63年度)当初予算では一般歳出が対前年度1.2%増と6年ぶりに増大したものの8,経 常部門の膨張を抑える努力は続けられた。
2.2 1990年代前半の動向 (1) 特例公債からの脱却
1990年度は,臨調も目標として掲げた特例公債依存からの脱却がついに実現した。
1989年に設置された財政制度審議会の中期財政運営問題小委員会では,「将来の国民負担 率の水準については,まさに国民の選択に係る事項であるが,我が国では,いわゆる『高 福祉高負担』という主張について国民の多数が支持しているとは思われないことに加え,
『大きな政府』に伴う過大な負担の下で,国民の活力が減衰してしまうような事態に陥る ことを避けるため,その上昇は極力抑制すべき」との視点で議論が展開された9)。
また,この小委員会では,国民負担率の指標としての性格について,①国と地方とを 合わせた租税負担及び社会保障負担の国民所得に対する大きさを示す,②臨調答申等は,
行政の果たすべき役割の見直しと国民負担の増大の抑制のための長期的な指標として用い ている,③政府全体に係る指標であるため,国の一般会計の財政運営には直結しない,④ 財政の肥大化防止の指標であり,必ずしも財政体質の改善にはつながらない,とし,国民 負担率が減少することは,財政の肥大化の防止や社会の活力の維持につながると整理され た10)。
さらに,この小委員会では,一般会計歳出と国債発行額の条件を変えた3つのケースに ついて国民負担率が推計されており,1989年度の国民負担率が38.8%であるのに対し て,2010年度にはケースによってやや幅があるものの45.6~49.3%になると試算され
6) 経済企画庁(1988)43頁。
7) 財務省財務総合政策研究所財政史室(2003)424頁。
8) 財務省財務総合政策研究所財政史室(2004a)686~694頁。
9) 国民負担率の抑制に関して示された「論点整理に沿った議論の方向」において言及されている(財政 制度審議会(1990)345頁)。なお,1990年の財政制度審議会・中期財政運営問題小委員会には,臨調 委員であった谷村裕(元大蔵事務次官)が委員として参加していた。
10)「財政運営の諸指標の性格について」財政制度審議会中期財政運営問題小委員会(第2回)(懇談会)
1989年5月17日,配布資料(財務省財務総合政策研究所財政史室(2019)353頁による)。
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11),この時点でも国民負担率は50%を超えないと想定されていた 12)。
さらに,この小委員会の成果としてまとめられた財政制度審議会「平成2年度特例公 債依存体質脱却後の中期的財政運営の在り方についての報告」では,「本格的高齢化社会 の到来を展望した国民負担率の在り方」を示し,国民負担率の上昇は臨調,第1次・第2 次行革審の提言に沿って極力これを抑制していくこと及び国民負担が上昇せざるを得ない 場合は受益と負担の関係が明確な社会保障負担を重視すべきであることが指摘された。さ らに,この報告は,今後の国民負担率の水準を規定する要因は,「租税負担率について は,これまでの国民負担率の上昇の最大要因である将来の公債費の水準及び国・地方の将 来の歳出規模,社会保障負担率については,将来の社会保障給付費の水準である」と整理 した13)。
この報告が行われたのは特例公債発行から脱却した時期であったが,国民負担率を抑 制する方針は変わっておらず,その内訳については,租税負担を抑制するために,上昇要 因となる公債費の水準や国・地方の将来の歳出規模を抑えることとし,将来の社会保障費 増分は社会保障負担で賄うという考え方が示された。つまり,今後,増加が見込まれる社 会保障費はあくまでも社会保障負担で賄うとの姿勢が明確だったのである。
(2) 第2次・第3次行革審の答申
特例公債依存からの脱却が達成された1990年に出された臨時行政改革推進審議会(第 2次行革審)の最終答申(1990年4月18日)では,「国民の公的負担について,租税と社 会保険料を合わせた国民所得に対する比率(国民負担率)は,社会保障関係経費がかさむ 高齢化のピーク時(2020年頃)においても50%を下回ることを目標とする」ことが掲げ られた14)。
さらに,臨時行政改革推進審議会(第3次行革審)の最終答申(1993年10月23日)
11) 財政制度審議会(1990)338~340頁。
12) 『平成財政史』の資料には,歳出規模を厳しく抑えるケース(2000年度(平成12年度)43.0~ 43.3%,2010年度(平成22年度)45.9~47.7%)のほうが,国債残高を厳しく抑えるケース(同じく 43.8~44.6%,45.6~49.1%)よりも負担抑制につながることが示されたとの解説がなされている(財務 省財務総合政策研究所財政史室(2019)275頁)。
13) 財務省財務総合政策研究所財政史室(2019)367頁。
14) 第2次行革審の答申で2020年に国民負担率は50%以下とすると具体的な水準を書いた理由につい て,第2次行革審で参与だった香西泰は,社会保障,特に年金は遠い将来を目指して制度を作る必要が あり,制度改革は長いリードタイムを必要とするため2020年は遠い将来のようだが,その準備はただ ちに開始しなければならないと考えて,国民負担率に長期の目標を立てたと述べている(臨時行政改革 推進審議会事務室(1990)6頁)。