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綜合的 方法か ら総 体的方法ヘ
入門期指導の課題
入門期の児童に とって何が もっとも単純 で習得 しやすいのか。 また、真の 意味 で、入門期 が読書 の入 口とな ってい るのか。綜 合的方法が示す課題 は、
この二つ に要約 できるだろ う。 これは、綜合的方法の欠陥 とみなす こともで きるが、む しろ、綜 合的方法 に よって明 らかにな った入門期指導 の課題 と考 え る方が よいだろ う。 この課題 に、綜合的方法は応 えられ るだろ うか。
第1の点につ いては、セ ゲール
(SECERS,J.E)の
実験 が あ る。デ ミァらの綜 合的方法 が文字 か ら指導を開始 した のは、文 字 が もっとも単 純で認知 しやす く、文 が もっ とも複雑 で認知 しに くい と考 えたか らで あ る。
本 当にそ うだ ろ うか。 児童 に とって、なにが もっ とも単純 で もっとも容 易な のだろ うか。
これを知 るために、セゲールは次の ような実験 を行 っている (SEGERS,1
"の
。29名 の児童に何枚かの カー ドを見せ、 カー ドに書かれているものを どの程 度記憶 してい るか、その把持率 の検査 をす る。 カー ドは次 の順序 に従 って提 示 され た。
1)三
つ の文字f u s 2)三
つ の音綴ra bi tO
3)三
つの命令文 fFappeZ Sur la table (テ プルをたたけ) claqucz des mains (拍手せ よ)levez les bras (両 手をあげ よ)
4)三
つ の肯定文 maman pr6pare le caた (ママは コー ヒーをいれ る)je mange du ch∝olat (わた しは チ ョコレー トを食 べ る)
je vais a l'6cOle (わた しは学校へい く)
5)三
つ の単語Chapeau(帽
子) baue(ボ
ール) bOttine(長権) 10回 の実験 と検査を経た結果 の習得数 と把持率を表に して示す。習 得 数 64 100 225 680 323
文
字
1
音綴
1
単語 1 肯定文
1
命令文 │lru*xl z.al
この結果は、明 らかに綜合的方法の根拠 を危 うくしている。児童に とって 記憶 しやす いのは、綜合法のい うような 「論理的に分析 された単純で習得 し やす い要素」つ ま り文字や単語なので はな く文 で あ り、 それ ら「論理 的要 素」 において さえ も、文字 よ りは音綴が、音綴 よ りは単語が容易なのであ る。
また、肯定文 と命令文 とでは習得 に差がみ られ るが、 これについてゼゲール は、「肯定文が他の もの よ りも再認 されやす くす る ものは、だ ん じて再 認要 素の数 ではない。 なぜ な ら、命令文について も、肯定文 と同 じだけのそれが あるか らで ある。 それ で も子 どもは肯定文のほ うを容易におぼえる。それは 肯定文 のほ うが、 よ く認知で き、 したが って よ り具体的 で、子 どもの興味 と 関係が あ るか らであ る」と して、児童に とっての習得 しやす さは、「論理的要 素」や形態 の複雑 さに関わ るのでな く、児童の興味・生活に結びついた具体 性 に よる ことを述べてい る。すなわち、見かけ上の複雑 さに反 して、文字 よ
りは単語が、単語 よりは文が、 まさに意味を もっているか らこそ、子 どもた ちに とって有意味であ って、記憶 しやすいのである。
第2の点、綜合的方法に よる入門期の読み方指導が、後 の読書指導 とは異 質 の ものであ って、子 どもた ちに確か な読む力の基礎を与えるものではない 点につ いて、ベ ランジ ェールは、次の よ うに述べている。
綜 合的方法 は賭 を してい る よ うな ものだ。 児童は、単語を構成す る音綴 の繋が りか ら、文を構成す る単語の並びか ら意味 を蘇 らせねばな らない。
言語の象徴的機能 といった ものを見失 って しま ったの で あ る。 意味 は
〈単語において、文にお いて》認 め られ る。仮 に、文や単語をバ ラバ ラ に し、それ ら断片 (to,te,ti,ta,NINI,DIDO,PIPO)につ いて学んだ と して も、読む こと (li
)で
はない全 くべつの もの、文字の読み方 (d6c―hiffrer)に ついて学んだにす ぎないのである
綜合法 は、意味 を把握す る読みには役 立たない、熟達 した読書には結 びつ かない とヽヽうのである。 さらに 「もし、早い時期か ら児童に文字の音声化 の 技術 (d h rer)を与えた とすれば、それは意味 に迫 る読み を遠 ざけ るだけ である。言い換 えれば、将来の読書行為に とって、マイナスとなる」 と、そ の欠点を指摘 している。 さらに、
綜合的方法 か ら総体的方法ヘ
文字 の音 声化 の技術 は、最後 には、次 の事柄 に到 る。
一 非能率的な知覚行動を形成す る。 日は一文字・一音綴 ごとにひ きつ け られ、停滞 して しま う。
一 音読す る。 このため 口頭で読む速 さに制限 され る。
一 意味 を とる努力 を じゃます る。
一 甕意味な要素を暗記す ることで、記憶を阻害す る。
と述べ、 この ような 「読書不振 の入 口」か ら抜け出すために「入門期 の段階 か ら読みの機能 とイメージを確かな ものに して いか なけれ ば な らな い」 と 言 って い る。
綜 合的方法 は、結局読 み方指 導の限 られた局 面、文字 の音声化 の指導 の整 いす ぎた システムであ った。読む ことの指導全体か らみれば、跛行的完成で あ った のであ る。結 果的に、 子 どもた ちを本来 の読書 とは無縁 な解読作 業 に 追 い込み、疲 弊 させ て しま って いた。 いかに して、子 どもた ちを解読作業 か ら読書の世界に と りもどせば よいのか。綜合的方法は、長い実践 の果てに、
入門期の読み方指導に とって もっとも重要な課題を明 らかに したのである。
総体的方法の先駆
総体的方 法 の試 みは、すでに18世 紀後半 に、 ラ ドング ィ リェール
(RAD ONⅥ LLIERS)や
アダム(ADAM,N.)ら
の理 論 の中 に見 る こ とが で きる(RAⅨ)NVILLIERS,1768 ADAM,1787)。 ベ ランジェールは、アダムの方 法 の特徴 を次 の よ うに ま とめ てい る。
一 入門期の指導は、総体的に知覚 された語か ら始 まる。それ らの語は 親 しみのあ る語 で、児 童の話 し言葉 のなか にあ るものであ り、感情 的な価値 を もっている。
一 入門期の指導は、子 どもの心理の考察 した成果を上手に と りいれた 遊歳 的 な方法 を開発 し、利用 してい る。
一 入門期の指導は、強制 された ものではな く、む しろ非教授的な もので あ る。す くな くとも、児童 が上機様 な ときに展開 され るべ きで あ る。
一 入門期の指導は、児童の行動 とむすびつ く。なぞなぞを した り、観
察を勧めた りしている。
ここには、明らかに綜合的方法 とは異なる、近代的な読み方指導の方向が 認め られ る。綜合的方法は、学習の対象である言葉の論理的な分析に もとづ き、練習 と習得の原理によって読み方を指導す るものであった。 これに対 し、
アダムの方法は、子 どもたちの発達に即 し、内発的な活動によって読み方の 方略を獲得 させ ようとい うものである。アダムの方法が総体的方法 として結 実するには、19世紀以降の児童心理学、発達心理学の発展や教育におけ る児 童中心主義の教育哲学の成立をまつ必要があった。が、綜合的方法が もっば らであった時代に、アダムらの試みがなされた ことは、実践史上注 目に値する。
子 どもたちの発達の姿か ら発想 される読み方指導の典型として、
ドイツの フ レーベル
(FROBEL,F.)に
よる実践がある。 フ レーベルは『 リナは ど う や って文字を覚えたか』のなかで、6歳の女の子を通 して、内発的な活動によって、喜 々として文字を習得 してゆ く子どもたちの姿を描いている。
リナの物語は、次のように始 まる。
リナは六歳になる女の子です。彼女は、いろいろな仕事をすることが好 きで、ち ょっとした簡単なおもちゃで、いろいろな遊びをすることもで きます。 さいころや丸い棒のようなもので も、
リナの手にかかると、き れいに組み立てられ、 また色や形の違 う板や棒は、とても美 しく並べ ら れます。細長い色紙や棒を、いろいろに組み合わせた りして、思いもか けないような美 しいものを作 りだ した りするとい うふ うに、
リナはち ょ っとした ものから、何でも自分の好 きなものを作 ることがお得意です。
この リナが、父親が手紙を受け取 り「とてもうれ しそ うにそれを読み、ま もな く、同 じように うれ しそ うな表情で返事を書いて出 している」のを見た ことか ら、彼女の文字学習が始まる。つま り、
リナにとって文字の読み書 き は、「うれ しそ うな」活動 として、手紙のや り取 りとい う意味ある活動 として 登場 したのである。文字の読み書きを覚えたいとい うリナに、母親は リナに 名前を正確に発音するように言 う。それを母親は「名前を書けるようにな り たいときには、まず初めに名前を正確に聞いて、その中の音や響 きの違いに よく注意 しなければならないの」 と説明 し、
リナがゆ っくりはっき りと「
L
綜 合的方 法か ら総体的 方法 ヘ
―i―n‑3」 と言 うのを聞いて、「お母 さんにはい ま、 iと aの音が聞 こえた わ」 と言い、 リナ と一緒 に何回か発音 した後、 リナが、「お母さん、同 じよ う に聞 こえるわ。 リナの名前 の中には、 1と aの音が あ るわ」 と、耳に よる名 前 の分析 がで きた後 、文字 を教 えてい る。 それ も、
リナが遊びなれている棒 をつか って、「この棒 をたてに ま っす ぐに リナの前に置 くか ら、 それ を 見 た らす ぐ iと い って ごらん」 と導 いてゆ くのであ る。 同様 の方法 で、 リナは、
VATER(お
父 さん)MUTTER(お
母 さん)LIEB(愛
す る)などを習得 し、同 時 に 、
MEIN
ЫEBER VATER(愛
す る お 父 さ ん)MEIN LIEBER MUTTER(愛
す るお母 さん)な
どと表 現す る よ うにな る。 そ して、LINA IST UNSER LIEBES KIND(リ
ナは私たちの愛す る子 どもです)を
読 ん だ ときには、Du BIST UNSSER GUTER VATER(あ
なたは私たちの よいお父 さんです)と、母親 の助 け を借 りなが ら、す ぐきま書換 えを試み てい る。
そ して、旅先での父親 との文通 を通 じ、 また、絵本や 児童書を とお して、着 実 に読み方を身 につ けて い った ので あ る。
フ レーベルの方法の特徴 はい くつか指摘で きる。だが、 ここで重要なのは 次 の2点だ ろ う。一つは児童像 の転換 であ り、一つは全体性 の重視である。
冒頭 の リナの様子 には、活動的 で創造的な 子 どもの姿が よ く表れ てい る。
フ レーベルは、 こうした活動的・創造的な子 どもへの信頼か ら出発 して指導 論 を展開 してい る。 内発的 な子 どもの活動 、す なわ ちコ ミュニケーシ ョンの 欲 求に もとづ く表現や理解 が文字学 習の段 階か ら重要な活動 とな ってい る。
したが って、学習が子 どもに とって意味 ある活動にな っている。 また、機械 的 な学 習でな く、子 どもが身 につけ てい る 口頭 の言語能 力 を生か しなが ら、
創造的 に学 習が進 んでゆ く。 これ らは、綜 合的方法には あ りえなか った。綜 合的方法 にあ っては、子 どもは教授 の受動的 な対象 で しかな く、 したが って 子 どもに即 した指導 な ど構想 で きなか った。 フ レーベルにみ られ る児童像 の 転換が、総体的方法 には必要 であ った し、事実 アダムに も共通す る点をみ と め る ことがで きる。 また、1950年代以降の、 フ レネら新教育の人 々が押 し進 めた メ トー ド・ アクテ ィブは まさに、児童の内発的活動を全面に うちだ した ものであ った。