1. 序論
腸管感染症は細菌, ウイルス, 原虫等によって引き起こされるが、このうち細菌は主要な 原因の1つである。
V. cholerae
によって引き起こされるコレラは, 19世紀前半から7回の 世界的流行を繰り返し, 現在も年間 500 万件以上の散発事例が報告されている [107]。 一 方,C. jejuni
/coli
およびV. parahaemolyticus
は世界的にも重要な食中毒起因菌である。い くつかの国では,V. parahaemolyticus
はすべての食中毒起因菌のうち, 約30%を占めてい る [108,109]。 また, 年間, ヨーロッパ全人口の約1%がC. jejuni
/coli
を原因とする感染 症に罹患するという報告がある [110]。特に,C. jejuni
は, ギランバレー症候群の主要な原 因とも考えられており, 臨床的にもきわめて重要である [111]。腸管感染症患者からの病原細菌の迅速な検出および同定は, 迅速な治療および感染症拡 大防止のために重要である。一般的に, 病原細菌の検出・同定には培養法が用いられる。し かし, 培養法では培養, および生化学的性状や血清反応による菌種同定のために長時間を 要するという問題点がある。また, 操作も煩雑で菌の同定には熟練した技術が必要である。
そのため、簡便で迅速かつ高精度の検査法が求められてきた。 近年, 病原細菌の検出にお い て, 特 異 的 プ ラ イ マ ー を 用 い た PCR [112,113], Amplified fragment length polymorphism (AFLP) [114], パルスフィールドゲル電気泳動 [115], FISH [116] および PCR-Enzyme-linked immunosorbent assay (ELISA) [117] 法等の分子生物学的手法が報 告されている。特に, PCR法は最も簡便な手法であり, 臨床現場でも使用されているが, 検 出感度に限界があるため, 少ない菌数レベルで存在する病原細菌を検出できないという問 題点がある。
本研究では, 16S rRNAを標的として, 臨床的に重要な腸管病原細菌である
V. cholerae
,V.
parahaemolyticus
およびC. jejuni / coli
に特異的なプライマーを新規に設計し, RT-qPCR による高感度定量系を構築した。 さらに, 純培養菌液および糞便中の上記細菌種の定量に ついて, RT-qPCRをqPCR, 培養法, FISHおよびDAPI染色と比較した。2. 材料および方法 使用菌株および培養法
37
本試験で使用した菌株を Table 4-1 に示した。 すべての
Vibrio
属菌については, 1.5%(wt/vol) NaCl 加 Nutrient ブロス (Becton Dickinson) を用いた。
V. cholerae
,Vibrio mimicus
,V. parahaemolyticus
,Vibrio alginolyticus
,Vibrio fluvialis
,Vibrio furnissii
,Vibrio vulnificus
,Vibrio metsuchinikovii
およびVibrio hollisae
については, 37℃で16時 間 振 盪 培 養 し た 。Vibrio cincinnatiensis
,Vibrio harveyi
,Vibrio superstes
,Vibrio nigripulchritudo
およびVibrio neptunius
については, 26℃で 24 時間振盪培養した。Campylobacter rectus
,Campylobacter concisus
およびCampylobacter curvus
を除くCampylobacter
属菌については, 羊血液寒天培地 (日研生物医学研究所) により, 微好気条 件下, 37℃で48時間培養した後, 寒天培地上のコロニーをPrestonブロスに植菌し, 37℃, 微好気条件で16時間振盪培養した。C. rectus
,C. concisus
およびC. curvus
については, 羊血液寒天培地により, 微好気条件下, 37℃で 48 時間培養した後, 寒天培地上のコロニー をPrestonブロスに懸濁した。Salmonella enterica
subsp.enterica
serovar Typhi,S
.enterica
subsp.enterica
serovar Typhimurium,Proteus vulgaris
,Bacillus subtilis
,Pseudomonas aeruginosa
,Aeromonas hydrophila
,Aeromonas caviae
およびAeromonas
veronii
については, BHI ブロスにより, 好気条件下, 37℃で 16 時間振盪培養した。Bifidobacterium catenulatum
およびBacteroides fragilis
については, 1%グルコース加変 法GAMブロスにより, 嫌気条件下, 37℃で24時間静置培養した。Eggerthella lenta
につ いては, 1%グルコース加変法GAMブロスにより, 嫌気条件下, 37℃で48時間静置培養した。Streptococcus mutans
,Enterococcus faecium
およびLactobacillus casei
については, MRS ブロスにより, 37℃, 嫌気条件下で24時間静置培養した。E. coli
,C. koseri
,C. freundii
,C.
amalonaticus
,E. cloacae
,E. aerogenes
,C. sakazakii
,E. cancerogenus
,E. amnigenus
,K.
pneumoniae
,K. oxytoca
,S. marcescens
,P. mirabilis
,P. penneri
,H. alvei
,E. tarda
,P.
alcalifaciens
,P. rettgeri
,M. morganii
,Y. enterocolitica
,S. aureus
,B. cereus
,B.
adolescentis
,B. longum
,B. ovatus
,C. perfringens
,B. producta
,B. obeum
,C.
aerofaciens
,P. melaninogenica
,F. prausnitzii, E. faecalis
,L. acidophilus
,L. lactis
および
S. bovis
については, 第2章または第3章に記載の方法に従って培養した。CFU測定では,
V. cholerae
純培養菌を1.5% (wt/vol) NaCl加 2×YT寒天培地により, 糞 便に添加したV. cholerae
を TCBS 寒天培地 (Oxoid) により,V. parahaemolyticus
を38
TCBS寒天培地により, また
C. jejuni
をcefoperazone-amphotericin-teicoplanin (関東化 学) 添加CCDA寒天培地 (Oxoid) により培養した。プライマーの設計
Table 4-1 に示す
Vibrio
属およびCampylobacter
属細菌について, DDBJ/ Genbank/EMBLデータベースより16S rRNA配列を取得した。 Clustal X ソフトウェア [54] を用 い て 得 ら れ た 配 列 の 多 重 整 列 を 行 っ た 。 整 列 配 列 の 比 較 か ら,
V. cholerae
,V.
parahaemolyticus
およびC. jejuni
に特異的な配列を同定し, それらをもとに特異的プライ マー (s-Vcho-F/R, s-Vpara-F/R, s-Cjej-F/R) をそれぞれ設計した (Table 4-2)。 設計した プ ラ イ マ ー 配 列 に つ い て は , Ribosomal Database Project (RDP-II) (http://rdp.cme.msu.edu/) のProbe Matchプログラムを用いて, データベース上のrRNA 遺伝子配列との交叉がないことを確認した。純培養菌液からのRNA抽出, DNA抽出, RT-qPCRおよびqPCR
RNA抽出およびRT-qPCRについては, 第2章に記載の方法に従った。 RT-qPCRに供 試したプライマーの濃度については, 1反応あたり0.6 Mとした。 s-Vcho-F/R, s-Vpara およびs-Cjej-F/Rのプライマーセットにおける標準曲線の作製には,
V. cholerae
569B,V.
parahaemolyticus
DSM 10027TおよびC. jejuni
ATCC 33560Tを用いた。糞便処理
RNA抽出用に, 健常ボランティアより約0.5 gの糞便を採取し, RNA
later
2 mlの入った 採便チューブに移した。 重量を測定した後, 10倍希釈濃度となるようにRNAlater
を加え た。また, DNA抽出用およびCFU測定用に, 別の約0.5 gの糞便を, 空の採便チューブに 採取した。重量を測定した後, 10倍希釈濃度となるようにPBS (-) を加えた。V. cholerae
569B,V. parahaemolyticus
DSM 10027TおよびC. jejuni
ATCC 33560Tの純培養液を適宜 希釈した後, これらの糞便懸濁液に添加した。 ヘルシンキ宣言に基づいて, ボランティア は試験についての十分な説明を受け, すべてのボランティアより試験への参加に関するイ ンフォームドコンセントを得た。RNA抽出およびDNA抽出については, 第2章に記載の方法に従った。なお, DNA抽出
39 には, 菌液添加後の糞便懸濁液200 lを用いた。
プライマーの特異性確認
プライマーの特異性については, Table 4-1に示す菌株を用いて, RT-qPCRにより解析し た。 標準RNAについては1反応あたり1×104 個相当を供試した。 103 個相当以上の反 応性を示した菌株については陽性 (+), 10-1 個以上 103 個未満の反応性を示した菌株につ いては偽陽性 (±), 10-1 個未満の反応性を示した菌株については陰性 (-) として、特異性の 判定を行った。
FISH解析およびDAPI染色法
純培養菌液または上述で調製した糞便懸濁液に, 3 倍量の 4%パラホルムアルデヒド溶液 を加えて4℃で16時間固定した。 FISH解析およびDAPI染色ならびにそれらの観察方法 については, 第2章に記載の方法に従った。 ハイブリダイゼーションにはTAMRA標識し た真正細菌ユニバーサルプローブEUB338 (5’-GCTGCCTCCCGTAGGAGT-3’) [118] を用 いた。
RNA
later
を用いた糞便の保存3 名の健常ボランティアの糞便を採取し、それぞれ重量を測定した後, 9 倍量の RNA
later
により懸濁した。 これに, 糞便1 gあたり107-108個となるようにV. cholerae
569B,V. parahaemolyticus
DSM 10027TおよびC. jejuni
ATCC 33560Tを添加した。 こ の懸濁液を37℃, 25℃または4℃にて, 0, 7, 14または28日間インキュベートした。 それ ぞれの懸濁液のV. cholerae
,V. parahaemolyticus
およびC. jejuni
の細菌数を, RT-qPCR により測定した。 ヘルシンキ宣言に基づいて, ボランティアは試験についての十分な説明 を受け, すべてのボランティアより試験への参加に関するインフォームドコンセントを得 た。3. 結果
プライマーの特異性検討
Table 4-1に示した126菌株からRNAを抽出し, 細菌104個相当のRNAを鋳型として
40
RT-qPCRを行い, プライマーの特異性を検討した。 その結果, s-Vcho-F/Rは,
V. cholerae
およびV. mimicus
に, またs-Vpara-F/Rは,V. parahaemolyticus
およびV. alginolyticus
にそれぞれ特異的に反応した(Table 4-1)。 s-Cjej-F/Rは標的菌種であるC. jejuni
およびC. coli
の他に,C. lari
およびC. insulaenigrae
にも弱く交叉したが, これらの交叉菌種は 食中毒菌としては稀であるため,C. jejuni
/coli
の定量に支障がないと考えられた。RT-qPCRおよびqPCR法の検出限界値の比較
V. cholerae
,V. parahaemolyticus
およびC. jejuni
の純培養菌からRNAおよびDNAを 抽出し, RT-qPCRおよびqPCR法を用いて検出限界値を測定した。 その結果, いずれの細 菌の定量についても, RT-qPCR法により, 1反応あたり10-2個相当のRNAを検出可能であ った (Figure 4-1)。 一方, qPCR法では, いずれの細菌についても101個相当のDNAを検 出可能であった。 このことから, これらの細菌の定量において, RT-qPCR法はqPCR法と 比較して, 1,000倍高い検出感度を有していることが明らかとなった。次に,
V. cholerae
,V. parahaemolyticus
およびC. jejuni
の純培養液の10倍段階希釈菌液 を作製し, これらをそれぞれ健常ボランティア1名の糞便に添加した。この糞便からRNA およびDNAをそれぞれ抽出し, RT-qPCRおよびqPCR法の検出限界値を測定した。 その 結果, RT-qPCR法により, いずれの細菌についても糞便1 gあたり103個相当のRNAを検 出可能であった (Figure 4-2)。一方, qPCR法では, 糞便1 gあたり106個相当のV. cholerae
およびC. jejuni
のrRNAを, また105個相当のV. parahaemolyticus
のDNAをそれぞれ 検出可能であった。RT-qPCRおよび培養法による測定菌数の比較
純培養した
V. cholerae
,V. parahaemolyticus
およびC. jejuni
の10倍段階希釈菌液を作 製し, 糞便1 gあたり108, 107, 106, 105, 104および103個となるように, これらの希釈菌液 をそれぞれ添加した。 Figure 4-3に示した通り, RT-qPCRおよび培養法により測定した菌 数の間には高い相関性が認められた。RT-qPCR, qPCR, 培養法, DAPI染色およびFISH法による測定菌数の比較
41
V. cholerae
,V. parahaemolyticus
およびC. jejuni
を120時間純培養し, 24時間おきに菌 液を回収して, RT-qPCR, qPCR, 培養法およびDAPI 染色によりそれぞれ菌数を測定した(Figure 4-4)。 その結果, いずれの細菌についても, RT-qPCR法により測定した菌数は, 培
養法により測定した菌数と同等であった。 これに対して, qPCR法およびDAPI染色によ り測定した菌数は, 培養後期にRT-qPCR法と乖離した。 さらに, 培養開始24時間および 120時間後の菌数について, RT-qPCRおよびFISH法により測定した菌数はほぼ同等であ った (Table 4-3)。
RNA
later
によるrRNAの安定性の検証糞便1 gあたり107-108個の濃度となるように添加した
V. cholerae
,V. parahaemolyticus
およびC. jejuni
のrRNAは, RNAlater
に懸濁することにより, 4℃, 25℃および37℃のい ずれの温度においても, 28日間安定して存在した (Figure 4-5)。4. 考察
本研究で標的とした細菌に特異的なプライマーはこれまでにも報告されている。
V.
cholerae
のcholera toxin (ctx
) およびouter membrane protein (ompW
) 遺伝子 [119,120],V. parahaemolyticus
のthermostable direct hemolysin (tdh
), TDH-related hemolysin (trh
) およびmetalloprotease (vpm
) 遺伝子 [112,121], ならびにC. jejuni
のhippuricase (hipO
) 遺伝子 [122] 等がプライマーの標的遺伝子とされている。 これらのプライマーを 用いたPCRの検出限界値は1反応あたり101-102 CFUおよび糞便1gあたり105-106 CFU である [112,123,124]。 本研究では rRNA を標的としたプライマーを新規に構築し, これを用いたRT-qPCRの検出限界値は1反応あたり10-2 個および糞便1 gあたり103個であ
った (Figure 4-1, 4-2)。 このように, RT-qPCR法は検出感度の側面においてはPCRと比 較して優位と言えるが, 本手法のみでは確定診断に至らない。まず, rRNA配列の類似性の 問題により,