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ヒト腸内における腸内細菌科細菌の菌種構成の解析

1. 序論

腸内細菌科 (Enterobacteriaceae) 細菌は通性嫌気性のグラム陰性桿菌であり, このグル ープには,

Escherichia

属,

Enterobacter

属,

Klebsiella

属,

Proteus

属,

Citrobacter

属,

Serratia

属,

Salmonella

属,

Shigella

属および

Yersinia

属等の細菌が属している [79]。こ れらの細菌属には, ヒトおよび他の動物の腸管に常在している菌も多く含まれているが, 宿主にとって有害な細菌も存在する。 例えば, 病原性大腸菌, サルモネラおよび赤痢菌 (

Shigella

) 等 は 腸 管 感 染 症 の 原 因 と な る [80]。

Citrobacter freundii

,

Klebsiella pneumoniae

および

Enterobacter cloacae

はヒト腸管に常在しており, 敗血症, 呼吸器感染 症, 尿路感染症等を引き起こすことがある [81,82]。

Klebsiella oxytoca

は, 抗生剤関連下 痢症 (AAHC) の起因菌として知られている [83]。 また, 近年では入院患者, 特に集中治 療室に入院する重症患者における, 多剤耐性の

E. coli

Klebsiella

属菌の蔓延が社会問題 となっている [84]。

このように, 腸内細菌科細菌は臨床上非常に重要な菌群であるにも関わらず, ヒト腸管 における分布の詳細はほとんど明らかとなっていない。 培養法を用いた解析によると, 成 人および高齢者の腸内における腸内細菌科菌種では

E. coli

が主体であること, 高齢者と比 較して成人では腸内細菌科菌種の多様性に乏しいことが明らかとなっている [85,86]。 し かし, 培養法による腸内細菌叢解析は, 菌種判別に洗練された技術を要することや多大な 労力を要することから, 大規模な細菌叢の解析試験の実施に至っていない。

本研究では,

E. coli

と, これと同一の16S rRNA配列を有する

Shigella

属菌を標的対象 とした特異的プライマーを新規に構築した。 上記プライマーおよび既報の腸内細菌科細菌 に特異的なプライマーを用いたRT-qPCRにより, 健常成人35 名の腸内フローラを解析し た。 さらに, 腸内細菌科細菌に特異的なプライマーによる増幅産物の塩基配列を解析し, 腸内細菌科細菌の菌種構成を調べた。

2. 材料および方法 使用菌株および培養法

本試験で使用した菌株をTable 3-1に示した。

E. coli

,

Shigella flexneri

,

Shigella sonnei

,

27

Shigella boydii

,

Shigella dysenteriae

,

Citrobacter koseri

,

C. freundii

,

Citrobacter amalonaticus

,

E. cloacae

,

Enterobacter aerogenes

,

Cronobacter sakazakii

,

Enterobacter cancerogenus

,

Enterobacter amnigenus

,

K. pneumonia

,

K. oxytoca

,

Serratia marcescens

,

Proteus mirabilis

,

Proteus vulgaris

,

Proteus penneri

,

Hafnia alvei

,

Edwardsiella tarda

,

Providencia alcalifaciens

,

Providencia rettgeri

,

Morganella morganii

,

Yersinia enterocolitica

および

Bacillus cereus

については, BHIブロスにより, 好気条件下, 37℃で 16時間振盪培養した。

Streptococcus bovis

および

Lactococcus lactis

については, MRSブ ロスにより, 嫌気条件下, 37℃で24時間静置培養した。

Bifidobacterium adolescentis

お よび

Bacteroides ovatus

については, 1%グルコース加変法GAMブロスにより, 嫌気条件 下, 37℃で24時間静置培養した。

L. acidophilus

,

S. aureus, B. longum

,

B. producta

,

P.

melaninogenica

,

C. aerofaciens

および

B. vulgatus

については, 第2章に記載の方法に従 って培養した。

被験者および糞便処理

35名の健常成人 (ID: 1-35, 年齢: 41±13歳) から採取した糞便を本実験に供した。第2 章に記載した方法に従って糞便を処理し, RNA を抽出した。 ヘルシンキ宣言に基づいて, すべての被験者は試験についての十分な説明を受け, すべての被験者より試験への参加に 関するインフォームドコンセントを得た。 本試験はヤクルト中央研究所ヒト倫理審査委員 会の承認を得た。

糞便培養

嫌気希釈液 (0.0225% [wt/vol] KH2PO4, 0.0225% [wt/vol] K2HPO4, 0.045% [wt/vol]

NaCl, 0.0225% [wt/vol] (NH4)2SO4, 0.00225% [wt/vol] CaCl2, 0.00225% [wt/vol] MgSO4, 0.3% [wt/vol] Na2CO3, 0.05% [wt/vol] L-cysteine hydrochloride, 0.0001% [wt/vol]

resazurin) により, 糞便の10倍段階希釈液を作製した。この希釈液50 lをDHL agar (日 研生物医学研究所) に塗沫し, 好気条件下, 37℃で24時間培養した。 得られたコロニー数 を測定し, コロニー形成単位 (CFU) を算出した。

プライマーの設計

28

ヒト腸管内から分離が報告されている腸内細菌科菌種について, DDBJ/Genbank/EMBL データベースより16S rRNA配列を取得した。 Clustal X ソフトウェア [54] を用いて得 られた配列の多重整列を行った。 整列配列の比較から,

E. coli

および

Shigella

属菌に特異 的な配列を同定し, それらをもとに特異的プライマー (s-Ecoli-F/R) を設計した (Table 3-2)。 設 計 し た プ ラ イ マ ー 配 列 に つ い て は, Ribosomal Database Project (RDP-II) (http://rdp.cme.msu.edu/) のProbe Matchプログラムを用いて, データベース上のrRNA 遺伝子配列との交叉がないことを確認した。

純培養菌液および糞便のRNA抽出およびRT-qPCR

RNA抽出については, 第2章に記載の方法に従った。 RT-qPCRについても, 第2章に 記載の方法に従い, プライマー濃度については, 1反応あたり0.6 Mとなるように供試した。

s-Ecoli-F/RおよびEn-lsu-3F/3’R (Table 3-2) のいずれのプライマーセットについても

E.

coli

JCM 1649Tを用いて標準曲線を作製した。糞便中の細菌数定量では, RT-qPCRを独立 に3回実施し, このうち1回でも標的菌が検出されなかった検体については、検出限界 (105 cells/g feces) 未満とした。

プライマーの特異性確認

RT-qPCRにおけるプライマーの特異性について, Table 3-1に示す菌株を用いて解析した。

1反応あたり1×104 個相当の標準RNAを供試した。 103 個相当以上の反応性を示した菌 株については陽性 (+), 103 個未満の反応性を示した菌株については陰性 (-)として, 特異 性の判定を行った。

クローニングおよびプラスミド抽出

上述のRT-qPCRにより腸内細菌科細菌が検出された29 名について, 腸内細菌科細菌特 異的プライマーを用いた RT-qPCR により得られた増幅産物を High Pure PCR Product Purification Kitにより精製し, TEバッファー 50 lで溶出した。 精製DNA 3 lに2×

Ligation High (TOYOBO) 4 lおよびTA cloning Kit pCR 2.1 vector (Invitrogen) 付属の

pCR 2.1 vector 1 lを加えて, 16℃で30分間インキュベートし, ライゲーションを行った

後, ヒートショック (42℃, 50秒) により,

E. coli

JM 109株コンピテントセル(タカラバイ

29

オ)に形質転換した。 SOC培地500 lを加えて, 37 ℃で30分間インキュベートした後, 大 腸菌液500 l, 20 mg/ml X-gal 5 lおよび100 mM IPTG 40 lを2×YTプレート (50

mg/ml アンピシリン含有) に塗沫し, 37℃で 24 時間インキュベートした。 得られた大腸

菌クローンを 2 ml の 2×YT 培地で 37℃, 24 時間振盪培養した。 プラスミド抽出には, NucleoSpin Plasmid QuickPure (Macherey-Nagel) を用いて, 培養菌体からプラスミドを 抽出した。 手順については付属のマニュアルに従った。

プラスミドのシークエンシング解析

上述で調製したプラスミドを鋳型として, M13F (5’-CATTTTGCTGCCGGTCACTTA-3’), M13Rプライマー (5’-GTCCTTTGTCGATCTGGTAC-3’) およびBig Dye Terminator v3.1 Cycle Sequencing kitを用いてPCRを行った。 PCR後の反応液をエタノール沈殿し, ホ ルムアミド 15 µlに溶解し, ABI PRISM 3130に供した。 シークエンシング解析により得 られた塩基配列の相同性検索を, NCBI Blast searchを用いて実施した。

3. 結果

プライマーの特異性確認

Table 3-1 に示した 51 菌株から RNAを抽出し, 細菌 104個相当の RNAを鋳型として

RT-qPCR を行い, プライマーの特異性を検討した。 その結果, それぞれのプライマーは,

標的細菌種からのみ特異的な増幅が得られ, 非特異的な増幅産物は全く認められなかった

(Table 3-1)。

健常成人の腸内における

E. coli

および腸内細菌科細菌の菌数の測定

RT-qPCRの結果, 35名の被験者のうち,

E. coli

および腸内細菌科細菌はいずれも29名 (82.9 %) の被験者から検出された(Table 3-3)。

E. coli

および腸内細菌科細菌の糞便1 g あたりの平均菌数はそれぞれ107.1±0.9, および106.8±0.7 個であり, 有意差は認められなかっ た。 6名(ID: 1, 2, 4, 7, 12, 20)では, 腸内細菌科細菌の菌数が

E. coli

の菌数に比べて有 意に高かった。 一方, McConkey培地を用いた培養法では, 35名の被験者全員より腸内細 菌科細菌が検出された(Table 3-3)。 このことから, RT-qPCRにより腸内細菌科細菌が検 出されなかった 6 名においても, 低い菌数レベルで当該細菌が棲息していることが示唆さ

30 れた。

クローンライブラリー解析による腸内細菌科細菌の多様性解析

腸内細菌科細菌が検出された 29 名について, 腸内細菌科細菌特異的プライマーによる

RT-PCR増幅産物をクローニングし, それぞれ5クローンの塩基配列を解析することによっ

て, 由来菌種を同定した。 いずれのクローンもデータベースに登録されている配列に98%

以上の相同性を有していた。 29名中19名では解析した5クローンすべてが

E. coli

に由来 していた (Figure 3-1A)。 7名(ID: 1, 2, 4, 7, 8, 12, 20)では, 5クローンすべてが

E. coli

以外の菌種に由来していた。 また, 3名(ID: 16, 22)ではそれぞれ4クローンが

E. coli

由来, 別の1名 (ID: 23) では1クローンが

E. coli

由来であり, 残りのクローンはいずれも

E. coli

以外の菌種に由来していた。

上記解析において, 5クローン中,

E. coli

以外に由来するクローンが1つ以上検出された 10名について, さらに15クローン以上の追加解析をそれぞれ行った。その結果, 4名 (ID:

1, 2, 8, 20) では, すべてのクローンが単一の菌種に由来しており, 2名(ID: 1および2)で

K. oxytoca

, また残りの 2名 (ID: 8および 20) では, それぞれ

C. freundii

および

K.

pneumonia

/

variicola

に由来していた (Figure 3-1B)。 6名(ID: 4, 7, 12, 16, 22, 23)では, 得られたクローンが複数の菌種に由来しており,

E. coli

,

K. oxytoca

,

C. freundii

,

K.

pneumonia

/

variicola

の他,

C. koseri

,

E. cloacae

および

M. morganii

に由来するクローン が存在した。

4. 考察

これまでに,

E. coli

特異的プライマーとして, 外膜タンパク (PhoE) や-glucronidase (uidA) を標的としたものが報告されているが [87-90], rRNAを標的とした

E. coli

特異的 プライマーに関する報告はない。 rRNAを標的としたRT-qPCRにより, 従来のqPCRと 比較して高い検出感度で標的細菌を定量可能であることが報告されていることから, 我々 はrRNAを標的とした

E. coli

特異的プライマーの作製を行った。 このプライマーセット は, 腸内に常在する非病原性大腸菌だけでなく,

Shigella

属菌, 腸管毒素原性大腸菌

(ETEC) および腸管組織侵入性大腸菌 (EIEC) も検出可能であることを確認した (Table

3-1)。 これらの病原性細菌は特有の病原遺伝子を保有している。 例えば,

Shigella

属菌は

31

ipaH

を, ETEC は

elt

(heat-labile toxin : LT) および

est

(heat-stable toxin : ST)を,

Shigella dysenteriae

type 1は

stx

(Shiga toxin) を, それぞれ保有している [91-94]。 本 研究において作製した rRNA 標的のプライマーと, これら病原遺伝子を標的としたプライ マーを組み合わせることで, 種々の

Shigella

属菌および病原性大腸菌の特異的検出が可能 であると考えられる。

RT-qPCRにより, 日本人の成人における腸内

E. coli

および腸内細菌科細菌の分布, およ

びその細菌叢は個人間で大きく異なっていることが明らかとなった (Table 3-3)。近年, 腸

内の

E. coli

および他の腸内細菌科細菌がIBDに関与していること, また炎症反応により腸

内細菌科細菌の増殖が促進されること, が示唆されている [95-97]。さらに, 生理活性の高

E. coli

が潰瘍性大腸炎に関与することも報告されている [98]。 このような点からも,

rRNAを標的としたプライマーによる

E. coli

および腸内細菌科細菌の定量は重要であると 考えられる。

クローンライブラリー解析により, ヒト腸内における主要な腸内細菌科細菌は

E. coli

で ある一方,

E. coli

以外にも様々な菌種が分布していることが明らかとなった (Figure 3-1)。

これまでにも, 培養法およびメタゲノム解析により, ヒト腸内に棲息する腸内細菌科細菌 として

E. coli

が主要菌種であり,

C. freundii

および

K. pneumoniae

が少数菌種として検出 されることが報告されている [85,99,100]。 本研究もこれらを支持する結果となった。

RT-qPCRおよびクローンライブラリー解析の結果から, 2名 (ID: 1および2) では糞便1 g

あたり約109 個の

K. oxytoca

の存在が示唆された。

K. oxytoca

はAAHCの主要な原因菌 であり、cytotoxin産生株の存在も明らかとされている [101-103]。 健常成人において, こ のような高菌数の

K. oxytoca

が内在性菌種として定着していることは, 本研究が初めての 報告である。 また, 腸内細菌科細菌は過剰な抗生物質投与により, 薬剤耐性遺伝子を獲得 することが知られている。 入院患者, 特に集中治療室入院患者から, 抗生物質に耐性な

E.

coli

,

K. pneumoniae

,

E. cloacae

および

C. freundii

の分離が多数報告されており [104-106], このような薬剤耐性菌が健常人の中にどの程度存在しているのか, 興味がもたれる。

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