⾼転移株においてPAR1の発現量が多いことを⽰した。これらの知⾒は、腫瘍細 胞におけるPAR1の発現が頸部リンパ節転移に強く影響を及ぼすことを⽀持す る研究結果であると考えられる。
研究1において、我々はOSCCにおけるPAR1の発現を検索したが、興味深いこ とにPAR1陽性症例では全ての症例において間質細胞にPAR1の発現を認めたも のの、腫瘍細胞のみにPAR1の発現を認めた症例は1例もなかった。このことか ら、PAR1を発現している間質細胞が腫瘍細胞のPAR1の発現に関与している可 能性が考えられた。最近の研究によると、腫瘍微⼩環境において間質細胞が成⻑
因⼦や炎症性サイトカインを分泌することで、癌の浸潤・転移に影響を及ぼすこ とが報告されている(62-66)。このような腫瘍微⼩環境における腫瘍細胞と間 質細胞のクロストークにPAR1シグナルが関与していることが徐々に明らかに なってきた。Wangらは、前⽴腺癌において、PAR1の活性化因⼦を腫瘍細胞が 分泌することで、間質細胞内のPAR1シグナルが活性化し、それによって間質か ら分泌されたサイトカインにより癌の増殖能が亢進することを報告している
(67)。本研究においても、浸潤先端部の腫瘍細胞と間質細胞でPAR1の活性化 因⼦であるthrombinが強く発現していたことからも、腫瘍細胞と間質細胞のク ロストークにPAR1シグナルが関与していることが⽰唆された。
PAR1の発現とOSCC患者の予後との関連では、統計学的有意差を認めなかっ たものの腫瘍細胞および間質細胞にPAR1の発現を認めるGroup Cにおいて最も
⽣存率が低かった。これは、最も重要な予後因⼦である頸部リンパ節転移が Group Cにおいて⾼頻度に⾒られたことが⼤きく影響しているものと考えられ る。また、腫瘍細胞におけるPAR1陽性症例は、有意に⽣存率が低かったが、間 質細胞におけるPAR1発現の陽性症例と陰性症例との間に有意差を認めなかっ たことから、腫瘍細胞におけるPAR1の発現がOSCC患者の予後により⼤きな影
響を及ぼすものと考えられた。Fanらは、OSCC患者74例でPAR1の発現を検討 したところ、PAR1陽性群において有意に⽣存率が低下していたことを報告して いる。このことから、PAR1の発現様式は頸部リンパ節転移の予測因⼦としてだ けでなく、OSCC患者の予後を予測するバイオマーカーとしても有⽤である可能 性が⽰唆された。
本研究では、OSCCにおけるPAR1の機能についても検討を⾏った。まず、
OSCC細胞を⽤いてΔNp63をノックダウンしたところ、PAR1およびthrombin の発現が増強した。さらに、PAR1の発現とEMTとの関連を検討するために、
PAR1の発現が最も⾼かったSQUU-B細胞でPAR1のノックダウンを⾏った。そ の結果、SQUU-B細胞が⽰していた間葉系細胞様の形質が失われ、上⽪として の細胞特性が回復し、遊⾛能と浸潤能が著明に抑制されていたことが明らかと なった。Yangらは、ヒト乳癌細胞株であるMCF-7細胞にPAR1を強制発現させる と、上⽪系マーカーの発現量減少、間葉系マーカーの発現量増加、遊⾛能・浸潤 能の亢進が認められ、EMTが誘導されたことを報告している(68)。これらの 知⾒は、PAR1シグナルがEMTの誘導に深く関与している可能性を⽰している。
以上の結果より、OSCC浸潤先端部におけるΔNp63の発現減弱により、腫瘍 細胞におけるPAR1の発現が増強され、腫瘍間質や腫瘍細胞⾃⾝が分泌した thrombinによりPAR1シグナルが活性化し、EMTが誘導されると考えられた。そ の結果、癌細胞の遊⾛・浸潤能が亢進することで、転移がより⾼頻度に⽣じるも のと推察された。
本研究では、PAR1シグナルによりEMTが誘導されることが明らかとなった が、その⼀⽅でPAR1シグナルがEMTを誘導する分⼦メカニズムについては解 明されていない。そのためには、PAR1が活性化された後の細胞内シグナル経路 を解析する必要がある。Zhongらは、⾼転移乳癌細胞でPAR1シグナルが活性化
されると、nuclear factor-kappa B(NF-κB)シグナル伝達系を介してE-cadherin の発現が減弱し、EMTが誘導されることを報告している(69)。また、Cisowski らは、肺癌細胞でのPAR1シグナルの活性化により、extracellular regulated kinase
(ERK)1/2経路が活性化されたことを報告している(70)。このように、PAR1 が活性化された後の細胞内シグナル伝達系については、徐々に明らかになって きているものの、依然として不明な点が多い。今後の研究によりPAR1の細胞内 伝達経路が明らかにされた暁には、癌の浸潤・転移に関わる重要なシグナル経路 を阻害するinhibitorを開発することで、新たな癌治療薬の創成の⼀助となると考 えられる。