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がんと生体の関係性においてNrf2の活性は多面的に貢献している。Nrf2は、正常

細胞において細胞保護的な作用により発がんを抑制する一方、一旦がん化してしまっ

た細胞の進展や悪性化にも寄与する35, 36)。また、がん微小環境においては、骨髄由来

免疫抑制細胞(MDSC)や制御性T細胞におけるNrf2の活性が、がんの抑制効果を

もたらす。さらに、がん腫によっても貢献は異なり、肝細胞がんや膵がんの発がんお

いてNrf2の活性を要することが分かっている37, 38)。このようにNrf2は様々な側面

をはらむ中、食道上皮におけるNrf2の活性は、発がんする前と後で食道がんへの貢

献が逆転するのではないかという仮説を検証すべく、食道上皮特異的な遺伝子欠失を

発がんの前後で行う実験を行なった。しかしながら、上皮の一部の細胞に欠失が誘導

されたことで、予想とは反する結果が得られた点で実に興味深い。本研究におけるモ

デルを図15に示す。成獣マウスの食道におけるKeap1の欠失は増殖能の亢進と上皮

の分化障害をきたし、組織全体としては異形成を示した。Keap1 の欠失した細胞は Nrf2 の活性化を認め、それらが核の腫大を伴う異型細胞となった。ただし、その

Keap1欠失細胞の出現は、周囲にあるKeap1 陽性細胞のDNA障害を誘導したと考

えられた。4NQOによってKeap1 陽性細胞の発がんが促進されたが、原因の一つと

して上記のDNA障害の誘導が可能性として挙げられ、がん化する細胞の選択性が考

えられた。一方、成獣マウスの食道におけるNrf2の欠失は定常状態では特記すべき

表現型を認めなかった。予想と反して、Nrf2欠失細胞は4NQOによりがん化しなか

った。これは、Nrf2欠失細胞は4NQOのようなストレス存在下で残存することがで

きず、Nrf2陽性細胞が食道上皮を占拠したと考えられた。全身性Nrf2欠失マウスは 4NQOに対して脆弱で発がんしやすいことが示されており22)、今回のNrf2が消失す

る現象は、4NQOに対する上皮全体の生体防御機構であると言える。

全身性 Keap1 欠失マウスは生後間もなく食道の過角化により致死となることが報

告されており16)、成獣マウスにおけるKeap1欠失食道の解析と実験応用は不可能で

あったが、本研究で成獣マウスの誘導的な Keap1 の欠失は、過角化とは全く異なる

異形成を示すことを見出した。全身性 Keap1 欠失マウスの表現型である過角化は、

Nrf2を同時に欠失することにより消失するため16)、Nrf2の活性化に依存すると考え

られる。また、Keratin5-Creマウスを利用した上皮特異的なKeap1欠失は、同様の

過角化を示して致死に至るため、食道の過角化はまさに食道上皮におけるNrf2の活

性化が引き起こす表現型である33, 39)。本研究でも、Keap1低発現のKeap1FA/FAマウ

スは過角化を示すことを確認している。これらの知見から、胎仔期からの永続的な Nrf2の活性化が食道の過角化を形成し、成獣における誘導的なKeap1欠失マウスで

はこの致死的な過角化を回避できることが示された。

Nrf2の活性化はペントースリン酸回路への誘導や p38 プロテインキナーゼ経路の

活性化など、代謝プロファイルを変化させることが知られており 20, 40, 41)、これらの

代謝変化は上皮細胞の増殖能を促す。本研究でもKeap1欠失によりmRNAレベルで Keratin 6Ki67の発現が亢進し、基底細胞の数が増えたので、Nrf2の活性化は確

かに増殖能を促すことが確認された。一方、Nrf2 は基底細胞から有棘細胞層への分

化に必要であり25, 27)、Nrf2の基底層における活性化は扁平上皮細胞の分化を促すこ

とが示唆される。実際に、Nrf2 が持続的に活性化している Keap1 低発現マウスは、

Keratin 5を発現する基底細胞からの分化を促した。それとは対照的に、

K5CreERT2-Keap1FB/FB マウスにおける Keap1 を欠失誘導した食道では、mRNA レベルで

Keratin 5の発現が亢進し、Loricrinの発現が抑制されており、上皮の分化障害が示

唆された。ともにNrf2の活性は亢進しているが、分化においては全く異なる変化を

示した。この違いはNrf2の活性化・蓄積の程度により生み出されたと考えられ、高

発現のNrf2が、通常は制御していない分化に関与する遺伝子の転写活性化を誘導し

た可能性が考えられる。この分化様式の差異が、細胞異型や細胞層の肥厚の有無の違

いとして現れたと考えられる。Keap1欠失誘導により、代謝プロファイルの変化によ

る増殖能の亢進と、Nrf2 の転写制御の変化がもたらした分化障害によって異型細胞

が出現したと考えられた。

DNA二重鎖切断は、電離放射線の被曝、生理的にプログラムされたDNAの切断、

酸化ストレスなどで誘導される42)。Nrf2 は抗酸化酵素を誘導して活性酸素種を消去

する作用があるため、Nrf2 の活性化は DNA 障害を抑制することが知られている 43,

44)。しかしながら、本研究で Keap1 欠失細胞の周囲に存在する Keap1 陽性細胞に

DNA障害が蓄積した理由は明らかでない。Nrf2は抗酸化剤であるグルタチオンの合

成に関与するGcl酵素群の発現を誘導するが8)、シスチン・グルタミン酸トランスポ

ーターである Slc7a11 の発現誘導にも関与してグルタチオン合成に必要なシスチン

の細胞内への取り込みも促している 45)。Keap1 欠失細胞によりシスチンが過度に取

り込まれた結果、周囲の Keap1 陽性細胞がシスチンを取り込むことができずに、酸

化ストレス応答ができなくなった可能性が考えられた。あるいは、Keap1欠失細胞の

貫入により管腔側へ押し出されたKeap1陽性細胞は4NQOにより曝露されやすくな り、がん化したとも考えられた。いずれにせよ、gH2A.X陽性細胞の出現は、Keap1

欠失細胞が出現したことによるストレスが原因と考えられ、gH2A.X 陽性細胞自体の

内因的な原因であるp53が関与するDNA損傷修復異常などは関与が薄いと考えられ

た。

今回、Nrf2 の食道がんへの貢献を明らかにするため、4NQO を用いた発がん実験

を行なった。4NQOの発がん機序は二つ報告されており、一つは活性酸素種の発生に

よる酸化的DNA障害46)、もう一つは代謝物の4HAQOによる直接的なDNA付加で

ある47)。Nrf2の活性は、抗酸化酵素の発現を亢進することで活性酸素種を消去する

作用を持つ。一方で、Nrf2の代表的な標的因子であるNqo1は、4NQOから4HAQO

への代謝を促す。つまり、Nrf2の活性は抗酸化酵素の発現上昇により4NQOによる

酸化障害を抑制する可能性と、4HAQOの産生を促進して発がんを誘導する可能性の

双方が考えられた。過去の報告では、Nrf2欠失マウスでは4NQOによる発がんを促

進し、Nrf2の活性化するKeap1低発現マウスではその発がんを抑制すると結論づけ

られている 22)。本研究においては、Keap1 欠失細胞は 4NQO により腫瘍化せず、

Keap1の欠失を免れた細胞の発がんを促進したため、Nrf2の活性化により増加した

4HAQOが遺伝子変異を誘導した可能性がある。また、Nrf2欠失細胞は消失すること

により腫瘍化しなかったのは、酸化ストレスに加えてNrf2陽性細胞によって代謝さ

れた4HAQOの蓄積がNrf2欠失細胞に影響することで、発がんではなく細胞死に至

るストレスが加わった可能性が考えられた。Nrf2欠失細胞は4NQOにより選択的に

上皮組織から排除され、Keap1欠失細胞は周囲の正常上皮細胞にDNA障害を引き起

こした。これらの結果は、ヒト食道上皮には様々な変異を持った細胞クローンが存在

6)、食道上皮ががん化する過程において細胞クローン同士が相互に作用することを

意味している。

Nrf2 が同組織内の相互作用や細胞競合にどのように関与するかは、はっきりとし

た共通認識は得られていない。Nrf2欠失細胞は4NQOによるストレス負荷のない環

境下においては食道上皮内に定着することができたが、4NQO 投与により消失した。

この結果は、生存能力が低下した細胞の排除が働いたと考えられる。Nrf2 と細胞競

合に関しては、ショウジョウバエの翅を用いた研究で、Nrf2 が高発現する細胞は隣

り合う細胞に排除されるとの報告がある48)。一方で、マウスを用いた研究で、Nrf2の

活性が高く、抗酸化酵素を高発現している細胞は酸化ストレスに強く、食道上皮内に

広がることが示されている 25)。扁平上皮における細胞競合に勝つ細胞クローンの特

徴は、増殖能力が強く、分化が抑制され、生存能力の高い細胞である26, 49)。Nrf2の

基底細胞における活性化は、細胞の生存能力をあげて分化を促進するので、細胞競合

の観点からは有利にも不利にも働くと考えられる。Nrf2 が適切なバランスで発現す

る こ と が 、 細 胞競 合に お い て は重要 で あ る こ と が う か が え る 。

K5CreERT2-Keap1FB/FBマウスの Keap1欠失細胞は、適切に分化することができなかったために

異型細胞となり、組織内にとどまった。反対に、K5CreERT2-Nrf2F/FマウスのNrf2

欠失細胞は、その生存能力や組織内の細胞選択により 4NQO のストレス化で排除さ

れた。これらの結果は、様々なNrf2活性程度にある細胞を包含している食道扁平上

皮において、Nrf2欠失細胞が選択的に排除され、Nrf2の活性化している細胞は異型

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