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考察

ドキュメント内 1.青年期と家族 (ページ 141-146)

5-1 家族のテーマの展開

家族イメージの作品には,作成者の自分の家族に対する主観的な認識がさま ざまな形で表現される。しかもこれをシリーズとして続けていると,つまり個 人内の家族イメージの変容のプロセスとして追ってみると箱庭の中で一定の流 れが生じ,独自のプロセスが進行していくことが多いことがわかる。このとき 家族イメージ作品のモチーフとなるのは,その家族の過去のイベントや現状に ついての回想,再現といったものばかりではない。心に描いたイメージ上の家 族,将来の家族,理想の家族などのモチーフも出現している。このような,「現 実の家族」と「イメージ上の家族」の出現は日中両国ともにおいて認められた。

また日本では,「現実の家族」と「イメージ上の家族」の出現を継続して追っ てみると,全体として前半よりもセッションを重ねた後半になるにつれ家族の モチーフは日常の具体的な事象から離れ,心に描かれたイメージ的な家族がモ チーフになっていく傾向にあることも認められた。

箱庭とは,いまだ明確には概念化されていないような家族に対する曖昧な認 識,つまりことばではうまく形容しがたいような,あるいはこれまで意識して いなかったような家族への思いなども,多種多様なミニチュアを用いて形ある ものとして集約的に表現することを可能にする媒体である。心理治療で言語的 な表現が苦手な人にも箱庭を導入することが比較的容易であるのは,このノン バーバルな性質にある。ときにその混沌とした世界の表現が,作成者の内面を 揺り動かしたり破壊的に働くこともありうるが,箱庭の枠はそうした危険性か ら作成者を守る一つの機能を果たしている。

そして,《作成者D》の例で示したように,作成された一連の家族の作品には,

作成者の自由な表現を保証することにより,ときには現実の家族の回想や再現 をモチーフに,またときにはイメージとして心に描いている家族をモチーフに して,そこにさまざまなテーマを織り込むことができるようになる。したがっ て,作成者にとってはそれだけ自分の家族のことを認知的,感情的な側面を含 め多面的,多次元的にとらえることが可能になり,これにより家族の立体的な 把握はより一層促進されることが考えられる。

また作成者それぞれについて家族の作品を継続的に追ってみると,各事例に 示したように,「家族からの‘自立⇔依存’の葛藤」のテーマがすべての作成者に認 められたのは青年期に特有の特徴としてとらえることができる。当然のことな がら,このテーマの表現様式は個々人によって微妙に異なるが,青年が自分の 家族を意識したとき,家族からの自立は誰もが直面せざるをえない課題となる。

例えば,≪作成者E≫についてその展開プロセスを全体として概括してみると,

前半では家族の日常や思い出などの再現の中に家族とのちょっとした葛藤など が織り込まれたりしている。やがてそれが中盤から後半にかけて‘一人暮らし’に 象徴されるようにさまざまな分離・独立の試みがなされ,最終的には‘家族団 欒’‘集合写真’‘家族の個別性’‘自己の存在理由’といったテーマで再び家族としての まとまりを体験している。

5-2 コマの使用の特徴

家族成員に見立てたコマとして,両国とも,①人間のコマ(人形),②動物のコ マ,それに③家族成員を象徴するコマが登場しないという 3 種類の使用が認め られた。このことから家族成員のコマの使用は確定化されたものではなく,家 族成員のイメージにはバラエティがあり,それぞれに工夫されていることが理

解できる。作成者は自分が表現したいと思っている家族成員のキャラクターに ぴったり合ったコマを探しているのであるが,ここで使用されるコマに違いが 生ずるのはある意味,家族イメージの作品のモチーフやテーマと関連があるよ うに考えられる。

日本では家族の過去の思い出や現状の再現(メインカテゴリーⅠ)などがモチ ーフになっている場合,人形が用いられているのは 70.8%もあるが,家族成員 が動物に置き換えられて登場しているのは 22.9%に過ぎない。反対に家族の未 来や理想像など抽象度の高いイメージ上の家族がモチーフ(メインカテゴリー

Ⅱ)になっているときは,メインカテゴリーⅠの場合と比べて人形の使用率は

46.9%と低く,動物は43.8%と高い比率を示している。

中国ではカテゴリーⅠ・「家族の具体的な出来事の回想,家族現状の再現」が テーマである場合でも,カテゴリーⅡ・「心に描いたイメージ上の家族,ヴィジ ョン」である場合でも,家族を表現するのに人形を用いたものが多く,動物や キャラクターを用いたのは少なかったが,「心に描いたイメージ上の家族,ヴィ ジョン」がテーマである作品の内容を見てみると,違う印象をうける。つまり,

《作成者ウ》のセッション1~3または《作成者エ》セッション1~10のような,

作品のテーマがイメージ上の家族像であるため,カテゴリーⅡに分類されてい るものの,その表現された家族像というのはファンタジー的なものというより,

現実世界に存在し得る家族像に近い家族イメージになっている。そのため,家 族を示すのに用いられたコマは全部人間のコマがであった。それに対して,作 品の内容がいわゆるファンタジー的なものであるセッション(作成者Bのセッシ ョン1 とセッション 10の 2セッション)では家族を示すのに用いられたコマが 全部動物やキャラクターであった。したがって,中国の場合でもイメージ上の 家族を表現しようとするような場合は動物やキャラクターを用いる傾向がある と言えよう。

家族の具体的な出来事の再現のような場合,例えば父親は大人の男性,母親 は大人の女性といった既成の人形に同一化することにはそれほど違和感はない と思われる。ところが理想の家族やファンタジーを展開するようなときは個々 の人形のもつ具体的な属性にイメージが規定されてしまう可能性があるので,

動物や小人,お姫様,宇宙人といったように,その対象にさまざまなイメージ の要素が織り込められるようなコマを使用することが多くなっていると考えら れる。

ただ一つ,すべてのセッションで動物のコマだけで家族成員を表現し,人形 は一度も使用しなかった特異な例が《作成者G》の作品である(家族以外の他人 は人形で表現することはある)。最初は「家族はいろいろな面があってどのよう に表現したらいいかわからない,何を考えているのかわからない」と何度も述 べていたが,毎回本人がその時に感じている家族成員のキャラクターに合った 動物を真剣に考え,それを探して配置していくことで,セッション10(図2)では 老人が父親(今回だけ人間のコマ),羊が母親,犬が弟,鼠が姉,そして柵の中に あるすべてが作成者自身を象徴しており,「5人の家族はただ一緒にいるだけだ けど,それぞれが独立した個人だという感じがある」と言語化できるまでにな っている。つまり,抽象度が高かったりファンタジー的な要素を多く含む家族 イメージの作品で家族成員に人形以外のコマを使っていたとしても,それを繰 り返し作成していくことで全体としてのまとまりや個人の輪郭線がしだいに明 確になっていく。

図 1 作成者Gのセッション10

このように家族イメージの作成者は,意識的にせよ無自覚のままであれ,そ のときのテーマやモチーフを表現するのに適した家族成員のコマを選択し,う まく使い分けていると考えられる。箱庭のコマには多義性,具象性,直接性や 集約性といった特性が備わっているため(河合,1967.1969),作り手はその特性 をうまく活用して連想を豊かに膨らませ,アンビバレントな感情や心の揺らぎ

といった青年期に特有な心情などの表現をも可能にしている。選ばれた家族成 員のコマは一つひとつが存在感や重みをもって伝わってくるが,それを実現す るための十分な受け皿,つまりコマの種類もできるだけ多く備えておくことは 重要な条件であって,これをある程度補うために作成者自身が紙粘土などで納 得できるようなコマを新たに創るといった方法の積極的な導入も一案であろう。

ここでは家族成員を表すコマに限定して考察したが,橋やビルなどの建物,樹 木といった主に背景として使用されることの多いミニチュアについても同様の 検討が必要であるが,今回は事例的にも少ないのでこの点については今後の課 題とする。

5-3 家族イメージ作品の作成による気づき,課題の自覚

家族イメージの箱庭を作成の過程で,あるいは振り返りの段階で,新たに気 づいたこと,課題であると認識したことについて作成者から得られた内省は両 国ともに,①自己に焦点化して語られたものと,②家族そのものの現状認識や これからの課題について触れたもの,の2種類が見られた。

また,作品のテーマとの関係を見てみると,日本の場合では,イメージ上の 家族や家族ヴィジョンがモチーフになっている箱庭では,自己についての気づ きや課題を報告したのが全体 6 割を超えている。このことから,日本では家族 における自分のあり方や自己の存在そのものについて吟味しようとする動きは,

現実の家族からは離れ,イメージ上で思いを巡らせている過程で起きやすいと いう可能性が読み取れよう。

一方,中国では作成者の人数が少なかったこともあり,数量的には作品のテ ーマがカテゴリーⅠ・「家族の具体的な出来事の回想,家族現状の再現」である 場合でも,カテゴリーⅡ・「心に描いたイメージ上の家族,ヴィジョン」である 場合でも,家族との関係についての気づき・課題と自分自身についての気づき・

課題との間に明確な差が見られなかった。しかしながら,セッションの回数を 重ねるにつれて,その程度に違いがあるものの,それぞれの作成者は自分の家 族成員または自分自身についての理解が変わっていく傾向が認められた点は注 目に値する。例えば,≪作成者ア≫は最初は家族に健康で穏やかな関係を維持 しているという認識を持っていたが,すぐに母親との意見の食い違いを意識し たり家にいることのつまらなさを自覚するようになっている。しかしこれが 10 回目になると,そうした家族をも受け入れられるようになり,「皆は一生懸命生

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