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第 3 章 顔文字におけるあいまい性と多義性(実験 2)

3.4 考察

く選択されたが,次いで顔文字なし,驚き顔文字が選択された。怒り顔文字と悲しみ顔文 字はともに平均選択率が低かった。皮肉伝達条件では驚き顔文字が最も多く選択された。

他の3種類の顔文字及び顔文字なしの平均選択比率は,驚き顔文字に比べて低かった。

Table 3.5 伝達目標ごとの顔文字の平均選択比率

伝達目標 顔文字

喜び 怒り 悲しみ 驚き なし 本音伝達 0.70 0 0.24 0 0.06

嘘隠蔽 0.61 0.02 0.05 0.15 0.17

皮肉伝達 0.17 0.18 0.12 0.33 0.20

れている。このように,悲しみ顔文字は一般には「悲しみ」というネガティブな感情を表 しているとみなされることが多いが,本研究で用いた悲しみ顔文字は,喜び顔文字に次い で「本当に感謝している」の選択比率が高かった。これは,人が涙を流すのは悲しいとき ばかりではなく,感動したり,感極まったりしたときにも涙を流すために,悲しみ顔文字 が「泣くほど感謝している」という気持ちを伝えていると解釈されたためと考えられる。

すなわち,同じ表情でも異なる状況ならば異なる感情を表す,という多義性あるいはあい まい性があるために,直前の文章内容から表情が表す感情を解釈することもある,という ことを本結果は示している。すなわち,顔文字添付は単純に文章の意味を強調するばかり ではなく,文章の意味から表情が表す感情を解釈し,文章の意味と表情の感情解釈が統合 されて強いメッセージ性を持つという心理的過程があることを示唆している。

次に,相手との親しさの程度による顔文字からの感謝の受け取り方の違いについて考察 する。参加者の受信者役課題の質問1において,怒り顔文字添付に対する「本当に感謝して いる」の平均選択比率が,親しさ高群の方が親しさ低群よりも有意に高かった。このこと は,質問3において,怒り顔文字添付に対する「本当は感謝していない」の平均選択比率が,

親しさ高群の方が親しさ低群よりも有意に低かったことと対応している。怒り顔文字は一 般には怒り感情を表す顔文字として使用されることが多いが,もともと顔文字は相手の感 情を害さないようにするためのクッションとして発達したこともあり,ユーモラスな作り をしている。そのために,親しさ高群では,怒り顔文字添付に対しては怒り感情よりもユ ーモアを感じて,ポジティブに解釈することが多いのであろう。

受信者役課題の質問3「本当は感謝していない」ものとして,最も平均選択率の高かった ものは,親しさ低群では怒り顔文字添付,親しさ高群では顔文字なしであった。親しい関 係においては,顔文字を付けないことよりも,どんな顔文字でもポジティブに解釈してく れる傾向があるので顔文字を付けた方がよいことを示唆しているといえる。先行研究では,

親しいほど顔文字の種類やメールの文字数が増えることが報告されているが(加藤ら, 2008),親しくなるほど,メール作成の「手抜き」に対して敏感になるのかもしれない。

3.4.2 顔文字の選択の仕方

次に,送信者役課題の結果から,伝達目標による顔文字の選択の違いについて考察する。

本研究における本音伝達条件と嘘隠蔽条件はともに,相手に感謝していると受け取られる ようにするという目的で一致している。そのため,本音伝達条件と嘘隠蔽条件では全く同 様の顔文字が選択されてもよさそうであるが,選択傾向が異なる結果が得られたことは興 味深い。すなわち,両条件ともに,最も平均選択比率が高かった顔文字は喜び顔文字で一 致していた。しかし,本音伝達条件では,次いで悲しみ顔文字の平均選択比率が高く,他 の顔文字あるいは顔文字なしはほとんど選択されなかった。これは,前節で考察したよう に,喜び顔文字は喜び感情から感謝メッセージが強調され,悲しみ顔文字は「泣くほど感 謝している」という解釈から感謝メッセージが強調されることから納得できよう。

一方,嘘隠蔽条件では,悲しみ顔文字はほとんど選択されず,その代わりに顔文字なし と驚き顔文字が選択される傾向が示された。Table 3.1 ,Table 3.2 ,Table 3.3 に示されるよ うに,顔文字なしと驚き顔文字は,感謝していることを表すものとしても,感謝していな いことを表すものとしても選択される傾向がある,つまり,顔文字なしと驚き顔文字は文 面によって解釈が異なるあいまい性,多義性をもったものといえる。すなわち,人は嘘の 隠蔽を試みた場合,顔文字なしや驚き顔文字というあいまいなものを選びやすいことを,

本結果は示唆している。表情や言語的メッセージの先行研究では,嘘をつくと文章が長く なりすぎたり,短くなりすぎたり,あいまいさが増加したり,表情が変化することが示さ れてきたが(DePaulo, Lindsay, Malone, Muhlenbruck, Charlton, & Cooper, 2003),本研究にお いても同様の結果が得られた。

最後に,皮肉伝達条件について考察する。皮肉伝達条件においては,驚き顔文字が最も 多く選択された。驚き顔文字は驚き感情を表しているとされているので,相手からのメー ル内容が「驚くほど予想外」であったことを表すことにより,相手のメールを好意的に受 け止めていないことを示そうとしたと考えられる。喜び顔文字,怒り顔文字,悲しみ顔文 字,顔文字なしに関しては,0.12から0.20とほぼ均等の平均選択比率を示した。これは,対 面的コミュニケーションにおいても,皮肉を伝える場合に笑みで話すことが多いこと,文 面とは矛盾する表情を添付したほうが皮肉が伝わりやすいこと(竹原ら, 2005b),などの さまざまな要因が影響して選択が分散したためと思われる。

3.4.3 本章のまとめ

本研究では,感謝を伝える文面に顔文字添付あるいは顔文字なしのメールを受け取った とき,どれが最も感謝の気持ちを表すと受信者が感じるか,送信者が本当の感謝,文面だ けの感謝,皮肉を伝えたいときにどのような顔文字添付あるいは顔文字なしが最も効果的 と思っているかを,参加者がペアを組んで,受信者としての役割と送信者としての役割を 果たすことを想定した質問紙実験によって検討した。これによって,顔文字におけるあい まい性や多義性を確認しようとした。

その結果,感謝を表すためには喜び顔文字添付に加えて,悲しみ顔文字添付も効果的で あることが示された。これは,悲しみ顔文字は一般的には「悲しみ」を表すネガティブな 顔文字として用いられるものであるが,「涙を流すほど嬉しい」,「泣くほど感謝している」

とポジティブな顔文字として用いられると考えられる。つまり,表情はあいまい性,多義 性をもっており,メールの文面から表情の感情解釈が行われ,その感情解釈と文面が統合 されて,感謝のメッセージ性が高まることを示唆している。また,顔文字添付のメールで,

本当は感謝していないことを伝えたいときには,感謝の文面に驚き顔文字を添付し,自分 で書いた感謝の文面に自分が「驚いている」という矛盾した組合せが効果的であることが 示された。

取られるようなあいまい性と多義性が確認された。よって,あいまい性と多義性をある程 度もつと判断し,次章以降の課題として使用する。