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第 9 章 心の推測に特権情報考慮と処理資源が及ぼす影響の実証(実験 7)

9.4 考察

本研究は,認知負荷をかけることにより意識的なプロセスを妨害し,特権情報の抑制が 意識的な処理によって行われているかどうかを明らかにすることを目的とした。実験から,

「処理資源が不十分になることによって,心の推測における特権情報を抑制する認知過程 が妨害され,自己中心性バイアスの程度が増加する」という仮説が支持された。以下,本 実験について詳細な考察を行う。

最初に,認知負荷の実験操作が適切であったのかどうかについて述べる。まず,認知負 荷高条件で記憶した8桁の数列について述べる。8桁の数列の難易度が高すぎた場合,参加 者が数列を暗唱することを諦めてしまい,負荷としての効果をもたなくなる可能性が高ま る。しかし,本研究で使用した 8 桁の数列は,多くの参加者が正答していた。そのため,

1 2 3 4 5 6 7

低 高 低 高

特権情報考慮なし 特権情報考慮あり 心

の 推 測

言葉と逆 言葉通り

くの操作チェック項目においても認知負荷の効果がみられたため,認知負荷は参加者が意 識できるレベルで影響を与えていたと考えられる。ただし,参加者が比較的意識しにくい レベルで認知負荷の影響がどの程度みられたのかは,本研究の操作チェック項目からはわ からない。今後の研究によって参加者の文章の処理速度などを計測することにより,操作 の適切さをさらに確かめることが必要であると思われる。

次に,特権情報の抑制が意識的な処理によって行われているかどうかについて述べる。

特権情報を考慮しないときは,意識的なプロセスの妨害の程度が大きくなることによって 特権情報に偏った推測になった。すなわち,普段の推測では,特権情報に偏らないように する意識的なプロセスを働かせているが,そのプロセスが妨害されることによって特権情 報に偏る程度が増加したと考えられる。一方,特権情報を考慮したときは,意識的なプロ セスの妨害の程度が大きくなっても,特権情報への偏りに変化がみられなかった。この結 果から,少なくとも,特権情報を考慮したときは,意識的な処理に影響を受けにくいプロ セスが働いていると考えられる。ただし,詳細なプロセスは本研究からはわからない。特 権情報の考慮によって特権情報の利用可能性が高まったため,少ない労力で特権情報を抑 制できるようになったことが,一つの可能性として考えられる。

認知的負荷が高く,意識的なプロセスが大きく妨害された場合に着目すると,特権情報 の考慮によって自己中心性バイアスが減少している。これは,第7章(実験5)と対応する 結果である。初期の推測から特権情報を抑制するようにして推測するプロセスが働いてい る可能性が示された。一方,認知負荷が低く,意識的なプロセスの妨害の程度が小さかっ た場合に着目する。まず,特権情報の考慮を行っていない状況において自己中心性バイア スが起こっていない。これは,第7章(実験5)とは対応しない結果である。第7章(実験 5)か本研究のどちらかの結果が偶然に生じたことによって起こった結果であるとも考えら れるが,本研究の認知負荷低条件かつ特権情報考慮なし条件と第7章(実験5)との違いか ら,原因を推察して述べたい。考えられる二つの原因として,本研究の認知負荷低条件か つ特権情報考慮なし条件の参加者が偏っており,正確性の志向が高いことなどによってバ イアスが生じにくい傾向があった可能性,本研究の認知負荷低条件かつ特権情報考慮なし 条件の実験の手続きによって参加者の正確性の志向が高まり,バイアスが生じなかった可 能性が挙げられる。

まず,本研究の認知負荷低条件かつ特権情報考慮なし条件の参加者が偏っていた可能性 について述べる。考えられるのは,条件間の参加者の偏りである。つまり,本研究の認知 負荷低条件の特権情報考慮なし条件に,偶然,バイアスをあまり示さない参加者が集まっ た可能性がある。しかし,実験では条件の割り当てがランダムになるように質問紙を配布 しており,この可能性は低いと考える。

次に,本研究の認知負荷低条件かつ特権情報考慮なし条件の実験の手続きによって参加 者の正確性の志向が高まり,自己中心性バイアスが生じなかった可能性について述べる。

本研究の認知負荷低条件と第7章(実験5)には,手続きの違いがある。それは,本研究の

認知負荷低条件では回答中に2桁の数列を頭の中で繰り返させていたが,第7章(実験5)

では数列を一切覚えさせていないという点である。本研究では 2 桁の数列を記憶させたこ とによって,参加者は課題に対する困難さを知覚し,正確さへの志向が高まり,自己中心 性バイアスが生じなかった可能性がある。Kunda(1990)によれば,正確に判断しようとす る動機づけが高まることにより,印象におけるバイアスが減少し,ステレオタイプの使用 が抑制される。本研究においても,2桁の数列を覚えようとすることによって正確性の志向 が高まり,バイアスが生じなかった可能性がある。これらについて明らかにするために,

数列の記憶を行わない統制条件でも自己中心性バイアスが生じることを示す必要があるだ ろう。

第 10 章 心の推測における処理資源が及ぼす影響についてのその他の

説明可能性の排除(実験 8 )