第 4 章 現場診断に対応した超簡易迅速なウイルス遺伝子検出法の開発
4.4 考察
RT-LAMP法に対する RNA GEM の影響を調べ、無処置のRNA GEM 反応液は
RT-LAMP 反応を著しく阻害した。これは、LAMP 反応においても認められ、
RT-LAMPおよびLAMP反応に対する阻害作用はRNA GEM反応液の添加量を減
らしても改善しなかった。一方、この阻害作用は、熱処理した RNA GEM 反応 液を用いることにより消失し、1分から 4分間の高熱処理した RNA GEM 反応液
を用いた RT-LAMP の検出感度は、RNA GEM 無添加の RT-LAMP反応と同等で
あった。しかし、5 分間の高熱処理は、RNA GEM無添加の RT-LAMP 反応およ び 1 分から 4 分間の高熱処理した RNA GEM を用いた RT-LAMP 反応と比べて 10倍検出感度の低下が認められた。これは高熱処理による RNA の熱分解が原因 と考えられた。従って、核酸抽出処理が終了した後に高熱処理した RNA GEM は、続いて行われる RT-LAMP 反応の検出感度にほとんど影響を与えないことが 明らかとなり、その至適時間は 1分間程度と考えられた。
LAMP反応の陽性結果は、DNA増幅副産物であるピロリン酸マグネシウムに よる白濁化により判定ができる(Mori et al., 2001)。目視による白濁の検出は LAMP 反応の結果を判定する上で最も簡便で費用対効果が高いが、この方法は 結果を判定するために、ある程度の熟練を必要とする。反応終了後に SYBR green I や PIのような DNA インターカレーター色素または反応前に HNB のようなキ レート試薬を加えることで、目視による判定を容易にできる(Goto et al., 2009;
Mukhopadhyay et al., 2012; Sun et al., 2010)。そこで、これらの検出試薬を用いた
GEM RT-LAMP 法を評価したところ、RNA GEMの存在下においてこれらの試薬
の検出能力は、コントロールと同程度であった。従って、RNA GEMはこれらの 試薬を用いた結果の判定に影響しないと考えられた。
GEM RT-LAMPおよびGEM LAMP法の検出能力を、スピンカラムで精製した
RNAまたはDNAサンプルを用いたstandard RT-LAMP およびLAMP法とウイル ス核酸抽出のために高熱処理した RNA および DNA サンプルを用いた modified
RT-LAMP およびLAMP 法の検出感度と比較し評価した。GEM RT-LAMP法の検
出感度は standard RT-LAMP 法より100 倍、modified RT-LAMP法より100,000 倍 高感度で、GEM LAMP の検出感度は standard LAMP 法より 10 倍高感度で、
modified LAMP法の検出感度と同程度であった。従って、GEM RT-LAMPおよび
GEM LAMP法は従来の簡易迅速なテンプレート調整法よりも高感度にウイルス
RNA および DNAを検出できることが明らかとなった。
水族館や農場のような施設で飼育されている動物は、ヒトまたは同種の動物 と接触する機会が多く、感染症の蔓延を防止するために現場での病原体種の迅 速な同定をすることは重要である。しかし、多くの動物飼育施設では、従来の 病原体種の同定法であるPCR に必要な装置が設置されていないため、迅速な病 原体種の同定は不可能である。GEM RT-LAMP および GEM LAMP法は、恒温 槽と 1 つのチューブがあれば、RNA および DNAウイルスを高感度に検出でき るため、動物飼育施設でも迅速に実施できる病原体種の同定法になると期待さ れる。そこで GEM RT-LAMP およびGEM LAMP法を用いて臨床検体である生 体試料から直接ウイルスを検出する条件を想定し、飼育動物の血清や糞便の存
在が GEM RT-LAMP およびGEM LAMPの検出感度に影響を与えない条件を調
べた。GEM RT-LAMPおよびGEM LAMP反応は高濃度の生体試料(血清/糞便)
によって阻害されたが、その阻害は本章で扱った全ての動物において 10 倍希 釈した血清および 100倍希釈した糞便を用いることで取り除かれた。血清また は 糞 便 存 在 下 に お け る RT-LAMP お よ び LAMP 反 応 の 検 出 限 界 値 は 、GEM RT-LAMPおよび GEM LAMPよりも高いため(dara not shown)、RNA GEMは ウイルス核酸抽出と同時に RT-LAMPおよびLAMP 反応を阻害する血清および 糞便中の蛋白質を失活させると考えられた。血清または糞便存在下で、増幅副 産物による白濁化、PI、HNB を用いた目視による検出も試みたが、血清および 糞便中の蛋白質の熱変性による白濁化により、増幅副産物の白濁化および PI による検出は困難であった。また血清および糞便成分は HNB による色調変化 を著しく阻害し、遺伝子増幅後も溶液の色は陰性色のバイオレットであった。
それ故、白濁化、PI、HNB を用いた目視による検出は精製された RNA および DNA を用いる必要があると考えられた。対照的に、SYBR green I は血清や糞便 中のサンプルにおいても遺伝子増幅に応じた色調の変化を示したため、血清や 糞便成分存在下での遺伝子増幅の検出には SYBR green I が適すると考えられ た。
本章より、迅速かつ簡便なウイルス遺伝子検出法である GEM RT-LAMPおよ
び GEM LAMP法が開発された。主な手順は、1) 適切に希釈した血清や糞便等
の生サンプルとRNA GEM 反応液の混合液をマイクロチューブで 75 °C で 5分
間熱処理後、2) 95 °C で 1 分間の高熱処理を行い、3) そのチューブに直接
RT-LAMP または LAMP 反応液を添加するというもので、反応終了後に SYBR
green Iを加えることにより、その結果を判定できる。すなわち、試料調整から
結果判定まで、GEM RT-LAMPおよび GEM LAMPは恒温槽のような簡易な培 養器および 1チューブで行うことができ、70分以内に遺伝子検出の全工程が遂 行できる。そのため、GEM RT-LAMP および GEM LAMP法は人為的な過誤が 起きにくく、1 時間程度の安定した電力配給ができる場所で行える超簡易迅速 な遺伝子増幅法である。また、サンプルを実験室まで輸送することなく、GEM
RT-LAMPおよび GEM LAMP法は現場で直ぐに実施できるため、輸送の過程で
の病原体の拡散を防止できると考えられる。従って、GEM RT-LAMP および
GEM LAMP 法は、水族館等での実施が容易で、また船上でも実施できる。例
えば、野生イルカの搬入時に、本法による病原体の遺伝子検出によって早期摘 発が可能となり、水族館のイルカやヒトへの感染症の伝播を未然に防止できる ことが期待される。GEM RT-LAMPおよび GEM LAMP法はウイルス RNA およ び DNA を検出するために高い汎用性を有し、医療および獣医療、環境衛生、
point-of-care-testing などの分野で有用であると考えられる。本章は、ウイルス
のみしか扱っていないが、GEM LAMP 法は細菌、真菌、寄生虫の核酸検出に も応用可能と考えられる。また、GEM RT-LAMPおよびGEM LAMP 法は Qiagen 社より開発された携帯型のチューブスキャナーである ESE Quant tube scanner
の仕様に適合しており、この組み合わせは多分野における臨床診断や疫学調査 に活用できると考えられる。