第 2 章
5. 考察
E6011をヒトに単回IV投与した際のPKは,カニクイザルで観察されたPKプロファイ
ル(Figure 2)と同様に,α相,β相及びγ相の3相性のプロファイルを示すと考えられ
た。γ相とβ相の境界点は10 μg/mL付近であった。t1/2,βはt1/2,γよりも長かった。6及び
10 mg/kg間でt1/2,βは近似していた。10 μg/mL以上の高い濃度では,早い消失の標的介在性
非線形消失過程は飽和し,濃度に関わらず一定のクリアランスを示す遅い消失の非特異的 線形消失過程の総クリアランスへの寄与が相対的に大きくなったと考えられた。
ノンコンパートメント解析から得られたPKパラメータの用量比例性の検討において,
AUC(0-t)は有意に投与量の増加分を超えて増加した(Table 9)。一方,3~10 mg/kgのAUC
(0-336h)では用量に比例した増加が認められた(Table 8)。3~10 mg/kgの投与後336時間にお
ける血清中E6011濃度の平均値は10 μg/mLよりも高かったが1 mg/kgでは低かった。即 ち,γ相とβ相の境界点が10 μg/mL付近であり,10 μg/mL以上では濃度に関わらず一定の クリアランスを示す非特異的線形消失過程がE6011消失の主経路であることが示唆され
64
た。Cmaxでは用量に比例した増加がみられた(Table 9)。mAbは分子量が大きく,極性が 高いため,細胞膜を透過する能力が著しく低く16,血管内及び細胞間隙に大半が存在して いると考えられる。したがって,投与直後のCmaxは用量比例的に増加したと考えられた。
ADA陽性被験者はE6011投与群48例中16例であった。ADA陽性であった16例におい
て,Cutoff index valueの範囲は1.07~2750であった。Cutoff index valueの高値(2750,
Week 4)を示した1 mg/kg群の1例を除き,その他の被験者ではCutoff index valueは低か
った(85以下)。FDAは,ADA測定の感度として,臨床的事象と関連があると考えられる
100 ng/mLを達成することを推奨しているが34,35,本治験で用いられた測定法は1.34 ng/mL
と,感度が非常に高かった。
免疫原性の健康成人のPKに及ぼす影響は認められなかった。Cutoff index valueが最も 高値を示した被験者(1 mg/kg群)ではAUC(0-t)及びt1/2,βはそれぞれ2410 μg•h/mL及び127 hであった。一方,1 mg/kg群におけるAUC(0-t)及びt1/2,β はそれぞれ2210~3060 μg•h/mL
及び111~134 hであり,高値を示した被験者はその他の被験者と同様であった。
本治験では健康成人において単回投与後の免疫原性について検討した。健康成人及び患 者,並びに単回投与及び頻回投与ではE6011の免疫原性の特性(発現頻度,中和活性,ア イソタイプ)は異なる可能性がある。E6011の免疫原性が,臨床におけるE6011の薬物動 態,安全性及び有効性に及ぼす影響については,患者を対象とした頻回投与の試験におい て,データを蓄積し明らかにすることが重要である。
E6011投与後,血清中総FKN濃度の上昇が観察され,対応する血清中E6011濃度推移が
β相のとき消失は緩徐であり,γ相では急峻な消失がみられ,濃度推移にE6011との相関
がみられた。これにより,標的介在性非線形消失過程は約10 μg/mL以上で飽和しているこ とが示唆された。
本治験においてヒトで観測された血清中E6011濃度推移(B)は,推定値(A)と比較し て消失が早かった。ヒトで観測された血清中総 FKN 濃度推移(B)は推定値(A)と比較 して高かった。
最終PK モデルの外挿では,MABELをより保守的に推定することを目的にCLのb(ア ロメトリック指数)は文献報告値の中で最小の0.75 を採用した。これにより,非特異的線 形消失過程が実際よりも小さくなり,β 相の傾きを小さく推定したことが考えられた。VM の外挿の影響についてはヒトE6011推移のγ相の把握が困難であり考察できなかった。
最終 PK/PD モデルの外挿について考察する。本治験における各用量群の総 FKN 濃度の
E6011投与前値(平均値)の範囲は0.000462~0.00116 µg/mLであり,実験から得られた値
(0.00099 µg/mL)から設定したBASEと比較してやや低かった。KSYN,KDEG及び KINT
に つ い て は ヒ ト の 情 報 が な い た め 調 整 し な か っ た 。BASE=KSYN/KDEG で あ る の で , 総 FKN 濃度の観測値が推定値を大きく上回る要因として分泌型 FKN の生成速度(KSYN)の
みが 高いこと は当ては まらず,KSYN と共 に分泌型 FKN の異 化速度(KDEG)が 共に,
E6011と分泌型FKNの結合速度を超えない程度に大きかった可能性が考えられる。また,
E6011と分泌型FKNの結合体の内在化速度定数(KINT)が推定より小さく,これにより総
FKNが蓄積したことも一因として挙げられる。
本治験実施前におい て,ヒトの PK/PD モデルにより推定した血清中 E6011 濃度推移
(Figure 14)から,血清中E6011濃度として10 µg/mLがβ相に到達するために必要である
と考えられた。即ち,10 µg/mL が標的介在性非線形消失過程の飽和に必要と考えられた。
臨床導入されているいくつかのmAbでは,標的介在性非線形消失過程が飽和する用量が臨 床用量であると報告されている26。β相とγ相の境界を本治験で観察し,ヒトにおける標的 介在性非線形消失過程が飽和するE6011濃度情報を得るためには,最高用量の10 mg/kg群 で 120 日の試験期間が必要と推定された。なお,ヒトに外挿したモデルは保守的なモデル
66
であり,試験期間が実際より長く推定されることが想定されたため,投与終了 8 週後に予 備的解析を行い,その結果をもって次相に移行した。
次相以降の試験の用量設定にあたっては,有効性と分泌型FKN抑制の関係が不明であり,
さらには,患者では分泌型 FKN レベルが健康成人よりも高いことが想定されるが,PK に 及ぼす分泌型FKNレベルの影響が不明であることから,総FKN又は分泌型FKN濃度では なく,健康成人のPKの観点から検討した。本治験では観測されたPKの消失が推定より早 かったこと,及び試験期間が十分に長かったことから,標的介在性非線形消失過程が飽和 する情報を得ることができた。ヒトで観測された血清中 E6011 濃度推移(Figure 17)から,
β相とγ相の境界は10 µg/mL付近と考えられた。患者と健康成人でPK及びPDのプロファ
イルが同様であるならば,少なくとも10 μg/mLの血清中E6011濃度を維持するような投与 レジメンが患者試験において必要と考えられた。標的介在性非線形消失過程の飽和は膜結 合型FKN の飽和に対応していると考えられるため,分泌型 FKN が炎症作用の主役であっ た場合は,さらに高用量が必要である。本検討を元に,臨床有効濃度の仮定をおき,患者 試験において,E6011の抗炎症作用と PK/PD プロファイルを確認することが今後の課題で ある。
総括
本 研 究 で は “ 新 規 化 合 物 の 初 期 臨 床 開 発 に お け る Model Informed Drug Discovery &
Developmentの実践に関する研究”と題して,M&Sを用いてFIH試験計画を立案し,さら
にFIH試験を実施し,医薬品開発におけるM&Sの有用性の評価を試みた。
第1章では,非臨床データをPK/PDモデルに統合し,ヒトに外挿してSimulationするこ
とで,M&Sをヒト初回投与量設定や試験デザインに利用した。FIH試験に際し,解を得る
ための一つの方法として提供できたと考える。
第2章では,得られたFIH試験結果と1章で行ったSimulationとの差異について考察し た。非臨床データを用いた推定とヒトの実際のデータでは乖離があり,不確実性が高い臨 床初期における Simulation の精度については一定の限界が認められた。化合物の特性に関 わらず,一般的に高い推定精度を得ることは難しいと考えられる。この点をチームで共有 し,十分に考慮に入れた上でM&Sを適用していかなければならない。
医薬品開発は後期ほど臨床試験の規模が大きくなり,リソース(コスト,時間)が多く 必要になる。臨床後期における失敗は,他の潜在的に有用な薬のリソースを奪っているこ とになるため,開発早期に化合物のポテンシャルを明らかとし,Go/No-go の意志決定を行 う事が重要である 36。本研究では,薬物動態の観点から,臨床有効用量の設定方針に関わ る提案を行った。FIH 試験に続く患者試験の計画立案に際しては,FIH 試験結果で更新し
たPK及びPK/PD モデルを用い,臨床有効濃度を達成する投与レジメンを検討し利用する
ことが可能となった。臨床後期試験の失敗要因の多くが不十分な有効性である 36 ことを鑑 みれば,臨床有効用量について Learning-Confirming の知見を蓄積する地盤を作ったことは 有用であったと考える。
68
医薬品開発におけるプロジェクトチーム内のコミュニケーションツールとしてのM&Sの 有用性について考察する。本研究では MABEL の設定及び試験デザインの立案という課題
についてM&Sを用いて解を提示した。ここでは,課題(ヒト初回投与量,試験期間など)
をチ ームで明 確にし,解決策(M&S)の 限界(解析 上の仮 定や不確 実性)や有 用性(PK 及び分泌型FKNのSimulationなど)をチームで理解することが重要であった。その上で意 志決定者に必要なリソースを求め,M&Sを実行するかどうかをチームとして決定すること で,実行から結論及びその後の応用へとスムーズにつなげることができたと考える。M&S ではPKやPDの時間推移を可視化することができ,化合物の理解を直感的かつ簡明にする 利点がある。本研究では,PK及びPK/PDモデルでE6011や分泌型FKNの挙動を視覚化す ることで,難解な数式を用いずに,E6011 の理解を容易にした。技術的に測定不能であっ た分泌型FKNを可視化し,理解を促進したことは今回のモデル特有のメリットであった。
医薬品開発における M&Sの事例は急速に集積しつつある。M&Sの有用性と共に限界を 認識して医薬品開発を進めていく必要がある。本研究が,よい薬をより早く,患者様のも とへ届けるための一助となることを期待する。