本研究ではシアノバクテリアSynechocystis sp. PCC6803のSll1558、Slr2019、Sll1276が酸
性ストレス耐性に重要であることを見出した。sll1558 は UDP-glucose pyrophosphorylase を
コードしており、gulucose-1-phosphate から UDP-glucose を合成する反応を触媒する
UDP-glucose pyrophosphorylaseをコードする(Maeda et al., 2014)。slr2019, sll1276はlipid A flippase
である可能性が示唆された。
先行研究のDNA マイクロアレイ解析、また本研究におけるリアルタイム RT-PCRでは、
sll1558 、sll1276はpH 3.0で、slr2019はpH 6.0で、転写量が増加した。また、sll1558 、
sll1276は完全欠損することができなかった。
UDP-glucoseは糖タンパク質(Silbert et al., 1995; Maeda et al., 2014)、糖脂質(Sandhoff et al.,
1992)におけるグルコースの付加や、適合溶質であるGGの合成(Reed and Stewart, 1985)、細
胞表層を構築する多糖の合成(Muheim et al., 2016)に関与している。そのため、UDP -glucose
は生理物質として重要である。さらに、UDP-glucose pyrophosphorylaseはシアノバクテリア
に広く保存されており、UDP-glucoseの供給に必須であることから、生育や生存に必須の酵
素であることが一般的に知られているため(Maeda et al., 2014)、完全欠損株が構築できなか
ったと考えられる。Identification of a Fragment-Based Scaffold that Inhibits the Glycosyltransferase
WaaG from Escherichia coli
111
また、大腸菌のmsbAは生育に必須な遺伝子であることから(Karow and Georgopoulos, 1993)、
slr2019は完全欠損できないと予想した。しかしslr2019株を構築してゲノムを確認すると、
slr2019は完全欠損しており、さらにLPSの解析においても野生株と同じ構造のバンドが多
く検出されたことから、同様の機能を持つタンパク質の存在が示唆された。Sll1276 は
Slr2019に次いで、2番目にMsbAと相同性が高かったが、sll1276の完全欠損株が構築でき
なかったことから、Sll1276が主要に機能するlipid A flippaseである可能性が示唆された。
また、Sll1558の転写量の増加と比較すると、sll1276、slr2019の転写量の増加は微々たる
ものだが、外部ストレスに備えるための機構である可能性を考えると、ストレスを感知して
からLPSを合成するわけではなく、通常での合成が重要なのかもしれない。slr2019とsll1276
は異なるpH でそれぞれ転写レベルが上昇したことから、pH 差によるスイッチのようなも
のが存在する可能性も考えられる。例えば大腸菌では、酸素の有無によって二量体ArcBの
システイン残基がジスルフィド結合し、酸化還元状態を感知するセンサーとして機能する
ヒスチジンキナーゼの存在が報告されている(Malpica et al., 2004)。同様のセンサーによりH
+の濃度変化を感知することで、転写制御に影響を与える可能性が考えられる。Sll1276は比
較的強いストレス下で転写が活性化されることから、slr2019はsll1276のバックアップとし
ての機能も果たしている可能性が考えられる。
sll1558株ではLPS やCPS、RPSの構造が変化し、 slr2019、sll1276株ではLPSの構造が
変化した。上述したように、sll1558はUDP-glucoseの合成に関与しているため、glucoseを
112
利用する細胞外多糖に影響が出たと考えられる。一方で、slr2019、sll1276はlipid Aを基質
とするために、lipid Aを用いるLPSの構造が変化したと考えられる。
sll1558株、slr2019株は高塩、温度ストレスに対しても感受性を示した。さらにsll1558株
は浸透圧ストレスに感受性を示し、UV-B照射後の生存率も著しく低下した。これらの結果
からsll1558、slr2019は様々な環境ストレス耐性に関与することが示された。LPSはlipid A
が外膜にアンカーされており、外膜を構成する脂質の一つである。低温ストレス下では膜の
流動性を維持するために、膜脂質を構成する脂肪酸に不飽和結合を導入するdesB、desA が 誘導される(Los et al., 1997)。sll1558、slr2019株は外膜が不安定になっている可能性が考え られるため、低温ストレスに感受性を示したと考えられる。また、長期培養の高温ストレス
下では温度のみならず乾燥ストレスの影響も受けることが予想される。EPS を纏った陸棲
シアノバクテリアのNostoc commune は乾燥状態で100年以上生存可能なことが報告されて
いる(Cameron 1962; Lipman 1941)。sll1558株、slr2019株は正常な細胞外多糖の合成量が少な
いために、乾燥に抵抗できず、高温ストレス下で生育が抑制されたのかもしれない。
sll1558、 slr2019株では高塩ストレス下で生育が抑制され、さらに sll1558株では浸透圧
ストレス下においても生育が抑制された。Synechocystisは塩や浸透圧ストレス下ではsucrose
やGGなどの適合溶質を合成し、ストレスに抵抗することが以前から報告されている(Reed
and Stewart, 1985)。Sucrose合成にはUDP-glucoseが用いられているので、UDP-glucoseの合
成量が減少したsll1558株は浸透圧ストレスの影響を受けたと考えられる。高塩ストレスよ
113
る影響はイオンチャネルを介したNa+や Cl-の細胞質への流入による細胞質イオン濃度の上
昇が主である、とされている(島本ら, 2007)。sll1558やslr2019株では高塩ストレス下で生育
が抑制されたことから、LPS がNa+や Cl-の細胞内への流入を妨げている可能性が示唆され
た。
TEMによる解析では、野生株とsll1558株両者の細胞長が、pH 8.0よりも pH 6.0で約1.2
倍になり、有意に大きくなった。これは、細胞の容積を大きくすることで、細胞内のpH上
昇に抵抗しているのかもしれない。一方で、slr2019 株ではこの傾向は見られなかった。
Sll1558は糖鎖合成に関与するが、Slr2019はLPSの足場となるlipid Aの輸送に関与する可
能性が高い。外膜を構成しているのは脂質であり、LPS も構成要素となっているために、
lipid A を輸送できない slr2019 株では体積を大きくするための脂質が不足している可能性
が考えられる。そのため、slr2019株では細胞が巨大化しなかったと考えた。
pH 8.0における細胞表層の厚さは、野生株とsll1558株、slr2019株に有意な差は見られな
かった。酸性ストレス下においては、野生株とslr2019株は、細胞表層の厚さが減少したが、
sll1558 株は変化が見られなかった。細胞表層の糖鎖では、その負電荷にプロトンを共有結
合させることにより、細胞内へのプロトン流入を防いでいると考えられる。glucoseは LPS
の構成糖のうち約20%を占めているが(Schmidt et al., 1980)、sll1558株では合成されるglucose
が減ったために、糖鎖の負電荷に引き寄せられるプロトンが減少したと考えられる。野生株
では糖鎖に H+が引き寄せられることにより、負電荷同士による反発が小さくなったが、
114
sll1558 株ではその効果が得にくかったために、酸性ストレス下で細胞表層の厚さに変化が
見られなかった可能性がある。
また、TEM 画像解析で観察された細胞内封入体はアシドカルシソームの可能性がある。
封入体が実際にアシドカルシソームであるかを確認するためには、電子顕微鏡で封入体を
観察しながら確認しなければならない。そこでアシドカルシソームに含まれるポリリン酸
を検出する抗体を用いた免疫電顕を行う必要があると考えられる。今後このような実験を
行うことにより、Synechocystisで観察される封入体がアシドカルシソームであるかを決定づ
けられる。
MsbAを2つ持つ生物はこれまでに報告されていない。本研究でMsbAと相同性の高いタ
ンパク質を4つ発見したが、これらのうち2つがlipid A flippaseである可能性が高かったこ
とは予想外だった。2つのタンパク質がlipid A flippaseとして機能しているかは、反転膜小
胞を用いたlipid Aの輸送活性を調べることで確認できると考えられる。また、大腸菌にお
いて、Slr2019またはSll1276を発現させ、msbAを欠損させることにより、2つのタンパク
質が機能相補するか確認できる。同様にSynechocystisにおいても、slr2019株またはsll1276
株に MsbA を発現させて機能相補を確認することで、より確実に機能を決定することが可
能である。
本研究において、UDP-Glucoseの合成酵素であるSll1558 (UDP-glucose pyrophosphorylase)
は、細胞表層の糖脂質や細胞外多糖合成に関与し、生育に必須であることが示された。また、
115
大腸菌のMsbAホモログであるSll1276 (lipid A flippase)は、細胞外多糖の一つであるLPSの
合成に関与し、生育に必須であることが示された。Sll1276と相同性のある Slr2019 (lipid A
flippase homologue)もLPSの合成に寄与していることが示された。これら3つの遺伝子は、
酸性ストレスに応答し、転写量を増加させ、酸性ストレス環境での細胞外多糖合成を維持す
ることが示された。さらに、細胞外多糖は、酸性ストレスを含む様々な環境ストレスから
Synechocystisを保護する機能を持つことが明らかとなった。
116
参考文献
Alonso MD, Lomako J, Lomako WM, Whelan WJ. (1995) A new look at the biogenesis of glycogen.
FASEB J. 9:1126-1137
Awai K, Ohta H, Sato N (2014) Oxygenic photosynthesis without galactolipids. Proc Natl Acad Sci U
S A.111:13571-13575
Böhm GA, Pfleiderer W, Böger P, Scherer S. (1995) Structure of a novel
oligosaccharide-mycosporine-amino acid ultraviolet A/B sunscreen pigment from the terrestrial cyanobacterium
Nostoc commune. J Biol Chem. 270:8536-8539
Cameron RE (1962) Species of Nostoc Vaucher occurring in the Sonoran Desert in Arizona. Trans Am
Microsc Soc 81:379–384
Chen J, Burke JJ, Xin Z, Xu C, Velten J (2006) Characterization of the Arabidopsis thermosensitive
mutant atts02 reveals an important role for galactolipids in thermotolerance. Plant Cell Environ.
29:1437-1448
117
De Philippis R, Paperi R, Sili C (2007) Heavy metal sorption by released polysaccharides and whole
cultures of two exopolysaccharide- producing cyanobacteria. Biodegradation 18:181–187
Durai P, Batool M, Choi S (2015) Structure and Effects of Cyanobacterial Lipopolysaccharides. Mar
Drugs. 13:4217-4230
Ehling-Schulz M, Bilger W, Scherer S (1997) UV-B-induced synthesis of photoprotective pigments
and extracellular polysaccharides in the terrestrial cyanobacterium Nostoc commune. J Bacteriol 179:
1940–1945
Fujii M, Sato Y, Ito H, Masago Y, Omura T (2012) Monosaccharide composition of the outer
membrane lipopolysaccharide and O-chain from the freshwater cyanobacterium Microcystis
aeruginosa NIES-87. J Appl Microbiol 113:896–903
Good L, Sandberg R, Larsson O, Nielsen PE, Wahlestedt C. (2000) Antisense PNA effects in
Escherichia coli are limited by the outer-membrane LPS layer. Microbiology. 146: 2665-2670
Hengge-Aronis (2002) Signal Transduction and Regulatory Mechanisms Involved in Control of the
S (RpoS) Subunit of RNA Polymerase. Microbiol Mol Biol Rev. 66:373-95