3-1-1 sll1558の転写解析
以前に、当研究室で行われた酸性ストレス下での網羅的な転写解析の結果、転写が促進さ
れた遺伝子を約30個同定した(Ohta et al., 2005)。これらのうち、σ因子などのストレス応答
に関与することが報告されている遺伝子を除いて、先行研究ですでに機能が明らかにされ
ている、変化の大きかった遺伝子としてsll1558に着目した。Kyoto Encyclopedia of Genes and
Genomes (KEGG:http://www.genome.jp/kegg/) で は 、 sll1558 は Mannose-1-phosphate
guanylyltransferaseをコードする遺伝子として登録されていたが、近年、前田らによって
UDP-glucose pyrophosphorylaseをコードすることが明らかになった (Maeda et al., 2014)。
UDP-glucose pyrophosphorylase は gulucose-1-phosphate に UTP を付加することによって
UDP-glucose を合成する酵素である(Fig. 1-2)。UDP-glucose は Cellulose (Römling, 2002)や
Glycogen (Alonso et al., 1995)、Galactose代謝(Holden et al., 2003)の生合成、さらにheteroglycan
や糖タンパク質(Silbert et al., 1995; Maeda et al., 2014)、糖脂質(Sandhoff et al., 1992)における
グルコース部分の付加に用いられている。これらは、細胞表層を構築するために必要な生理
物質である。
sll1558 の酸性ストレス下における転写量を定量するために、qRT-PCR を行った。sll1558
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は4時間の酸処理により約20倍転写量が増加した(Fig. 3-1)。この結果から、sll1558は酸性
ストレス耐性に関与することが示唆された。
MitschkeらによるRNA-Seq解析によると、sll1558は低温(15 ºC)や鉄、リン酸欠乏ストレ
スなど、多くのストレス下において転写量が増加することが報告されている(Mitschke et al.,
2011)。さらに、UV-B 照射によって、sll1558 の転写が促進されることも先行研究で明らか
にされている(Huang et al., 2002)。これらの結果からsll1558は酸性ストレスだけではなく、
様々なストレス耐性に関与することが示唆されている。
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Fig. 3-1 qRT-PCRによる酸性ストレス下でのsll1558の転写解析
対数増殖期まで培養したSynechocystisをpH 3.0で4時間処理した。縦軸は0 hにおける
転写量を基準とした、相対転写量を示す。独立に3回実験を行い、その標準偏差をSDとし
て記した。
38 3-1-2 sll1558株の構築
Synechocystisにおける酸性ストレス耐性とsll1558との関係を明らかにするために、sll1558
をKmrカセットで置換したsll1558欠損株の構築を試みた(Fig. 3-2)。
使用したプライマーをTable 3に記載した。sll1558の上流400 bpと下流600 bpを PCRで
増幅し、上流断片はEcoRI、 BamHIで処理し、下流断片はBamHI, HindIIIで処理した。EcoRI,
BamHIで処理した高コピープラスミドであるpUC19に上流断片をLigationにより挿入し、
JM109に形質転換してpUP1558を得た。pUP1558をBamHI, HindIIIで処理して下流断片を
挿入し、JM109に形質転換して pUP1558DNを得た。さらに pUP1558DNを BamHIで処理
し、pUC4Kから切り出したKmrカセットを挿入、形質転換してp1558を得た。Synechocystis
とp1558を相同組換し、20 µg/ml のKmを含む寒天培地で選別した。
先行 研究で Synechocystis はゲ ノムを複数保 持してい ることが明ら かにされ ている
(Labarre et al., 1989)。また、UDP-glucose pyrophosphorylaseはシアノバクテリアに広く保存さ
れており、UDP-glucoseの供給に必須であることから、生育や生存に必須の酵素であること
が一般的に知られている(Maeda et al., 2014)。
そこで、すべてのゲノムのsll1558がKmrカセットで置換されているかを確認するために、
野生株とsll1558株からゲノムを抽出し、PCRを行った(Fig. 3-3,4)。
はじめに、sll1558 の上流および下流領域にアニールするプライマーを用いて確認したと
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ころ、野生株では1本のバンドが、sll1558株では2本のバンドが確認できた(Fig. 3-4A)。Fig.
3-3A, 3-4Aで示すように相同組換領域を含むsll1558は2167 bpであり、Kmrが挿入された
時の2234 bpよりも短い。さらに、sll1558株には野生株と同じ2167 bpにバンドが存在する
ことから、sll1558株のゲノムにはsll1558とKmrの両方のパターンが存在することが明らか
になった。
次に、sll1558 遺伝子内にアニールするプライマーを用いてそれぞれのゲノムを鋳型とし
てPCRを行った(Fig. 3-3B)。野生株とsll1558株の両方に約200 bpのバンドが確認でき (Fig.
3-4B)、sll1558 株にsll1558が残留していることが示された。最後に、sll1558の上流領域と
Kmr カセットまたは Kmr カセットと sll1558 下流領域にアニールするプライマーを用いて
PCRを行った(Fig. 3-3C, D)。どちらもsll1558株にのみバンドが確認できた(Fig. 3-4C, D)。
これらの結果からsll1558株の少なくとも一部はKmrカセットが置換されていることが確認
できた。
以上の結果より、sll1558株は、sll1558遺伝子を完全に欠損しておらず、sll1558遺伝子は
完全欠損できないことが示唆された。そのため、UDP-glucose の供給に必要な UDP-glucose
pyrophosphorylaseは、必須の酵素であり、その酵素をコードするslll1558も生存に必須な遺
伝子であると考えられる。
遺伝子を完全に欠損させることができなくても、複数あるゲノムのうちの一部が Kmrカ
セットに置き換わることで、鋳型となるsll1558が減少し、転写されるmRNAの総量も減少
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する。そのため、ストレス感受性を示すこともある。そこで、sll1558株におけるsll1558の
mRNAの転写量をqRT-PCRによって測定した。
野生株とsll1558株にpH 3.0で4時間ストレスを与え、転写量を比較した(Fig. 3-5)。スト
レスを与えていない0 hでは野生株と変異株の転写量にほとんど差が見られなかった。しか
し、4 hでは野生株の転写量が約20倍に増加しているにも関わらず、sll1558株は転写量が
5倍程度であった。この転写量の違いがsll1558 株の酸性ストレスへの感受性の違いを引き
起こす可能性が考えられる。
41 Fig. 3-2 p1558の構築方法
42 Fig. 3-3 sll1558株の確認方法
野生株およびsll1558株の欠損確認におけるプライマーのアニール部位を図示した。図中
のDNAの長さはPCR産物の長さを表す。
43 Fig. 3-4 sll1558株の確認
sll1558が欠損していることを確認するためにPCRを行った。アガロースゲル電気泳動後、
エチジウムブロマイドで染色し、UVで発色させた。(A)-(D)はFig. 3-3に図示したプライマ
ーセット(A)-(D)に対応している。Markerにはそれぞれ、A;λ-BstPI, B-D ;Gene Ladder 100を 用いた。
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Fig. 3-5 qRT-PCRによる野生株およびsll1558株におけるsll1558の転写解析
対数増殖期まで培養したSynechocystisをpH 3.0で4時間処理した。縦軸は0 hにおける
発現量を基準とした、相対発現量を示す。Black barは野生株、White barはsll1558株を示す。
独立に3回実験を行い、その標準偏差をSDとして記した。
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3-1-3 酸性ストレス下での生育
Sll1558の転写上昇と酸性ストレス耐性との関連性を明らかにするため、構築したsll1558
株と野生株を通常培養条件であるpH 8.0および酸性ストレス条件であるpH 6.0で生育させ
た(Fig. 3-6)。pH 8.0では、sll1558株と野生株に有意な差は認められなかった(Fig. 3-6A, B)。
しかし、pH 6.0では、sll1558株は野生株と比較して有意に生育が抑制された(Fig. 3-6A, C)。
前項で述べたsll1558株におけるReal-time PCRの結果と合わせると、pH 8.0では、野生株
と比較して転写量に差が見られなかったことから、生育においても有意な差は認められな
かったが、pH 6.0 ではsl1558株の転写量が低下したために、生育が抑制されたと考えられ
る。sll1558 株では UDP-glucose の産生量が野生株よりも低下していると予想される。この
ため、glucose を利用する細胞外多糖や、UDP-glucose から合成される膜脂質の 1 つである
Sulfoquinovosyldiacylglycerol(SQDG)の合成に影響を及ぼし、酸性ストレス耐性が低下する可
能性が示唆された。
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Fig. 3-6野生株およびsll1558株の酸性ストレス下での生育
野生株およびsll1558株をpH 8.0 とpH 6.0 の液体培地(A)および寒天培地(B, C)で生育さ
せた。生育曲線はOD730を測定し、その値をプロットしたものである。寒天培地では1, 1/10,
1/100と希釈した。独立に3回実験を行った。(A)●:野生株pH 8.0、■:sll1558株pH 8.0、○:
野生株pH 6.0、□:sll1558株pH 6.0、(B) pH 8.0、(C) pH 6.0
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3-1-4 様々な環境ストレス下での生育
酸性ストレス耐性に関与する遺伝子としてこれまでに、Na+/H+対向輸送体の NhaS4 や、
光誘導性プロトン放出に関与するPxcAなどが報告されている (Wang et al., 2002; Sonoda et
al., 1998)。これらは塩ストレスや CO2,、NO3-の取り込みにも関与することが報告されてい
る。また他にも、酸性ストレス耐性に関与する脂質輸送タンパク質のSltA1やSlr0967、Sll0939
な ど も 塩 や 浸 透 圧 ス ト レ ス 耐 性 に 関 与 す る こ と が 明 ら か に さ れ て い る(Tahara et al.,
2012;Uchiyama et al., 2014)。
さらに前述したように、Sll1558 は細胞表層の構築に関わっている。細胞表層は様々な外
部ストレスに最も曝されている細胞の一部であることから、様々なストレス耐性と密接に
関わっている。
Sll1558が酸性以外のストレス耐性に及ぼす影響を確認するために、sll1558株を様々な環
境ストレス下で生育させた。sll1558 株と野生株を無機イオン過剰または欠乏下で生育させ
たとき、有意な差は認められなかった(personal communication)。0.5 M NaClをB-11培地に添
加した高塩濃度では有意に生育が抑制された(Fig. 3-7A)。高浸透圧(0.5 M sorbitol)ストレス下
においても、sll1558株は有意に生育が抑制された(Fig. 3-7B)。さらに、低温(20℃)または高
温(40℃)ストレスにもsll1558株は野生株よりも感受性を示した(Fig. 3-7C, D)。以上の結果か
ら 、Sll1558 は こ れ ら の ス ト レ ス 下 で の 生 育 に お い て 重 要 で あ る こ と が 示 さ れ た 。
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Synechocystis は 塩 や 浸 透 圧 ス ト レ ス に 曝 さ れ る と 、 適 合 溶 質 と し て Sucrose や
glucosylglycerol(GG)を合成する(Reed and Stewart, 1985)。SucroseはFluctoes-6PにUDP-glucose
が作用してsucrose phosphateを経て合成されるが、GGはglycerol-3-phosphateにADP-glucose
が作用してglucosylglycerol phosphateを経て合成される(Pade and Hagemann, 2014)。先に述べ
たように、Sll1558 はUDP-glucoseの合成に関与しているため、sll1558株では UDP-glucose
が減少し、適合溶質であるSucroseの合成ができない、または合成量が減少したために、塩
や浸透圧ストレスに感受性を示した可能性がある。
また、MitschkeらによるRNA-Seq解析によると、低温(15 ºC)ストレス下におけるsll1558
の転写量は対数増殖期における転写量と同等である(Mitschke et al., 2011)。しかし、sll1558
株は低温環境下で生育が抑制されたことから、sll1558 の転写量の低下が低温ストレス耐性
に影響した可能性が示唆された。高温(42 ºC)ストレス下においてはsll1558の転写量が低下
している (Mitschke et al., 2011)。
Synechocystis に 重 要 な 膜 脂 質 で あ る monogalactosyldiacylglycerol (MGalDG) と
digalactosyldiacylglycerol (DGalDG)の合成には、diacylglycerol (DG)から一度 monoglucosyl
diacylglycerol (MGluDG)を経由するが、このときglucoseの供与体となるのがUDP-glucoseで
ある。また、SQDGはUDP-glucoseからUDP-6-sulfoquinovoseを経由して合成される。その
ため、UDP-glucoseはMGalDG、DGalDG、SQDGの合成に関与しており (Awai et al., 2014)、
Sll1558 の転写量の低下により膜脂質の合成に不都合が生じ、高温ストレス下で生育が抑制