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第 1 章 健常犬の脳における MRS の基礎的検討

4. 考察

1)年齢による違い

本研究では若齢犬群(2か月齢)、成犬群(3-5歳齢、平均4.5歳齢)および老

齢犬群(12歳齢)の間に NAA/Cr 比の有意差は認められなかった。これは評価

した年齢群のすべてにおいて神経細胞の数に差が無かったことによるものと考 えられる。犬における生後の脳発達では、神経細胞密度の増加よりも髄鞘形成が 主体であるため、本研究で用いた若齢犬の脳では成犬と同等の神経細胞数に達

していたと予想される(Stiles et al., 2010、Gross et al., 2010)。

人および動物の脳における正常な加齢の過程では、明らかな神経細胞の喪失 は起こらない。しかしながら、髄鞘の変性および脱落、グリオーシス(グリア細

胞の増殖および線維化が起こった状態)が起こることが知られている(Shimada

et al., 1992、Mouton et al., 1994、Nichols, 1999、Insua et al., 2010、Pannese, 2011、

Chambers et al., 2012)。さらに、認知機能障害を示す老齢犬の脳では若齢犬と比

較してノルアドレナリン作動性神経細胞の数が減少する一方で、健常な老齢犬

の脳では明らかな神経細胞の喪失は観察されなかったと報告されている(Insua

et al., 2010)。この研究では立体的解析を行なっており、認知機能障害を示す老齢

犬の脳における神経細胞数が、障害を示さない老齢犬よりも 23%減少していた

としている。本研究で用いた老齢犬は健常であり昼夜逆転、徘徊などの認知機能

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障害を示していなかったため、神経細胞の喪失は起こっていなかったと予想さ

れる。認知機能障害を示す犬の脳では NAA/Cr 比の低値(人と同様)が予測さ

れ、MRSが補助的診断法として使用できる可能性が考えられる(Westman et al.,

2011)。

若齢犬群において他の群と比較してCho/Cr比が有意に高値であった理由とし

て、Choの上昇が考えられる。2か月齢の犬の脳では、生後発達として軸索の髄

鞘化が起こっており、細胞膜生成が亢進している。これに伴い細胞膜生成に必要

である Cho が産生され、細胞内の濃度が上昇する。よって、若齢犬群において

認められたNAA/Cho比の有意な低値も、同様に脳の発達に関連していると考え

られる。老齢犬群において認められたNAA/Cho比の有意な低値は、髄鞘の脱落

のような加齢性変化に関連していると考えられる(Gujar et al., 2005、Chambers et

al., 2012)。これは細胞膜が崩壊することにより、細胞膜構成要素である Cho が

放出され Cho 濃度が上昇するためである。さらに、星状膠細胞は高濃度の Cho

を含有していることから、老齢犬のNAA/Cho比にグリオーシスが影響している

可能性がある(Urenjak et al., 1993)。

2) 部位による違い

小脳では他の部位と比較して有意な NAA/Cr 比の低値を示した。最近の研究

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では、人およびラットの小脳において他の部位と比較してCr濃度が高いことを

示しており、他の代謝物質/Cr 比を過小評価する可能性があると報告している

(Mayer et al., 2007、Zahr et al., 2013)。小脳における高濃度のCrは、他の部位と

比較してエネルギー要求が大きいことを示唆している(Zahr et al., 2013)。本研

究においても、局所的なCr濃度の高値が小脳におけるNAA/Cr比の低値に寄与

していると考えられる。また、小脳のCho/Cr比について、後頭葉と有意差は認

められないものの同様に影響を受けている可能性がある。従って、小脳において

対Cr比を用いて代謝物質を評価する場合には、過小評価している可能性を考慮

する必要がある。

健常な成人において、前頭葉領域の Cho 濃度が他の部位と比較して高いこと

が報告されている(Degaonkar et al., 2005)。この理由は明確に解明されていない

が、おそらく脳の領域ごとにおける細胞組成の違いを反映していると考えられ

ている。例えば、グリア細胞は神経細胞よりも高濃度の Cho を含有しているた

め、各領域のグリア細胞と神経細胞の比率の違いが Cho の量に影響を及ぼして

いると考えられる(Urenjak et al., 1993)。本研究において、他の部位と比較して

前頭葉で有意なCho/Cr比の高値を認めており、この領域におけるCho濃度が関

与していると考えられる。また、前頭葉において他の部位と比較したときに

NAA/Cr 比に有意差が認められないことから、NAA/Cho 比の有意な低値は、高

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いCho濃度に起因すると考えられる。

3) Cho/Cr比の高値

本研究におけるCho/Cr比(1.18 – 2.39)は過去に報告されている健常成人(0.26

– 0.50)よりも高値であった(Gruber et al., 2008)。この違いの理由として、動物

種の差が考えられる。しかしながら、過去に報告されている犬の脳におけるMRS

の研究では、Cho/Cr比が0.22であり、健常成人の数値に近い結果であった(Barker

et al., 1994)。 MRSは麻酔プロトコルの影響を受けるということが報告されてい

るが、Cho濃度の絶対値もしくは推定値に影響するとの記載はない(Zhang et al.,

2009、Lee et al., 2010、Makaryus et al., 2011)。しかしながら、本研究において麻

酔プロトコルの影響は除外できていない。さらに、異なるMRI装置を用いたこ

とによる影響も考えられるが、本研究におけるCho/Cr比の高値の理由は不明で

ある。

4) Lac・Alaの検出

Lacは嫌気的解糖の終産物であり、梗塞による低酸素状態、腫瘍、炎症性脳疾

患、乳酸アシドーシス、心停止からの回復、新生児低酸素症といった様々な脳疾 患の存在により検出される(Byrd et al., 1996、Gujar et al., 2005、Soares et al., 2009、

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Barker et al., 2010)。Alaはしばしば髄膜腫および脳膿瘍の特異的な指標として考

えられており、これらの病変が持つ独特のアミノ基転移経路により上昇する(Lai

et al., 2007、Chernov et al., 2011)。本研究で用いた1.5T装置によるMRSでは、

LacとAlaを分離することができなかった。この2つの代謝物質が同時に存在し

ていた場合、スペクトルでは約1.5 – 1.3 ppmにベースライン下に反転した三峰

性のピークが出現する。本研究ではLacおよびAlaとして報告しており、いくつ

かの領域においてわずかに検出されていた。この理由として、ボクセル内に脳室 内の脳脊髄液が混入したことが考えられる。脳脊髄液には血清と平衡状態を保

った状態で微量のLacが含まれているためである(Nagae-Poetscher et al., 2004、

Stoop et al., 2010)。

5) 技術的制限

本研究で用いたMRSプロトコルにより、犬の前頭葉、後頭葉および小脳から

代謝物質のスペクトルを得ることができた。犬の脳は人よりも小さいため、いく つかの領域ではボクセルを目的の部位の中心に設置しようとすると頭蓋骨、皮 下脂肪もしくは洞(例:前頭洞)といった脳以外の組織を含む可能性がある。こ れらを含んだ場合、信号が乱れてノイズが起こるためスペクトルの質が低下す る(Byrd et al., 1996、Gujar et al., 2005、Soares et al., 2009、Barker et al., 2010)。こ

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のためボクセルは目的とする部位の中心からやや動かさなければならない。し かしながら、大きく動かすと目的外の脳組織を含んでしまい、測定結果の正確性 が低下する。本研究において、このような場合は脳と脳以外の組織(例:前頭洞 内板)の境界付近にボクセルを設置することでこれらの現象を防ぐことができ た。

本研究において、脳以外の組織の含有および目的とする部位からの逸脱を防 ぐため、先述した方法でボクセルを設置した。若齢犬は成犬と比較して脳が小さ

いため、MRSを実施する場合は注意が必要である(図1)。本研究で用いたボク

セルは約3.4 cm3であり、これは若齢犬群の脳において各部位を測定できる最大

の大きさである。これよりもボクセルを小さくした場合、良質なスペクトルを得 るために積算回数を増加する必要があり、結果として測定時間が延長するため

臨床現場において妥当でないと考えられる。例えば、ボクセルを1.7 cm3に縮小

すると撮影時間は1か所につき17分に延長する。また、犬の脳において、大き

さは大型犬と小型犬でもあまり変わらないが、長頭種と短頭種では形に違いが あることがわかっており、犬種により測定できる部位が限られる可能性がある

(Roberts et al., 2010)。本研究において測定は細心の注意を払って行なった(ボ

クセルの位置、信号ノイズ比の予測値、水の半値幅およびスペクトルの乱れの有 無)。

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もう1つの制限として、本研究では実際の代謝物質濃度ではなくCrを基準と

した代謝物質比を解析していることが挙げられる。脳のCr濃度は比較的安定し

ていると考えられており、代謝物質/Cr比は多くの研究において評価法として用

いられている(MacKay et al., 1996、Rudkin et al., 1999、Broom et al., 2007、Chernov

et al., 2009)。しかしながら、統計学的に有意差を評価できていないものの、今回

のMRSの結果は、各年齢群(若齢犬、成犬および老齢犬群)の小脳においてCr

濃度が高いことを示唆している。この結果は小児、成人および高齢者に対しMRS

を行なった過去の報告と同じである(Costa et al., 2002、Baker et al., 2008、Zahr et

al., 2013)。最近の研究では、健常な人の脳において灰白質が白質と比較してより

高濃度のCrを含有していることが示されている(Degaonkar et al., 2005)。この

違いは灰白質におけるエネルギー要求および神経細胞のミトコンドリア密度が

高いことによると考えられている(Degaonkar et al., 2005)。犬においても同じで

あると予測されるが、本研究で用いた1.5TのMRI装置では灰白質と白質を分け

て測定することが不可能であり、これを調べるにはより高磁場の装置が必要で ある。若齢犬群における小脳のボクセルは他群と比較して灰白質を多く含む傾 向がみられたため、若齢犬群における小脳の結果はボクセル内の灰白質が多い ことによる Cr 濃度の違いから影響を受けている可能性がある。しかしながら、

成犬および老齢犬群の小脳においてもCr濃度が高いことが示唆されているため、

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