第 1 章 健常犬の脳における MRS の基礎的検討
5. 小括
犬の脳におけるMRSに関していくつか報告はあるものの、年齢および撮影部
位による代謝物質の違いの検討は行なわれていない。そこで、本章ではMRSを
犬の脳において適切に使用するために、臨床的に健常なビーグル犬15頭を用い
て代謝物質の変化を評価した。犬は 5 頭ずつ若齢犬群、成犬群および老齢犬群
の3群に分類し、測定部位は前頭葉、後頭葉および小脳の3か所とした。一般身
体検査、神経学的検査およびMRI検査にて脳に異常が無い事を確認したのち、
MRSの測定領域であるボクセルをそれぞれ設置した。ボクセルの位置を決定す
る際は、脳以外の構造物(頭蓋骨、皮下脂肪もしくは洞)や目的とする部位以外 の脳組織を含まないように注意を払った。
全ての年齢群および脳の部位においてMRSは実施可能であり、それぞれの変
化を示すことができた。若齢犬群において、他群と比較してCho/Cr比の有意な
高値およびNAA/Cho比の有意な低値が認められた。生後の脳発達に伴う髄鞘の
形成により細胞膜の生成および破壊サイクルの亢進が起こることから、高いCho
濃度に起因すると考えられる。一方老齢犬群において、他群と比較してNAA/Cho
比の有意な低値が認められた。加齢性変化に伴う髄鞘の脱落、星状膠細胞(Cho
を多く含有する)が増殖するグリオーシスが起こることから、Cho濃度が上昇し
ていたためと考えられる。前頭葉において、他の部位と比較してCho/Cr比の有
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意な高値および NAA/Cho 比の有意な低値が認められた。これは前頭葉の高い
Cho 濃度に起因し、他の部位との細胞組成の違いを反映しているものと考えら
れる。また、小脳において、他の部位と比較してNAA/Cr比の有意な低値が認め
られた。小脳は他の部位よりもエネルギー要求量が高いためCr濃度が高かった
と考えられる。LacおよびAlaは数頭で検出されたが、有意差は認められなかっ
た。全頭においてLipは検出されなかった。
本研究では犬の脳における健常データを得ることができ、これを各脳疾患と 比較検討することで犬の脳疾患診断におけるMRSの有用性を検討できると考え
られた。
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第2章
脳腫瘍罹患犬におけるMRSの有用性の検討
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1. 緒言
北米における報告によると、犬の脳腫瘍の発生は10万頭に14.5頭であり、
全腫瘍の約3%を占めると報告されている(Zaki, 1977、Snyder et al., 2006)。犬
の原発性脳腫瘍のうち、髄膜腫がもっとも一般的(約45%)であり、次いでグ
リオーマが多い(約20%)(Priester et al., 1971、Kraft et al., 1997、Bagley et al.,
1999)。髄膜腫はクモ膜由来の腫瘍であり、WHO分類では9つの組織学的サブ
タイプに分類される。MRI検査では脳の辺縁に境界明瞭な腫瘤性病変を認め、
造影T1強調画像にて腫瘍に接する髄膜が造影剤により増強され、髄質と比較
して高信号を示す所見(デュラルテールサイン)を呈することが多い(Graham
et al., 1998、Wisner et al., 2011)。このような所見から、髄膜腫は比較的MRI検
査により診断しやすいが、中にはデュラルテールサインを伴わないもの、脳へ
の浸潤のため境界不明瞭なものが存在する(Graham et al., 1998、Sturges et al.,
2008、Wisner et al., 2011)。また、デュラルテールサインは髄膜腫に特異的な所
見ではなく、硬膜に近接して発生した腫瘍や炎症によっても認められる
(Mellema et al., 2002、Tamura et al., 2009、Palus et al., 2012)。そのため、いくつ
かの髄膜腫症例ではMRI検査単独による診断が困難な場合がある。
グリオーマはグリア系細胞(星状膠細胞、希突起膠細胞など)由来の腫瘍で ある。MRI検査では脳実質内に腫瘤性病変を認め、嚢胞様病変、T1強調像に
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て低~等信号、T2強調像にて高信号、造影T1強調像にてリング状の増強を呈
すことが多い(Young et al., 2011)。しかしながら、犬におけるグリオーマ症例
の約1/3が造影剤によりリング状に増強されなかったという報告がある
(Ródenas et al., 2011)。さらに、造影T1強調像におけるリング状の増強は、脳
膿瘍症例においても認められる所見であり、診断が困難である場合がある
(Mateo et al., 2007、Bilderback et al., 2009)。
上記の2つの腫瘍を含め様々なMRI所見を呈する腫瘍として、転移性腫瘍が
ある。北米において犬の続発性頭蓋内腫瘍177例を調査した報告では、血管肉
腫の転移が29%ともっとも多く、次いでリンパ腫および転移性癌がそれぞれ
12%の発生率であった(Snyder et al., 2008)。転移性腫瘍内の毛細血管は血液脳
関門を有さないため、造影T1強調像にて増強される(Atlas., 2002)。しかしな
がら、様々なMRI所見を呈するため他の腫瘍との区別が困難な場合がある。人
では様々な脳腫瘍症例に対しMRSが臨床応用されており、腫瘍性病変と非腫
瘍性病変の診断、腫瘍の組織学的分類、予後の予測や治療効果判定における
MRSの有用性が報告されている(Majós et al., 2004、Lai et al., 2007、Wilson et
al., 2013)。しかし、犬の脳腫瘍診断および鑑別におけるMRSに関する報告は
無い。本章の目的は、犬の脳腫瘍症例に対してMRSを行ない、健常犬データ
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を含め各脳腫瘍を比較検討することで、犬の脳腫瘍診断におけるMRSの有用
性を検討することである。
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2. 対象および方法
1) 対象
脳腫瘍症例
2010年12月から2013年8月までの間に日本大学附属動物病院に来院し、
MRI検査で前頭葉から側頭葉領域に腫瘍が認められ、外科的切除術もしくは剖
検を行ない病理組織学的診断が下された髄膜腫群7例(年齢8 – 12歳齢;平均
年齢9.7歳齢、体重2.4 – 20.85 kg;平均8.66 kg)、グリオーマ群5例(年齢5 –
9歳齢;平均年齢7.2歳齢、体重8 – 17 kg;平均12.57 kg)、転移性腫瘍群4例
(年齢10 – 12歳齢;平均年齢10.8歳齢、体重2.22 – 6.8 kg;平均4.97 kg)の
16例を対象とした。
健常群
症例の平均年齢が9.7歳齢であることから、健常群として第1章において得
られた老齢犬群の前頭葉データを健常群として用いた。
2) 麻酔
前投与として、アトロピン(0.04㎎/㎏ SC)、ジアゼパム(0.2㎎/㎏ IV)を
投与した。プロポフォール(5㎎/㎏ IV)により導入した後、気管内挿管を行
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ない、人工呼吸にてイソフルラン-酸素の吸入麻酔で維持した。犬を腹臥位にし
て、頭部が撮影コイルの中心部となるように保定した。
3) 検査
第1章と同じMRI装置(EXELART Vantage, 東芝メディカルシステムズ, 東
京)およびMRSソフトウェア(MRS-PRO/SX, 東芝メディカルシステムズ, 東
京)を用いた。全身麻酔を施し、犬を腹臥位にして撮影コイルの中心に頭部が
位置するように保定した。先にT2強調像、T1強調像およびFLAIR像の矢状
断、横断および水平断像を撮影した。T2強調像を用いて、可能な限り腫瘍の中
心部にボクセルを設置し、MRS撮影を行なった。得られたスペクトルにおける
信頼性の判断基準は第1章と同じとした。算出項目はNAA/Cr比、Cho/Cr比、
Lac・Ala/Cr比、Lip/Cr比およびNAA/Cho比の5つとした。MRS撮影完了後、
ガドリニウム造影剤による造影T1強調像を撮影し、撮影終了とした。外科的
切除により摘出された腫瘍組織は、10%中性緩衝ホルマリンを用いて固定し、
病理組織学的に評価および診断した。
4) 統計処理
髄膜腫群、グリオーマ群、転移性腫瘍群および健常群の比較には Kruskal‐
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Wallis 検定を用い、ポストテストとして Dunn’s 検定を用いた。結果は P < 0.05
の時に有意差ありと判断した。統計処理にはGraphPad Prism 6(GraphPad Software,
Sandiego, CA, USA;www.graphpad.com)を用いた。
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3. 結果
症例の内訳は、髄膜腫7例(線維性4例、移行性1例、髄膜皮性1例、髄膜腫
[分類困難] 1例)、グリオーマ5例(星状膠細胞腫3例、グリオーマ[分類困難]
2例)および転移性腫瘍4例(起源不明の上皮系腫瘍1例、鼻腔内腺癌2例、
鼻粘膜由来の悪性上皮系腫瘍1例)であった。各症例の詳細は表1に示した。
各群より得られた代謝物質比を表2、スペクトルを図1-図3に示した。
髄膜腫群において7例中5例でLac・Alaが検出されたものの、他の代謝物
質も含め健常群と有意差は認められなかった。グリオーマ群において全症例で
Lac・Alaが検出され、健常群と比較してLac・Ala/Cr比が有意に高値であった
(P = 0.006)。また、統計学的に有意な差ではないものの、Cho/Crが高値を示
す傾向およびNAA/Cho比が低値を示す傾向といったChoの上昇を示唆する所
見が認められた。転移性腫瘍群において、健常群(P = 0.034)および髄膜腫群
(P = 0.004)と比較してNAA/Cho 比の有意な低値を示した。また、転移性腫
瘍症例では、4例中2例で他群には認められなかったLipが検出された。
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表1:脳腫瘍症例のプロフィール
サブタイプ 壊死 髄膜腫
1 ポメラニアン 8 雌 2.4 線維性髄膜腫 -
2 パピヨン 8 避妊雌 3.45 移行性髄膜腫 -
3 ワイマラナー 12 避妊雌 20.85 線維性髄膜腫 - 4 シェットランド・シープドッグ 10 避妊雌 12 髄膜皮性髄膜腫 -
5 ミニチュア・ダックスフンド 9 雌 5 分類困難 -
6 トイ・プードル 11 去勢雄 5.95 線維性髄膜腫 - 7 ウェルシュ・コーギー・ペンブローク 10 避妊雌 11 線維性髄膜腫 - グリオーマ
1 フレンチ・ブルドッグ 8 雄 13.95 分類困難 + 2 フレンチ・ブルドッグ 5 避妊雌 8 星状膠細胞腫 - 3 フレンチ・ブルドッグ 7 去勢雄 17 星状膠細胞腫 - 4 フレンチ・ブルドッグ 9 去勢雄 13.34 星状膠細胞腫 - 5 フレンチ・ブルドッグ 7 雌 10.55 分類困難 - 転移性腫瘍
1 シー・ズー 11 去勢雄 5.8 上皮系腫瘍 -
2 ジャック・ラッセル・テリア 10 去勢雄 6.8 鼻腔内腺癌 -
3 マルチーズ 12 雄 5.04 鼻腔内腺癌 +
4 チワワ 10 避妊雌 2.22 鼻粘膜由来の -
悪性上皮系腫瘍 病理組織学的検査
症例 犬種 年齢 性別 体重
(kg)