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ここまで、サンドウィッチマンのネタとしゃべくり漫才をはじめとするネタを「ツッコ ミ」「ボケ」「笑い」の比較を通して考察してきた。分析から分かったことをコンビごとに まとめる。ただし、サンドウィッチマンは主にしゃべくり漫才との比較を通した考察につ いて言及する。

〇夢路いとし・喜美こいし

「情報非付加」型のツッコミが多く、中でも「否定」型が多くなっていた。これは、日 常会話に近い形のテンポやリズム感を保持するためだといえた。

また、ボケの後にしっかり「間」をとっていたり、ボケで笑いが起きていることが多か った。少ない言葉で確実に笑いに繋げるためにボケ単体に焦点が当たっており、ツッコミ はさらにボケを展開するというよりは、ボケのおかしみの発言を引き出してたしなめると いうように、ボケにしっかり着目させ笑いどころを提示する役割を担っていた。

さらに特徴として、同じ展開を3度繰り返すことでオチにあたるボケを観客に予測さ せ、期待感をあおり笑いを増幅させていたことも確認できた。

〇オール阪神巨人

夢路いとし・喜美こいし同様、「情報非付加」型のツッコミが多く、中でも「否定」型 が多い結果となった。これは、日常会話に近い形のテンポやリズム感を保持するためと言 えた。

また夢路いとし・喜美こいし同様、ボケの後にしっかり「間」をとっていたり、ボケで 笑いが起きていることが多く見られた。

さらに、ツッコミとボケの割合が半々に近く、ネタごとやネタの最中にツッコミ役とボ ケ役が入れ替わることも多いことから、ツッコミ役とボケ役のバランスの良いコンビと言 えた。

本来ツッコムタイミングで、ツッコミ役が観客や第三者に向けてボケを補足するような 発言をしている場面も多々確認された。他にも観客に向けた発言があり、舞台上の2人だ けの世界・会話ではなく、観客など第三者に直接話しかける漫才になっている特徴もあっ た。

〇中川家

夢路いとし・喜美こいしやオール阪神巨人同様、日常会話に近い形のテンポやリズム感 を保持できるように「情報非付加」型のツッコミが多く、中でも「否定」型が多くなって いた。

加えて、サンドウィッチマン同様一部コントインしたネタのため、「訂正+否定感想」

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型や「訂正+情報再提示」型のツッコミが比較的多くなっていた。また、ボケに被せるよ うなツッコミも多々見られ、ツッコミによる笑いが多い傾向にあった。

〇銀シャリ

「情報付加」型と「情報再確認」型の合計した割合が最多となった。これは、突然性を 持ったツッコミ(「情報非付加」型)でボケに着目させたうえでツッコミのターンを作り出 し、ツッコミ役の橋本が長尺で話し、ボケを例えるなど情報を付け加えるだけでなく様々 な角度から吟味し、ボケをさらに展開し笑いを作り出す銀シャリの特徴からくるものであ った。そのため、ツッコミでの笑いが多かった。さらにツッコミの中でも「否定感想+情 報再提示」型のツッコミが特徴として挙げられた。このツッコミによって、ボケ役の鰻の 知ったかぶりな態度や答えが分かり切った題材を雑学として披露しようとするおかしさを 提示し、観客に再確認させることで笑いを誘発していると考えられた。

ボケでは、チュートリアルに似てボケ役の鰻が話題に対して熱っぽく語るという特徴が あるため、「唐突な深刻さ」「ズレ3」が多くなっていた。さらに、披露する雑学が常識と 異なる点から「ズレ2」も多く見られた。

〇チュートリアル

「情報再確認」型が断トツで少ない結果となった。これは、ツッコミ役の福田が妄想を 加速させていく徳井の言動に振り回されているという体のため、今まさに目の前で起きて いることや徳井の言動に対して「今やっていることはおかしいぞ・どういうことだ」とそ の都度見たままにツッコミを入れる形式のためであった。またツッコミ役の福田は、暴走 するボケ役の徳井に振り回されつつも絶妙な温度で観客の代弁者となったり時には取り合 わず流すことで徳井の存在の異質さを際立たせていた。

ボケでは、「唐突な深刻さ」「ズレ3」が多く、一般的な話題に対して熱っぽい論調で弁 じたてるあまりのそぐわなさ・展開される話の情報の誇張されたズレがおかしみを増幅さ せていた。そして全体として、単発のボケやギャグではなくボケ役の徳井の存在自体がボ ケになっている特徴を持っており、ボケでの笑いが多い結果となった。

チュートリアルのこの漫才形式は、「妄想漫才」ともいわれ、妄想を加速させてく徳井 にライトを当て、福田が絶妙な距離感でツッコミを入れていくという対比におかしみが生 まれる漫才となっていた。また、他の漫才では掛け合いが双方向であるのに対し、チュー トリアルは一方的な掛け合いであるという特徴もあった。

〇サンドウィッチマン

1つのネタにおけるツッコミの回数が平均76回と断トツで多い。中でも、「情報付加」

型のツッコミが過半数を占めている。また、「情報付加」型と「情報再確認」型の合計が 銀シャリに次いで多い。このことから、ボケのおかしみが分かる人、分からない(気づかな

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い)人、知らない人のそれぞれの理解段階にある観客にボケのおかしみが分かるように、ツ ッコミでボケを補填・イメージ化していることが分かる。ツッコミを詳しく見ていくと、

しゃべくり漫才はテンポとリズム感を重視した「否定」型が多いのに対し、「否定感想」

型が多く観客の代弁をすることによって笑いを誘発していることが分かった。また、「訂 正+否定感想」型と「訂正+情報再提示」型がしゃべくり漫才に比べ、多く見られた。こ のことから、コントインしているサンドウィッチマンは次の展開に移行するためにボケに やり直しを指令することによって、軌道修正を行い話の筋に戻ってこさせていることが分 かった。他にも多彩なツッコミを状況に応じて使い分けており、笑いに直接は繋がること が少ないがネタの進行や観客の理解を促すために、またボケがボケとして機能するために 重要なツッコミが多くちりばめられていることが分かった。

サンドウィッチマンは、ツッコミで笑いを取ることが多いことも分かった。しゃべくり 漫才はボケの後に少し「間」を取ることが多かったが、サンドウィッチマンはツッコミの 後に笑いのための「間」を取っていた。また、ボケにかぶせるようにツッコミを入れるシ ーンも多く、観客がボケを認識するや否やツッコミを入れることでボケのおかしみを増幅 させたり笑いを誘発していることが分かった。

一方ボケでは、ツッコミ同様比較的バランスよく様々な種類のボケが出現していること が確認できた。中でも、「言葉遊び」「勝手な決めつけ」「突き放し」が特徴として確認さ れた。ツッコミ役の伊達の見た目や強気な言い草を「フリ」にしたものが多く、立場が逆 転することによるおかしみやギャップによる緊張の緩和、笑いやすい空気感を作り出すこ とに成功していた。

ツッコミ・ボケ共に冒頭やネタ時間・場所に応じた言い方の変化を除いて漫才・コント 間で大きな違いはなかった。さらに、役に2人共が入り込んでしまうのではなく、常に片 方は観客の代弁者の立場をとっており、演劇的なコントとは異なる形式であることも分か った。このことが、サンドウィッチマンの大きな特徴の1つである漫才とコントをそのま ま置き換えて行うことが出来る理由になっていた。

ここまで、それぞれのコンビが如何におかしみを生み出し観客に伝達し、笑いを誘発・

増幅させているのかを見てきた。

ではここで、ネタにおいて笑いが生じるいわゆる「ウケる」状態の反対にあたる「スベ る」という状態について考えたい。笑いを誘うコミュニケーションについて言語表現を軸 に解明した清原裕登は以下のように述べている。

演者が笑わせたい意図をもって表現を行ったのにもかかわらず,観客の反応が 乏しいとき、これを「スベる」といい、漫才における目的は未遂となり、演者に とっての失敗である。この「スベる」ことが、漫才のコミュニケーションにおい て特に重要である。

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意図したものが伝わらないということは,いかなる要因によって起こるか。漫 才の場合は意図や目的がはっきりしているため、その要因は大きく以下の三点に なると考える。

【漫才における「スベる」要因】

① 演者側が意図したことに対する伝達内容,あるいは表現の不備

② 観客側の非協力的態度

③ 演者側の意図したことに対する伝達内容と,観客側の協力による解釈との 不一致

①は、演者の漫才における表現技術の問題であって、表現におけるそもそもの たどたどしさなどが挙げられる。②は観客としての協力が得られていないわけで あるから、漫才を行う以前の、コミュニケーションを設定する時点での失敗であ る。1.2にて記した、昭和初期における漫才への野次がこれにあたる。

③は、伝達内容が、観客の解釈によって意図したものとは異なるものとして受 け取られた場合であって、不運なる失敗である。したがって、漫才において、演 者の表現の努力や、観客の協力があったとしても、伝達が必ず成功するわけでは ない。

(清原裕登『漫才における言語生活論』p.8-9

https://kwansei.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_vie w_main_item_detail&item_id=14767&item_no=1&page_id=30&block_id=85)

清原は、「漫才において、演者の表現の努力や、観客の協力があったとしても、伝達が 必ず成功するわけではない。」と述べているが、笑いを届ける者としては、その事態を出 来る限り回避することが不可欠である。では、サンドウィッチマンは「スベる」ことを如 何に回避しているのか。先の考察を基に考える。

まず要因①についてである。いうまでもないが、彼らは漫才の技術が高く、たどたどし さなど微塵も感じない。これは練習量などで補うことができる部分である。次に要因②の 回避についてである。清原の言うような漫才中に客席から野次が飛んでくることは近年滅 多に見られず、漫才の普及に伴って会場としての観客の協力体制は整っている。それに加 えて重要なのがそれぞれのコンビに対する協力体制である。サンドウィッチマンは、特に 伊達の強面でガタイのいい見た目や強気な言い草を「フリ」にして、ネタの冒頭や最中に 伊達の見た目をいじるボケを盛り込むなどして親近感を生み、観客の協力体制を作り出し ているため、要因➁の観客の非協力体制によるスベリが起きにくい。また要因➂は、ツッ コミで様々な手を駆使して情報を付加したり再確認することによって、ボケのおかしみを あらゆる角度から吟味して伝達しようとしており、観客の解釈との差が生じることを回避 している。そしてこれらは、一定の層に向けてのモノではなく、あらゆる客層(理解段

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