第二章 カニクイザル新鮮肝細胞及び凍結肝細胞における薬物代謝酵素関連
2.4 考察
本研究では,カニクイザルから調製した新鮮及び凍結肝細胞を用いて,薬物 代謝酵素遺伝子のmRNA発現レベルの違いについて比較した.培養初日では,
25遺伝子のうち 19遺伝子において,凍結肝細胞よりも新鮮肝細胞で mRNA レ ベルが高く発現していた(Table 6).しかし,ほとんどの遺伝子は新鮮及び凍結 肝細胞で培養期間中ほぼ同等に発現し,明らかな違いはみとめられなかった.
本実験では,同じ個体から得られた新鮮及び凍結肝細胞のmRNA発現レベル について検証しようと試みたが,凍結肝細胞はおいて解凍後の細胞生存率及び 接着効率が低く,長期培養には不向きであった.そのため,細胞生存率と接着 率が確認できており,長期培養も問題ないと思われた別個体の凍結肝細胞を使 用した.培養28日間のmRNA発現レベルの経時変動を評価したところ,細胞源
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として異なる 3 個体を使用したにもかかわらず,それぞれの肝細胞で明らかな 違いはみとめられなかった.UGT1A8及びMRP2 mRNA レベルにおいて,3 個 体のうち 1 個体のみが培養期間中で異なる変動パターンを示すなどの個体差が みられたが,UGT1A8はmRNA発現レベルが極めて低いことにより細胞の状態 による影響を受けやすいことが原因として考えられた.また MRP2 は胆管側の 細胞膜上に局在する排出トランスポーターであることから,小型肝細胞の増殖 と成熟化が個体間で不均一に進行し,毛細胆管の形成に伴いMRP2のmRNA発 現量に個体差が生じた可能性も考えられた.他の遺伝子については個体差によ る明らかな違いはみられなかった.よってカニクイザル肝細胞は,異なる個体 を由来としても同じ培養条件においてはmRNAレベルは似たような挙動を示す ことが示唆された.しかし,短期間の培養におけるmRNAレベルの変動につい ては,さらなる検証が必要と考える.
本実験では雌のカニクイザルも使用しており,培養初日における CYP1A1 及
びCYP1A2のmRNA発現レベルは雄の方が高いレベルを示していた.しかしこ
れまでの報告によると29-32),薬物代謝酵素のmRNA発現レベル及びミクロソー ム酵素活性は,カニクイザルにおいて性差がないことが示されている.培養期 間中における雄と雌のmRNA変動パターンにおいて明確な違いがなかったこと から,性差については考慮しなかった.
さらに,単層培養,マウス線維芽細胞と共存させた3Dスフェロイド培養及び 共培養法について,mRNA レベルの経時変動についても検証した.従来法であ る単層培養は医薬品開発段階においてはスタンダードな手法とされている.近 年,単層培養は新たに開発された3D培養システムの有用性を検証するための比 較コントロールとして用いられることが多い.実際に,今回の3Dスフェロイド 培養法は,単層培養と比較して,アルブミンや CYPs の mRNA 発現レベルや
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γ-GTPの漏出などを含めて,高い肝機能の維持を可能としている.本実験では,
単層培養とは異なり,3Dスフェロイド培養と似通った結果を示す,肝細胞とフ ィーダー細胞による共培養法とも比較した.この結果は,フィーダー細胞の存 在により改善がみられた肝細胞の接着率にも寄与し,3Dスフェロイド構造を形 成するよりも,肝細胞とフィーダー細胞との相互作用がより重要であることを 示唆している.肝臓は,主に肝実質細胞,星細胞,類洞内皮細胞,クッパー細 胞から構成されているが,このうち星細胞はコラーゲンなどの細胞外マトリッ クスや,サイトカイン,増殖因子などを分泌し細胞増殖に関わっている.フィ ーダー細胞である繊維芽細胞からも,サイトカイン等の液性因子が分泌され,
肝細胞の接着や機能維持に大きく関与していると考えられ,フィーダー細胞の 存在が非常に有用であることが示唆された.例外として,CYP1A1及びUGT1A1 のmRNA発現レベルはいずれも共培養法において速やかに減少した.この結果 の理由についてはさらに検証が必要である.
カニクイザル肝細胞を単層培養で培養中に,培養 7 日目で小型肝細胞が確認 され,コロニー様に増殖が見られた.この現象はフィーダー細胞と共存させた 共培養法においても観察された.3Dスフェロイド培養においては,成熟肝細胞 と小型肝細胞を見分けるのは困難であった.おそらく高密度の細胞の凝集は小 型肝細胞の増殖によるものと考えられた.
これまでの報告で,ラット肝細胞においては小型肝細胞の増殖がみとめられ
ている33, 34).肝細胞を線維芽細胞と30日間共培養すると,アルブミン生成量が
増加し小型肝細胞が増殖する.さらに小型肝細胞のCYP蛋白発現についても検 証され,テストステロンの代謝プロファイルは成熟肝細胞と似ていることが示 されている35).
カニクイザル由来の小型肝細胞は強い増殖能を示し,ラット小型肝細胞と同
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様に36),数回の継代が可能であった.さらにラット小型肝細胞はCYP及びトラ ンスポーターの遺伝子発現レベルが減少し,継代回数が増えると細胞分裂がゆ っくりになることも報告されている.しかし,本実験においては小型肝細胞の mRNA レベルや機能については検証しなかった.このためカニクイザルの小型 肝細胞の機能について検証が今後必要になるかもしれない.
カニクイザルCYPsのmRNA発現レベルは,CYP1A1及びCYP1A2を除き培 養14日目と培養28日目でほぼ同等であったことから,これらのmRNA発現量 が維持されている期間で実験を行うと,安定したデータが得られることが予想 され,また CYP1A1,CYP2C43,CYP2C75,CYP3A8 は培養初日と同等の実験 結果を得られる可能性が示唆された.なお培養14日目以降では,肝細胞中に発
現するCYP mRNA発現量の比率は培養初日と大きく変化していると考えられる
が,mRNA発現量に依存したCYP遺伝子発現の誘導,あるいは代謝酵素の発現 量に依存した代謝物濃度の正確な定量は難しいものの,酵素誘導スクリーニン グ試験や,代謝物の探索などの定性には有用であると考える.
我々は以前に,カニクイザルのCYPのmRNA誘導プロファイルはヒトと似て いることを示している23, 24).多くの薬物はCYP1AまたはCYP3Aによって代謝 されるため,医薬品開発段階においてカニクイザル肝細胞の使用は酵素誘導試 験やスクリーニング試験に有用である.カニクイザルを用いる利点の 1 つとし て,新鮮初代肝細胞を使用できることが挙げられる.例えば,考えられるオプ ションとして,医薬品毒性試験や薬理試験などのin vivo試験から得られた肝臓 の使用,肝臓組織中と初代肝細胞中のmRNA発現レベルの比較,代謝プロファ イルのバリデーション等がある.医薬品開発において酵素活性とともに mRNA 発現レベルの評価は重要であることがFDAガイダンスに示されている7).開発 段階においては,新規化合物が遺伝子発現への影響を与える可能性について検
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証することは有用である.以前に報告されているように,ヒトにおけるCYP1A1,
CYP1A2,CYP3A4,CYP2D6のmRNA発現レベルは代謝活性と高い相関性がみ
とめられている37, 38).一方,CYP2E1,CYP2C9,CYP2A6のmRNA発現レベル は相関性が低く,転写効率の違いやmRNA及び酵素の安定性,遺伝子多型等が 理由として考えられている.mRNA 発現解析のみでは完全な評価系ではないこ とは理解しているが,候補医薬品の影響を検証する強いバイオマーカーである と考えている.
mRNA 発現レベルの検証に加え,肝細胞傷害の程度についても検証を行った が,一般的な肝細胞傷害マーカーであるAST,ALTは,培養3日目が最も高く,
肝細胞分離あるいは凍結融解の工程の影響を受けて細胞膜ダメージを受けてい たと考えられる.このため培養 3 日目頃までは肝細胞が新しい環境に適応する ために,細胞の修復などが行われている期間なのかもしれない.一方で γ-GTP が単層培養において増加し,明らかに共培養と3Dスフェロイド培養と異なる挙 動を示したが,これはわずかに混在していた胆管細胞が単層培養において増殖
し,γ-GTPの細胞外分泌が増加した可能性も考えられた.
本実験では,共培養方法は低い接着能の細胞においても接着率を改善できる 有用な方法であることを示した.さらに共培養法は長期培養も可能とした.よ
って Cell-able® プレートを使用する 3D スフェロイド培養法よりも費用対効果
が高く,また酵素誘導や毒性試験のような様々な評価システムに使用可能と考 えられる.酵素活性や蛋白発現レベルへの影響評価は本研究の範囲を超えたも のであるが,今後の研究には必要であると考える.