事故後初期における飲食物の I- 131 濃度の検討
河合理城 1 * 義澤宣明 1 平川幸子 1 村上佳菜 1 滝澤真理 1 佐藤理 1 高木俊治 1 宮武裕和 1 高橋知之 2 鈴木元 3
1) 株式会社三菱総合研究所 東京都千代田区永田町2-10-3 2) 京都大学原子炉実験所 大阪府泉南郡熊取町朝代西2丁目 3) 国際医療福祉大学クリニック 栃木県大田原市北金丸2600-6
福島第一原子力発電所事故後、水や野菜に代表される飲食物のI-131濃度は、セシウムを中心とし て継続的に測定されてきた。一方、ヨウ素については、多くの食品は3月20日以降に測定されてお り、事故後初期は体系的な測定がされていなかった。そのため、経口摂取経路による内部被ばく線 量を検討する上で重要な空間線量が高い期間における飲食物のI-131濃度の値が欠損している。また、
福島県内避難地域における経口摂取経路による内部被ばく線量を推定する場合、避難における流通 の停止等の影響により、飲食物の主な被ばく経路としては水、その他の経路として野菜や牛乳が想 定される。そこで、本研究では水についてはI-131濃度実測値と大気拡散シミュレーションにより算
出されるI-131の地表面沈着率を用いて、欠損した事故直後のI-131濃度を推定した。推定方法には、
コンパートメントモデルを用いて、水源に沈着する放射性物質から飲料水への影響を考慮した。コ ンパートメントモデルの移行パラメータは、実測値のデータを用いて推定している。それらのパラ メータを用いて、実測値が無い地点においても飲料水のI-131濃度を推計可能とした。また、野菜や 牛乳についてはI-131濃度実測値と大気拡散シミュレーションによるI-131の地表面沈着量との相関 式を導出した。今後、得られた推定方法を用いて、事故後初期の飲食物の摂取状況を考慮した経口 摂取経路による内部被ばく線量の検討を実施する。
キーワード 食品の放射能濃度、ヨウ素131、コンパートメントモデル
1. 序論
平成23年3月11日に発生した東日本大震災に伴 う、東京電力福島第一原子力発電所の事故では放射 性物質が大気中に放出された。放射性物質による住 民の健康リスク評価を考える上で、被ばく線量の把 握は重要である。今回の事故の体系的な線量把握と しては、2つの国際機関の報告書が代表的である。世 界保健機関(WHO)では、事故後の緊急的な対応と して放射線被ばくの影響を低減する対策を検討する ことを目的に、その時点で得られる情報から暫定的 な評価を実施し、2012 年に報告書を発表している。
1) 報告書では、上記の目的を踏まえ、線量の過小評 価を避けることが優先されており、過大評価の可能 性が示唆されている。また、原子力放射線の影響に 関する国連科学委員会(UNSCEAR)は、事故後2年 程度の情報を考慮する形で、WHOの線量評価よりも 実際の状況に近い推計を行い、2014 年に報告書を発 表している。2) しかしながら、UNSCEARによる評価 についても、ソースタームの不確かさ、事故後初期
のI-131 の測定データの欠如等の情報の不足があり、
過大評価あるいは過小評価である可能性を報告して いる。
そこで、飲食物からの内部被ばく線量把握のため、
水道水・野菜・牛乳の摂取による内部被ばく線量の
推定方法に着目した。
特に本研究では、事故後初期の飲食物に含まれる
I-131の濃度推計を実施した。水道水・野菜・牛乳に
よる内部被ばく線量推計においては、測定された
I-131の濃度を用いることを基本に、実測値が存在し
ない事故後初期の I-131 の濃度は推計を行い補完す る。推計には、飲食物中の放射性物質の濃度実測値 と、地表に沈着した放射性物質の量(大気拡散シミ ュレーションから推定)を利用した。特に線量の推 定が重要と考えられる、事故後初期の避難区域を中 心に推計を行うこととした。なお、大気拡散シミュ レーションによる地表面沈着量については、国立研 究開発法人日本原子力研究開発機構(JAEA)により 構築された大気拡散シミュレーション WSPEEDI3)に よる推定値を用いた。
2. 推計手法
(1) 水道水のI-131濃度の推計手法
水道水のI-131濃度を推計するために、コンパート
メントモデルを用いた。水道水に含まれる放射性核 種が、その濃度に対して一定の割合で減衰し、新た な流入により増加すると考えるモデルである。コン パートメントモデルを用いた水道水の I-131 濃度推 計では、水道水中のI-131の濃度変化が、新たな放射 性核種の水への沈着率と水に含まれる I-131 の実効
的な減衰によって表される。
C t p
C = − λ d
d
(1)Cは水道水中のI-131濃度(Bq/kg)、pは水への沈着 率(Bq/kg・s)、λは実効的な減衰係数(1/s)である。
また、水への沈着率が拡散シミュレーションによ る地表面への放射性物質の沈着率と換算係数で表さ れるとすれば(1)式は以下のように表すことができる。
( ' )
d ' d
ap p
C t ap
C
=
−
=
λ
(2)
p’ はI-131の地表面沈着率(Bq/m2・s)、aは換算係 数(m2/kg)である。
換算係数および実効的な減衰係数は、最小2乗法 を用いて水道水の放射能濃度実測値にフィッティン グさせることにより求めた。
推計手法に基づき、水道水中のI-131濃度を求める ために必要なデータは、水道水中のI-131濃度実測値 および大気拡散シミュレーションによる地表面沈着 率である。I-131濃度実測値については、浄水場や市 町村役場等の飲用地点におけるデータを公開情報か ら収集した。また、一般的に水道水が飲用されるま でには、水源(取水施設)、浄水場(浄水施設)、
配水場(排水施設)、飲用地点がある。そのうち、
水源、浄水場の一部は大気中の放射性物質が沈着す る可能性があるが、浄水場から各家庭までの配水に ついては地下や屋内であるため、放射性物質の沈着 による影響を受けにくいと考える。そのため、大気 拡散シミュレーションによる地表面沈着率を考慮す る沈着場所は水源とし、水源の位置が明確でない場 合は浄水場を用いることとした。放射性物質が沈着 してから飲用するまでの時間は12時間と仮定して推 計を行った。
(2) 野菜のI-131濃度の推計手法
野菜中のI-131濃度についても同様に、大気拡散シ
ミュレーションによる放射性物質の地表面沈着量と
I-131濃度実測値を用いて、以下の推計方法を検討し
た。
FS
A =
(3)Aは野菜中のI-131濃度(Bq/kg)、Fは換算係数(m2/kg)、
Sは収穫時の積算地表面沈着量(Bq/m2)である。
野菜の放射能濃度推計に必要な換算係数は、野菜 の分類ごと(葉茎菜類・キノコ類等)に対して、実 測値に基づき設定する。葉茎菜類については測定デ ータの豊富なホウレンソウを用いて換算係数を求め た。キノコ類については測定データの豊富なシイタ ケを用いて換算係数を求めた。なお、シイタケ等の 施設栽培の野菜は、屋根等で雨による沈着の効果は
排除できると仮定し、沈着には乾性沈着のみを考慮 した。
(3) 牛乳のI-131濃度の推計手法
牛乳の I-131 濃度は屋外の飼料とその他飼料の摂
取割合と、それぞれの飼料に沈着する核種移行率を 考慮したモデルを検討した。各飼料の放射能移行率、
飼料の割合については牛乳中の I-131 濃度実測値に 基づき推計を行った。検討したモデルの考え方を以 下に示す。
図 1 牛乳の推計の考え方
モデルに基づき、以下の式で放射能濃度を推計し た。
𝐴𝐴= {𝛼𝛼𝐹𝐹1+ (1− 𝛼𝛼)𝐹𝐹2}𝑆𝑆 (4) 𝐹𝐹1=𝑇𝑇𝑓𝑓×𝑓𝑓1 ,𝐹𝐹2=𝑇𝑇𝑓𝑓×𝑓𝑓2 (5) Aは牛乳中のI-131濃度(Bq/kg)、Sは積算地表面沈 着量(Bq/m2)、αは屋外飼料の摂取量の割合、f1は 屋外の飼料への核種移行率(m2/kg)、f2はその他飼 料への核種移行率(m2/kg)、F1は屋外の飼料から牛 乳までの移行率(m2/kg)、F2はその他飼料から牛乳 までの移行率(m2/kg)、Tfは飼料中から原乳までの 核種移行率である。
3. 推計結果
(1) 水道水のI-131濃度の推計結果
コンパートメントモデルを用いて水道水の I-131 濃度を推計した結果を以下に示す。図 2 は川俣町川 俣中央公園における I-131濃度実測値に基づく推計、
図 3 にいわき市山玉浄水場における I-131 濃度実測 値に基づく推計である。大気拡散シミュレーション による地表面沈着率と水道水中の I-131 実測値に従 い、推計結果が時間により変化している。
図 2 川俣町川俣中央公園における濃度推計
図 3 いわき市山玉浄水場における濃度推計
(2) 野菜のI-131濃度の推計結果
野菜(ホウレンソウ・シイタケ)のI-131濃度実測 値と大気拡散シミュレーションによる地表面沈着量 を両対数グラフで以下に示す。また、モデル式に従 い、換算係数を推定した結果を表 1 に示す。ホウレ ンソウのグラフでは、3点程度、他の結果とは異なる 傾向を示すものがあった。
表 1 パラメータの推定結果
パラメータ ホウレンソウ シイタケ 換算係数(F) 2×10-2 2×10-4
図 4 I-131濃度実測値と地表面沈着量(ホウレン
ソウ)
図 5 I-131濃度実測値と地表面沈着量(シイタケ)
(3) 牛乳のI-131濃度の推計結果
牛乳のI-131濃度推計については、得られている牛
乳の実測値を大きく 3 種類に分け、屋外の飼料とそ の他飼料の割合、屋外の飼料およびその他飼料の放 射能移行率をパラメータとしてフィッティングを行 った。検討したパラメータの結果を屋外飼料の割合、
I-131濃度実測値と大気拡散シミュレーションによる
地表面沈着量を以下に示す。さらに、フィッティン グを行った各飼料の放射能移行率を表 2 に示す。フ ィッティングにより、屋外の飼料から原乳までの核 種移行率はその他飼料から原乳までの核種移行率の 40倍の値であることを示した。
表 2 パラメータの推定結果
パラメータ 値
屋外の飼料から原乳までの核種移
行率(F1) 4×10-3 その他飼料から原乳までの核種移
行率(F2) 1×10-4
図 6 I-131濃度と地表面沈着量(牛乳)
4. 考察
食品中のI-131濃度を推計した結果、放射性物質の
沈着量が多く、水道水中のI-131濃度実測値が測定さ れている 2 地点で良い一致を得た。これらの結果か