第3章 署名時声明をめぐる理論的背景と対立
第 3 節 署名時声明に関する理論上の問題点
3 署名時声明の機能と危険性
署名時声明は従来、大統領の権限拡大の手段として理解されており、このような点にお いて署名時声明の評価は、大統領による「協働」の側面を積極的に認められず、むしろ大 統領が単独で政策を決定する単独主義の現れとして理解されている。しかし憲法的署名時 声明を否定する見解であっても、声明の有用性については一定の評価がなされている。た だし肯定する見解であっても、憲法的声明がすべて肯定されるものでもない。ガーベイ氏 は、憲法的「署名時声明で提起された異議や懸念が、実質的な法的な効力を生み出せると いう見解の支持はほとんどない56」し、大統領が、署名時声明を憲法的な異議を示すため の道具として使用するようになったことは近年のことで、これに対する裁判所による評価 はないという。さらには声明の効力・内容は後任の大統領によって再検討され、場合によ っては効力を否定されるものである。
署名時声明の問題は、まず外部的な統制手段が存在しないことである。署名時声明は法 案を承認してから、大統領の法律に対する自己の見解として述べるものである。憲法や法 律上の根拠を持たない署名時声明は慣行によって成立したものであり、声明を様々な目的、
そして複合的な方策として使用できるからこそ、大統領の権限拡大を許す要素もまた容易 に含まれうるものである。このように、署名時声明に根拠規定がないということは、外部 的な統制の方法がなく、その使用については大統領の自発的統制を期待するしかない。し かし、ブッシュ政権で署名時声明の使用が問題となったにもかかわらず、その後のオバマ 政権では署名時声明の使用が大きな問題となることはなかったということは、署名時声明、
憲法的署名時声明の使用であっても、自制的な使用については許容されうる余地があると いえる。
署名時声明を否定する見解が強調するのは、権力分立における権力配分機関にそれぞれ
配分された権限の不可侵と、他の機関の権限を侵害することの危険性である。これに対し て署名時声明を肯定する見解が声明の有用性を見出すのは、権力分立を運用するのに有用 な機能である。署名時声明を否定する見解は大統領の権限を限定する見解であること、大 統領の憲法擁護義務を履行する際に他の機関や権限を侵害する、大統領が署名時声明を用 いて立法機関の権限を侵害し、声明で示した見解によって裁判に影響を与えること、を問 題視する。つまり権力分立論において各権力を厳格に分離する見解を重要視しているとい えるだろう。声明を肯定的に捉える見解は、大統領の憲法擁護義務を重んじる点、つまり 大統領の憲法上の権限である「執行権」を侵害する場合と、執行権を行使するにあたって 制定法より高次の法である憲法擁護義務に従って違憲であると判断する必要が、大統領の 権限である執行権と「配慮条項」によって認められている、としている。そして署名時声 明は拒否権と比して、新たな、そしてより穏やかな交渉の手段であると考えるのである。
署名時声明は上述のように、憲法的正当性も主張されているが、声明の機能に一定の必 要性が存在することも指摘されている。特に政治学的な見地からは、声明の機能的側面が 評価されている。コルジ教授は、署名時声明を機関における「健全な対話」の一部である と位置付け、立法機関と執行機関との関係に有用であることを指摘している。コルジ教授 によればまず、署名時声明は大統領の見解を公にする行為であり、議会に対しその意図を 隠すといった不透明なものではない。「そもそも声明はこれを公表することによって、注目 を集めるための道具であって、レーガン政権において、署名時声明は司法のコミュニティ における広報活動を重要な戦略目的として使用されるようになったものであった。57」と いう。その上で署名時声明の機能には、「政治システムのさまざまな主体に重要な情報を提 供し、将来において影響を与え、変化させうるものである。署名時声明での大統領の意見 に同意するか否かにかかわらず、議会の議員、利害団体、特に制定法に関する大統領の見 解に関係する執行機関に注意を促すものとなる。(声明の大統領の見解を受けて)議会にと ってはその執行を監視する指針、利益団体にとっては法的措置、そして執行機関はその法 律の執行計画を準備することができる58」という。
この見解において声明を使用する目的は⒈立法上の意味を明らかにし、法律の解釈を指 示すること、⒉行政部の職員へ当該法律の解釈の指針を与えること、⒊立法部から執行部 の権限への侵害を阻止すること、⒋強制を伴わないコミュニケーションの四つに区分され ている59。このうち⒋の「強制を伴わないコミュニケーション」という目的こそが、拒否 権と区別された署名時声明の機能の一つといえよう。
また声明の使用が肯定されるのは、議会との衝突を避ける妥協的な手法であるというこ とである。この点はクーパー教授によって指摘されていることであるが、署名時声明の使 用は議会との決定的な衝突を避けることができるという点である。憲法的署名時声明は、
大統領が、議会を通過した法案に承認の署名をしながらも、声明を付して自身の見解を展 開し、事実上法律を変更する効果をもたらす効果があるが、これについて、ふたつの点で 見解の対立が生じている。まず法案に対して承認の署名をしながらも、法案の一部につき 異議を提示すること、である。そして大統領が提示したその異議について、議会が反論す る、または法案を修正する機会が与えられていないことである。前者については、議会の 立法権の侵害となる疑いがあり、後者については憲法上規定された立法過程に反する疑い がある。合憲説はこれについて、憲法擁護義務によって正当化されるものという。
このような対立構図から、アメリカ大統領による署名時声明を考えると、日本における 執政の議論と同じ背景が見えてくる。つまり権力分立を厳格な分離と捉えることによって、
各機関の権限行使に伴った機関同士の摩擦によって権力の暴走が抑制され、機関のあいだ において均衡が実現される。従来のアメリカにおける憲法解釈は、司法の憲法解釈に拘束 される司法の優越も、他権の憲法解釈に拘束されないとする立場、すなわち厳密に権限を 分割し各機関を対抗関係に位置づけるものであったが、このような署名時声明の議論は現 代の政府に課せられた多様で広範な役割を迅速に処理する要求に応えるための対立であり、
このような声明を肯定する見解からは、大統領と議会との協働を指向するものと捉えるこ とも可能であろう60。
署名時声明を、権力分立の現代的な要請に基づく変化の一形態であると理解すると、署 名時声明を全面的に否定することは、適当ではない。署名時声明を必要とする理由が、多 様で広範な問題へ迅速に対応することである以上、同様の「直接的な手段」への模索は続 く。署名時声明は拒否権よりもソフトに、項目別拒否権のような法効果を生じない形式で、
特定の条項について承認・非承認の意を示すために用いられているものとして評価するこ とができる。このような手段を用いる利点はまず包括的法案に対抗できることである。包 括的法案に対して拒否権を行使するデメリットを極力排除することが可能である、および 議会の立法を尊重することをしめすこと、そして署名時声明は大統領が単独で法律を実質 的に変更しうるものであるが、声明を検討したところ憲法に適合するように解釈する、な いしは憲法に適合するように取り扱うとする声明については、執行府の憲法擁護義務の内 容を明らかにするものであると評価できよう。
声明は慣行によって成立し発展し、ブッシュ政権後も声明の使用方法が変化し続けてい ることから、署名時声明の評価も声明を否定する見解から、積極的ではないものの、署名 時声明に一定の利点があると部分的に認める見解も現れてきている。このような傾向は、
署名時声明が未だ模索の状態にあることを示しているものであり、一概に違憲であるとも、
合憲であるとも決しがたいということである。
大統領の署名時の声明のうち、儀礼的な修辞的声明、法律の執行に際して曖昧な法律用 語の統一を図る目的を有する声明を大統領の執行権に包含することは、憲法的署名時声明 を違憲とする論者においても異論はないだろう。しかし問題は、その発展経緯から単に署 名した法案の合憲性についての異議を発する「道具」ではなく、執行権の機関内、他の権 限配分機関とのコミュニケーションの手段として用いられるものであるゆえに、大統領か らは「(使い勝手の良い)便利な道具」とされる。署名時声明に含まれる主張が、さまざま な主張を含む複合的な道具であることも、声明の合憲性を単純に判別しがたい要因ともな っている。
このような状況から、大統領による署名時声明の許容範囲を考えると、まず、修辞的署 名時声明については当然に認められるものである。政治的署名時声明については、法律の 執行の問題を排除することを目的とした条文に含まれる曖昧な用語の統一をはかることは、
法律の執行が大統領の義務であることからも、容認されるものといってよい。
そして憲法的署名時声明については、憲法上の問題を回避するもので、承認した法律の 一部についての憲法的欠陥や大統領が意図することについて説明し、執行機関にその条項