142
第8章 総合的考察
本研究では,大学生のスピリチュアリティに焦点をあて,スピリチュアリティを,意味 や超越を希求し,これと関連する「大きな問い」について思慮を巡らす心の働き,すなわ ち,「自己,世界,超越的存在の在り方や,生の意味,死や愛,価値など人生の根本的な問 題について考える能力」として操作的に定義した。そして,(1)スピリチュアリティを測 定する尺度を開発すること,(2)スピリチュアリティと,大学生の適応感,学習意欲,進 路選択行動との関連を,探究心媒介モデルの検証を通して明らかにすること,(3)スピリ チュアリティの実践的側面に焦点をあてた研究を実施することを,本研究の目的とした。
まず,第Ⅰ部では,スピリチュアリティに関する研究の展望を行い(第1章),本研究の 目的を整理した(第2章)。次に,第Ⅱ部では,本研究のスピリチュアリティ定義に即した,
「大きな問い」を網羅する尺度開発を行い(第3章),探究心を媒介変数に想定したモデル として,精神的回復力と大学適応感との関連(第 4 章)や,批判的思考態度と学習意欲,
進路選択行動との関連(第5章)を,構造方程式モデリング(Structural Equation Modeling:
SEM)によって検証した。さらに第Ⅲ部では,スピリチュアリティの実践的側面として,
大きな問いについての筆記作業が,学習意欲,進路選択(環境探索,探索意図),抑制機能
(エフォートフル・コントロール,学業的満足遅延)に及ぼす影響を検討し(第6章),ボ ランティア活動において,大きな問いがどのような形で大学生に抱えられるかを,質的研 究を通して明らかにしてきた(第7章)。
本章では,以上の研究を通して明らかになった知見を整理するとともに,本研究の課題 と今後の展望について論じる。また,本研究で得られた知見との関連から,大学教育にお いていかにスピリチュアリティを扱えばよいかについて,若干の論考を行いたい。
第1節 本研究で明らかになった知見
(1)スピリチュアリティを測定する尺度の開発
まず,本研究の一番目の目的であった尺度開発では,「大きな問い」には,実存的な問い,
宗教的問い,形而上学的問いなど様々な問いが存在することが指摘されているにもかかわ らず(Kessler, 2000; Noddings, 1993; Palmer, 1998/1999; Parks, 2011),従来のスピリチ ュアリティを測定する尺度が,人生の意味の希求に代表されるように,問いの一部のみを 焦点化したものとなっていたり(Steger, Frazier, Oishi, & Kaler, 2006),「自分がこの世に
143
生まれてきたことには,大きな意味があると実感できる」(中村, 1998)など,「大きな問い」
に対する「答え」の内容を反映した尺度構成となっていたりすることが課題として挙げら れた。すなわち,こうした尺度には,「生きる意味や目的」という実存の一領域へと問いが 狭められてしまうことや,答えの内容に特定の宗教の世界観(「自分のいのちは,姿形を変 えて永遠に存在すると思う」)が反映されてしまう可能性があるため,多様なニーズや思考 様式をもつ学生を対象とした教育領域での応用を考えると,「答え」の入り口となる「問い」
の間口を広げた尺度が必要とされるのである。
こうした問題意識から,まず研究 1 では,類似の構成概念である「批判的実存思考」を 下位尺度に含む,自己報告式スピリチュアル・インテリジェンス尺度(The Spiritual Intelligence Self-Report Inventory: SISRI-24; King & DeCicco, 2009)の日本語版の作成 を試みた。探索的因子分析の結果,「批判的実存思考」,「個人の意味生成」,「超越性への気 づき」,「意識状態の拡張」という四因子構造が得られた。尺度の構造は,原版では批判的 実存思考を構成する 2 項目が,超越性への気づきに含まれることとなったが,原版とほぼ 同様の結果を示していた。また,内的整合性及び妥当性を検討したところ,ほぼ十分な結 果を得ることができた。次に,研究 2 では,従来の教育におけるスピリチュアリティ議論 を参考に,網羅的に「大きな問い」を扱うことのできる尺度(Big Question尺度: BQS)の 開発を試みた。探索的因子分析,および検証的因子分析の結果,「人生の意味の希求」,「価 値の探求」,「宇宙的思考」,「超越的存在への問い」の四因子構造をもつ尺度が開発され,
内的整合性及び妥当性も,ほぼ十分な結果を得ることができた。特に,BQS の「人生の意 味の希求」や「価値の探求」は,日本語版人生の意味尺度(MLQ)の「意義保有」より「意 義探索」との間に高い相関を示していたことから,BQSが,「問い」としての側面を測定す ることが可能な尺度であることが示唆された。また,BQS の「人生の意味や希求」と「価 値の探求」は,スピリチュアリティ傾向尺度(STS-2)の「超越性」と正の相関を示してい たことからも,超越的次元が答えの可能性にのぼっていることが重要であるという,林
(2011)の「問いのスピリチュアリティ」と類似した概念の測定が可能な尺度であると言 えよう。
その一方で,「人生の意味の希求」と「価値の探求」,「宇宙的思考」と「超越的存在への 問い」の因子間相関は高い値を示しており,続く調査研究(第 4 章)においても,それぞ れの因子が同一の因子にまとまるという結果が見いだされ,前者は,「生きるうえでの価値 の希求」として,後者は「宇宙的思考」として尺度構成が行われていることを考えると,2
144
因子構造の妥当性についても,今後の研究知見の蓄積を通して,議論していく必要がある だろう。
また,この点について考察を行うにあたって,教育領域ではないものの,ターミナル・
ケアなど医療領域の知見を参照しておきたい。スピリチュアリティやスピリチュアル・ペ インの図式化を行った窪寺(2004)によれば,死の危機に面して,肉体的な「わたし」と 分離された精神的な「わたし」は,生きる意味や目的を与えてくれるものを求め,「絶対的 他者」や「究極的自己」を求め始めることになるという。そして,「外的他者(超越者)へ の関心」には,「神,仏への信仰」,「超越者,絶対者への希求」,「神秘体験」,「自然の威力」
などが含まれ,「内的自己への関心」には,「自己の人生への関心」,「自己の生きる意味,
目的,価値の探究」などが含まれるとしている。こうした概念整理からは,スピリチュア ルな探求に,超越と実存(自己)という二側面が含まれていることが見て取れるが,本研 究の尺度開発やその後の調査から得られた知見は,大学生の抱くスピリチュアルな問いも 同様に,類似の二側面から構成されることを示唆するものであると言える。
しかしながら,宗教に対してある種の警戒が存在していることが予測される日本におい ては,例えば宇宙や地球に関する関心と,神仏など宗教色の強い超越的な存在に対する関 心を個別のものとして捉えることで,各学生のスピリチュアルな問いに対するニーズをよ り正確に把握することが可能になると考えられる。特に,分析を別の機会に譲った,スピ リチュアルな問いの「理想面」(スピリチュアルな問いについて,理想としてどの程度考え たり学んだりしたいと感じているか)を把握する際には,意味,価値,宇宙,超越といっ た四側面に分類されていることで,各自の関心を詳細に把握することができるのではない だろうか。
また,その他の課題としては,本尺度の「問い」と「答え」の側面間の関連性が挙げら れる。すなわち,ある大きな問いについて,自分なりに考えたり学んだりしている程度を 尋ねた際,「よく考えたり学んだりしている」と評定した場合,そこには,こうした問題に ついて考え抜き,ある一定の答えを有しているという意味で「よく考えている」者と,ま だ答えを見いだしておらず,探究の過程にあるという意味で「よく考えている」者とが,
混在する可能性がある。例えば,大きな問いについての筆記作業を求めた実験(第 6 章)
で明らかになったように,問いについて日頃考えたり学んだりしていることについて尋ね ると,それぞれが有している「問い」に対する「答え」が回答され,その内容は,自己完 結的なものに終始する場合も少なくなかった。また,尺度開発の結果からも,「人生の意味
145
の希求」と「価値の探求」は,人生の意味や目標を有している程度を尋ねるMLQの「意義 保有」と,それぞれ弱い正の相関を示すことが明らかになっており,BQS には,スピリチ ュアルな問いについて探求している程度を測定すると同時に,答えを有している程度を測 定する場合もあることが示唆されるのである。
これと関連して,筆記作業実験(第 6 章)を通して,問いについて思慮している内容は 多様であることが明らかになったが,本尺度は,問いについての内容は不問とするため,
例えば,他の変数との関連を量的に調査する際には,ある具体的な内容について思慮する ことが何らかの関連性をもたらす要因となるのか,内容の如何にかかわらず,思慮すると いう行為そのものがそうした要因となるのか,明確な知見を提供することが困難になる可 能性がある。ボランティア学生に対する研究(第 7 章)で明らかになったように,問いを 通して,各自の思考様式や内容を明るみに出す,質的な手法が要求される場面においては 有効な尺度である反面,量的研究の使用にあたっては,上記のような留意点が存在するこ とは指摘しておかねばならない。
(2)探究心媒介モデルの検証
本研究の二番目の目的は,精神的健康や大学への適応感,大学の授業に対する学生の意 欲や態度,行動,進路行動などに関する指標に焦点をあて,これらの変数にスピリチュア リティが及ぼす影響を明らかにすることであった。しかしながら,スピリチュアリティと これらの指標について調査を行った先行研究(Astin, Astin, & Lindholm, 2011)では,ス ピリチュアリティが心理的ウェル・ビーイングを低減させたり,知的自尊心を向上させた りするといった結果が示されてはいるものの,そうした変数間の関連を促進したり,抑制 したりする要因については,詳細な検討が行われていないことが課題となっていた。そこ で,これらの変数間を媒介する要因として,「人,情報,機会などの様々なリソースを,従 来の自分の枠組みを超えて探索したり積極的に獲得しようとしたりする態度」である探究 心に焦点をあて,探究心を媒介としたモデルの検証を行うことを目的とした。
まず,第4章では大学生の適応感を従属変数とした仮説モデルの検証を行った。その際,
探究心の指標として,多様な物事に対して興味や関心を示し,新たな活動を行う「新奇性 追求」に着目し,その上位概念である「精神的回復力」を媒介変数として仮説モデルに組 み込んだ。調査の結果,スピリチュアリティを構成する「生きるうえでの価値の希求」お よび「宇宙的思考」の両下位尺度は,適応感に直接の正の影響を及ぼさなかったが,「宇宙