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第6章 「大きな問い」についての筆記作業が 学習意欲や進路選択行動に及ぼす影響
問題と目的
本研究では,4日間にわたる「大きな問い」に関する筆記作業が,学習意欲,進路選択(探 索)行動や意図,抑制機能に及ぼす影響を検討する。
従来の,大学生を対象としたスピリチュアリティ研究において,既に海外の大学では,「大 きな問い」に関する教育実践が行われており(Lindholme, Millora, Schwartz, & Spinosa,
2011),その中には,「大きな問いプログラム(Big Question Program)」と呼ばれるグル
ープワークも存在する(Nair, Church, & Schwartz, 2007)。これは,学生が他者の視点を 尊重しながら,個人の価値や信念を理解すること,大学や国,地域コミュニティへの責任 を理解することなどに関する会話へと,積極的に参加することを目的として,主に新入生 を対象にカーネギーメロン大学が実施しているプログラムである。学生は,「『良い人生』
とは何か?」,「大学,地域,国,国際社会における自分の役割とは何か?」といった問い を,教職員を含むチームで多角的な視点から探求することになるという。
一方,個人を対象とした実践的な介入研究は,管見ながらほとんど報告されていない。
特に,大きな問いに焦点化した教育実践の報告がほとんど見当たらない本邦においては,
一足飛びに集団で「大きな問い」を扱うことを目標とするのではなく,まずは個人による 大きな問いの思慮が,心理的側面にどのような影響を及ぼすかを検討することで,今後の 教育実践に対する有益な知見を得ることができるであろう。
また,これまでの実践報告では,心理指標を用いた効果測定や,統制群を設定した実験 計画がなされておらず,「大きな問い」を扱う介入の効果が厳密に検証されてきたわけでは ない。そこで本研究では,大きな問いについて思慮する方法として筆記作業をとりあげ,
以下に説明する従属変数を用い,その効果を検討することを目的とする。
まず着目するのは,大学生の学業的側面の一つ,学習意欲である。大きな問いが,我々 の知識や社会的仕組みにおいて不足したものを明らかにするのであれば(Parks, 2011),筆 記作業を通して,実存,価値,宇宙,超越などの問いについて考えることは,こうした問 いに応える知識や経験を,現状でどの程度有しているかを振り返る契機となる。そして,
こうした問いについて更に考えるリソースとなり得る,大学での講義への集中力や積極性 が向上することになるのではないだろうか。そこで本研究では,学習意欲を「学業に従事
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する行動を起こし,それを持続しようとする内的な力」(加曽利, 2008, p.694)と定義し,
これに基づいて作成された「大学生の学習意欲尺度」をとりあげる。
次に,「生きる意味を問うことは,生徒指導や進路指導の本来的課題」(中川, 2005, p. 70)
という主張や,大きな問いの答えの探求は大学生の進路決定と関連するという論考(Astin el al., 2011)から,大きな問いと進路選択行動との間には何らかの関連性があることが示唆 される。例えば,「人生で本当に大切なことは何か」,「本当の幸せとは何か」といった実存 的な問いについて思慮することは,自身のキャリア形成と関連することでもある。筆記を 通じてこうした問いに改めて取り組むことが,自身の進路選択行動の現状を省みる契機と なり,更なる進路選択行動の必要性を認識したり,進路選択行動への意欲が向上したりす ることになるのではないだろうか。そこで本研究では,進路選択に関する行動の指標とし て,「環境探索尺度」(安達, 2008)を,意欲の指標として,「進路探索意図」(安達, 2001)
をとりあげる。
また,近年のスピリチュアリティや宗教性研究においては,セルフ・コントロールや自 己制御との関連に焦点があてられ,実験的研究が行われている(Laurin, Kay, & Fitzsimons, 2012; Watterson & Giesler, 2012)。例えばRounding, Lee, Jacobson, & Ji(2012)は,セ ルフ・コントロールを,「より社会的に容認された目標や基準(例,収穫を手伝う)に沿っ て行動するために,個人的に望ましい行動(例,うたたねをする)や衝動(例,怒って他 者を非難する)を抑制する能力」(p. 636)とし,乱文構成課題によるプライミング手続き を用いた実験を行っている。その結果,宗教用語(神,魂,神聖なもの等)のプライミン グ群は,中立的な用語のプライミング群に比べ,不快なものへの忍耐や,満足遅延といっ たセルフ・コントロールの指標が高いことが明らかになった。これらの結果は一回限りの 課題による効果を示すものではあるが,数日間にわたる筆記のような連続性のある作業に おいても,超越的な事柄に関する問いについて思慮することで,セルフ・コントロールな どの制御に関する側面が向上するのではないだろうか。
また,対象との心理的距離(時間,空間,社会,仮想性等)と,対象についての心的解 釈におけるレベル(具体的,文脈的といった特徴を示す低次レベル解釈と,抽象的,脱文 脈的などの特徴を示す高次レベル解釈)との関係性について説明する,解釈レベル理論
(Construal Level Theory: CLT; Liberman & Trope, 2008)に基づく研究では,解釈レベ ルの高さとセルフ・コントロールとの関連が明らかにされている。Fujita, Trope, Liberman,
& Levin-Sagi(2006)の研究では,高解釈レベル群に対して,回答の理由を順次尋ねるこ
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とで回答の抽象度を高め,低解釈レベル群に対しては,ある回答について「どのように」
と問い直し,具体性を高めていく。実験の結果,高解釈レベル群は低解釈レベル群に比べ,
高いセルフ・コントロールを示すことが明らかになっている。本研究で扱う「大きな問い」
は抽象度の高さを特徴にもつ問いが含まれており,より高レベルの解釈が求められること が予測される。4日間の作業を通して,高次レベルの解釈を行う傾向が高まることによって,
セルフ・コントロールなどの制御に関する指標が向上するのではないだろうか。
本研究では,セルフ・コントロールや自己制御に関する心理指標として,自己評定式の 質問紙法を用いる。その際,「非顕在的な反応を行うために顕現している反応を抑制したり,
エラーを検出したり,計画を立てたりする能力であり,自己制御の主要な形態」(Rothbart
& Rueda, 2005, p. 169)として定義される「エフォートフル・コントロール(Effortful
Control: EC)」に着目し,「成人用エフォートフル・コントロール尺度日本語版」(山形・高
橋・繁桝・大野・木島・山形, 2005)を取り上げる。また,学習領域に特化した制御と関連 する心理的側面にも焦点をあてることとし,表面上は有益に思える将来的な学業上の報酬 や目標を追従するために,欲求充足の身近な機会を遅延する「学業的満足遅延」
(Bembenutty & Karabenick, 1998)を取り上げ,これを参考に作成された「学業的満足 遅延尺度」(小川内・龍・光・大塚, 2010)を従属変数とする。
方 法
参加者 大学生を対象に,研究の概要,予測されるリスク,自由参加,プライバシーの保 護,参加辞退の機会保証等を明記した説明書に基づく事前説明を行い,同意が得られた実 験群19名,統制群22名に,同意書に署名してもらった。学業との兼ね合いや体調不良等 の理由で途中辞退の申し出があった2名を分析から除外し,最終的に,実験群18名(男性 5名,女性13名,M = 20.28歳,SD = 0.75),統制群21名(男性6名,女性15名,M = 20.67
歳,SD = 0.48)の,合計39名を分析対象とした。学年の内訳は,実験群では2回生4名,
3回生14名,統制群では2回生4名,3回生17名であった。宗教形態については,「特定 の宗教を信仰している」が5名(内1名が統制群),「冠婚葬祭,お盆やお正月などの際に 宗教的な行為に関与する程度で,普段は特定の宗教を信仰しているとは思っていない」が 29名(内18名が統制群),5名(内統制群が2名)は不明だった。
手続き 実験群,統制群ともに,月曜日から木曜日までの4日間,夜間に自室に1人でい る際の15分間,筆記作業を実施するよう求めた。夜間の筆記作業が難しい場合は,日中の
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Table 1 筆記作業群に提示された「大きな問い」の項目とカテゴリー
の別の時間帯に実施してもよいことを説明した。また,携帯電話や音楽プレーヤー等の電 源を切ること,筆記作業中の会話は控えるよう教示を行った。
実験群には,Big Question尺度(村上, 2012)に含まれる17項目を,下位尺度(「人生 の意味の希求」,「価値の探求」,「宇宙的思考」,「超越的存在への問い」)ごとにカテゴリー 化し(Table 1),以下の教示とともに印刷した冊子を配布し,「大きな問い」に関する筆記 作業を行うよう求めた。「以下に,4つのカテゴリーと,17の様々な「問い」を表わした項 目が提示されています。これらの項目について,最近のあなたはどのようなことを考えた り,学んだりしているか,一つ,もしくは複数の項目やカテゴリーを選び,右ページの欄 内に15分間記述してください。これらの「問い」(項目)について,最近考えたことが無 い場合でも,一つ,もしくは複数の項目やカテゴリーを選び,あなた自身がそのことにつ いてどのようなことを考えたり学んだりしてきたかを,右ページの欄内に自由に記述して ください。「一つの項目について」,「一つのカテゴリー内の複数の項目について」,「カテゴ リーを超えた複数の項目について」といったように,筆記対象となる「問い」(項目)やカ テゴリーは,自由に選択してください。時間が余った場合は,他の「問い」(項目)やカテ ゴリーを選び,ここ最近考えたことや学んだこと(もしくは,これまでどのようなことを 考えたり学んだりしてきたか)を,空欄内に続けて記述してください。4日間の筆記作業の うち,前日までと同一の「問い」(項目)やカテゴリーを選ぶ場合は,前日までの筆記内容 を丸写しせず,選んだ項目やカテゴリーについて,その時点で浮かんだり思い出したりし た考えや学んだことを,記述してください。15分間の筆記作業後,読み返しを行ってくだ さい」。
統制群には,以下の教示が印刷された冊子を配布し,食事に関する筆記作業を行うよう
【生きる意味や目的に関するカテゴリー】 【価値に関するカテゴリー】
a-1: 人生で本当に大切なこと,すべきこと,したいことは何か b-1: 深く共感できる価値を見つけられるのか a-2: 本当の幸せとは何なのか b-2: どのような世の中をつくるのに役立ちたいか a-3: 生きることや人生に,意味や目的はあるのか b-3: 善悪や正邪の問題とどのように向き合えばよいのか a-4: 自分とは,どのような存在なのか b-4: 真実と言えるものはあるのか
a-5: 苦難や不安,怖れにどのように向き合えばよいのか b-5: どうすれば希望や穏やかな気持ちを持ち続けられるのか a-6: 愛とはどのようなものなのか
【宇宙や地球に関するカテゴリー】 【超越的存在や死に関するカテゴリー】
c-1: 宇宙の中で,人間はどのような存在なのか d-1: 神や仏とは,どのような存在なのか c-2: 人類や地球は,これからどうなっていくのか d-2: 死とは何か
c-3: 宇宙はどのようにはじまったのか d-3: 人間を超えた大きなちからのようなものは存在するのか