5-1.閉塞型睡眠時低呼吸無呼吸症候群(OSAHS)と自律神経活動
今回、対照群との比較から OSAHS 群について検討を行った。その結果、OSAHS 群では BMI(body mass index)が有意に高値を示し、肥満がリスクファクターと なっていることが確認された。また、OSAHS 群では血中の中性脂肪、総コレステ ロール、尿酸も有意に高値を示した。さらに、虚血性心疾患を合併した症例は 25 例中 5 例(20%)、高血圧を合併した症例は 25 例中 17 例(65.4%)と高率で あった。 従って、本症を早期に診断し、治療することは非常に重要である。OSAHS 患者では、HF 成分の HF パワー値は覚醒時には減少し、LF/HF 値は終日、
高値であったことから、覚醒時には副交感神経活動が抑制され、常に交感神経 活動が優位に働いていることが示唆された。低酸素暴露下では交感神経活動が 有意に上昇し、交感神経活動上昇と肺動脈圧上昇が正相関を示すとの報告があ る1-2)。無呼吸を有する患者では覚醒時でも筋交感神経活動や血漿ノルエピネフ リン濃度が有意に高く、交感神経活動の亢進が睡眠時だけでなく覚醒時にも生 じていることが報告されている 6-8)。本検討において、OSAHS 群では睡眠時だけ でなく覚醒時の LF/HF 値も有意に高値を示したことは、覚醒時にも低酸素状態 にあることを示唆しているのかもしれない。低酸素性肺血管痙縮による肺高血 圧と交感神経作用とが相乗的に作用して、特に睡眠中に重篤な循環系のトラブ ルが起こりやすい状態となると考えられ、早期の治療が必要である。
今回、VLF パワー値は、OSAHS 群、対照群ともに覚醒時に減少、睡眠時に増大し ていた。さらに OSAHS 群では睡眠時の VLF パワー値が有意に高値を示した。
Akselrod ら4-5)によれば、VLF は無呼吸の周期を反映すると報告している。また、
塩見ら6-7)は、睡眠時無呼吸では無呼吸時には徐脈を、無呼吸後の覚醒反応時に は頻脈を生じると報告している。その特徴的な不整脈は、25 秒から 120 秒の周 期を持ち、夜間睡眠中の周期的呼吸変動に一致した洞徐脈頻脈であるとしてい る。すなわち、レム睡眠時に生じる無呼吸の短い周期が 25 秒、ノンレム睡眠時 に生じる無呼吸の長い周期が 2 分であることから、周期は 0.008Hz から 0.04Hz
で繰り返され、VLF パワー値が睡眠時に増大するとしている。Thomas ら 8)は心 筋梗塞慢性期の患者について心拍変動を心不全の有無、左室駆出率の低下、ホ ルター心電図による心室頻拍、加算平均心電図による心室遅延電位などの因子 と比較した。その結果、心拍変動による VLF 指標は不整脈が原因となる死亡率と の関連性が強く、生命予後の予測に特に有用であると報告している。今回の検 討によると、OSAHS 群の心拍変動では、睡眠時の VLF パワー値が異常な増大を示 し、塩見らの報告を支持する結果を得た。
無呼吸や低換気の発生頻度を表す指標としては AHI が用いられている。AHI が 1 時間 5 回以上の場合、SAS と診断され、1 時間 30 回以上を重症とする診断法が 広く用いられている。本検討では VLF パワー値と AHI との関連性が示唆され、
VLF パワー値と AHI の相関係数が 0.521 と高値を示したことから、塩見ら6-7)の 報告のように VLF パワー値は OSAHS の重症度を反映する指標として有用である 可能性が考えられた。
OSAHS では“睡眠—上気道閉塞—無呼吸—胸腔内圧低下、PaO2 低下、PaCO2 上昇、
pH 下降—覚醒—上気道開放—睡眠”という閉塞型無呼吸のエピソードを一夜に 30
~400 回程度繰り返す。無呼吸中には徐脈を、無呼吸後の覚醒反応時には頻脈を 生じるため、その特徴的な夜間睡眠中の心電図は周期的呼吸変動に一致した洞 徐脈頻脈を示す9-11)。そこで、今回、OSAHS の重症度を AHI、ODI および Arousal Index それぞれについて分類して、それぞれの自律神経機能の評価を試みた。
睡眠段階を、浅睡眠期、深睡眠期およびレム睡眠期に分類した。次に OSAHS 群の重症度を示す AHI により、5 未満、5 以上 15 未満、15 以上 30 未満および、
30 以上群の 4 群に分類した。AHI30 以上の OSAHS 群では、AHI5 未満の健常範囲 群に比較して深睡眠比率およびレム睡眠比率が減少していた。深睡眠は大脳を 鎮静化するための眠りであり、レム睡眠は大脳を活性化するための眠りで、両 者は対比的で相互補完的であるとされ、AHI が高値の OSAHS では睡眠の質が低下 していると考えられた。自律神経活動の HF パワー値は、浅睡眠期、深睡眠期、
レム睡眠期の間には差はなかったが、LF/HF 値は AHI の数値に関係なく深睡眠期 に比較してレム睡眠期で有意に高値であった。今回の検討では、レム睡眠期に
おいて交感神経活動が亢進していると考えられるが、呼吸障害の重症度との関 連性は認められなかった。睡眠の各段階における 4 群の比較では、HF パワー値 は、OSAHS で AHI が 30 以上の群では 15 未満の全睡眠段階に比較して有意に低値 を示した。一方、LF/HF 値は、浅睡眠期で AHI が 30 以上の群では 15 未満に比較 して高値を示した。このことは、AHI30 以上の重度 OSAHS 群では、睡眠時の副交 感神経活動が抑制され、交感神経活動が亢進していることを示している。
また、OSAHS の交感神経活動の亢進は、無呼吸発作時には化学受容体を介して 脳波上覚醒反応が生じること12-14、さらに、化学受容体の感受性亢進などによる とされる。そこで、Arousal Index について 30 未満と 30 以上の 2 群に分け自律 神経活動を評価した。その結果、HF パワー値は 30 未満の OSAHS 群に比較して 30 以上の OSAHS 群ではどの睡眠期においても有意に低値であった。このことは、
脳波上覚醒反応が増加している症例で副交感神経活動が低下していることや相 対的に交感神経活動が優位になっていることを示唆する結果であり、Somers ら
15)の報告と一致していた。LF/HF 値は Arousal Index 30 以上の OSAHS 群では深 睡眠期に有意に低値であり、睡眠段階間の変動では 30 以上の OSAHS 群の深睡眠 期の LF/HF 値と比較して浅睡眠期およびレム睡眠期のそれは有意に高かったが、
その機序については不明である。
5-2. 携帯型生体信号計測装置(PBSM)を用いた MemCalc 法による エントロピー値の解析
睡眠にはノンレム睡眠とレム睡眠という二つの異なった状態があり、眠りに 入ると、これらを周期的に繰り返す。最初に出現するのはノンレム睡眠で、こ の睡眠には 4 つの段階があり、段階 1 から段階 4 へと深い睡眠に移行する。ノ ンレム睡眠では筋肉へ送られる血液の量が増え、体力回復機能がある。一方、
深い眠りが続くと再び浅い眠りに戻り、レム睡眠が出現する。レム睡眠では脳 への血液量が増え、記憶の保管・保持・編成機能などが行われる16-18)。 PBSM により導出した脳波の周波数解析において、浅睡眠期のδ波の分布は 57.3%であり、R&K 判定基準19)で示されている浅睡眠期のδ波の割合の 20%未
満という定義からかなり外れたものになった。その原因としては、R&K 判定基 準ではδ波の振幅は 75μV 以上となっているが、PBSM の周波数解析では振幅が 判定できず、その振幅に満たないものをも算定していること、および導出部位 の違いなどによると考えられる。浅睡眠期とレム睡眠期の比較では、レム睡眠 期のδ波は有意に低く、β波は有意に高かったことから、ある程度までは睡眠 段階の鑑別は可能であると考えられた。また、導出脳波の周波数のβ波とδ波 の比を睡眠段階で比較したところ、4 睡眠段階全てで有意差を認め、覚醒期では 43.8%と高値を示し、深睡眠期では 3.2%と低値になり、睡眠の深さに応じてβ波 が減少し、δ波が増加する結果であった。
次に、PBSM の脳波データを MemCalc 法により解析して得られるスペクトルエ ントロピー 21-23)に着目した。エントロピーは熱力学第二法則の自然界の変化の 法則で使用される指標であり、熱によりエネルギーを得た原子・分子・粒子は 複雑に動き回り、それに伴い、エントロピーが高くなり、エネルギーがなく、
緩やかな動きではエントロピーは低くなる。自然現象は放置しておけばエント ロピーが増大する方向に動き、これに逆らってエントロピーを減少させるには エネルギーが必要となる。そこで、脳波スペクトルエントロピーが睡眠の質的 評価を可能とするかを検討した。
脳波のスペクトルは周波数とともに指数関数的に減衰する。X 軸を周波数、Y 軸をパワースペクトルの大きさとした場合、Y 軸を対数表示させると、パワース ペクトルの傾きは生体内の時々刻々のゆらぎである脳波エントロピーとして表 され、(-)表示される。長周期の波はより大きなエネルギーを、短周期の波はよ り小さなエネルギーをもつ 24-26)。長周期の波が多く、短周期の波が少ない場合 には、スペクトルの傾きは大きく、脳波エントロピー値は小さくなる。いわゆ る深睡眠比率が高い場合、すなわち、長周期成分であるδ成分の波が多い睡眠 では脳波エントロピー値は小さくなると考えられる。
一般に、睡眠の質は深睡眠比率およびレム睡眠比率により評価されている27-30。 本研究では、OSAHS 群を深睡眠比率により5%未満群、5%以上 10%未満群、
10%以上 15%未満群、15%以上群の4群に分類した。深睡眠比率 5%未満群は全