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第一節 研究①~③の総括及び保育中の運動指導・援助におけるライントレーニ ングの有効性

本研究におけるこれまでの内容を総括すると,第一章では子どもの体力低下の現状とそ の背景について示し,外遊びの減少やそれに伴う身体活動量の減少が様々な身体的・精神的 な弊害を生み出してきたことについて述べた.そして,子どもの体力向上に向けた国家的な 施策やその他の様々な取り組みの歴史について概観し,それらが保育現場における運動指 導・援助に与えた影響について検討した.

その結果,保育現場における運動指導・援助の現状として,次の(ア)~(ウ)のような課題 が抽出され,問題解決のためには「保育現場での運動指導・援助に有用であり,かつ幼児の 体力向上に資する運動プログラム」の新たな考案が有効であることを示した.

(ア) 内容・方法が体系化され,体力向上効果が実証された運動指導・援助方法の不足.

(イ) 「小型化された運動・スポーツの実施」を典型とした発達段階に適さない指導・援助.

(ウ) 外部指導者への依存とそれに伴う保育者の力量不足.

第二章では,新たな運動プログラムの考案にあたり達成すべき課題として,次の a~e.を 示した.

a. 体力低下の内,特に調整力の未発達が懸念されるため,特に脳神経系を刺激する内容で あること.

b. 運動習慣及び体力の二極化により,普段あまり動かない子どもや体力の低い子どもに 対する働きかけとして有効であること.

c. 内容・方法が体系化されており,保育現場における利便性・実用性が高いこと.

d. 従来から実施されてきた運動プログラムに比べ,より効果的な体力向上が期待できる こと.

e. 保育中における運動経験の不足部分を補う内容であること.

上記項目のd~e.に関しては先行研究による知見が乏しいため,本研究においてはまず,

それらを明らかにすることを目的として文献調査及び実地調査の両面から分析を行った

(第三章・第四章).次に,先の研究から得られた知見を基にした運動プログラムを考案し,

その有効性を明らかにするため,保育現場における実践を通して成就度及び効果の分析を 行った(第五章).

第三章の研究①においては,幼児の体力向上をねらいとした運動プログラムに関する先

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行研究の文献調査を実施し,発表年代別・実施期間別に比較したところ,以下の知見を得た.

1. 採択された論文全体の平均効果量は 0.5程度であり,発達の影響を差し引くと実質0.1

~0.2程度であることが推察された.

2. 2000 年以後に発表された研究では,それ以前に発表された研究に比べ平均効果量は劣 るものの,運動習慣形成のための動機づけを重視した運動プログラムが実施されてい た.

第四章の研究②においては,自由遊び及び体育遊び中における量的・質的な運動経験の実 態を明らかにするための実地調査を行い,以下の知見が得られた.

3. 自由遊び中においては,幼児の性別や運動能力によって歩数や動作回数に顕著な違い があり,量的・質的な運動経験に格差が見られた.特に,運動能力の低い子どもにおい ては,移動系動作のバリエーションに富んだ動きの経験不足が懸念された(研究②-1). 4. 体育遊び中の歩数・動作回数・動作種類数はともに自由遊び中と比べて高い水準であ

り,一斉活動による適切な運動指導・援助が幼児の運動経験における質・量の向上に 寄与し,特に普段あまり動かない子どもや体力の低い子どもへの有効なアプローチに なり得ることが示唆された(研究②-2).

第五章の研究③においては,研究①②から得られた知見を基に上で示したa~e.の要素を 次の3つに改めて集約し,これらを満たす指導・援助の方法を模索した.

A. 調整力を主とした体力向上への有効性が認められること.

B. 移動系動作のバリエーションに富む動きが含まれていること.

C. 保育現場での利便性・実用性に優れていること.

そこで,上記A~B.を満たすラダー運動をヒントに,佐藤(2015)の開発した「ライン トレーニング」に着目し,幼児を対象とした運動プログラムの考案を試みた.そして,幼 児向けにアレンジしたライントレーニングを用い,5歳児を対象とした実践を通じて成就 度及び効果の検証を行った結果,以下の知見を得た.

5. 本実践期間(前半)を通して,基本ステップの成就度得点が全ての種目で有意に向上し,

最終的には80%以上の幼児が2点以上を獲得するようになった.

6. 成就度得点を男女別に見た場合,有意差は認められなかったものの,男子は女子に比べ 高値を示す傾向が見られた.また月齢別に見た場合も同様に,有意差は認められなかっ たものの,4~9月生まれ児は10~3月生まれ児に比べ高値を示す傾向が見られた.

7. 本実践期間(後半)では,基本及び応用ステップを含め全ての幼児で最低10種類以上

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8. ジグザグ走及び反復横跳びは本実践期間を通じて記録の向上が見られ,特に後半で顕 著な向上を示した.また,性別・月齢別に見た記録の差異は縮小する傾向にあった.

9. 本実践期間を通じてのESはジグザグ走で0.56(その内前半では0.21,後半では0.39), 反復横跳びで0.71(その内前半では0.31,後半では0.44)を示し,先行研究と比較して 同等かそれ以上の効果が見られた.

研究①~③から得られた知見を総合すると,本研究で行ったライントレーニングは上記

に示したA~C.の課題を満たしていると考えられ,保育現場での運動指導・援助において有

用なツールになると言える(表6).

6.研究①~③から得られた知見

第二節 本研究の課題と今後の展望

以下では各本研究で示された課題や今後の展望について示す.

第一項 研究①について

 リサーチ段階では特に1990年代の文献が少なく,各大学の紀要や各種報告書などさら に範囲を広げた検索を行い,また最新の研究で明らかにされた知見も追加した分析に

新たな運動プログラムの考案

にあたり求められる課題 研究①~③で得られた知見

A.調整力を主とした体力向上 への有効性が認められること.

◎2ヶ月間の実践により,調整力フィールドテストの測定結果に有意 な向上が見られ,ESは先行研究と同等かそれ以上の値を示した.

◎性別や月齢による差は縮小傾向にあったことから,体力格差の是 正に有効であると考えられる.

B.移動系動作のバリエーション に富む動きが含まれていること.

◎移動系動作の系列に属するスキップの発展的な動作を採用し,21 種類のバリエーションからなる「基本・応用ステップ」を作成した.

◎基本・応用ステップを含め全ての幼児で10種類以上の種目が習 得されたことから,「多様な動き」の経験や習得に有効であったと言 える.

C.保育現場での利便性・実用性 に優れていること.

◎特定の用具を必要としないため,経済的コストが低く導入が容易 である.また環境設定の自由度が高いため,幼児の発達段階や能 力に応じた調節が容易である.

◎基礎的な動きを組み合わせるだけで,多数のステップを体系化す ることが可能である.

◎スタンプカードなどを用いることで,幼児の動作理解と動機づけを 促すことが可能である.

135 よって情報を更新していく必要性がある.

 研究①においては,対象の発達段階や運動プログラムの内容,体力測定の種目等を区別 していないため,効果量に影響を及ぼす変数についてのより詳細な分析が必要である.

第二項 研究②について

 研究②における基本動作の分析では,5~6 歳頃に表出するとされる「運動組み合わせ

(複合系動作)」について検討するため対象を5歳児に絞ったが,3~4歳児においても 活発な運動遊びは可能であるため,今後対象を拡大した更なる調査が必要である(なお,

4 歳児の自由遊び中における運動経験については既に報告している(細川,2016)が,

研究②-1と分析手法が若干異なり,比較が困難であったため本研究には含めなかった).

 研究の結果から幼児の運動能力と運動経験の関連性が示されたものの,その因果関係 については不明であり,複数回の体力測定やより縦断的な調査を行う必要がある.

第三項 研究③について

 ライントレーニングの種目は,本研究で用いたもの以外にも「両脚跳躍-両脚着地を用 いたステップ」や「非跳躍系のステップ」等,多彩な種目が作成可能であり,それらの 適正年齢や教育的効果について明らかにする必要がある.

 ライントレーニングでは環境設定を変化させることにより,動作の理解や習得に関わ る情報量を増減させ,脳神経系への負荷を調節することができる.従って,ラインの色 や形状などを変化させた場合の成就度についても明らかにする必要がある.

なお,保育現場での運動指導・援助において,実際にライントレーニングを用いた運動遊 びを行う場合には,幼児期の発達段階に応じた指導・実践上の留意点等を理解しておく必要 がある.そこで次章では,保育現場におけるライントレーニングの実践・指導上の留意点と,

それを踏まえての発達段階に応じた指導・援助方法について述べる.