本研究では絵本読みにおける表記知識・手続き的知識 を絵本に関する手続き的知識と文字表記知識,読みの手 続き的知識,意味内容理解の4側面から発達的に検討し た。その結果,これらの理解が2歳半〜6歳にかけて3 段階を経て発達することが見出された。先ず絵本に関す る手続き的知識と文字表記知識(文字同定),意味内容 理解,読みの手続き的知識の一部(頁間読み方向)が2 歳半に見られ,次いで文字表記知識(文字読み)と読み の手続き的知識が年齢にともなって増加した。しかし,
読みの手続き的知識のなかの最初の頁の読みの始点に関 しては発達の様相が異なり,4歳以下の年少児では認め られなかったが,4歳以降の年長児で次第にその理解が 進展した。このような本研究の結果は2〜4歳にすでに 一般的で基礎的な絵本の扱い方に関する手続き的知識や 領域間の区別に基づく文字表記知識(文字同定)を理解 しているものの,絵本を実際に読むための表記知識(文 字読み)・手続き的知識を有しておらず,これらの知識 が年齢にともなって増加することを明らかにしている。
特に,最初の頁の読みの始点(どこから読み始めるのか)
に関しては4歳以降に具体的,明示的に理解されること が示されたが,これは,研究1の考察ですでに述べたよ うに,読み聞かせの進行にともない途中の頁における読
みの始点・終点の理解が3歳半から先行して現出し,4 歳以降に最初の頁の読みの始点も理解され始めることを 示唆している。絵本研究ではこれまで読み聞かせの進行 にともなう頁内の読みの理解に関して検討がなされてい ないが,今後,その効果を調べる必要があろう。
以上から,4歳以降の年長児の語を中心とした先の研 究結果に対して,本研究では2歳半に文字と絵の区別や 文字の同定,頁間読みの方向性に関する表記知識・手続 き的知識が見られ,さらに,文字表記知識と読みの手続 き的知識が年齢にともなって増加することが示され,絵 本読みにおける表記知識・手続き的知識の初期発達に関 して新しい知見をえた。
また,上記に加えて,文字表記知識と読みの手続き的 知識は読字能力と有意に関連することも判明したが,特 に文字習得の過渡期に位置する4歳児では読字能力高群
(20字以上)でこれらの知識との関連が示された。秋田 ほか(1995)は絵本を読むためにはひらがな読字能力が 20字以上である必要性を指摘しているが,本研究にお いても20字習得後に具体的に文字表記知識(文字読み)
と読みの手続き的知識が明示化することが示された。今 後はこれらの暗黙の知識が文字の習得を通じて明示化す る条件とその機制を詳細な分析から解明することが求め られる。
ところで,文字表記知識と読みの手続き的知識は4歳 からその理解が次第に進展したが,上記のように,2,3 歳では困難であった。これは2,3歳では絵本を読んで もらう際に文字や文章に注意するというよりも,養育者 が読む意味内容や絵に注目する傾向が見られ,一方,4 歳以降では文字の習得にともない文字や文章に注目し,
具体的に文字列のどこから読むのかが理解可能になるた めと解される。最近の眼球運動を用いた絵本研究はこの 点を示唆しており,養育者が文字に言語的に言及する時 や非言語的に指示する時に幼児の文字に対する注意の 増加を指摘している(Evans, Shaw, & Bell, 2000; Evans
& Saint-Aubin, 2005; Justice, Skibbe, Canning, & Lankford, 2005; Justice et al., 2008)。これらの研究結果は文字が必 ずしも絵本読みを通じて獲得されるのでなく,Aram &
Levin (2001)とAram & Biron (2004)が指摘したように,
文字の訓練や教授が読みに対して重要な役割を果たして いる可能性を窺わせる。また,最近の研究は絵本共有課 題が幼児のその後の読み書き能力を必ずしも予言せず,
むしろ音声言語能力の発達に関連することも示唆してい る(Sénéchal, LeFevre, Thomas, & Daley, 1998; Sénéchal
& LeFevre, 2002)。本研究結果は文字表記知識と読みの 手続き的知識が一定以上の読字能力の発達と関連するこ とを示したが,上記の最近の絵本研究と関連付けると,
今後は絵本共有課題における養育者の行動と文字の習得 との関連を文字習得前後の時期に焦点を当てて精査し,
それらと読みの表記知識・手続き的知識の発達を追究す ることが要請される。
ところで,表記知識研究はすでに述べたように産出課 題と分類課題を用いて検討されてきたが,次にこれらの 課題と本研究結果について見てみる。Yamagata(2007) では産出課題で領域間の区別が2歳代に書字と描画で見 られ,さらに書きと描きにおける方向性や語の構成要素 の分節,単位の出現も示されている。これに対して,本 研究の絵本課題では文字の同定は2歳半で半数が,3歳 で約90%の子どもが可能であったが,頁内読みの方向 性理解は3歳半以降に半数が可能になった。これらの結 果は表記知識の理解が絵本課題で産出課題よりもやや遅 いことを示唆している。しかし,分類課題と比較すると,
絵本課題でやや理解が早かった(Tolchinsky-Landsmann
& Karmiloff-Smith, 1992; 齋藤,1997)。また,すでに述 べたように,絵本課題では文字の習得が文字表記知識や 読みの手続き的知識の理解と関連したが,産出課題では 表記知識の理解が先行して2,3歳で見られ,その後に 表記活動が出現した。課題によるこのような結果の違い は研究方法が表記知識の出現時期の認定や表記活動と表 記知識の関係に影響することを示唆している。表記知識 研究では従来方法論が十分に考慮されてきたとは言い難 いが,今後は方法論を踏まえて表記知識の発達を吟味す ることが望まれる。
最後に,その他の今後の検討課題について触れる。先 ず,本研究では絵本読みにおける表記知識・手続き的知 識を2歳以降の幼児で検討したが,2歳以前の対象児に 関しては検討していない。表記知識に関する発達初期の 研究は発生過程を知る上で極めて重要であるが,今後は 2歳以前の対象児に関して検討する必要がある。また,
絵本に関する手続き的知識は本研究で2歳代に見られた が,これらの知識は養育者に絵本を読んでもらう経験と その頻度に影響を受けると考えられる。今後,絵本に関 する手続き的知識の発達が絵本読みの経験や頻度と如何 に関連するのか,また,それが表記知識・手続き的知識 の理解に如何なる役割を果たすのかを調べることも今後 の課題である。なお,本研究では絵本課題において1冊 の絵本のみを使用したが,すでに述べたように,絵本の 基本構造は絵本の種類に大きく影響されないと推測され るものの,今後,絵本の種類が表記知識・手続き的知識 研究に如何に関係するのかも吟味する必要があろう。さ らに,本研究では文章の読み事態における表記知識・手 続き的知識を検討したが,広くシンボルシステムの発達 における表記知識の役割とその影響を指示伝達機能・意 味機能との関連の下に方法論も含めて多面的,総合的に 解明することも今後の残された重要な課題である。
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